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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第四十一話 夕日の丘で

 レットとタナカは、長い時間を掛けて湖まで移動する。

その後、湖の近くにあるポータルゲートを調べることによって二人の肉体が瞬く間に転送された。


転送が終了した直後、唐突な視界の眩しさを感じてレットは一瞬目を強く瞑る。

しばらくしてから、恐る恐るゆっくりと目を開く。


 周囲の景色は様変わりしていた。

荒涼とした大地。空には赤く輝く夕日。

遥か遠くには切り立った丘が見えて、目の前には列車の駅があった。

駅の周囲には出店や郵便ポストなど、プレイヤーにとって必要最低限のオブジェクトが設置されている。


[とても――綺麗な景色ですね……]


[そうだね。他のフィールドの時間帯や天候とほとんど関係なしに、夜以外夕日がずっと出ているから、ここら一帯が【夕日の丘】――ってフィールド名で呼ばれているみたい。ケッコさんが言ってたよね。帰りはあの駅から列車に乗って【ヌェーヴォ・セニセロ】まで戻って来いって]


レットがアイテムのインベントリーを開いて、ケッコから預かっていた二枚のチケットを取り出した。


[――よし! それじゃあ、タナカさん! 二人でチームの家に帰ろうよ。皆、喜んで大騒ぎしているみたいだし――オレ達を待ってるみたいだし!]


行きの時と同じようにパーティを組んだ状態のまま、レットが駅の近くに立っているNPCに近づいていく。


[――――――――タナカさん?]


レットが振り返る。

タナカは駅の近くの郵便ポストの隣に寄りかかった状態のまま、動かなかった。


[………………申し訳ありません、レットさん。ワタクシはしばらく――――この辺りで夕日でも見ていこうと思います]


[でも――タナカさん。大丈夫? さっきから、ふらふらだけど……睡眠不足なんじゃないの? いったんログアウトした方が良いんじゃ……]


[ええ、そうさせていただくつもりです。ただ、もう少しだけ――この美しい景色を見ていたいので……レットさんはお先に戻っていてください]


[――――――――そっか。……じゃあ、オレ――先に帰っているね!]


レットがタナカに、汽車のチケットを手渡す。


[――はい。レットさん。今日は本当に………………本当にお疲れ様でした]


タナカはレットを何秒かじっと見つめてから背を向けた。


[うん。タナカさんも――お疲れさま!]


それだけ呟いてレットはチケットを握りしめたまま――丘に向かってゆっくりと歩いていくタナカの背中を見つめる。


(…………………………)


レットは、タナカを必要以上に引き留めようとしなかった。





































(――――おかしいんだ)


レットの胸中には一抹の不安があった。


(やっぱり……どこか……“何かがおかしい”んだ……)


ずっと、嫌な予感がしていた。







『全てがあまりにも、綺麗に上手く行きすぎた』






トヴとイートロの前で、レットはどうしてもタナカに対して聞けなかったことがあった。

『ゲーム』が終わって、二人でゆっくりと島を歩いている間も。

【夕日の丘】に到着した後も。






どうしても――聞けないことがあった。








『タナカさんは、一体“どうやってイートロの心を開いた”の?』







レットは、タナカのことを確かに信じていた。

事実、タナカはイートロに寄り添って希望を与えて見事に現実に還してみせた。

しかし、それでもここまで物事がうまく進むのは予想外のことで――だからこそ不安だった。


去り際に、イートロはタナカに“何も言わずに頭を下げた”。

だからレットは、タナカが自分に対して“何か隠し事をしている”のではないかと思った。


ずっとずっと、嫌な予感がしていた。

それでも、頭の中でその予感を具体的な言葉として思考したくなかった。

言葉にすれば、それが現実になってしまいそうで怖かった。


レットの心の中のざわめきが大きくなっていく。

今にも消えてしまいそうなタナカの小さな背中を見つめている内に、レットはふと思った。


(どうしてだろう……。ここでタナカさんを追いかけないと、取り返しのつかないことになりそうな気がする……)


