【おまけ話】あの日の思い出【時系列:二章途中】
「なんだって? “ワサビさんにお礼がしたい”だと?」
場所はハイダニアのど真ん中。
ベルシーの口から“普段絶対に言わなそうな台詞”が出てきて、俺は驚きながら困惑した。
「そぉだよ。お礼だよ」
ベルシーが他人にお礼ってことは――これはつまり、“お礼参り”という意味だろうか?
つまりベルシーはワサビさんに対してこれから明確な危害を加えようとしているわけで。
なるほど、これ以上目の前のコイツを生かしてはおけない。
「ベルシー――――お前を殺す」
「なんなんだよ……テメエは! リアフレにいきなり殺害予告してんじゃねえ!」
そういって憤慨するこの男、どうやら本当にワサビさんにお礼がしたいらしい。
普段の素行を考えれば信じられない。完全に異常事態だ。
明日は空から宇宙が降ってきてもおかしくない。
ベルシーらしくないというか、やはりこれは気が狂ったに違いない。
そういえばこの前、「カラオケで酔った挙句に全力で壁をブン殴って右拳が血まみれになった」とか言っていたし。
同じテンションで、脳みそがグチャグチャになるまで頭を壁にぶつけたりでもしたのだろうか?
そのくらいの衝撃がないと、この男の腐った性根は早々変わらないような気もする。
「流石に、ワサビちゃんには世話になりっぱなしだからな。何かお返ししねえと気が済まなくなっちまったんだよ」
なるほど、まるでベルシーに人情が残っているかのような台詞だ。
どうやら、この男は気まぐれで“人間のフリ”をしてみたいようだ。
「……なあクリアオイ。お前……オレに対して、今。スゲエ失礼なことを考えてねえか?」
「よせよ。そんなわけないだろう」
俺はベルシーの言葉を即座に否定した。
“今だけ”失礼なことを考えているわけではない。
この男に対しては、失礼極まりないことなんて“内心で四六時中考えている”からだ。
正直、全く信用できない。
チームのメンバーが困っていたら、ざまあみやがれと嘲笑う。
自分の利益にならないなら、困っている弱者を躊躇なく見捨てる。
遠くで困っている時も、基本何も手伝ってくれない。
忙しそうだからと、手伝いを言い出せないような初心者に暴言を吐いてチームから追い出す。
しかも人の心を傷つける目的の悪意が基本的な行動原理であり。
堂々と他人の足の引っ張った挙句に、だらだら文句を言って絶妙に後味の悪い妨害をしてくるのだ。
例えるなら、転んだまま駄々をこねて泣き続ける大きな子どものようだ。
――とはいえ、こんな性格最悪野郎でも「ワサビさんなら認められるのは仕方ないかもしれない」と俺は思い直す。
チームのメンバーが困っていたら、必ずお手伝い。
自分の利益にならなくても、必ず助けてくれる。
遠くで困っていた時も、現場に必ず駆けつけてくれる。
忙しそうだからと、手伝いを言い出せないような時でも“それを察してお手伝いに来てくれる”。
しかも一方的な善意の押し付けなど一切なく。
こっそり背中から見守ってくれるような、絶妙な距離感のお手伝いの仕方をしてくれるのだ。
例えるなら、転んだ子どもが泣かないで立ち上がるのを優しく見守っているような母親のような感じだろうか。
聖人というかなんというか。
チーム内外問わずラブコールが止まらない――というだけのことはある。
「絵に描いたような性格美人っつーか。あんな善い女は現実じゃ見たことないぜ」
「まぁ――――――ある意味では、そうかもしれないな」
「なんでも優しく手伝ってくれるだけじゃねえ。ネガティブなことが起きても笑顔で受け止めるし、人の話を聞くのがとても上手いしよぉ」
「俺と話す時は、言葉に窮することが結構あるけどな。この前だって――」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――――――っていう話があって。俺久しぶりに、一人で外人のパーティに参加してみたんだよね』
『そうなんですかー』
『で、ボスを皆で殴ってたんだけど。あのエリアのボスってスキルだけでダメージを与えないと倒せないでしょ? だから、スキルのCD中、外人達は敵を殴りたいのに皆暇そうにしててさ』
『そ……そ、そうなんですかー?』
