【おまけ話】いつか来る決別の時【時系列:三章途中】
「ふぅ~……」
デモンが就寝した直後。オレは、がらんとしてしまったチームの居間の中でため息をついていた。
両目の間を不思議と指で摘まんでしまう。こんな仕草をしたのは初めてだった。
(昔、父さんが夜遅く帰ってきた時にこうやって鼻の上部分を指で摘んでたけど……『疲れてた』ってことなんだな……。この世界の中でこんなことをやっても意味はないんだけど……)
自分が疲れている理由はわかっていた。きっと、体に無理がたたっている。
ひょっとすると、ストレスも溜まっているのかもしれない。
(……それでも、今は大事な時なんだ)
明日も決まった時間に、ゲームにログインしなければいけない。
いつも通り、ログアウトしようとして――
「ちょおおおぉぉっと待った~!」
――突然後ろから声を掛けられた。慌てて振り返ると、居間の入口にはケッコさんが立っていた。
「少年~、だいぶお疲れのようね?」
オレは伸びをしながら、ケッコさんに対して素直に頷いた。
「そう……ですね。今の今まで自覚していなかったけど。オレ、結構疲れているみたいです」
「無理もないわよ。最近あなた、ゲームにログインしてはいるけど。『ゲームをゲームとして遊んでない』んじゃない?」
クリアさんにも似たようなことを言われた記憶があったから、ケッコさんのその言葉には心底納得できた。
最近、事件に巻き込まれてからというもののゲームを楽しめたような記憶があんまりない。
雪山を登った時はトラブル続きで、別に楽しんでいたわけじゃない。
自分がいつもクリアさんの足を引っ張らないかと内心ひやひやだったわけで。気が抜けてぼーっとしていたのはそこからハイダニアへの帰り道くらい。
国に戻った後もずっと緊張状態が続いていてて、ケッコさんの言う通り『ゲームをしていない』。
「そんな少年に、今日は私がプレゼントを持ってきたのよ!」
ケッコさんは満面の笑みでインベントリーを操作して何かを取り出した。
「な、ななななな……!」
取り出された装備品を見て、オレは目を丸くして仰天した。それは――女物のドレスだった。
戦闘で着れるようなものでは到底なくて、お姫様が舞踏会で着るようなデザインだった。
「リュクスが前にも言ってたじゃない? 『“かの少年は女装が似合いそうだ”』って。その言葉が、私の頭の中で引っかかっていてね~。暇があれば是非とも女装してもらいたいと思って、こんなこともあろうかと似合いそうなドレスを予め準備しておいたの!」
「ちょ……ちょっと待ってくださいよォ! なんでオレが女装しなきゃいけないんですか! しかも――」
オレは改めてケッコさんが取り出したドレスを見つめて声を荒げる。
「――何でドレスの色が"赤と黒"なんですか!」
「少年が好きな色だって聞いたから、大枚を叩いて染料買って染めたのよ」
"黒色と赤色"はオレが前々からゲームの中で一番装備したいと思っていた色だ。
だけど、色を染めるために必要なアイテムが高すぎるからって、今の装備品には黒色も赤色も入っていない。
(これが女物のドレスじゃなくて、ちゃんとした普通の装備品だったらよかったのに……)
落ち込むオレの様子など気にもせず、ケッコさんは満面の笑みでオレに対してドレスを差し出してくる。
「それじゃあ少年。早速着替えてもらって良い?」
「じょ、女装なんて……嫌ですよ!」
もちろん答えはノーだった。
……というかそれ以前に、今オレが置かれている状況でこんなふざけたことをやっている余裕はない。
「そんな~。折角ストレス発散できる良い息抜きになると思ったのに……――それじゃあ、この話はナシね」
「………………えっ?」
ケッコさんがあっさり引き下がってしまって、オレは間抜けな声を上げた。
「普通に人生を送っていたら、女装ができる機会なんて一生に一度あるかないか。その希少なチャンスを、あなたは不意にしちゃうのね⁉」
『このチャンスを逃したら後はない』といわんばかりの物言い。この時、オレはすでに少しずつ迷い始めていた。
(いや……駄目だ駄目だ! これは罠だ! 乗せられちゃダメだ!)
「残念よね~。実はワサビさんに『少年にピッタリのお化粧の仕方』を時間かけて、わざわざ教えてもらったのにな〜」
そう言ってケッコさんがチラチラとこっちに目線を飛ばしてくる。どうやら、オレの女装を準備するために相当な労力がかけられているみたいだった。
「今ならきっと“誰にも気づかれないくらい”に可愛くできる自信あるのにな~。こんな機会、二度とないかもしれないのにな~。残念だな~」
“誰にも気づかれない”という言葉がオレの耳に引っかかる。
(……ひょっとすると、これは意外と楽しいかも……?)