だから、レットはタナカを素直に見送ったフリをして先に帰ると嘘をついて――








――しばらくしてから、タナカを追うべく駆け出した。










 レットは、タナカの残した小さな足跡を頼りに夕日に向かって歩いていく。

眩しい夕日に目が眩んで、前方向をはっきりと視認できない。

タナカの足跡を頼りに足音を殺しながらしばらく歩くと、夕日が何かに隠れてようやく視界がはっきりとしてくる。


とても広い荒野の中央に、巨大な丘があった。

丘の麓まで歩いてから、レットは夕日で目を眩まなせないようにシステムの設定で明るさを調整する。


(足跡は、丘の上に続いている。タナカさんは丘の頂上まで登ったのかも)


丘の麓についている足跡を頼りに、レットは切り立った丘をゆっくりと登っていく。

そうしてようやく丘の頂上に辿り着いて、レットはその足をぴたりと止めた。

遠くまで広がる絶景の下で――





















――タナカが、地面に対して前のめりに倒れこんでいた。


「――――――タナカさんッ!!」


レットが叫んで、倒れているタナカに駆け寄っていく。


(おかしい! だって――“おかしいじゃないか”。周りにはモンスターもいない。他のプレイヤーもいない。タナカさんの体力は“全く減ることなく残っている”じゃないか。なのに――)






無傷の状態で、タナカマコトは地面に横たわっている。





レットの頭の隅にふと。本当にふと。僅かな一つの可能性が思い浮かぶ。

まるで頭の中に突然小さな――棘だらけの破片が現れたかのような。

そんな一つの可能性。


それを頭の中から振り払おうとして、タナカが倒れている他の理由を必死になって模索して。


しかしそれでも、頭の中の小さな破片がずっと残り続けた。


(まさか、そんな馬鹿な。“そんなことがあるわけがない”。あるわけが……)


「どうしたのさ!? しっかりしてよ!!」


その小さな体を仰向けにして、レットはタナカに話しかける。


「ああ………………レットさん………………来て、しまわれた――」


そこまで呟いて、タナカが黙り込む。


「いえ………………失礼いたしました。どうやら。寝不足で――倒れてしまったようで」






頭の中の嫌な予感が取り除けない。







「……………………だったら、こんなところにいちゃ危ないよ。早く……ログアウトしないとさ」


レットが不安げな表情でタナカに対してログアウトを提案する。

タナカが悩むような表情でレットを見つめる。

タナカはシステムメニューを開く。

その動きは、まるでバッテリーが切れかかっている玩具のように弱々しい。

タナカは、ログアウトの項目に指をゆっくりと伸ばし――








――レットがそれを制止して問いかけた。


「ねえ………………もしかして……タナカさん……………………“ログアウトできない理由”があるんじゃない?」


レットの指摘に、タナカは目を瞑る。


「………………やっぱり、隠し通せませんでしたか」


レットの耳に、誰かの足音が聞こえて来る。












レットが振り返ると――


「――レット。そうか………………………………“来てしまった”んだな……」


――チームの家から直接転送をしてきたのだろうか。

そこに立って居たのは、クリアだった。


「クリアさん……“どうして、ここに!?”」


チームの会話に、クリアは居なかった。

そもそも、彼が“この場に来る”という連絡すらレットは受けてはいなかった。

だからレットは、クリアが『ハイダニアで自分達を迎えるために準備をしているのだろう』と思っていた。


本来ここに居るはずのないクリアが、地面を見つめたままぽつりと呟いた。


「………………………………最期に、会いに来たんだ。“お別れをしに来た”んだよ」


「お……“お別れ”って一体何ですか! どういう意味なんですか!?」


「クリアさん……。レットさんには、黙っておいていただけると――」


「……もう、無理だよタナカさん。事件を解決するのに時間がかかり過ぎたのが……良くなかった。ここまで来たら、もう隠し通せない。俺は、レットも知るべきだと思う。このまま半端に――何もわからないままお別れになったら、レットはきっと……………………辛い思いをするだろう」


クリアの言葉で、タナカはレットにゆっくりと視線を合わせて観念したように呟いた。
























「レットさん。実は………………ワタクシも――――――イートロさんとは、別種の神経の病気を…………患っているのです」



















「う…………う………………嘘だ」


レットの口から反射的に言葉が出て――


「――嘘じゃない」


――即座にクリアに否定される。


「………………い……嫌だな。こんなの……」


レットが半笑いで周囲の状況を否定する。


「う、嘘に決まっているでしょクリアさん? だって――そんな……冗談にしてはタチが悪すぎますよ! らしくないですよ。こんな……突然……心臓に悪いような嘘をつくなんて。タナカさんも酷いよ。二人して、いきなりオレをびっくりさせようとするなんて……………………ひどいや……酷いよ…………」