『そこで閃いたんだよ。野良の外人さんって脳筋な人が多いから、『OK! Kill him! GOGOGOGO』って大声で叫んでみたんだ』
『そ、そ……それは、そ……そ、そうなんですねー』
『そしたら、全員“リーダーの攻撃指示だと勘違い”してさ。今までの鬱憤を晴らすかのように全力で突撃して行って。予想通り、反撃技でパーティが全滅しちゃって。面白くって、俺笑っちゃってさー!』
『…………………………』
『どうしたのワサビさん? 心ここに在らずって感じだけど。――全く。俺の話が面白くなかったからって、あからさまな生返事した挙句に黙り込むだなんて。ワサビさんは意地悪なんだから、もうー』
『むー。普段からいぢわるばっかりしている人に、そんなことは言われたくないですー……』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――ってな感じで、俺はジト目をされたことがある」
「訳わかんねえ因縁ふっかけんな! どう考えてもテメエがイカレたことやってっからだろ! ドン引きさせてんじゃねえよ!」
「でも、皆暇してたからな。死人は出たけど、目的は達成できたし。派手な戦いができてメンバーは楽しそうだったぞ。リーダーだけは顔面蒼白だったけど」
「馬鹿じゃねえの? しかし、クッソー……なんか一周回って羨ましい気がしてきたぜそれ! オレもワサビちゃんに笑顔以外の感情を向けてもらいたくなってきた……」
「おいベルシー。だからって、ワサビさんにあまり迷惑をかけるようとしたりするなよ」
「お前、それはこっちの台詞だろうがよ……」
「馬鹿言え。俺がワサビさんに迷惑をかけることなんて今までなかったし。これからも無い」
きっぱりとそう言い放った直後に俺は首を傾げた。
――妙だな。ワサビさんは俺と話している時はコロコロ表情を変えてくれて見ていて結構面白いのだが。
ベルシーはひょっとすると人の表情を読み取るのが苦手なのかもしれない。
「それで、お礼として一体何をするつもりなんだ? ちゃんとしたお礼をするならワサビさんの益にもなるし、俺もいつも手伝ってもらっているから協力はしたいが、正直言って俺もお前もワサビさんを喜ばせられるようなプレイヤーじゃないだろ」
「お前、自分で言ってて虚しくならねえのかよ……」
「しかし、事実だろ? お礼と聞いて真っ先に思い浮かぶのは装備品獲得の手伝いとかアイテムのプレゼントとかだが、ワサビさんは欲しいアイテムがあったら、その都度同目的のプレイヤーが集まる他のコミュニティに自力で属してゲットしてくるじゃないか。俺らのような胡散臭いプレイヤーの手伝いなど必要としていないだろ? それに、ワサビさんクラスのプレイヤーが欲しがるようなレアアイテムを俺たちで調達できる気がしない」
「そこはまあ、“需要と供給”ってヤツだよ。要は『普通の上級者はわざわざ欲しがらねえが、ワサビちゃんという“固有のプレイヤーが欲しがりそうな物”』をいくつか探し出して、その中から今のオレ達が提供できる物を取ってくれば良い」
なるほど。理には適っている。
しかし、この男が他人に対してプレゼントをするなど想像ができない。
不慣れだからこそ、空回りしてとんでもない凶行に走るかもしれない。
例えば――
「ベルシー……。あらかじめ言っておくが、もしもお前が『自分自身を箱詰めしてラッピングしてプレゼントしよう』とか本気で思っていたりするのなら、やめておいた方が良い。そのまま“海に沈めることになる”」
「お前どういう発想してんだよ! んな気持ち悪いことやるヤツいねえいねえだろうが! ――にしても、その“海に沈める”っていう辛辣な言葉、スゲエ聞き覚えがあるな……。クッソ……頭が痛え……思い出せねえ……」
「……“今度気が向いたら思い出させてやるよ”」
そう、適当に受け答えしつつ『喜ぶヤツなんていない』というベルシーの言葉を思い返しながら、俺は内心で毒を吐く。
(『プレイヤーそのものをプレゼントされて喜ぶプレイヤー』か、労働力って意味ではそれこそベルシー自身が喜びそうだがな)
そういえば、この男は最近タナカさんを雑用としてこき使っているらしい。