「い――……いや、オレも別に『絶対に嫌だ』ってわけじゃないですよ? ケッコさんが、どうしてもオレに女装させたいっていうなら……し、『仕方ないな~』とは思いますけどォ……」
口ごもるオレを見て、ケッコさんはこちらの考えを見透かしているかのようにニヤリと笑ってみせる。
「残念だけど、『不本意だけど女の子にされちゃいました~』っていうような受け身な展開。私はあんまり好きじゃないのよね~」
「え――ええっ!?」
ケッコさんがドレスをインベントリーにしまって、居間から立ち去ろうとする。
「やっぱり自分の欲望は"堂々と望んでなんぼ"よ! 少年が自分の意志で望まないなら、この話はナシってことで~」
「……がしたいです」
口から溢れたオレのつぶやきを聞いて、ケッコさんは足を止める。それから、今のオレの言葉が聞こえない――とばかりに聞き耳を立ててきた。
「んん~よく聞こえないわね? もっとはっきりと言いなさいな?」
悔し涙を流しながら、しかし……オレははっきりと言い放ってしまった!
「女装が……………………してみたいでずッッ!」
オレの決死の決断に、ケッコさんがしたり顔で笑う。
「正直でよろしい! 何事も、素直なのが一番よね!」
そこから先はとんとん拍子に話が進んだ。受け取ったドレスを装備してウィッグを付ける。
最後に、ケッコさんがオレを座らせて細かく化粧を施す。
「ちょ……ちょっと……少年! これは正直ヤバイわよ!」
――ケッコさんが目を輝かせてはしゃいでいるのを見て、ようやく自分がまんまと口車に乗せられてとんでもないことしてしまったということを自覚した。
(……オレは今、ものすごく恥ずかしいことをしている)
「似合ってるとかそういうレベルじゃないわ! これはお金取れるわよ――間違いなく! ネコニャンさんなんて女キャラ使っているのに女装なんて逆立ちしてもできないもの! 一体どうしてここまで似合うのかしら!?」
さりげなくネコニャンさんのことをボロクソに貶しながら、ケッコさんはオレの姿を見てはしゃいでいた。
その直後に、オレは背後から両肩を別の誰かに強く掴まれた。
「Daaku・Retto(駆けだす者)よ。貴公は……とても良い匂いをしている」
オレの後ろに立っていたのは、リュクスさんだった。
「んのほおおおおおおおおおおおおおおお!」
オレは身の危険を感じて、思わず叫んでしまう。
「いつもチームの家にはあまり出入りしていないって聞いていたのに――ど、どうしてリュクスさんがこのタイミングでここに居るんですか!?」
「私が呼んだのよ。そもそも、リュクスと話していて盛り上がったからわざわざドレス作って持ってきたのよ。今の少年の格好を最も渇望していた主賓を呼ばなきゃ盛り上がらないじゃない!」
「やはり――吾輩の慧眼に狂いはなかったということか。まさしく、“駆け出す者”である貴公の今後にとって、この日は素晴らしい“助走”となりうるだろう……」
(うまいこと言ったようで、全然うまいこと言っていない……)
「それにしても不思議よね〜。私も、まさかここまで少年のキャラクターに女装がマッチするとは思っていなかったわ」
「う……まあ――これはオレ自身も期待していたっていうか、ある程度予想していた結果通りっていうか……似合うっていうのは、当たり前かもしれないです。オレのプレイヤーキャラの見た目の元ネタになったダークレッドっていうキャラクターって、作中で『女装するシーン』があるんですよ」
これは嘘じゃない。
オレの好きなキャラクター、ダークレッドは容姿と声が中性的で女装したら女キャラと違いが判らなくなる。
女装することで、『敵を騙して仲間を増やして、格好よく大立ち回りをする』っていうシーンが、実際にあるのだ。
「だから、オレの“元ネタが女装向きの外見”なんです」
そして、オレが女装してみたいなと思った理由が実はまさに"それ"だった。『ダークレッドの気分』をちょっとでも味わってみたい――と思ったわけだ。
(そ、そうだ……別にオレ個人に女装願望がある――というわけじゃないんだ!)