沈黙が場を支配する。

クリアは口を開けたまま、言葉に詰まっているようだった。


「――レットさん」


タナカがレットに対して、悲しげな表情で呟いた。


「ずっと黙っていて、申し訳ありませんでした…………本当は、この後、折りを見てログアウトをするつもりだったんです……。でも………………残念なことに――――今のワタクシにはもう――――――ログアウトをした後に、目を覚ませるか――“意識があるかどうかの自信すら無かった”。それが、とても怖くて……情けの無いことですが、事情を知っているクリアさんに……ここまで来て頂いたのですよ」


レットの表情が半笑いから、真顔になる。

そして真顔の状態から、歯を喰いしばって――地面に目線を落とした。




「………………“いつ”からなんですか」





信じたくはなかった。

いきなり、何の前触れも無く『タナカの時間がほとんど残されていない』という衝撃の事実を伝えられて、レットの頭はかつてないほどに――ぐちゃぐちゃに混乱していた。









「――“いつ”からッ!!」





レットの突然の叫びで、それまで地面を見ていたクリアが顔を上げる。


「タナカさんがこのゲームを始める前。ずっとずっと前からだ! ――お前と初めて出会った時には、既に症状が進んでいたんだよ!」


「そんな………………じゃあ……い、急いで――急いで病院に行かなきゃ――――――――駄目じゃないですか!」


突如告げられた受け入れられない事実を前に、レットは“馬鹿みたいなことを言っている自覚”があった。

もしも、クリアの言うことが事実ならタナカが病を患っていながらゲームを続けている理由など明白だった。

頭ではわかっていても、それでも迫ってくる現実から目を反らしていたかった。











「イートロとは違ってな。タナカさんの病気は治る見込みも最初から全く無いんだ! ――未だに……原因もわからないような病気なんだよ!」


「そ……それじゃあ………もう………………」


“助かる見込みなど、万に一つも無い”。

しかし、それを言葉にすることが出来ない。


「どうして……………………」


だから、レットはそれとは別の事実に対して、怒るように叫んだ。





「………どうして、クリアさんは――――――どうして事情を知っていたんですか!? こんなの嘘だ…………嘘だよ! 嘘だ! だって……だって、だって突然だよ! 突然すぎる!」






暫しの静寂の後、クリアはレットをゴーグル越しに見つめたまま呟いた。


「………………“突然なんかじゃない”んだよ。むしろ逆だ。俺がタナカさんの病気を知ったのが“全ての始まり”だったんだ……。俺がタナカさんの事情を知ったのは、お前が初めてデモンを見つけたあの日の夜のことだったんだ――」








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





『その場に居なかった俺でも二人の推理を90%“信じたいと思う”。だけど、もう10%が欲しい。二人が焦っているのはわかるんだが、正直レットの話はまとまりすぎていていまいち情報が足りない。改めて、最初から細かく経緯を話せるかい? 特に、その男とエルフの少年が話していた内容を知りたい』


『それなら(ワタクシ)が全てのお話をさせていただきます。……レットさん。少し、席を外していただけませんでしょうか? クリアさんと落ち着いて、二人きりでお話がしたいのです。あそこで聞いた会話を含めてもう一度、最初から仔細に説明させていただきますので』





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「あの時に――俺はタナカさんに抱え込んでいる病気のことを教えられたんだよ……」


タナカとクリアが二人だけで“長時間話をしていた時”のことを、レットは思い返した。


「まさか――そんな………………」


「とても生々しい話だった。信じたくなかったけど、俺は…………到底嘘だと思えなかった! 実際に――事件が終わった後に実際にSNSでやり取りしてまで証明してもらったんだよ。それだけじゃない――」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 






『この紙束には、二つの情報が入っています。一つは寝たきり状態で動けなくなっている人間がこのゲームをプレイしていたという“実態”をまとめたものです。そう――個人情報つきのね』







※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 







「俺は、感情的な説得で絆されるような人間じゃない。あの夜の時点で、俺は既に“寝たきりでゲームに閉じ込められている人間の実態”を知っていたんだよ! ゲームの世界に閉じ込められたタナカさんという存在が既に、“目の前に居た”んだ! だから、お前の話を信じることができた! 躊躇なくケッコさん達に、ブラフを仕掛られけた! それが全ての始まりだった!」