レットから灸をすえておいてほしいと言われていたし、“そろそろ痛い目を見てもらう必要があるかもしれない”。
「――まぁとにかくだ。アイテムの候補自体はオレの方で既に絞ってきてある。オイ、クリア。この中から、お前とオレで取れそうなアイテムを見つけるぞ」
かくして、目標を定めた俺たちは入手のために【デグレイブの洞門】というダンジョンに足を踏み入れることとなった。
この洞門は世界設定的には海底トンネルの役割をしているダンジョンで、雨漏りのように降ってくる海水とともに天井の石が剥がれて地面に堆積していっている。――つまり“年々海底に向かって上昇をしている”らしく、『いつか完全に浸水し崩落する』とNPCに噂される危険地帯となっている。(――といっても、これは世界設定の話エアって、ゲーム内で本当に崩落することはないのだが)
[あークソ。空から降ってくる海水がうぜえな。ユニークが湧く座標ってどこだよ]
[確か(H-8)を中心とした大広場だったろ? もうそろそろ到着するさ]
そのユニークモンスターがドロップするアイテムの名前は【スペクテイターズクロッグ】。
『パーティ・アライアンスメンバー以外のプレイヤーに対する蘇生魔法の詠唱速度をアップさせる』という隠し効果がついた両足装備で、プレイヤー自身のステータスを上げる効果がほとんど期待できないためAHにも流通していない。
しかし、辻斬りみたいに不意に現れて初心者を蘇生させるワサビさんにとってはまさにピッタリの“貰って嬉しい装備”だ。
その一方で、ベルシーがこんなアイテムを真面目に取ろうとしているというシチュエーションに笑えてくる。
[オイ、クリア。さっきからお前は何を一人で笑ってんだよ]
[いや、ゲットできれば確実にサプライズになるだろうなと思ってな。ワサビさんとはいえ、こんなアイテムは確実に持っていないだろうし――]
そして何より、ベルシーがプレゼントをしたと知ったらチームメンバーもきっと驚くに違いない。
[――ワサビさんとはいえ、こんなアイテムは確実に持っていないだろうしな]
ワサビさんがこのアイテムを確実に持っていないであろう理由。
その理由が、俺たちの前には大きな壁が立ちはだかっている。
[さて――座標についたな。ベルシー、こっからが気合の入れどころだ――“張り込みを開始するぞ”]
気合を入れてから、ただ二人で“そのまま地面に座り込む”。
そう――大きな壁というのはズバリ装備品を落とすモンスターが湧く条件とその強さだ。
これは『特定の座標の広場に一定の確率で“登場する”』というものだ。
だから、即座に湧くこともあれば、最悪何十時間も広場に居なければ湧かない可能性だってある。
フルダイブのVRMMOとしては結構厳しい上に、俺とベルシーのレベルのプレイヤーなら確実に二人はいないと倒せないくらいの強さなのである。
つまり、お互いのフォローを即座に行う必要がある関係で、可能な限り二人で広場に居座り続けなければいけない。
当然ながら、今時こんなマゾい仕様が全面的に許容されるわけもなく、余程の超レアアイテムでもない限り他に入手手段が用意されていたりするのだが。
そっちもそっちで対モンスターが苦手な俺や、チームメンバーの手伝いをほとんど期待できないベルシーのようなプレイヤーにとっては相当実現な困難な手段だったりするわけで――結局能力や人徳が足りていない俺たちだけでアイテムを取るのなら、こうやって体を張るしか道はない。
(ハイダニアの闘技場でレットに戦いのレクチャをしてたり、色々“調べ物”をしている身としては、この張り込みがさっさと終わってくれることを祈りたい……)
そんなことを考えながら、ベルシーと二人で適当に時間を潰すことになるのであった。
【一日目】
この日は、モンスターが登場しなかった。
暇なので、ベルシーと適当に駄弁っていた。
こいつの話はやや刺激が強い。
この日も『カヌピスのCMをやっていた女優とクラブで飲んでいたら、酔っ払ってジャイアントスイングで放り投げてしまった』とか。
『引越しの家具を処分するのが面倒なので、屋上に放置してきた』とかなんだとか言っていた。
ここまで行くともう犯罪風自慢ではなく。自慢風犯罪だ。
コイツはまた、警察のお世話になりたいのだろうか?