そう思い直して、自分自身を納得させるようにオレは頷いた。
「なるほどね〜。だから、キャラクターを似せた結果、顔と声が中性的になっていて……だからここまで可愛く変身できちゃうってわけね! 少年の顔がかっこいい系じゃなくて童顔なのはそういう理由があったわけね〜」
「えぇ……そ、そんなにオレのキャラの顔って子どもっぽいですか? オレは今の自分のキャラの顔、充分かっこいいと思っているんだけどなあ。……現実のオレの顔のほうが童顔だから、そう思うのかなあ?」
「それは――なるほど。“耳寄りな情報”を得られたよ。なるほど……フム――――なるほど………………フゥム…………」
リュクスさんは、興奮を抑えるかのように息を小刻みに吸い始めて、纏わりつくようにオレの首元に手を回してきた。
頭の中で警報が鳴っている。
『このままここにいたら絶対に絶対良くないことになる』
そんな予感がした。
「……で、吾輩から貴公に改めて“お願い”があるのだが――」
「ぜ、絶対に嫌ああああああアアアアアアア!!」
“お願い”の内容を聞く前に拘束から抜け出して、有無を言わずにオレはチームの家から逃げ出した。
「才能あるわよ少年! ドレスの裾を掴んで走るの、様になってるじゃない♪」
そこから先は地獄だった。
外に出てから常に、誰かしら他のプレイヤーとすれ違ってしまう。
周囲の視線を感じる。
こんな状態で足を止めて着替えたら、嫌でも目立ってしまう。
ただの装備品を変更する程度の着替えなら良い、対して目立たない。
だけど、“人が見ている状態で女装を解く”のは話が別だ。
怪しまれたくないし、これ以上目立ちたくない。
そう思って人のいない場所に向かって移動に移動を繰り返した結果――
――気がつけば、オレはハイダニアの城下町にまで来てしまっていた。
走り続けてしまったことをオレは後悔していた。
リュクスさんとケッコさんがオレを追いかけてこなかったのは“すぐ戻ってきてくれる”とオレを信頼してくれているからだ。
なのに、人目を避けようとしたら走り続けてこんな遠い場所まで来てしまった。
今のオレの置かれている状況で、少しでも目立つべきじゃない。
現に、チームのメンバーは少なくとも『チームの家の周りで目立つようなこと』は避けていたはずだったのに……。
(ど、どうしよう。こんな遠い場所からこの格好でチームの家に戻りたくないし。かといって女装を人前で堂々と解いたら目立っちゃうし……どこか人のいない場所を探して元の格好に着替えて戻らなきゃ……)
周囲を見回すと、暗くて先の見えない路地があった。
(よかった。ここに入って、ちゃっちゃと着替えちゃおっと)
そう思い至って、路地に足を踏み入れた途端。背後に気配を感じてオレは振り返る。
立っていたのは巨体の男性キャラクターだった。
エルフ族の、如何にもイケメンという顔立ちの長身のプレイヤーだった。
(もしかして、こいつらも――雪山で出会ったような“敵”なのか!?)
事態が事態だから、警戒していたオレは咄嗟に身構える。
……“事態が事態だ”なんて、今のオレが言えた身じゃないんだけど。
目の前の男はフラフラと近づいてくる。なんというか、こっちを見てくる目が怖い。
……人生で何回か。こういうシチュエーションについて妄想したことがある。
こういった路地裏で――
『おいおいおい嬢ちゃん。俺と一生に遊ぼうじゃねえか!』
――とか、チンピラみたいな導入が入って如何にもな悪い奴がやってくる。
そして、絡まれている女の子が居て、それをオレ自身が格好良く救う。
――っていう妄想だ。
実際、そういうパターンがお約束だと思っていたし、一度でも良いからそんな場に居合わせてみたいなんて思ったことがないわけじゃない。
だけど、今の状況はそんな妄想とは全然違っていた。
周囲にはオレ以外の人間がいないし、背後の男はチンピラお約束の決まり文句なんて全くなくて完全に無言だった。
ただ、無言で小刻みにふうふうと息を吹きながらゆっくりと詰め寄ってくる。
(なんだろう……この人。なんというか――見た目のキャラがかっこいいのに、“中身が気持ち悪い”ような……)
「あ、あの。あのさ。その……君さ」
目の前の男が震えながらようやく声を出した。
「よよよよよよよ、よかっ。よかっ。よかったら僕と良かったら僕と一緒にさ……いいいいいいいいいいいいい一緒に」
男が目の前まで近づいてくる。
「――“いいよね?”」
(ひぃぃいいいいいいいい何が!? “一体何が良いの”!?)
そこでようやく気がついた。
目の前にいる男はチンピラなんかじゃなくて、敵でもない。
要はただの変質者で――狙われているのはここにいるオレ自身だった。
リュクスさんやケッコさんなどと違って、フザけている感じが全くしないし、全く知らない初対面の相手に対していきなりこんな近づき方をしてくる時点で普通じゃない。何よりも、“目が本気”だ。
もちろん、頭ではちゃんと分かっている。ここは“ゲームの中”だ。
街中だし、絶対に安全なのは分かっているんだけど――だからこそ、こちらから武器を使って立ち向かうなんてことができない。こういうタイプの恐怖は初めてだった。
今までにはない。自分が本当の変質者に標的にされているという恐怖。
(こういうシチュエーションに合っている女の子って、こんなにも心細い思いをしていたんだ……)
――なんて心の片隅で考えながら後退していたせいで――ドレスを踏んづけて路地に尻餅をついてしまった。
「ひっ……」
冷静に考えれば、乱暴に腕でも掴まれてしまえばその瞬間に通報できるはずだった。
だけど、オレはこのゲームで通報しそうになったことはあったけど実際にハランスメントで通報をした経験なんてなくて。
何をどうするべきなのか、この時のオレは完全に冷静さを失っていた。
「――待てよ。そこの長耳男。何をくだらないことやってんだ」
背後から声をかけられて、目の前のエルフの男の吐息が急に止まった。
(え、え!? 何この展開? ――どゆこと?)
