第三十九話 天使が空を――
レットの特大剣による“攻撃の為の剣技”がトヴに炸裂する。
トヴの中には、明確な“懸念事項"があった。
クリアに付与された『効果を確認できず終いのデバフ』の存在があった。
だからこそ、トヴは敵の狙いを正確に把握しようと“対応”しようとした。
これは本人のゲーマーとしての冷静な資質による判断だった。
しかし、それが良くなかった。
攻撃に関して、レットは必要なステータスが圧倒的に足りていない。
アニムスの補助も受け流しに比べると少ない。
本来なら、トヴはレットに対して何も考えずにリズムに乗って“反応”して攻撃をするだけで充分だった。
しかし、トヴが反応ではなく“対応”しようとした結果――
(――これは……この戦い方は! この戦闘スタイルは――“理に寄る守り”じゃない! 戦い方のベクトルが全く違う! 今までとは真逆――これは“直感に基づく本能的な攻め”!)
――突然スイッチを切り替えたかのようにレットが今までと正反対の戦い方に変わったことに驚き、反応が一瞬遅れた。
その結果トヴは自らの戦闘リズムに乗る前に――バフが掛かる前に“短時間の攻め”に特化したレットの戦闘スタイルを真正面からガードすることになってしまう。
(何となくわかるぞ! 全く毛色の違う二種類の戦い方! おそらく、コイツの中には戦いを教えた人間が“二人”居たんだ! これは……この戦い方はやはり――)
それは、トヴ自身が見たことのある戦い方。
一方で、レットにとっては彼女の姿を思い浮かべるまでも無い。
なぜならそれは、少年がこの場に立つ最大の理由だったから。
たった数秒間に短縮した、“本能と反射に基づく特大剣のラッシュ”――巨大な剣を本能と感情の赴くまま振り回す戦闘スタイルが、“ある人物”の影を二人の間に顕現させる。
(この期に及んで――何を狙っていやがる!!)
咄嗟に身体を動かそうとして――とてつもない違和感に気づいた。
“身体に力が入り過ぎてうまく動けない”。
(なんだと――これは……! クリアの野郎! あの最後の一撃で――自分に運動と跳躍の数値を付与しやがったのか!)
まるで、万力を使って卵の殻を綺麗に剥こうとしているかのように。
レーシングカーのエンジンで、三輪車を動かそうとしているかのように。
力が入りすぎて本来の動きができない。手足の動きがおぼつかない。
(いや、違う! この増加の仕方は生半可じゃない! ただ運動と跳躍の数値を“付与”されただけではこんな意味不明な挙動はしないはずだ!)
攻撃を受け止めながら、咄嗟にトヴが自身にかけられたデバフを確認する。
(運動と跳躍の数値が両方とも”ゼロ”になっている! クリアは、付与じゃなくて“吸収”したのか!?)
吸収されたはずなのに、表記はゼロなのに――コントロールできないほどに上がりすぎている自キャラクターの運動性能。
理解のできない現象に、トヴは混乱し――、ある一つの推測を打ち立てる。
(ま、まさか――“ゼロを下回って数値が最大値に逆戻りしているのか!?” この運動と跳躍のステータスは『0-1=最大値』で“裏返ってる”。つまり、“マイナスという概念がない”のかッ!? キ――――キバタの野郎ッ‼︎)
手足がおぼつかないまま、トヴの大剣がレットの特大剣の勢いに僅かに押されて弾かれる。
レットが足に力を籠めて、大きく飛び上がる。
二人の視線が宙で交差する。
(ヤバい……何かよくわからないがこれは絶対にヤバい! コイツの目は未だに死んでない! 原理はわからないが、“自分の肉体を自分でコントロールできていないこの状態”でレットの攻撃をくらうことは――敗北に繋がる予感がする! い、いなさなければ――)
しかし、そこで――
「――――――『これで最後だああああああああああああああああああッ!!』」
レットがそれまでずっと隠していた――“秘策中の秘策”。
“全員を救ってみせる“という覚悟があってこそ、初めて放てる一撃――――“容赦ない言葉という武器”がトヴの胸に突き刺さった。
トヴの頭の中でフラッシュバックが起きる。
思い起されるのは、かつての敗北と挫折。
眼前に迫ってくる全く同じ光景。
まるで縄で縛られたかのように、コンマ数秒だけトヴの身体の反応が明らかに遅れた。
(――――――クリア“じゃなかった”ってのか!?)
