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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
123/151

第四十話 Sunburst


「う――がぁッ……」


着地を失敗したレットが地面に激突する。

それから自らの体力を僅かに残して、何とか起き上がった。


(い、急いで離れないとまずい! トヴが――地面に突っ込んでくる! ここに居たら、激突の衝撃で――)


瀕死の状態で立ち上がって、その場から離れようと砂を乱雑に巻き上げながら走り出す。

レットが背後を振り返ると、空に開いた穴から光の塊のような物が落ちてくるのが確認できた。


そして――その直後。


異常な高度からの落下により、トヴが"ゲーム特有のあり得ない落下速度"で隕石のごとく地面に垂直に激突してきた。

激突の衝撃と共に地面が揺れて、レットの体が浮き上がる。

地面を構成していた砂が地底から丸ごと吹き上がり、高速度で地表を伝わって来て――逃げるレットに対して津波のように襲い掛かってくる。


「う――――――わあああああああああああああああ!」


砂の巨大な津波に巻き込まれ――絶叫を上げながら、レットが遥か遠くまで真横に吹き飛ばされた。


「――――――――げうっ!」


砂に飲み込まれて、その視界が暗転する。

しばらくの後――







――――身体の上にのしかかってきた砂を、何とか押しのけてレットが地上に顔を出した。

身体に纏わりついた砂を払いもせず、周囲を見やると、砂地には"巨大なクレーター"ができていた。

クレーターの中心部分は砂煙に覆われていたため、トヴがどうなったのかをレットがこの場で確認することはできなかった。





『"やったか⁉"』





"ありきたりな台詞"を思わず言ってしまいそうになり、レットは咄嗟に砂だらけの自分の口を両手で抑える。

砂煙が消えたことを確認してから、恐る恐る中心部を見下ろそうとクレーターの淵に歩み寄る。





クレーターの中央で、仰向けに倒れこんでいるトヴ。

その身体には、羽も黄金の鎧もついていなかった。


ピクリとも動かないトヴが、ゲームシステム上でも動けないということを――レットはクレーターの淵から何度も何度も確認する。







トヴは、確実に"戦闘不能状態"だった。




「や……やった……………………やっ――――――た…………………………」


正攻法では到底撃破不可能な強敵を、無理矢理ながらも打倒できたということを実感しレットの身体から力が抜けていく。

そのままクレーターの淵に、よろよろと座り込んだ。

直後――




――装備品によって予め付与されていたのか、自動蘇生の効果によりトヴが"起き上がった"。

レットはその場から飛び起きて、剣を抜こうとする。

トヴは立ち上がった直後に、頭上のレットを見つめてから地面に刺さっていた剣にゆっくりと手を伸ばした――。


「――"そこまでだ"」


呟きながら、E・Vが森の中から姿を現した。

ゆらゆらと歩きながら、レットの反対側のクレーターの淵に立つ。


「まさか、このように“狂った結末”になるとは――」


E・Vが笑顔のまま立っている背後のクノスティンツァと、足元の石畳を見つめた。


「“自らの権威”を必要以上に誇示しようとした結果、“自らの作り出した完全無欠が打ち破られる”とは、皮肉な話もあったものだな…………」


クレーターの下を見向きもしないまま、E・Vが天を見上げてトヴに語り掛ける。


「いずれにせよ、代役の君が一度でも戦闘不能になった時点で――『ゲーム』は失敗となる」


その言葉を聞いたトヴが――


「それだけは………………止めてくれ………………頼む……」


――E・Vの方向に向かって、縋るように砂でできたクレーターを登り始めた。







「"頼む――――頼む……頼む………………それだけはッ!!" お願いだ…………自分はどうなっても良いんだ!」


「例外は無い。これで『ゲーム』は終了だ。直に入れ替わったプレイヤーは各々(おのおの)の身体に戻る。少年の最期の願いは、"叶えられることなく完全に潰えた"ということだ」