まさか、自分が助けられる側になるとは思っていなかったけど。
どうやらオレのことを見かねて助けようとしてくれた人がいたみたいだ。
(ううううう、すごく助かる。後でちゃんと感謝しなきゃ――)
「――テメエ気持ち悪いんだよクソカスが! 何わけわかんね場所で女相手にシコシコ屯ろしてんだ。コラァアアアア!!」
(……………………………………ベルシーだ)
怒声を浴びて、目の前の不気味な男はびくりと震えてオレの真横を通り抜けて足早に去っていく。
ベルシーはチンピラみたいな物言いをするから、こういうタイプの人間とは相性が良いのかも……なんて、頭の片隅で考えていたら――
――ズカズカと歩み寄ってきたベルシーがオレの顔を覗き込んできて、目が合った。
(お、終わった。オレ、終わった。人として、完全に終わった……)
一難去ってまた一難。オレは完全にパニックになっていた。
ベルシーとオレはあんまり仲の良いとは言えない間柄だ。
オレが女装しているところを見られたら、何を言われるかなんて分かったもんじゃない。
逃げ出したくてなんとか立ち上がろうとするけど、慣れない格好で身動きが取れない。
もがきながら、いっそ服を脱いでしまって裸になって開き直った方がまだマシなんじゃないかなんて考えていると――
「――フン。なるほどな。そんな格好で無警戒な面構えしていたら、変態に付け上がられるのも仕方ねえわな。ここはテメエみたいな色気付いた餓鬼が来るような場所じゃねえんだよ」
ベルシーはそう言って路地の隅に向かって唾を吐く。
これは、もしかするともしかして――
(――間違いない! ベルシーは“気づいてない”! すごいオレ! 完全に女キャラというか“女の子”だと思われている! ありがとう、ダークレッドの原作のキャラクターデザインした人!)
遠くの誰かに感謝しようとして、思わず空を見上げてしまう。
「……お前、いつまでここにいるつもりなんだ。さっさと自力で立てや。オレは倒れている人間に手を差し伸べたりはしねえ主義なんだよ」
(うえぇ。ベルシーって誰が相手でも全然優しくないんだな……。優しくされても気持ち悪いだけだけどさぁ……)
オレのキャラクターの声は高めで、ちょっと意識すれば女性っぽい声が簡単に出せる。
ダークレッドが作中でやったのと同じように、オレは高めの声を出してそれっぽくしゃべってみることにした。
「あ……ご、ごめんなさい……」
……ベルシーに謝るのは癪だけど、正体がバレるより100倍マシだ。
オレは謝りながら、再び転ばないようにゆっくりと立ち上がる。
ベルシーは相変わらず全然気づいてないようで、そっぽを向いて軽く悪態をつくだけだった。
「あ――あの、私……そんなに狙われそうな格好していましたか?」
「立ち振る舞いと格好の全てがアウトだな。『自分はか弱い女です』って周囲に言ってるようなもんだぜ。お前、その外見だと街中でも男に絡まれるぞ」
(そ、そんなに凄い外見してるんだなオレ……。確かに、ダークレッドの方も原作で女だって勘違いされて絡まれるシーンが何度もあったような……)
ベルシーは吐き捨てるように軽く笑って背伸びしながらこちらを見つめてくる。
……同じ身長なのに見下してくるこの感じ。“知識マウント”が始まるんだろうなっていう予感があった。
「テメエに近づいた野郎は、“男として終わっている”奴だ。現実でもゲームでも女相手に失敗し続けたような手合いだぜ。女が欲しいのに、何をやっても女に嫌われるから頭がおかしくなっちまったんだろうよ。――ああいう奴がいい歳してリアルで性犯罪とか痴漢とかストーカー行為に走るんだろうな。――で、お前みたいな如何にも無知で隙だらけの女がよく狙われるってわけだ」
「ゲームの中でも、ああいう人って居るんですね……」
「むしろ“ゲームだからこそよく見かける”んだよ。わざわざ現実世界でやるよかハードルが低いから、下半身で動く直結野郎はマジで目に付くぜ。ゲームをやっている連中なんて、大体が現実放り投げた気持ちの悪い陰キャ野郎の集まりだからな。ちょっと目立つと“卵子に集まってくる精子か”っていうくらいに、わらわらわらわら集まってきやがるわけだ」
(そういえば、前にクリアさんが似たようなことを言ってたな……ここまで過激な物言いはしてなかったけどォ……)
「ごめんなさい。ちょっと、オ――私、調子に乗っていました。可愛い格好するのにこんなリスクがあったなんて……」
「そうだよ。ゲームの中で“女が女らしさを出す”ってのはそれだけでリスキーな行為だぜ。ああいう変態共をうまくいなせる自信がねえなら、ムサい男キャラで遊ぶか、もうちょっと地味目の格好しとけってんだ。そんな格好でこんな危ない場所に来るなんて、ただの自業自得だぜ。この路地裏はこの国の中でも吹き溜まりで、やばい奴らがゴロゴロいるからな」
(う――確かに、“実際にベルシーに出会ったわけだし”。この路地、すごく危ない場所だったのか……)
振り返ってみると、路地の奥で魔法の光がまるでネオンみたいに怪しく輝いている。
現実でいうところの“いかがわしいお店がある怪しげな路地裏”みたいだった。
さらに先を覗こうとした矢先に、背後で大きな音がなった。
驚いて振り返ると、ベルシーが路地の壁を蹴飛ばしていた。
「それ以上は奥に行こうとしねえことだな。テメエみたいな馬鹿だと、ちやほやされて連れ込まれて、口車に乗せられて個人情報を漏らしちまったら最後――現実で輪姦されたり、売春まがいのことをやらされかねねえぞ。女と男の金のやり取りほど、醜くて救いようのねえものはこの世に存在しねえんだからよ」
ベルシーは、オレに対して脅すように凄んだ。
「あ、あの。ありがとうございました」
「――感謝される謂れはねえんだよ。うぜえからさっさとどっかに行け。“俺は夢見心地でフラフラしてる餓鬼が大嫌いなんだ”。次ここに来たら、タダじゃ済まさねえからなコラァ!」
そう言い捨てて、ベルシーはネオンの奥に消えていった。
オレは来た道を引き返し、路地から顔を出して、さっきまで居た城下町の大通りを見回してみる。
何人もの通行人が歩いていたけれど不振がられる様子はない。
どうやら、誰もオレが男性キャラクターだと気づいていないみたいだった。
(そっか……誰にも気づかないくらい完璧な女装なんだ!)