レットは、口を開けるも声が出ない。

“嘘だ”と言いたかったが、徐々にそれが事実なのだと理解し始めていた。


「……さっき、チームメンバーから聞いたよ。『ゲーム』が終わった後に、チームの会話で“タナカさんがイートロを見事に説得した”って話をな。俺は、タナカさんにその“役割”を任せた時――」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 






『レット。他に手はないと思う。タナカさんは、もう覚悟してしまっている。それに、俺は可能性がゼロだとは思わない。同じケパトゥルス同士、話が合うかもしれないし――――――――タナカさんと一緒に居ると気分が落ち着く』





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「俺は――タナカさんに“賭けていた”わけじゃない。……ほとんど“確信をしていた”んだ。その出自を明らかにして、俺を説得してみせた時と同じように、タナカさんならば“やってくれるという確信”があった。なぜなら――タナカさんはイートロと同じ――――――いや……おそらくそれ以下の境遇でゲームに追いやられていたからだ! だから、タナカさんはイートロと“同じ目線”で立てたんだ! だから――――――イートロに寄り添って……閉じきっていた心を開くことができたんだ!」


段々と歪んでいくレットの悲痛な表情を見ていられなかったのか、クリアは再び項垂れた。


「あの“役割”はな………………他の誰にもできない――“タナカさんしかできないこと”だったんだよ………………」


「どうして――――タナカさんは――――なんでオレに教えてくれなかったのさ……クリアさんだってッ――――――」


「……………………レットさんは、とってもお優しい人です」


タナカの呟きで、レットは自分の叫び声をピタリと止めた。


「事件の最中に、このことを知ってしまえば――あなたはきっと、平生など保っていられなかったでしょう……。事件の後で知ったとしても、あなたはデモンさんの前で、笑顔で――いられなかったかもしれない………………ワタクシは、それが気がかりでした……。クリアさんのことも、責めないであげてください。ワタクシが、口止めをしたのです………………。元から、クリアさん以外の誰にも――話すつもりは無かったのですよ……」


「タナカさんの言う通り、他のメンバーには…………隠し通すつもりでいたんだ……。特にお前にはな……。あの夜にデモンを救出してから、俺はずっと“時間を気にしていた”。――――『タナカさんに残された時間をずっと気にしていた』。タナカさんがデモンの件に肩入れすれば、残された少ない時間がどんどんそこに費やされていく。もしもお前がその事実に気づいてしまったら、事件に巻き込んだお前がタナカさんに対して責任を感じてしまうかもしれないと――ずっと心配していたんだよ…………」


「責任なんて……責任なんて――――――――」


レットが天を見上げてから、喉から吐き出すかのように叫んだ。















「――――――感じてますよッ! 今この瞬間も……だって――だってタナカさんを事件に巻き込んだのはオレだ……。オレが、タナカさんの時間を奪ったようなものじゃないか!」


「それは……断じて違います。――レットさん……勘違いをしないでください。これは……ワタクシが自分の意志で、やりたくてやったことなんですよ」






「――――――――――――――――――――“どうして?”」







絞り出すような声でレットがタナカを見つめる。

タナカは何も言わなかった。

ただ、黙ってレットを見つめていた。


「なんで……“どうしてそんなことを”…………」


「レット………………」


クリアは言葉に詰まったのか、レットから顔を背けた。


「ちゃんと………………“聞かせてよ”! どうして、どうしてタナカさんはそんな状態でオレの隣にずっと居てくれたのさ!?」


レットの目から、涙が零れて頬を濡らした。


「だ、だって…………………………だってオレ………………“嫌だよ”。タナカさんのことを何も知らないまま。何も知らないままいきなりお別れするなんて……信じたくないよ……オレ………………嫌だよォ……」


俯きながら、『嫌だ』と何度もレットが呟きつづける。

そんな様子のレットを見かねたのか。ゴーグルを片手で抑えながら、クリアが横たわっているタナカに歩み寄った。


「タナカさん……まだ、話すことが出来るのなら――。あなたの口から――話してくれないか。俺も、あなたの全てを知っているわけじゃない。俺だって、知りたいのは同じだ。ここに来て、最期に聞いておくつもりでいたんだ……」


タナカが首を傾けて、丘を照らす夕日を見つめる。


「そう……ですね――」


















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