「――――めてくれええええええええええッ!!」


嗚咽交じりに涙を流しながら、トヴが必死に藻掻く。

しかし、蟻地獄のように砂が滑り落ちて、クレーターの穴から出ることができない。


痛ましくて見ていられない光景に、レットが顔をそむけようとして、ピタリと動かなくなる。

E・Vが涼しい顔でレットを見つめてから、その表情を僅かに曇らせた。







レットは――E・Vを見つめて“笑っていた”。

それは“微笑みに近い笑み”だった。


「おやおや、まさか君が笑うとは――。少女が生き永らえることが決まって、ずいぶんと嬉しそうじゃないか? しかし、苦しむ敵を見て尚も笑うとは――君の感情は、すっかりこの“地獄”に染まったようだ」


「そりゃあ……………………嬉しいよ。――笑いもするさ」


E・Vが自分の透けた胴体を見つめる。

最初から、レットはE・Vの顔に目線をあわせていなかった。

E・Vがレットの視線の先――自分の透過した身体を見つめる。

そこでようやくレットが自分ではなく『その背後を見つめていた』ということに気づいて――E・Vは振り返った。


「………………何だ…………と? これは――――――――“あるわけがない”。“できるわけがない”……こんな――――――――こんな“馬鹿な話”が………………」









そこに居たのは――
















――寄り添うようにこちらに歩いてくる、タナカとイートロだった。

タナカはレットを見据えると、優しい表情で無言のまま頷いて見せる。


「――さぁ。イートロさん。トヴさんを、一緒に救い上げましょう」


タナカとイートロが、両腕を伸ばし――トヴの両手を掴んで、蟻地獄からゆっくりと引き上げる。


「す………………すまねえ……すまねえ――」


トヴは涙を流したまま、即座にイートロから目を反らして地面に突っ伏す。


「――イートロ。また………………また負けちまったよ。情けねえ……。今度こそ、お前に――合わせる顔がねえよ……」


イートロは泣き崩れているトヴを、しばらくの間じっと見つめていた。

それから、片膝をついてその両肩に手を置く。


























「――"感謝"。しなきゃいけなかったんだ……」


そのイートロの言葉に、トヴが“信じられない”と言わんばかりの驚いた表情で顔を上げる。


「“ありがとう”って、本当は伝えないといけなかったんだ。僕……馬鹿な子どもだった。僕は、ずっとずっと自分だけが一人ぼっちだと思っていた」


イートロが浮かない表情のまま、真っすぐにトヴと目を合わせる。


「世界で誰よりも不幸なのが自分で――――“自分の気持ちをわかってくれる人なんて、世の中に誰も居ないんだって”、助けを求めておきながら、勝手に心に壁を作ってたんだ」


イートロがぎこちない表情で、トヴに笑いかける。


「本当に――馬鹿だよね? 僕、Angelのこと隣でずっと見ていたはずなのに。僕が――本当は一人じゃなかったってことを、今の今まで僕自身が気づけてなかったんだ……」


「お前は、ずっとずっと一人だったじゃねえか……。そんなお前に、自分は何にもできなかった……」


「違うよ! 本当は――本当は……違っていたんだ。ずっとずっと、僕の為だけに寄り添ってくれている人が一人だけ居た。――なのに、僕はそんなトヴに甘えっぱなしだった。僕には僕の為"だけ"にずっと隣に居てくれる人が居た。――それは……本当は"凄く幸せなこと"なんだ! タナカさんと話して……ようやく……気づけたんだ」


トヴの泣き声がどんどん大きくなっていく。

しばらくの沈黙の後、イートロが目に涙を浮かべてぽつりと呟く。















「どんなに負けても――。トヴは――――やっぱりAngelは、“僕にとってのヒーロー”なんだよ」


「お前は……まだ――――まだ、こんな自分のことをヒーローだって、言ってくれるのか?」


「当たり前だよ! だって――――こんなにボロボロなのに、今までで一番格好良い――――――見ているだけで"勇気が出る"!」


イートロが自分の涙を拭って、大きく息を吸って立ち上がる。


「僕――まだ、全然立ち直れたわけじゃないけど…………。でもさ……………………もう僕。トヴに約束してもらうの、辞めることにするよ。トヴに任せっきりなのも、甘えっぱなしなのも……辞める。だから――――だから……………………………………今度は"僕と約束して!"」


