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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
135/151

プロローグB 暗く深い、雷雨の渇望

 研究室の外は紫色の空。

その日も確か――雷がずっと鳴っていた。






「――先生」


「どうかしたのか……い?」


“どうかしたのかね”と言いそうになって慌てて口を(つぐ)む。


危うく、仮想世界の口調で生徒に話しかけるところだった。

……これは最近、現実での生活をおざなりにし過ぎている弊害に違いない。


「どうして先生の研究室には、こんなものが置いてあるのですか?」


そう言って、彼は私の部屋に置かれたばかりの“人型を模した機械仕掛けの玩具”をじっと見つめた。


「それは、卒業生からの贈り物だよ」


そう言いつつ、表情を一切変えぬまま。

(ずる)い方便もあったのだと内心で苦笑した。


もしもこの自分の言葉に偽りがなければ、自分の研究室では『卒業生が取っ替え引っ替え贈り物をしている』ことになる。

“卒業生からの貰い物だ”と言っておけば、普段置けないような物品でも自分の研究室に好き勝手置いておくことができる――というだけの気の話で、実際のところは、自分に贈り物をしてくれる卒業生など誰一人もいなかった。


 そして、それはつまり、私が『学内でほとんど誰にも慕われておらず。研究室に私物を持ち込むような人間である』ということを意味している。

現に私は変わり者で、ゼミに在留してくれる学生もほとんどいないような有様で、様々な観点から学内での立ち位置を危ぶまれていた。


「この玩具、不思議ですね」


そんな自分の現状を知っていて、気を使ったのだろうか。

私の研究室に入り浸る唯一の生徒である“彼”は私の“下らない方便”に何の言及もせずに話を続けた。


「上半身と下半身のサイズというか、パーツが合っていないような気がします。倒れてしまいそうでなんというか――とても“不完全”ですね」


彼の指摘する不完全さに、大した理由などなかった。

その機械式の玩具は自由に部品を選び組み立てられる。

本当に大事な部品は自宅にきちんと保管してあって、“余り物のパーツで思うがままに作った品”を研究室に試しに置いてみたというだけのことだった。


「確かにバランスは不完全だが、武装を収納する下半身のスカートから伸びるすらりとした脚部がその……美しいというか、見栄えが良いかなと思ってね」


「――先生って、“脚”のお話……多くないですか?」


「……人は考える(あし)であるという言葉は17世紀の哲学者ブレーズ・パスカルの言葉だ。 人間は、自然のうちで最も弱い一本の(あし)にすぎない。しかし、それは考える(あし)であるとして、人間の自然の中における存在としての“か弱さ”と、思考する存在としての偉大さを言い表したもので――」


「“あし違い”ですよね、ソレ。あと、急に早口になるのやめてください――とても怖いですから」


話を遮られて、私は再び口を噤んだ。


「言いすぎましたね。失礼しました。先生のお話の内容自体は面白いですよ。聞きたくもないのに流れてくるような情報(ノイズ)じゃありません。人は、自然のうちで最も弱い一本の葦……か。先生って本当に不思議な例えをする方ですね」


「“わが”………………私からすれば不思議なのは――君がずっとこの研究室に入り浸っていることだ。私のような“燻っている人間”がいるだけの、こんな場所の何が良いのかさっぱりわからない」


自分の質問に対して、彼は黙したまま“不完全な格好の玩具をじっと見つめたまま”だった。


「……そんなにその玩具(がんぐ)が気になるのかい? 不恰好で、見ていて面白いものでもないと思うのだけれども」


「――それはそれとして」


彼が、研究室の奥に座っている私に振り返った。


「先生にお借りしたゲーム。そろそろハードウェアごとお返ししないといけませんよね」


彼の言葉で、“そういえば、そんな話もあったものだな”と思い出す。

私の研究室に置いてある“空想上の卒業生が置いていった(という設定)”の大量の備品(ゲーム)

そのうちの好きなものを一つ持って帰っても良いという話を前にしたのだった。





どれもこれも、理屈の上では旧式のディスプレイを使えばなんとか遊べるような、骨董品のような品ばかりだった。


「そもそも、君が一体何を借りていったのか私は知らないのだが」


「まさに、このロボットが登場するゲームですけど」


「アア……そのシリーズか」


なるほどなと思った。

だから、その時私は“そういう理由で、彼が機械式の玩具を見ていたのだと勘違いをしていた”。


「ただ、正直に言わせてもらうと、あまりその――面白さがよく分かりませんでした。自分の操縦する機体が瞬く間に熱暴走を初めてしまって。ロボットを動かすはずのゲームなのに、まるで熱を管理するゲームを遊んでいるような、変な気分になりましてね」


「……君がちゃんと私に一言言ってくれれば。最適な“答え”を――初心者向けの作品を紹介しただろうに」


「気になさらないでください。僕が好きで選んだのです。なんとなく――タイトルに惹かれたので。内容は滅茶苦茶でしたけど……。近未来的な雰囲気も、僕個人の性に合っていませんでした」


彼の言葉がそこで止まる。

どうやら、自分は無意識のうちに忍笑いをしてしまっていたようだ。


「……ひょっとして、先生は僕が借りたこの作品が結構お好きなんですか?」


「いや、私自身、遊んでいて素晴らしい作品とは思わないよ。ただ、キワモノを作ってくれていたということが嬉しかったのかもしれない」


彼は私のどこか懐かしむような表情をじっと見つめてから、質問を飛ばした。


「そのキワモノ――このゲームを作った会社ってまだ続いているのですか?」


「私の中ではもう潰れてしまったよ。大衆向けの売れ筋に走ってしまって、大分前から人を選ぶような。“キワモノ”を出せなくなってしまっていてね。今も元気に新作は出しているが……そういう作品は、私のような変わり者――世間に居場所のない人間では今ひとつ楽しめないようだ」