これなら、知り合いにあっても安心だと思った。
路地に行くのが危ないのなら、このままの格好で堂々とチームに戻ってさっさと着替えてしまおう。
自分の姿を改めて見るために、路地の地面に広がっていた水溜りをじっと見つめる。
なるほど。ひょっとしなくても、今のオレのキャラの外見は意外と可愛いのかもしれない。
(せっかくだし、記念に写真でも取ってみようかな!)
自撮りをするために、リュクスさんから貰ったカメラを取り出してみる。
(可憐にピース――とか、してみちゃったりなんかしちゃって――)
自分に向かってポーズを取りつつ、カメラを構えたまま路地の奥に振り返って――シャッターを押した瞬間に時間が止まった。
――目の前に立っていたのは、クリアさんだった。
(だ……大丈夫――大丈夫だ! 誰にも気づかなかったんだ! このまま女の子のフリして乗り切っちゃうもんね!)
「あ、驚かせちゃってごめんなさい。―――新しくドレスを着替えたばかりで、“私”ここでちょっとエモートの確認をしていたんです……」
ニコニコと笑顔でクリアさんの真横を通り抜ける。
このまま大通りを抜け出してしまえばこっちの物――――――
「――レット。お前は……こんな場所でそんな格好して、一体何をやっているんだ?」
(なはあああああああああああああああああああああああ!!!!)
目の前が真っ白になる。
オレは、心底死にたいと思った。
何の変哲もなく死にたいと思った。
穴があったら入りたいと思った。
消えられるのなら消えたいと思った。
取り繕う余地もなし、ベルシーと違ってクリアさんにはオレの女装が完全にバレていた。
(やばいやばいやばいやばい。何より、“クリアさんにバレた”っていうのがヤバい。これは絶対に弄られる! 強請られるかもしれない!)
クリアさんはしばらくの間、オレのことを見つめていたけれど。突然何かを察したようにハッとしてからオレの手を掴んだ。
「――来い」
「え?」
「なんでもいいから、早くこっちに来いッ!」
(ひいいい。脅されるゥ~! 撮った写真を奪われてバラまかれるぅ~‼)
オレはビビって勢いに飲まれてしまった。
そのまま成すがままに身体を委ねると、クリアさんに凄まじい勢いで路地から引っ張り出された。
オレがクリアさんに連れてこられた先は、ハイダニアの城の堀の前だった。
「座れ……あ~いや、ちょっと待て?」
クリアさんは深い青色のスカーフを取り出して、堀の前にあるベンチに敷いた。
「――――座れ」
(――ん? どうしたんだろう。クリアさん――いつもとちょっと雰囲気が違うというか。ベンチにスカーフを敷く意味がよくわからないぞ?)
一瞬首を傾げながらも、オレは言われたままにベンチに置かれたスカーフに座る。
クリアさんがオレの隣に座って、前を見たまま神妙な表情でオレに対して質問を飛ばした。
「…………」
沈黙が苦しい。
「………………あの、クリアさんはどうしてここに?」
何を話して良いかわからず、はぐらかすようにそう聞いた。
「……お年寄達が居なくなってやさぐれたのか、ネコニャンさんがヤケ酒で酔った挙句に『カステラのCMの歌を歌いながら、千鳥足で踊っている』って、テツオさんから連絡があってな」
「そ、そんなことがあったんですか」
(本人にとってはすごく悲しいことなんだろうけど、想像したらすごく笑える光景だな……)
「この辺りにいるみたいなんだが、見つからなかった。時期が時期だから目立っていないか心配で見に来たんだが……」
「――――――――ぎく」
『時期が時期だから目立っていないか心配で見に来た』というクリアさんの言葉が、まさに不審なことをやらかしてしまっているオレ自身に突き刺さる。
どう言い逃れしようか焦りに焦って言葉が出ない。
再び沈黙が流れた後に、クリアさんが意を決したかのように真剣な表情でオレに質問を飛ばしてきた。
「で――“いつから”なんだ?」
「え? いつからって――どういう意味です?」
「……“いつからそう”なんだ? まさか――昔から、ずっとそうなのか!?」
クリアさんの質問の意味が理解できなくて、オレはどう答えたら良いのかわからず黙り込んでしまう。
その沈黙をうけて、クリアさんが何かを察したように頷いて話を続けた。
「……良い。別に気にしなくて良い。――心配するな。俺は、“そんなことをいちいち気にしたりするような人間じゃない”からな。――だけど、さっきも言った通り、今は時期が時期だ。だから、できることなら今だけはその――そういう振る舞いは我慢してもらいたい。ただ、いずれにせよ“ああいうことをやるにしたってあそこは危ない場所”だから、次からは場所も変えた方が良いだろう」
クリアさんの表情は真剣そのものだ。
少なくとも、いつもオレをからかったりしている時の飄々とした態度じゃない。
(これ……フザけている時のクリアさんじゃない。『ガチな状態』のクリアさんだ。も、ももももしかして――)
そこでようやくオレは気づいた。
隣に座ってるクリアさんが“とてつもない勘違い”をしているのだと。
同時に、クリアさんがそんな勘違いをするのも当たり前だと思った。
クリアさんからすれば、よほどの事情がない限り。今の状況で、『オレがあんな場所で、あんな格好で、あんな振る舞いをしているわけがない』のだから――
(ま、間違いない――――クリアさんは『オレにそういう趣味が本当にあって。あの場所で“出会いを探していた”』んだと本気で勘違いしている!)