「――"約束"?」


「うん! 現実で頑張る僕を見て――今度はトヴに――Angelに、元気になって欲しいんだ。僕、頑張って生きてみようって……ちょっとだけ……ちょっとだけ思えたんだ。だから、まだまだ怖いけど………………………………手術を受けてみようって決めたんだ……」


倒れこむトヴの両目は、開きっぱなしだった。

その目から、ゆっくりと涙が流れて、嗚咽をこぼし始める。


「だから……僕の手術が…………上手く行ったらさ――――…………今度はトヴにも、"新しい形"で立ち直ってもらいたいんだ…………」


立ち上がったイートロが、トヴに対して恐る恐る手を差し伸べる――











――しかし、その手をトヴは払いのけた。


「……引き返せねえよ…………自分は、“人の命を奪う覚悟”で戦っちまったんだ! 人の命を危険に晒したんだ! 今更、その罪は覆らねえ! 許されねえ! そんな――虫の良い話が、今の自分にあって良いわけがねえ!」


「“悪いのは僕”だよ! ――――だって、全部僕が原因だ――――トヴは"僕に巻き込まれたんだ"! 全部、“僕の為”にやってくれたんだ! 僕の願いが良くない物なんだって、僕だって知っていたのに…………誰かを犠牲にするって、直前にわかっていたことだったのに………………心を傷つけられていたからって、自分の為だけに他の人を傷つけようとしたんだ!」


「そんなことは自分だってわかっていたさ! 解っていた上で、自分はお前に手を差し伸べたんだ!! 他に――自分にできることはもう何もないと思っていたんだ……なのに……………………」










「今は、それよりもさ―――」


二人に対して対岸から回り込むように歩み寄るレットが、蹲るトヴと顔を背けるイートロに対しておずおずと声を掛ける。


「―――オレは……二人に――希望を持って、“立ち直って貰いたい”――――――かな? 確かに、オレ達が戦ったのはあの娘を――デモンを助けるためだよ。でも――それだけじゃないよ。タナカさんもオレも、二人の境遇を知って、『助けてあげたいって思ってゲームに立ち向かった』んだ。悪いのは、二人を追い詰めた周囲の大人達だし、そして…………そして……………………誰よりも――」






レットが砂浜に落ちていた特大剣を拾い上げ――両手で抱えて"敵"に向かって構える。


「――誰よりも悪いのは、あの娘を攫ってその命を"天秤の上"に乗せて――心の弱った二人に付け込んで『ゲーム』に誘導したコイツだ!!」









『不可能だ』


『できるわけがない』


『あるわけがない』


それらの単語を何度も何度も呟いていたE・Vが、レットの追及を受けて顔を上げる。


「『私』も悪いと言うのかな? 『私』は“彼らの願い”を叶えようとした。その点に関しては、紛れも無い事実だろう?」


「だからどうしたッ! こんな『ゲーム』を作っておいて、ぎりぎりまでデモンの話を二人にしなかった時点で――最初からお前に善意なんて欠片も無いくせに! ――騙されないぞ! お前のことだ――ゲームに“トヴが勝った後のこと”まで計算済みだったんだろう!」


レットの指摘に、E・Vはこみ上げてくる声を抑えるようにして笑う。


「――その通りだ。良く見破ったね。トヴ君が“主人公代理”として人の命を本当に犠牲にしてしまえば、いよいよその精神は追い詰められ“この世界から後戻りが出来なくなる”」


E・Vが蹲っているトヴを見下ろす。


「そうなってしまえば、この世界の“魅力”に惹かれたトヴ君が……ゲームに引きずり込まれて“未来永劫良いゲームプレイヤーになってくれた”……かもしれないのに――全て失敗してしまったよ。彼がどんな願いをこの世界に求めるか『私』は知りたかったのに――実に残念だ」