そういえば前、ベルシーの話にレットも驚いていたな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『え!? ベルシーってあの声優の【短葉茜】と、大学のゼミが同じだったの!?』
『そぉだよ。在学中は“お忍びだから黙ってて欲しい”って言われてたぜ。劣徒、お前もしかしてファンなのかよ?』
『当たり前じゃん! 美人ですごく有名な人だもん! でも、短葉茜って早慶大学じゃなかったっけ?』
『……だから、オレも早慶大学出身なんだっつーの』
『へぇ~。やっぱり勉強ができるからって、必ず頭が良いってわけじゃないんだね……』
『――殺すぞテメエ!』
『いや~、あの短葉茜と大学のゼミが同じだったなんていいなぁ~。やっぱり本物は可愛いんだろうな〜』
『そうか? 当時はそんなでもないっていうか、実物はメディアに出てる時よりも遥かにブスだったからナンパする気も起きなかったぜ。普段は厚化粧でもしていたか、ヒットに合わせてプロダクションの意向で顔面の整形でもしたんじゃねえのか?』
『――そんなわけないでしょ。ファンの前でイメージを落とすようなことを平気で言わないでよォ……』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして、ベルシーはたまに“ありもしないようなこと”も平然と言う。
この日は『自分は昔、北陸地方の中部で犬とキャンプ中に“怪物”に遭ってエアガンをぶっ放したことがある』と言い張っていた。
――薬でもキメたのだろうか?
この男はトラブルメーカーなので、本当に怪物に遭遇しても何らおかしくないといえばおかしくないのだが。
この頃のベルシーは犬にも優しかったというのが実に嘘くさいが、しかし“エアガンを日常的に持ち歩いていて怪物に対して躊躇なくぶっ放す”というのは確かに“ベルシーらしいといえばらしい”。
『その時の体験を匿名掲示板に書いたら、今では都市伝説扱いで誰も信じてくれない』
『オレは元気なのに勝手に後日談を出してきたヤツがいて最悪だった』
『それをネタに金儲けしている奴らに著作権料をふんだくりたいけど、匿名掲示板の著作権は運営者に譲渡されるから金にならない。本当にもったいないことをした』
――とかなんだとか言って、キレ散らかしていた。
しかし、その話が事実だとしてもベルシーならさほど驚くようなことではない。
この男は現実世界で定期的にトラブルに巻き込まれるし、巻き起こす。
都市伝説じみた怪物に本当に遭遇していたとしても今更驚くようなことではない。
怪物の名前はなんだったっけか? シスノケ? シケノケ?