「……ち、違いますっ!」
この先をしゃべったらオレはとんでもないことになるという予感がしたけど、もう逃げ道なんてものはない。
「オレには別にそういう趣味なんかなくて、今日女装していたのはケッコさんに乗せられてやっただけです……あんな場所にいたのは――飛び出したは良いけど着替える場所がなくて、流れであの場所に行ってしまっただけなんです……」
その一言で時間が止まった。
「お……ま……え……なぁ……!!」
顔を伏せていたクリアさんがわなわなと震えてからオレに両肩を掴む。
「〔いくらなんでも“フザけすぎ”だろッ! 状況を考えろ状況を! お前は今あの娘に『父親』として見られてるんだぞ! もしも万が一、お前のそんな姿をデモンに見られたりしたらどうするんだ!〕」
「〔ご、ごめんなさああああああああああい!!〕」
……余りにも正論過ぎて、返す言葉が何も思い浮かばない。
オレはしばらくの間、周囲に目立たないように、ひたすらクリアさんに対して小声で平謝りを繰り返した。
「〔クソッ! 気を遣って損した! ハンカチ返せ! ――ったく〕」
座っていたスカーフを横からすっぱ抜かれてオレは姿勢を僅かに崩しそうになる。
「うぅ……本当に反省してます。すみません……ちょっとオレ……ストレス溜まってて、おかしくなっていたんです……。最近、あんまりゲームらしいことできていなかったっていうか……あんまり楽しめていなかったから……」
「――それが何をどうして女装に繋がるのかさっぱりだが……。とにかく、そういう“意味のない目立つおふざけ”は当面我慢してくれよ」
「……はい。それにしても――ちょっと意外でした。クリアさんって、ああいう事態にパニックになったりせずに、結構紳士的な対応をするんだなって……」
「……まあ、ああいうようなシチュエーションは結構あるんじゃないか? そういう――なんだ? カミングアウトみたいな雰囲気を茶化すほど、俺はデリカシーのない人間じゃあないからな」
オレだったらそんな対応ができる気がしない。
クリアさんからすればびっくりしてしどろもどろになったり、パニックになっていてもおかしくないような状況だったはずだ。
もしかして――
「あの……もしかして――クリアさんの知り合いとか、うちのチームのメンバーにも、“そういう人”がいたりしたんですか?」
「…………さぁ、どうだろうな? とにかくお前は今、一刻も早く自然な流れでチームの家に戻らなきゃならないわけで――」
突然クリアさんが立ち上がる。
座っているオレに対して祈るような――畏まったポーズを取ってから、凄まじい勢いで装備品を着替える。
イベント用の装備だろうか? 全身タキシードのような紳士服だ。
一式装備品を替え終わると同時に、ベンチに座っているオレの右手を掴んでクリアさんが意地の悪い笑みを浮かべた。
「――さてさてそれでは“紳士的に、ご邸宅までエスコートさせていただきましょう。お嬢様”」
「〔何やってるんですか! ふざけるなって言ったの、クリアさんじゃないですか!〕」
「〔要は、目立たなきゃ良いんだよ。そんな目立つ格好で一人でフラフラと歩いていたら余計目立つ。だから、俺が隣に立って“紳士的なエスコート”をしてやるよ。ワハハハハハ! 気をつけることだな。ここで“らしくない素振り”を見せたら、そりゃあ目立つぞ!〕」
オレが“深い理由があって女装しているわけではない”と知った途端にこれだ。
先ほどまで真剣なクリアさんはどこかに吹き飛んでいて、目の前にいるのは“悪質な悪戯魔”だった。
だけど、今のオレがこの格好で騒いだりするようなことはできない。
従うしかなく、クリアさんの片手を握って乙女っぽく立ち上がらざるを得ない。
(あ、悪魔かこの人は……完全に嫌がらせだ……罰ゲームか何かよォ……)
オレは渋々クリアさんの手を握って、立ち上がる。
(おぇぇぇええ。気持ち悪う……)
確かにこれならそういうロールプレイにこだわるカップルにしか見えないかもしれない。
……オレからすれば地獄も良いところだけど。
「気を取り直して――それでは、“レットお嬢様”。お屋敷に戻りましょうか――」
眼前のクリアさんの悪意の混じった笑みは――
「あ~ら、奇奇怪怪な光景ですわね〜」
――突然現れた最悪の第三者の声によって、一瞬にして掻き消えた。
「“師匠”から割り振られた本日の訓練を終わらせて、大した期待もなしに王国の中を散策していたら――中々どうして、“面白い光景”に出会ってしまいましたわ」
クリアさんはそれまで握っていたオレの手を、それまでの紳士的な態度と一緒に放り投げた。
「〔ひ、ひどいですよクリアさん! 自分から手を掴んでおいて、突然乱暴に放り出すなんて!〕」
「〔お、お前――今そんなこと気にしている場合か! これはヤバい! どう見たってヤバい状況だ!〕」
オレはクリアさんの体越しに声をかけてきたプレイヤーを見つめる。
そのオレ達の顔見知りであるMina・Rougeというプレイヤーさんは――値踏みするように手を放したばかりのオレたちを見つめている。
その薄い笑みに感じるのは、不思議なプレッシャーだった。
(確かに……これはヤバいかも!)