自らの策が打ち破られて尚、E・Vは“涼し気な表情”でレットを見つめた。


「しかし――これで綺麗に全てが済んだと思わないことだ。忘れたわけじゃあないだろう? 『私』が一つ指示を出せば、あの少女は一旦この世界から姿を消し――新しい別の『ゲーム』の生贄になるというだけの話だ」


















「だったら…………出してみろよ。その“指示”」


レットは両手で剣を突き付けたまま、E・Vに凄む。


「――――――何だと?」


「――――――誰が“姿を消す”って? ――どこの誰が“生贄になる”って? “よく確認してから、オレの前でもう一度――その台詞を言ってみろッ!”」


その鬼気迫るレットの言葉で、E・Vは何かに気づいたかのようにピタリと動かなくなる。

口元を抑えながら、誰かと連絡を取っているかのように無言で“透き通った口”を動かした。


「君は……いや、“君たち”は――――まさか………………いつのまに……………………」


レットは歯を喰いしばり、プレッシャーを掛けるかのようにE・Vを力強く見つめる。




戦闘を終えた直後に、チームの会話に戻っていたレットとタナカは既に“その事実に、気づいていた”。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










 時間は僅かに遡る。


《ちょ――ちょっと! 一体何が起きたのよ!》


チームの小部屋の中で、チームメンバー達が騒めき立っていた。


《わ、わからないですにゃ! だって、“突然”なんですにゃ!》


狭い部屋の中で焦るメンバー達を押しのけて、チームの家に帰還したばかりのクリアが、部屋に置かれているベッドの前に移動する。

――その上には“誰も居ない”。












それまでずっと、ベッドに横たわっていたはずのデモンが居なくなっていた。










《多分、切断による強制ログアウトですにゃ! ワサビさんと見張っていたら、目の前でデモンさんがいきなり居なくなっちゃったんですにゃ!》


焦るネコニャンを見つめて、クリアは数秒間思案した後に部屋に居たテツヲに対して小声で質問を飛ばす。


「(……テツヲさん。俺とレットとタナカさんが『ゲーム』に巻き込まれている間に、業者の情報と交換で要求した“魔王からの情報”はチームの家にきっちり届いていたんですよね?)」


「(保証してもええ。ロックが手紙として情報を受け取った瞬間を。オレは見たで。時間的には。かなり前や)」


二人のやり取りを聞いたリュクスが会話に割り込んでくる。


「(その場には、吾輩も居合わせていたよ。彼女は手紙の中身を確認した後、血相を変えて"個人情報になる"という理由で情報を一人で抱えて退出ログアウトしていった――が……)」


(……そうなると、ここでデモンが居なくなった理由は"二つ"ある! しかし――)


クリアが再び、誰も横たわって居ないベッドを見つめる。


(――これは果たして“どっち”なんだ!? 片方は、『デモンを直接救助できるような情報』――具体的には『現実世界の住所』等を、魔王が“顧客に成りすました挙句に自分の伝手を使って業者から根こそぎ奪い取ってしまった可能性”だ。時間は多分に与えている……。現実世界でも躊躇なく行動を起こせるあの魔王なら、十分にでき得ることではあるが……)


同時に、戦闘不能に陥って護衛者の任を解かれたばかりのクリアの脳裏には“最悪の可能性”が浮かんでいた。









《おいクリア。お前、ついさっきまで戦闘して護衛者として戦って負けて来たんだろ? ――残された“劣徒”とタナカのヤツらも戦闘不能になって、『ゲーム』ってのに負けちまった可能性はねえのかよ?》