何にせよ、俺にとっては割とどうでも良い話だ。
【二日目】
この日も、モンスターを見かけることはなかった。
モンスターが湧く範囲は相当広い。
なのでひょっとすると、広場の奥側に湧いて他のプレイヤーに横取りされてしまったのかもしれない。
そして、ベルシーの様子が段々とおかしくなってきた。
これは決してホラーな展開になったとかではなく。
常識的に考えて、“オンラインゲーム内でぶっ続けで張り込みを続ける”という状況自体が異常なのだ。
デグレイブの洞門は水滴が絶え間なく降ってくるせいできちんと張り込みをする場合、居眠りなどできない。
休憩らしい休憩もほとんど取れていないから、ベルシーは精神が極限状態になってきている。
――実はゲーム内設定の細かい部分を弄って水滴のエフェクトをオフにすれば、居眠りをすることは容易だったりするし自分はちゃんと寝ているのだが……黙っておこうと思った。
もしもそれがバレても『知っていると思っていた』とか適当に嘘をつけば良い。
出会ったばかりの頃、いきなりぶん殴られたレットの恨みを返す良い機会だろう。
いずれにせよ、この場で堂々とベルシーはぬいぐるみを出して寝るわけにもいかないだろうし、『ドロップするまで眠れません状態』に陥るのは本人も事前に覚悟していたことだ。
【三日目】
ベルシー、ついに本格的に気が狂れ始める。
「「出てこねえよオオオオ! 出てこねえから終わらねえし寝れねえよオオオオオオ! 寝れない子は育たねえし、背も伸びねえんだオオオオオオオオ! ウワアアアアアァアァァッァァァァン!! “ママ”ァァァァァアアア!!!!!!!!」」
ついに耐え切れなくなったのか両手で顔を抑えたベルシーが大声で叫んで地団太を踏み始めた。(しかもパーティ会話ではなく、周囲に聞こえる声でだ)
ベルシーは追い詰められると、こういう幼児退行じみた発狂の仕方を良くする。
本人としては憂さ晴らしにはっちゃけてつもりなのだろうが、“ネタがネタだけにリアクションに困る”。
「「ママァァァァァアアア!! ママァァァァァアアアアア!!! 眠れないヨオオオオオオォオオオオオオ…………」」
[…………………………そうだな]
「……………………あー……全然笑えねえよ。クソァッ‼」
俺の当たり障りのないリアクションがつまらなかったのか――ベルシーは急に冷静になって座ったままの姿勢で、地面に溜まっていた海水ごと転がっていた石を乱暴に蹴飛ばした。
急に冷静になったところだけは、正直ちょっと面白かった。
そしてこの三日目が終わりそうになったタイミングで、信じられない事態が起こった。
[すまんベルシー。たった今気づいたんだが……………………“モンスターが登場する広場はそもそもこの座標じゃなかった”みたいだ]
「ああああああああああアアアアアアアアぶぁふファああああああアアアアアアアア!? FUUUUUUUUUUUU!!!!!!」
なんという不幸だ。
こんな不慮の事故が果たして実在して良いのだろうか?
どれもこれも、ベルシーが悪い。
……実際は全面的に自分が悪いのだが、自分の身に降りかかるゲーム内のトラブルは全部ベルシーのせいにすることで幾分か気が楽になる。
――“よって、ベルシーが悪い”。
[しかしなベルシー。モンスターが登場する広場の座標は二人で事前に確認したじゃないか。俺だけが悪いわけじゃないはずだろ?]
「アァ? そう……だったか? 疲れすぎて……よくわかんなくなってきたぜチクショウ……!」
宥めるような口調でベルシーに嘘を吹き込んで、上手い具合に責任を分散させつつ、二人でマップ内の正しい広場の座標に向かって移動をした。
きちんと寝ているとはいえ、三日という時間をずっとゲーム内ダンジョンの中で過ごし続けるのは流石にしんどい。
俺も体力の限界が近づいている。
もはや“ワサビさんにプレゼントをする”という当初の目的も忘れつつあった。
ここまで来たら、意地でも装備をゲットしなければ帰れない。
“ギャンブルの負け分を取り返そうとして泥沼にハマっているような状態”だ。
[あークソだりぃ。しかもこのモンスター、ドロップするアイテムが二種類あるんだよな? 片方がワサビちゃんにプレゼントしたい足装備で、片方がブラッドナイト用の鎌かよ。ハズレが出たら売っぱらうしかねえな]
[自分で使えば良いだろ、ブラッドナイトなんだから。魔導書なんて使うのいい加減辞めろよ]
[うるせえな。お前一体何回同じこと言ってんだよ。オレのビルドが強いか弱いかなんて関係ねえ。オレがただやりてえと思ってるからやってるんだ]
[……前々から思っていたけど。お前、我が強すぎるって言うか――一度決めた物事に対して頑固すぎないか? そんなわけわからないビルドをする必要だってないはずだ? いい加減。“やり方を改めても良くないか?” そんな、“吸血”に拘らなくても……]
この時点で会話の流れが良くない方向に行っている気がしたが、しかしこの時の俺にはそんなことを気にする余裕はなかった。
[他人の血を吸って、自分だけが利益を享受するっていうのは、この世界の中におけるお前のスタイルなのかもしれないけど……。ワサビさん以外にも容赦や手心があっても良いと思うぞ。例えばタナカさんだってワサビさんと同じように善い人だろ]
ここでようやく自分が余計な領分に立ち入ってしまったことを理解する。
ベルシーは目に見えて苛立っているようだった。
[――それがオレとって具体的に“どんな利益を産んだんだ”?]
