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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
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プロローグA 夕日を吸った、僅かに暖かい冬の風

 『最近、クラスで気になっている男子生徒がいる』




 それは、誰にも言っていないことだった。

もしもこのようなことをクラスメイトに言えば、勘違いをされて必ず茶化されるに違いない。

恋愛感情があるとか、そういうことでは断じてないというのに――だ。


実際のところ、そんな感情は私には無縁の物だ。

そして、私がそんな台詞を言えるほど心を許している学友がいるわけでもない。


我ながら、嫌な子どもだと思う。

そんな私は、いつもクラスの冷徹な傍観者で居た。


きっと、こんな些細なことが気になるのは私の性分なんだと思う。

どんな時でも、何が起きても。一歩離れた位置から周囲を冷静に俯瞰している。

だからこそ人並以上に観察力があるという自覚があったし、どんな人間の変化も見逃さない自信があった。


そして、その男子生徒の大きな変化に気づけたのは、おそらくそんな私だったからで。

同時に『世の中には周囲の変化に疎い人間しか居ないのだな』ということを再認識することになった。



『男子、三日会わざれば刮目かつもくして見よ』という言葉は知っていたけれど。

しかし、“彼”を見るまで、そんな大きな変化が個人に起こるうることなどありはしないと思っていた節があった。


気がつけば私は、クラスの隅にいるその男子生徒を自然と目で追ってしまうようになっていた。


まるで、今まで当たり前に存在していただけの日常の背景の一部に、突如輪郭がついてカメラのピントがぴたりと合ってしまっていたかのように。


――本当に、なぜ他の誰も彼の変化に気付かないのだろうか。


灰色の世界の中でその少年の周囲にだけ色がついているみたいに、その生徒の変化は明白かつ異質な物だった。











 私が最初に彼の存在を意識したのは、彼が放課後になった途端に走り出すようになってからのことだった。

記憶があやふやだけど、その時の彼はどこか切羽詰まった雰囲気を纏っていて、少し様子が変だったことを覚えている。


そして、その“変化”を私が明確に認識し始めたのは――彼が学校を数日休んでからのことだ。(風の噂では、休みの間家族と旅行に出ていたらしい)


まず最初に、彼は授業中に惚けていることが全くと言って良いほど無くなった。

自分の記憶が正しければ、以前の彼は常に昼行灯のようで、その印象というのは『パッとしない』という言葉に集約されていた。


だから、地味というか……その男子生徒は居ても居なくても誰も気にしないような影の薄いどこにでもいる凡百な生徒のうちの一人だった。


そんな彼が――――常に“何か”に熱心に取り組むようになった。

以前と比べると幾分要領が良くなっているというか――授業中の作業速度が以前の数倍になっているようで、常に思考を巡らせて、授業と並行して“何か”をこなしているようだった。