クリアが言わないようにしていた言葉を、顔を背けつつも躊躇なくベルシーが言い放った。


《う、嘘でしょ? それって、つまり…………あの娘の命が……………………》


 そこまで呟いて、ケッコが黙り込む。


その場を沈黙が支配する。

部屋の中にいるメンバー達の間に漂う空気が段々と重くなっていく。

そこで――












――ログインしたばかりのロックが、ドアを開けて部屋に勢い良く入って来た。

チームメンバーの目線が、ロックに向かって一斉に注がれる。


《……………………今――この会話にいらっしゃる皆さんに、ご報告があります》


ネコニャンが小刻みに震えている。


《“頂いた情報”に基づいて、あの少女の身元を現実世界で探った結果――》


ケッコが唾を飲み込み、クリアは眉間に皺を寄せながら咄嗟に目を瞑る。

































《――彼女は“現実世界にて無事に保護”されました。危険な状態だったようですが――一命は取り留めたとのことです》


そのロックの朗報に、“爆発”が起きた。

まるで長年応援しているサッカーチームが、ロスタイムぎりぎりで逆転勝利した瞬間のように――歓声で部屋が大きく揺れた。


《テツヲさん。デカい声で咆哮しないでください!!》


《クリアこそ。室内で。手持ちの花火を。炸裂させんなや!》


《いや――失礼した。これは吾輩の手持ちの火薬と爆竹だ。つい、部屋の中で片っ端炸裂させてしまったよ》


《やりましたねー! なんだか、とっても嬉しくなってきちゃいましたー》


《ワ、ワサビさん! ここで"喜びの舞い"は絶対にやめてくださいにゃ! 全部台無しになりますにゃ!》


それまで、吉報と共に大きなため息をついてへなへなと座り込んでいたケッコが、ロックの足元に飛びつくように――否、実際に飛びついて、歓声の中大声で質問を飛ばす。


《ほ――本当に、信用しても良いのよね⁉ ここまで来て“やっぱり嘘でした”とか、“本当は助かっていません”っていうのは、絶対に無しよ!!》


《“本当の本当に無事”です。彼女の個人情報をここで明かすわけにはいきませんが、この事実だけは、私ができる限りの権限で証明して――保証をしましょう!》












《それは、つまり――“犠牲になった”っつーことだよな?》


ベルシーの呟きに要領を得られずケッコが首を傾げる。


《犠牲になったって、どういうことよ?》


《確かに時間はあったが、それにしたって救出がはええ。そこのGMと協力していた警察の関係者は、手に入れた情報を特定した後、自分の権限を使ってあの餓鬼の現実の住所まで“直接助けを駆け付けさせた”んだろ?》


《そう――ですね。結局これは“現場に居た人間の自己判断による越権での救出劇”です。救出の指示を出した当人曰く『こんな状況で捜査本部全体で動いて、まともに御社とやり取りをして後手に回っていたら、助けられる人命も助けられなくなる』とのことで、救出の判断をしたそうです……》


《“ルールを破って目の前の人命救助”――か。それって……“社会人失格”ってヤツよね~》


喧騒の最中、ケッコが床を見つめて小さく呟くが――















《――けど“一人の人間としては大合格”ですにゃ!》


――そのネコニャンの言葉を聞いて、即座に顔を上げた。


《ネコニャンさんは――本当に、そう思うの?》


《自分は思いますにゃ! そういう話を聞くと~世の中“捨てたもんじゃない”って、ちょっとだけ暖かい気分になりますにゃ!》


《そっか――――ねぇ、ロックさん》


《――何でしょうか?》


《今のネコニャンさんの言葉――あなたの“協力者”に伝えてあげて。きっと、自分のやったことに――――――ちょっとは、納得できると思うから♪》


ケッコが笑いかけ、ロックは頷いた。


《……はい。必ずお伝えすることをお約束します》


三人のやり取りを脇で見ていたベルシーが『下らない』とばかりに鼻を鳴らしてから、部屋のドアに手を掛ける。


「……兎にも角にも、“全部終わった”ってことなんだろ? なら、オレは速攻で外出させてもらうぜ」


ベルシーがチーム会話から抜けたことを察して、ケッコがその場で直接疑問をぶつける。


「この状況で、どこに行くのよ!? せっかく人の命が助かったんだから――アンタも喜ぶ素振りの一つくらいすれば良いじゃない?」


「……知らねえよ。どいつもこいつも自己犠牲の馬鹿ばっかでうんざりだ。オレはタナカに奴隷作業を直接押し付けるために、これから準備して――現地に行かなきゃならねえんだよ!!」