[いや……その人間関係っていうのは、そんなビジネスみたいなものじゃないと思うんだが……]
[“それはどこを見て得た見識なんだ?” よりによってお前がオレに対してそんな説教するのは、違うだろうがよ。無知の癖に偉そうに――“黙れよ”。死んどけバカ]
俺は何も言い返さなかった。
その指摘自体は真っ当だが、暴言混じりの怒りをいきなりぶつけられて相手を宥められるほど俺は聖人じゃない。
二人の間に流れた気まずい空気は――
[――おいベルシー! 湧いた湧いた湧いた湧いた! 釣れ釣れ! ヘイト取れヘイト!]
[わぁーってる! わぁーってるっつの!]
――直後に湧いたユニークモンスターによってあっさりと胡散した。
しかし、一難去ってまた一難。
結論から言うと、そのユニークモンスターとの戦闘は筆舌に尽くしがたい苦行のような泥仕合となる――
第一に、ヘイトを取って敵の攻撃を受けるベルシーに問題があった。
先程口論の原因になったこのビルドは常に“自衛第一で、自分の生存力ばかりを重視している”という極めて自己中心的なものだ。
まず、吸血を続けないと体力を維持できない。
このユニークモンスターは“どこかのタイミングで攻撃の手を緩めないと被ダメージの何倍も回復する”という仕様があるのだがベルシー自身が攻撃を止めてしまうと死んでしまうため、戦いが終わらない。
そして、ベルシーのビルドは火力が全然出ない。
火力が出ないので、俺が全力を出したら敵のヘイトを奪って戦闘不能になってしまう。
こういう場合は、ターゲットを取って戦闘不能になる前に全力を出して倒し切るという戦法もあるのだが、ここで二つ目の問題がある。
それは俺自身だ。
このモンスターに対する知識をろくすっぽ持っていなかったせいで効率良くダメ―ジを与えられない。
――以上のことから、戦闘が長期化することとなり、文字通り血で血を争う醜い戦いが発生してしまった。
最終的には、グダグダな戦闘が続いた挙句にベルシーは戦闘不能――
[馬鹿お前あと少しだろ! 根性出せよマジで!]
[お前こそ馬鹿だろ! 気合や根性で戦闘に勝てるか!]