この人――ミナさんは、底が知れない。
わかっていることといえばクリアさんに対して謎のアプローチをしてきていて、“複雑で執念深く、とんでもなくめんどくさい性格をしている”ということくらいだ。
ちょっとでも扱いを間違えたら、暴走して街中で何をしでかすかわからない。
オレが置かれている今の状況で、この人の存在は“何が原因で爆発するかわからない地雷”――自爆誘爆御用心の不発弾だ。
そんな状況を理解してか、それとも何も返事をしないのは良くないと思ったのか――クリアさんが固まったまま背後のミナさんに向かって慎重そうに質問を飛ばした。
「その――君の言うところの“師匠”っていうのはリュクスのことかい? 奇妙な呼び方をするものだな。普通に先生とでも呼べば良いんじゃないのか?」
「奇妙な呼称であるということは――私も重々理解しているつもりです。でも……何故かあの方を先生と呼ぶと途端に不機嫌になられますの。だから“師匠”と呼ばせていただいているのですわ」
どうやらクリアさんは、“敵の出方を見ようとしている”みたいだった。
雑談をして――様子見をしようとしている。
「そ、そうか――あいつにも妙なこだわりがあるものなんだな。それで――」
「――それで、クリア様に、“レットお嬢様”。お二人がさっきまで握り合っていたその手は一体なんだったのかしら?」
どうやら話していた声を聞かれていたらしくて、オレの正体は既にバレてしまっているようだ。
しかもクリアさんの軽率な行動のせいで、とんでもない勘違いされかかっている。
クリアさんは、突然ミナさんに対して振り返って、堂々と言い張った。
「その――これは――“男同士の友情”ってやつだな」
(――――――苦しすぎるッ!!)
……もう、詰んでいる気がした。
どうやったって言い逃れができないし。経緯を全部説明したところで、真っ当に状況を理解してもらえると思えない。
クリアさんの苦しすぎる言い訳を聞いてから、ミナさんは姿勢を僅かにのけぞらせて、オレのことを薄目でじっと見下ろしてくる。
どういうエモートを使っているのかわからないけど、その表情には暗くて深い影のようなエフェクトが掛かっている。
少しの間クリアさんとオレを交互に見つめて考え込むような素振りをして、再度薄い笑みを浮かべてオレに対して歩み寄ってきた。
「(――――まあ、お二人でいくら取り繕っていただいても大した問題では無さそうですわね。正直言って、私には貴方がクリア様にとってあまり魅力的な存在であるとは思えません。“親密な関係だとあなた個人がどれだけ思ったところで、それはきっと一方通行の片思いでしょう”し)」
完全に勝ち誇っているような勝者の笑みを浮かべながら、ミナさんが通り過ぎ様にオレに対してそう囁く。
それから、再びクリアさんを通り越して元の場所に戻っていく。
「〔だ、大丈夫かレット? 何か、脅迫でもされたのか?〕」
「〔い……いえ――要はですね。この人『クリアさんはきっと自分の方にお熱なはず』だと思い込んでいて、クリアさんにとって“オレは大したことのない遊びの関係だ”と思い込んでいるみたいで……だから特に怒っていないみたいです。つまり、“思い込みの激しい正妻の余裕”ってやつだと思います。大騒ぎにならなそうだから良いけど……やっぱり、ちょっと何かがおかしいですこの人……〕」
「〔そ……そうか……何にせよ。ひどい勘違いをされてしまったな……。こんなことなら、俺も紳士服じゃなくて女装をしておけばよかった! そうすれば、乙女二人で誰にも気づかれずに自然にチームの家に戻れたものを――〕」
いや、その理屈はおかしいし。言っていることが滅茶苦茶だし。多分、今より百倍は目立つ。
「そこのレットお嬢様に“遥か上の立場”から、一言だけ忠告させていただきます。――これは私の母の受け売りですけれど、『赤という色は僅かに一筋入れるからこそ女の魅力となりうる』のです。全身真っ赤なドレスというのは、主張が激しすぎてむしろ下品で、意中の男性には到底受け入れられませんわ。愛されたいのなら、このアドバイスを常々、忘れないようにすることですわね」
さっきまでのミナさんの発言は全くもって的外れなものだから、全然気にしていなかった。
だけど、ここにきてオレは初めて明確に怒りを感じた。
「……どういう偏見だよ。全身赤色の格好の何が悪いんだ」
オレ自身、全身赤という色が大好きだし、デモンだって髪色も、装備品も全身赤色だからだ。
「〔ま、まあ落ち着けよレット。お前自身の大切な物を貶されて苛立っている気持ちもわかるが、お前がこれ以上目立たないように。今は堪えろ〕」