苛立った様子のベルシーがロックに歩み寄って怒鳴りつける。


「お前も――警察のカスどもにきちんと言っておけ。『せいぜい最後まで手を緩めねえこった』ってな! こんだけ早く見つかったんだ。どうせ、あの餓鬼は警察の介入が容易な場所に放置されていたんだろうよ。それが、廃墟か倉庫かは知らねえが………………『犯人が捕まって餓鬼の身元が明らかになるまで油断したらぶっ殺す』って言っておけ! ――これ以上、テメエらの無能でオレのゲームプレイを妨害されたかねえんだよ!!」


ほとんど怒号に近い大きな声で、ドアを叩きつけながらベルシーが外に出て行く。


「何も怒鳴らなくたって良いのに…………とことん嫌な奴よね~」


「しょうがないですにゃ。ベルシーはあれが“平常運転”ですからにゃ……。ところで、ケッコさん達は具体的に、どうやってデモンさんの住所を探し出せたんですかにゃ?」


「――――――え? そういえばワサビさんとネコニャンさんは知らなかったわね。……まあ……そのうち説明するわよ――――そのうちね♪」


そのケッコ達のやり取りを、クリアは遠巻きに見つめている――


(………………………………)


――そして、再びメンバー達の派手な喧騒が再開されたことを確認してから、こっそりと部屋のドアに手を掛けた。


「〔クリアさん、どちらに行かれるのですかー?〕」


「〔あ――いや……俺はタナカさんを――――二人を、直接迎えに行って来るよ。自宅に準備しに行ったベルシーよりも"早く"。最短ルートでね。メンバーには誰にも、何も言わないで黙っておいてくれ〕」


それだけワサビに囁いて、クリアがこっそりと部屋を抜け出た。


――居間から廊下に出て、

――チームの家の外に出る。







 長かった雨季は過ぎ去っており、外の雨は既に止んでいた。

クリアにとって、現地に居るであろう――チームの会話に既に戻っているであろうレットから、最早直接報告を貰うまでもなかった。





決着の直前まで居た彼だからこそ、“理解できた事実”があった。

曇り空の下で――クリアは、遥か遠くの方角を見つめながら走り出す。




















(“勝ったんだな――レット!!”)













――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







「君たち“が”――まさか“救ってしまった”というのか? ――現実の彼女を?」


「ああ、そうさ! お前の今の反応で、120%確信した。もう、“あの娘はお前の管理下にはない”! お前は、『ゲーム』が始まる前にオレに言ったよな? 『この世の全ては冷たい地獄で、救いなんてものはどこにも無い』って――」


レットが、トヴとイートロを庇うように前に出る。

それから、特大剣を“真の敵”の身体目掛けて――勢い良く突き立てる。

特大剣はE・Vの身体を完全に透過して、深々と地面に突き刺さった。










「――だけど………………お前のその言葉は大間違いだ! 世の中の何もかもが冷たいわけじゃない! ――全てが地獄なんかじゃないッ!」









レットは振り返ってトヴとイートロに向き直る。


「――ほら。これで、あの娘も“大丈夫”! ちゃんと無事に救われたんだ。だから――もう、全部済んだ話だよ。オレからしたら、許すも許さないも無~し! こうなったら、“許すか許さないか決められる”のは、あの娘“本人だけ”なんだろうけど――」