――結局、俺が戦闘不能になった直後。
付与した毒ダメージによって相打ちに近い形でユニークモンスターは倒れた。
勝利を喜ぶ暇も無いまま、直後に【リベレーションサイズ】という名前のアイテムが俺たちのパーティの戦利品リストに追加される。
――“ハズレ”だ。ドロップしたのはよりにもよって鎌の方だった。
[さ、最悪だクソが……フザけんなよ……ここまでの苦労が、水の泡か……チクショウが……]
ベルシーがそう呟いて、リスポーン地点に消えていく。
近場に自分以外のプレイヤーがいなくなったためか、俺のインベントリーの中に不要な鎌が入ってくる。
(む……無念……)
去っていくベルシーに釣られるようにリスポーン地点に戻ろうとした直後に、俺の体にエフェクトがかかり突然浮かび上がる。
どうやら、運よく蘇生してくれたプレイヤーがいるようだ――
「こんばんはですー」
よりにもよって、俺を蘇生したのは“ワサビさん本人”だった。
「あ、こんばんはワサビさん。ど、どうしてここに?」
「何日もお二人で頑張っているから、そっとしておいた方が良いかなとも思ったのですけれど。どうしても心配になって、昨日からこっそり、何度か様子を見に来ちゃってましたー」
少しバツの悪そうな雰囲気を醸し出しながらもワサビさんは、はにかんだ様子でもじもじしている。
なるほど、どうやら俺たちは昨日から遠目で見守られていたようだ。
……ここはパッシブエリアでPKの危険もないから、全く警戒していなかった。
「えと、お二人ともダンジョンの中を行ったり来たりしているみたいなのですけど、何か欲しいアイテムでもあるんですか? お困りなら、私も手伝いますよー。ベルシーさんは蘇生が間に合わなかったけど、またここに来てもらって三人で頑張りましょー!」
「そうか、それなら助か――」
いやいや、ワサビさんに対するプレゼントをワサビさんに手伝ってもらっては本末転倒だ。
どうするべきか――と思案しながら動き回っていた俺の目線はワサビさんの両足を見てぴたりと止まった。
「ワ……ワサビさん。その両足装備って、もしかして――」
「昨日ここに来た時にユニークモンスターが居て、倒したら手に入ったんですー」
その言葉を聞いて、疲労感がさらに押し寄せて全身の力が抜けた気がした。
おそらく、ターゲットのモンスターは“最初からここに居た”のだ。
つまり、俺がベルシーと潰した二日間は徒労というか、ほとんど完全に無駄になったということだ。
『私思うんだけど、幸運に恵まれている人って“日頃の行いが良い”のよね〜』
このゲームをやっていて頻繁に聞くセリフが(なぜかケッコさんの声で)頭の中に木霊する。
「――ワサビさん」
俺は寄りかかるようにワサビさんの両肩に手を置く。
「は………………はい!」
突然の俺のアクションに驚かせてしまったらしく、ワサビさんの顔が赤らんで目がぱちくりしている。
疲労と徒労感によって半ば投げやりになった俺は、インベントリーから取り出した鎌を片手で取り出してワサビさんに手渡した。
「……いつも……ありがとうね。これ――プレゼントだから………………」
最後にそれだけ呟くと同時に俺のダラリと両腕が垂れ下がる。
そして、そのまま地面に倒れ込んだ。
「Σ(しぐまっ!)」
【リベレーションサイズ/Liberation Scythe】
禍々しいデザインの黒色の鎌。
ブラッドナイトが自己犠牲的に血を解放するビルドを扱う際の最適武器となる。
禍々しい見た目と効果を持つの鎌の割に「弱者解放のために己の全てを解き放った名も無き英雄」が使っていたという逸話があるようだ。
「確かに、ベルシーが持っていても仕方ないな。こんなもの……。いや、ワサビさんにプレゼントするのもおかしいわけだが……」
【スペクテイターズクロッグ/Spectator's Clogs】
神々しいデザインの白色の足装備。
『パーティ・アライアンスメンバー以外のプレイヤーに対する蘇生魔法の詠唱速度をアップさせる』という隠し効果がついている。
こちらの装備にも「自己満足のために安全地帯から弱者救済のフリをし続けた“ただの傍観者”が履いていた」という、イメージとは全く真逆のネガティブな逸話が込められているようだ。
「ま、こんな逸話を気にするようなプレイヤーがいるわけもなく。こっちをプレゼントできなかったのがひたすら残念だ……」
【自利利他のジリリタ】
棘のついた巨大な球体型のモンスターであり、洞門の主。
(被ダメージを与えると大回復してしまう)魔法攻撃形態と、(溜め込んだエネルギーを使って解放してダメージを受けながら大暴れする)物理攻撃形態に切り替わる。
このモンスターにつけられている自利利他という言葉は、『自己防衛的に回復を続けるという意味での自利』、『自分の体力を削って暴れまわることで洞門内の他の生態系を守るという意味での利他』であり、本来の言葉意味とは違っているようだ。
そんな設定もあってか、正反対の意味を持った二つの装備品を落とす。
ごめん。まだ四章半分しかできてねえんだ……。