クリアさんに諌められて、オレは渋々口を紡ぐ。
突然不満そうな表情のまま黙り込んだオレを見つめて、ミナさんが訝し気な表情をした。
「〔いや、いきなり黙り込むやつがあるか! “ケチつけてから無言でガンつけてる奴”にしか見えないだろ!〕」
ミナさんはオレの反応に気を悪くしたのか、不振そうな表情で質問を飛ばしてきた。
「……………………センスの悪さもそうですが。お洒落だけにうつつを抜かしているようでは、乙女として二流ですわよ?」
クリアさんがオレをフォローするように話題を変えた。
「そ、そうなのか? 君はその――お洒落以外にも色々気を遣っていたりするのか?」
「えぇ、それはそれは苛烈な修行をしていますの。だから近々、師匠の抱えている案件次第では、クリア様と一緒に行動するようなこともきっとあるでしょう。私にとってそれは『他の方と一緒に行動するよりも、ほんの少しだけ楽しい』かもしれませんわね?」
そう呟いて、露骨に首を傾げてくる。
……出た、ミナさんの“能動的な受け身姿勢”。
クリアさんからアクションを誘発させるために色々匂わせてくる……。やっぱり、この人は怖いというかちょっと変だ。
くすくすと上品に、どこか悪戯気に笑っているミナさんを見つめてクリアさんがポツリと呟いた。
「〔この女……城下町の街灯に磔にして、晒し者にしてやりたくなるな〕
「〔クリアさんがこの人にそんなことやったら喜んじゃいますよ多分! …………っていうか、これ以上オレが目立たないように、今は堪えてくださいって!〕」
『わかっている。とにかく俺に任せておけ』とばかりに半笑いでため息をついたクリアさんは――
「お前、好き勝手言うのもその辺にしておけよな。ま――今日は“レットに免じて、許してやる”けどな」
――オレから言われたことをそのままミナさんに伝えた。
「〔いや“言い方”考えろよ! 誤解されて余計に話が拗れるだろォ!〕」
ミナさんは、ぎこちないオレ達の応対を受けて目をぱちくりさせて首を傾げている。
なんというか――どこか普通の、意外な反応だった。
再び何かを考え込むような素振りを見せた後――
『――ひょっとして私の予想以上に“中性的な方がお好み”なのかしら?』
――小さな声でそう呟いてミナさんが胸元からメモ帳を取り出して何かを書き込んだ。
(う……勘違いされているというか、ミナさんの中でクリアさんのイメージが“どんどんどんどん余計に拗れているような気がする”……)
「またお会いしましょう。私特に気にはしてませんわ。――推測するに、お二方は“いつまでも一緒にいるような間柄だとは思えませんし”――ね」
意味深なことを言って、ミナさんはオレ達から離れて行った。
チームの家までの帰り道。
歩いている途中、ミナさんの去り際の一言が耳に残った。
『――推測するに、お二方は“いつまでも一緒にいるような間柄だとは思えませんし”――ね』
勘違いをした結果の台詞なのかも知れないけれど。別の意味では、正しい言葉かもしれないと思った。
この事件が終わった時、チームには相変わらず在籍していると思う。
だけど、いつかクリアさんやタナカさんと離れて。一人だけで冒険をするようになる日が来るのかも知れない。
そんな日が――いつか来るんだろうか?
「浮かない表情をしてどうした。何か気になることでもあったか?」
目立たないように二人で並んで(流石に手を繋ぐようなことはしなかったけど)、歩いているクリアさんがオレに質問を飛ばしてきた。
「いや――今オレ達が巻き込まれている事件が無事に終わった後に、オレは一体どこで何をやっているんだろうなって――あんまり考えても仕方ないのはわかっているんですけど。どうしても、先のことが気になっちゃって……」
「……さぁな。未来のことはわからない。ただ。ピンチの時には、必ず俺がお前の隣にいるさ。――今みたいにな!」
クリアさんはそう言って冗談混じりに笑ってから、オレの肩に手を置く。
ふざけた物言いだったけど、その言葉はこれからもきっと事実になるんだと思う。
――今までもそうだったのだから。
「クリアさん。オレ、本当に――」
感謝の意を伝えようとして――
「よ……酔いが一発で覚めましたにゃ。二人がまさかそういうあやしい関係だったなんて……“きょーてんどうち”ですにゃ!」
――再び飛んでくる“顔見知りの勘違いの野次”に、オレは派手な、深い深いため息をついた。
(ああ――もう二度と、フザけて女装なんてしないようにしよう……)