かといって、授業を全く聞いていないというわけではないようで――勉学にもきちんと集中するようになっている。

……勉強に関しては昔のテキストを使って、かなり初歩的な部分からやり直しているみたいだけど。


 他人とのコミュニケーションも普通に取るようになった。

当たり障りのない話をクラスの他の男子生徒としているのを、よく見かけるようになった。

以前は、話しかけられることはあっても、自分から他者に話しかけるようなことはなかった気がする。


本当に、人が変わったかのようだった。


――女子生徒と話をすることは、相変わらずないみたいだけど。




 休み時間の過ごし方も変わった。

それまではボーッとしているかふらふらと教室の外に出ていくだけだったのに、携帯端末を取り出して、真剣な面持ちで画面に映る情報を凝視していることが多くなった。


携帯端末を見つめるといっても、ぼーっとした表情でネットから流れてくる情報の洪水に流されているクラスメイト達とその少年とでは明らかに雰囲気が違う。


遠目では何を見ているのかはっきりしなかったが、僅かに熱狂している外国人の“観客”が見えた。

……何かのスポーツの試合なのかもしれない。かなり、規模が大きいようだ。


彼はまるで『自分がその場に居合わせて一緒に戦っているのではないか?』というくらい真剣な面持ちで試合の観戦をするようになった。





「(――――やったッ!!)」


とある日、周囲のクラスメイト達が騒ぐ休み時間の最中、突如立ち上がって彼が発した小さく喜びの声を発した。

他のクラスメイトは誰も気づかなかったろうが、常に教室を俯瞰している私はその男子生徒の異質な所作を見逃さなかった。


流石に気になって何を見ているのか、こっそり後ろから近づいて覗いてみると――どうやら誰かに対してSNSを使って連絡を入れようとしているようだった。


「――――――ねぇ。そこのあなた」


私の問いかけに、彼は驚きまじりの訝しげな表情でこちらを見つめてくる。

自分に話しかけてくるような女子生徒がいるとは思っていなかったのかもしれない。


「一体、何を喜んでいるの?」


「え――あ――その――えっとォ……応援しているその――チームが勝ち進んでいて……嬉しくって、お祝いのメッセージを送りたくて……あ〜その……」


緊張しているのだろうか? 自分の言葉に対して彼は、しどろもどろな様子で返事をした。

同時に、目の前の彼に対する興味が薄れていくのを感じた。

今時、スポーツの試合程度にここまで熱中するとは、俗というか――単純というか――なんというか。

『見た目通り、子どもっぽい性格をしているのだな』と呆れてしまう。


「――そう。それで、届くのかしら? そのメッセージ」


「え?」


「だって、そうでしょう? あなたが見ているのがどんなスポーツだったとしても、一人のファンの声援メッセージなんて、早々届くようにはなってないじゃない?」


「う――うん。だから、オレの知り合いに“選手と仲が良い人”がいて、その人に今“直接”連絡を入れてるところなんだ! オレのメッセージは、その人がチームの人に必ず届けてくれるんだよ」


……不自然だなと思った。

目の前の地味な彼に、そんな特異な交友関係があるようには見えなかった。


あえて真逆の例えをすると、クラスの中心に立つような成績優秀、運動神経抜群の生徒が――自分のロッカーから突然ジグソーパズルを取り出して教室の隅で黙々と組み出したかのような。


なんというか、“キャラじゃない”と思った。


だから私は、勝手に彼の現況を察した。

きっと、目の前の男子生徒は旅行先で父親の伝手か何かでその“スポーツの選手”と偶然知り合ったのだろう。

それで一時的にファンになっているだけなんだろう。


きっと、熱意なんてものは欠けらもないに違いない。

偶然ちょっと非日常な体験をして、それに入れ込んで。一時的なものに違いない。


「正直ちょっと……私には理解できないかな」


こうやって熱中している人間に限って、早く熱は冷めるものだ。

ミーハーという概念は、一番のような人間が自分が嫌いなタイプだった。


だからつまり、この時点での私の彼に対する新しい評価というのは決して高くなかった。


「そういうのってくだらないっていうか。私には馬鹿馬鹿しく感じるっていうか……」


言いすぎている自覚があった。嫌な女が居たものだと思う。

なんというか……なんだろう。自分自身が厭世的な人間だからだろうか?