タナカが深く頷いてレットの言葉に続く。


「――デモンさんなら、きっと許してくれますよ。ですから、イートロさんもトヴさんも今はお互いのために、何とか立ち直って――“目の前の現実を、生きてください”」


そのタナカの言葉を聞いて、イートロとトヴが互いの顔を見合わせる。


「で……でもよ……自分は――」


「もう――“これで良い”んだってば!」


レットの力強い物言いに――


「二人が希望を取り戻して――“やり直せるチャンス”が来たんだ!!」


――トヴが驚いて目を瞬かせる。

それからレットとタナカを交互に見つめてからゆっくりと目を瞑り――


「こいつは……名実ともに、完敗だな……」





――涙を流した、後イートロと共に深々と頭を下げた。


「二人とも………………“すまねえ”………………すまねえ」


「ありがとう……………………僕――もう、これ以上落ち込んだりしないように頑張るよ。タナカさん……本当に――ありがとうね」


暫くの沈黙の後――

トヴが上半身を起こしてイートロに向き直り、力強く抱擁した。


「……………………自分も………………お前も………………“マイナスからの再スタート”だな」


「うん――そうだね。でも――きっと“それが出来るだけ、本当は幸せ"なんだ」


トヴが、不意に顔を上げて、青空を見上げた。


「ああ――――――今度は、お前に勇気をもらって――立ち直って見せるさ。自分は……お前の為にここまで来たんだ。だからきっと……お前が……僅かにでも希望を手に入れて立ち直って、自分に勇気までくれるっていうなら――これから……何度でも、何度でも………………自分は頑張れる……」








先ほど開いたばかりの天の穴から、登ってきた太陽が顔を出す。

雲間をついて現われた強い日ざしが、抱き合う二人を照らした。








「あると――――――思わなかったな。人の優しさなんて、この世界のどこにも無いと思っていた。あったんだな――――こんなところに……。ああ――――――暖かい……………………」


イートロが呟くトヴの肩越しにタナカを見つめ、感謝の意を伝えるつもりか――涙を流しながら無言で深く頭を下げる。

光を浴びたままトヴが頭を上げて、背後のレットに向かって言葉を紡ぐ。







「――――――なあレット! この“借り”は、いつか自分が必ず返すぜ! 必ず――――――」










突然、言葉が途切れる。

二人のキャラクターが何の前触れも無しに、その場から“消失”した。


「話半分で終わらせて申し訳ないと思うが………………強制的に、この世界から二人を排除ログアウトさせてもらったよ」


レットが向き直る。

そこではE・Vが顔を伏せて、まるで空中に這う虫のように自らの片手を掲げていた。


「――――実に気分が、悪い………………。『私』は………………“こんなもの”を見るために『ゲーム』を始めたわけではない………………」


ゆっくりと、しかし感情の起伏を感じさせない口調で、E・Vがレットとタナカを交互に見つめて淡々と呟く。


「本当に…………よく、理解したよ。“草臥れた人々にこの世界の中で夢を叶えて逃げ道を作るのが『私』の意志であり目的であり存在意義”だ。――しかし君達は“真逆”だった。“落ちぶれ疲れ切った人間に希望を与えて、現実世界に還す存在”。……どうやら――君達二人と『私』は、コインの裏表のように………………“相対する宿命”にあるようだ」


E・Vは振り返り、足跡を残しながらレットから離れていく。


「ま――待てッ!」


背を向けたE・Vがレットの声で、立ち止まる。








「――レット君。君はいつも『私』の邪魔を見事にしてみせる。一度目は、『ゲーム』の勝利条件を達成した挑戦者が、君のせいで本懐を成し遂げられなかった。二度目は、外部から妨害された。今回の三度目は、『ゲーム』そのものをひっくり返された。君が関わったせいで、私の『ゲーム』が台無しになったのはこれで“三回目”だ。私と何度も関わって、君も運が悪いと言わざるを得ない。心底、同情するよ」


「な――何だって!?」


さりげなく言い放たれるその言葉には違和感があった。

レットは一瞬、自分の耳を疑う。









「お前………………今――何て言った? 【三回目】って――どういう意味だ!?」









E・Vはレットに振り返る。


「本当に残念だ。君達には、全てをひっくり返されてしまった。そして、君達が少女をこの世界の中から救い出してしまったせいで、"事が想定以上に大きくなってしまった"。『私』のみが成せた技術も、今後ほとんど、徹底的に"対策"されてしまうだろうな。それでも――『私』は可能な限り、この世界の中で『私』であり続けたいと思っている」