「そうですか。では、先生はこの会社の新作のゲームは遊んでいないのですね。――他に、何かオススメのゲームありますか? できれば、先生と一緒に遊べるものが良いのですが」


目の前の彼の瞳が僅かに光ったように感じられた。

その眼光は、悪巧みをしているとか、やる気に満ちているという類の物ではない。


まるで、獣が獲物を狙っているかのような――











――いや、きっと私が疲れているだけに違いない。


彼の『一緒に遊ぶ』という言葉を聞いて、今私が片足を突っ込んでいる仮想世界が思い浮かぶ。

しかし、頭に沸いたイメージは、即座に胡散した。

あの世界の中の私のことを、彼には絶対に知られたくない。


いや――決して自分のRP(ロールプレイ)が気恥ずかしいとは思わない。

思わないのだが――知られたら知られたでなんとなく窮屈だ。


同時に、私には理解できなかった。

なぜ彼が、私のようなはぐれ者に対してここまで興味を持とうとするのか。

その一方で、私は彼のことをほとんど知らない。


『君も学生なのだから、学友と一緒に遊べば良いだろう?』


そう返答しようとした直後、私は言葉に窮する。

目の前の彼について、私が唯一知っていることがある。

それは、“彼が周りの学生とはあまりうまくいっていない”ということだった。


「……留学生たちとは、話がうまくいかないのかい?」


大学内の外国人留学生の割合は年々増加し続けている。

この学内では最早、自国の学生同士で集うのは難しいほどにだ。


「あまり彼らとはうまく話が合いません。でも、私のような人間は国の内外(うちそと)問わずほとんど誰ともうまくやっていけないのでしょう。――なんとなくですが、わかるのです」


私はそこで一瞬言い憚った。

ここから先は、大学の教員が首を突っ込む範疇の話ではないとも思ったからだ。


「――君はどこのサークルにも所属していなかったね。気晴らしに参加して身体でも動かしてみてはどうだろう」


そんな提案をしながら、隈のついた自分の目元を擦る。

実のところ、他人の健康についてどうこう言える資格は今の自分にはない。

仮想世界に現を抜かしすぎていてろくに眠れていていないからだった。

自分も、たまには少し“息抜きをする目的で、いつもよりも激しく体を動かしても良いかもしれない”――なんとなく、そんなことを思ったりした。





「きっとうまくいかないですよ。……体を動かすのは苦手なんです」


彼の言っている言葉の理解が理解できず私は首を傾げる。

目の前にいる青年は、少なくとも運動が苦手というような体型ではない。

体躯だけならば中々のものを持っているような、そんな風に見える。


そんなふうに思考を走らせながら、同時に自分自身に辟易した。

こんな分析ができる理由はおそらく、“仮想世界で人体の細かい採寸を遠目でしていたから”だろう。


自分の欲求に基づく後ろめたい経験に基づいた分析を、無自覚とはいえ自分の教え子に向けてしまったことは猛省しなければならない。


教育者として失格だ。


「ツキがありませんよね。僕、生まれつき呼吸器系が弱いのです。身体を動かすと喘息のようになってしまって、すぐに足が止まってしまう。僕自身は、きっとものすごく体を動かすのが好きなのだと思うのですけれど。夢の中でも良いから満足に身体を動かしてみたいなと思うんです。だから――」


話を聞きながら、目の前の彼の悩みを解決する手段が存在するように感じた。

そう、旧式のハードウェアではなく、五感を有するあの仮想世界の中ならば――










「――確か『A Story for you NW』でしたよね? サーバーはCute chickで、先生のキャラクターの名前は――」





心臓が飛び上がりそうになった。


私は基本的に、人前で目に見えて動揺することはない。

だから、持っているペンをしばらくの間じっと見つめてから、無言で地面にポトリと落とした。




それは“驚いているという最低限の意思表示”だった。




「……どうして、君がそんなことを知っているんだい?」


「先生、この間そこの机に付して居眠りをしていたじゃないですか。そして、譫言(うわごと)のようにつぶやいていましたから、僕が一つ一つ質問をしたら、寝言で色々勝手に答えてくれたんです。先生って、近寄り難い空気を出していますけど――意外と隙がありますよね」


しまったなと思った。睡眠時間を犠牲にしすぎている代償がここに来て出てしまったようだった。


「あのゲーム。今、リニューアルに向けてのcβ(クローズベータ)テスト中でしたよね? 一次は落選してしまったんですが、二次のテストに当選して――昨日キャラクターを作ってしまったんです。職業を決めようと思ってるんですが何にすればいいでしょうか? ――と言うより、先生の職業って、何でしたっけ?」


 実に参った。

ここまで準備万端だとは思って居なかった。

どうやら目の前の彼は、最初から私を驚かせるつもりで話を進めていたらしい。


逃げ場がないと思って私は観念して、彼に対して素直に自分のことを“ほんの僅かながら”明かすことにした。













「私の職業は――しがないハンターだよ」















 研究室の外は紫色の空。

その日も確か――雷がずっと鳴っていた。



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