今の世の中は、熱意のない人間で溢れているのだとどこかで信じている節があった。

そんな私だから、不自然なくらい元気で突然前向きになり始めた目の前の男子生徒の存在を薄っぺらいものなのだと仮定して――なんとなく否定したかった。


私は、彼の持っている携帯端末を見つめて、冷たく言い放った。









「あなた、別に“それ”に命を賭けてるわけでもないでしょ」


「オレはそのつもりで、本気で応援しているよ」


なんの躊躇もなく、ほとんど即答だった。

冷静な口調で、その言葉にだけ緊張を感じられなかった。








むしろ緊張していたのは、その言葉を受け取った私の方だったかもしれない。

席に座っている彼の纏っていた雰囲気が、様変わりしたように感じられた。

気がつけば、その視線が真っ直ぐこちらを見つめてきている。


敵意や威圧感はなかったけど、不思議と“警告”をされているような気分だった。


『これ以上、自分が好きなものに対して非難じみた発言をすることは絶対に許さない』


暗にそう言われているようで――こちらを見つめてくる彼の人格が突然変わってしまったみたいで――私は驚いて、無意識に一歩後ずさってしまう。


「あ、あのォ……どうしたの?」


「……なんでもない。ちょっと攻撃的というか……悪く言いすぎた。ごめんなさい」


私は驚気を隠せないまま、反射的に非礼を詫びて話を打ち切った。

……同年代の男子生徒に対して、こんな不思議な威圧感を感じるのは初めてのことだった。











そんな出来事があった矢先に――










「(おっひる~おっひる~~うぃ~~)」


――と、昼休み中、小声で口ずさみながら笑顔で小さくスキップしている彼にばったり会ってしまう。


………………“さっきの今”でこの変わりようだ。驚かない方がどうかしている。

その時の彼は、なんというか……同年代よりも遥かに幼いように感じた。


彼の素行を見れば見るほどに、謎がどんどん増えていく。

その時、私はひたすらに困惑していた。


「あなた……………………今度は何をやっているの?」


ぽつりと、淡々と問いただしてみる。逃げ場を塞ぐように、痛々しい物を見るかのような視線をしながら。

目の前にいる私の困惑した表情に気づいてしまったのか、彼は真っ赤になって弁解を始めた。


「あ……いや、これは――そのォ……知り合いの猫……じゃなくて……“知り合いの人”が昼休みにやる仕草で……オレ自身が無意識でその真似をしちゃっていたというか……」


「……一体、どこの誰がそんな子どもみたいな仕草をするの? 小学生とか?」


「こ……これは…………ちゅ……“中年のおじさんが職場でこっそりやる仕草”です…………」


……世の中には、奇妙な中年男性がいるものだ。

昼休み程度でそこまで喜ぶとは、一体どれだけ苛烈な職場なのだろうか?







……何より、いい歳した中年男性がやるような言動と仕草ではない。

首を傾げて詳細を聞き出そうとしたところで、気恥ずかしかったのか、彼は私から足早に離れていく。


「…………普通じゃない」


考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。

あの仕草を一体彼は“どこ”でみたのだろう?

あの男子生徒は、冴えない中年男性と頻繁に出会っているのだろうか。







――いかがわしいこと、この上ない。


自分の席に座った彼は、弁当箱を取り出して中身のおかずを――まるで何かに恐れているかのようにゆっくりとした所作で口に運んだ。

咀嚼をして、しばらく味わった後に箸を握ったまま。両腕を組んで首を傾げた。

どうやら、持ってきた弁当の出来に不満があるらしい。昼食時にこんな奇妙な仕草をしているのも初めて見る。





弁当を作っている人物が、変わったのかもしれない。







そうして、授業が全て終わると――放課後になった途端に彼はいつものように足早に教室を出て行こうとする。


私が遅れて教室から出てみると、部活動の休みが重なったのだろうか?

真っ先に昇降口に向かう生徒の数がいつもより多いように感じられた。


“彼”は人混みに阻まれて、珍しく廊下でまごついていた。

その場で足踏みをしていて、前に向かって走り出したいのが傍目で見ていて丸わかりだった。


「――急いでいるんでしょ。あなた」


反射的に、彼に話しかけてしまう。

彼はいますぐ走り出したいのか――足踏みをしている状態のまま私に振り返った。


「――だったら、廊下の逆側から遠回りをした方が、人流も少ないし早く帰れるんじゃない?」


「あ、そ――そうだね。ありがとう!」


走り出す彼の背中を見つめながら……らしくないことを言ってしまったなと思った。

そして“同時に、私らしい台詞だな”とも思った。


“他者に無関心な私”が本来絶対するはずのない。“他者に無関心でいるべきだ”という私らしい警告。


そう――彼に対して行ったのはアドバイスではなく警告だ。

学校という閉鎖社会の中では関わらなくて良いこと――傍観していた方が良いことの方が多い。


いつも彼が駆け抜けている廊下の途中にある男子トイレ。

学生が屯しているその空間で起きている出来事を、“駆け出せない状態の彼が気づいてしまう”予感があった。

誰もが黙殺している。疑似的に閉鎖された空間で起きているその出来事。





今の彼には、そこに平気で首を突っ込みかねない危うさがあるような気がしたのだ。






雑踏や人混みといったものが嫌いな私は、廊下の様子を一瞥してから再び教室に戻る。

私が二階の窓からおもむろに外を見つめると、昇降口を出て、校庭を駆けていく彼の後ろ姿が見えた。


そこで彼はたった一度だけ、なぜかその足をぴたりと止めた。









どうやら、沈む寸前の夕日をじっと見つめているようだった。

彼は何かを思い返すように、夕日を見上げたままの状態でしばらく足を止めていた。


そしてしばらくして“夕日を見上げたまま”、一人で軽やかに歩き始める。


前までのように、“背を丸めてぼーっとしたまま行く宛もなかったような歩き方”じゃない。

しっかりと前を見据えて、夕日を吸った冬の風を背負って。


歩みが早歩きになって、そして段々と駆け出して。


私の視界から消えていった。





――――なぜだろう?


他の生徒たちが学校生活という鬱々とした日常を送っている中で。

その男子生徒が走り去っていく先には、どこか不思議な非日常があるような気がした。


彼がいつも走り去って行くあの夕日の先に何があるのか――知っている人はいるのだろうか?



もしも、詳しい事情を知っている人がいたら、きっとその人は幸せ者だろう。












一人の人間が、僅かな時間であれほど大きく変われるような――――運命的な出来事に、立ち会えたのだから。

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