「質問に答えろッ!」


レットに対して、何故か同情するかのような――哀れむかのような表情で呟いた。


「その上で――今回と同じような悲劇を繰り返したくないと君が願うなら………………………………いつか“また、どこかで会えるかもしれないね”」









転送用のアイテムを使ったのか、突然空間に穴が開く。

“人の形を象った歪み”が、亜空間の中に消えていった。








 緊張の糸が切れたのか、タナカが大きく深呼吸をして座り込む。

レットは意味ありげなE・Vの言葉について熟考したが、しかし一向に答えは出ない。


(ひと段落したら、クリアさんに報告しておかないと……………………それにしても――長かったぁ……。これで、ようやく…………全てが終わったんだ……全てが……………………………………?)


自らの視界の隅に"輝く何か"が映って、レットは息を飲む。

それからレットは砂浜に出来たクレーターの中央にゆっくりと滑り降りて――その“ど真ん中に突き刺さっていた輝く大剣”をゆっくりと引き抜いた。


[………………タナカさん。トヴの――Angelの持っていた大剣、ここに置きっぱなしになっていたみたいだ]


[そうですか………………件の木場田氏は、『捨てることも譲渡することもできないようにしてある』とイートロさんに伝えていたようですが、“戦闘で敗北して失うこと”までは想定していなかったのかもしれませんね]


[何か……色々いい加減な人なんだね……だからこそ、オレ達はこの『ゲーム』に勝てたんだろうけど……]


レットがクレーターからゆっくりと這い出て、大剣を両手で掲げる。






黄金に輝く、巨大な剣。


それはまさにレットが心の底でずっとずっと憧れていた、唯一無二の“レアアイテム”だった。

アイテムとして入手して、試しに装備をしてしまおうかと――レットは一瞬だけ悩んだ。


[………………タナカさん。もしも、このアイテムをゲームの中で装備したり、使ったりしたら――どうなると思う?]


[そう――ですね。捨てられなくなってしまう可能性があります。そして、万が一にも他のプレイヤーに存在を知られてしまえば、隠し通せなくなる可能性は高いでしょう。普通にゲームを遊んでいるプレイヤーさんからすれば、不公平極まりない唯一無二の特殊な武器です。運営会社に問い合わせがされて、最悪木場田さんがプレイヤーに公の場で糾弾されることになるのではないか――――と……]


レットは振り返る。

自分の後方の石畳の上に立つクノスティンツァが、こちらをまっすぐ見て笑っていた。


[そうなってしまえば、悪評だらけの彼のことです。よからぬ保身に走って、最悪イートロさんやトヴさんというプレイヤーの存在や出自が、明るみに出てしまうような可能性も――]




その言葉と同時に、レットが意を決して砂浜を勢いよく駆け出した。

それから――黄金に輝く大剣を海に向かって、両手で“力の限り放り投げる”。

大きな音を立てて、輝く剣は瞬く間に海の底に沈んでいった。







[――そうですね。それが、ワタクシも一番だと思います。レットさんは賢明な判断をされました]


[でも――――]


砂だらけのレットが、軽く笑ってタナカに振り返る。


[――――一瞬だけ、“捨てるか迷った”よ?]











[――“それが良い”んですよ]


タナカはレットに笑いかけた。














[“そういうところが、レットさんらしくて良い”のではないですか]



















【Battle Result】




《メンバーの状態》

レット  瀕死

タナカ  瀕死

クリア  戦闘不能(チームの家に帰還)




《失ったもの》

・黄金に輝く剣




《手に入れた物》

・少女の現実世界での安全の確保

・久方ぶりの太陽の光と"青空"




《与えた物》

・小さな小さな希望


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『参加者のみんながみんなヘルスとメンタルを低調に抑え込まれた状態でやらされたゲームが終わった』と言う時点での各キャラの描写は、ベルシーのものが最も共感できました。 黒幕氏は褒める所が一つ…
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