レットの特大剣がトヴの眼前に迫る。
(敗北に至る――”真っ先に警戒するべき相手”を――“倒すべき敵”を、自分はずっと見誤っていたっていうのか!? 自分が………………最初から………………一番“警戒するべきだった敵”は――――――!!)
トヴの頭の中で、走馬燈のように――E・Vの言葉が鳴り響いた。
『改めて忠告させてもらうが…………君自身の“敵”を、決して見誤らないことだ』
レットが凄まじい声で叫びながら――特大剣を、本能の赴くままに、力任せに縦に振り下ろす。
トヴの目が、見開かれた――
「は――ははは」
――震えながらも、トヴは安堵の笑い声を上げる。
それは、どう足掻いても変わりはしない事実。
アニムスのバフ効果によって、レットが並び立てていたのはあくまで“剣による物理防御”だけ。
攻撃力はやはり不足しており、特大剣はトヴの身体を両断することは無く肩に浅く刺さっただけで――入ったダメージはたった”一桁”程度だった。
「……全く――ビビらせるんじゃねえよ!!」
震えながらもトヴはゆっくりと剣を振り上げる。
「悪足掻きしやがって――!」
今度こそ、とどめの一撃を降り下ろそうと掲げた剣が――“震えていた”。
その震えを認識して、トヴは違和感に気づいく。
(ち――“違う”! 自分の身体は――最初から、恐怖で震えているわけじゃなかった!)
ガタガタと震えながらも、トヴが背後を振り返る。
そこに立って居たのは――憎き“開発者の分身”である、クノスティンツァ。
そのNPCの姿を見た瞬間にトヴは気づく――
――自分の両足を挟み込むかのように、地面に輝く石によってつくられた“荒削りの石畳”が広がっていたということに。
レットに対して語った自分自身の言葉が頭の中で反芻される――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『だから、“何とか倒したい”って躍起になった連中も居たらしくて、何があったか知らねえけど無印の頃に一度『フィールド上から消滅する事件』が起きたらしいぜ? んで、再登場しなくなって濡れ衣でプレイヤー同士の戦争がここで起きて、一回緊急メンテナンスが行われたらしい』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
震える彼を包むエネルギーの源は、“この世界“に存在する“とある法則“だった。
現実世界を生きる人々にとっての酸素のような、当たり前に存在している。
同時に、決して抗うことのできない最強の存在――
――“物理法則”。
(まさか――これは……“ゲームの仕様外の挙動”から出て来るような震えなのか!? レットは狙ってこれをやったのか!? こんな意味不明な挙動が――)
トヴの肉体の揺れがどんどん激しくなっていく。
まるで分身しているかのように高速に身体が小刻みに揺れ動き始めた結果――トヴの視界そのものが二つに分裂を始める。
それは、物理法則が生み出したイレギュラーな動作だった。
(尖った石畳に両足が……引っかかっていて、抜け出せねえ! 一体、どうなるんだ!? 間違いなくキバタが作った『石畳』と『跳躍と運動の数値』が悪さしてやがる! この、左右に揺れるエネルギーは一体“何をどこに持って行く“んだ!?)
混乱の最中にトヴの脳裏に思い浮かんだのは――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『とわっとわっとわっ!!』
石畳に居たレットが――まるで見えない巨人に片手で軽く“放り投げられたかのように宙を舞って”――
『お――おいおい、大丈夫かよ?』
――砂浜にひっくり返った時の光景。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(ま、まさか――まさかッ!! ――――――――“自分の身体“が“これから向かう先“はッ!?)
そしてその時――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――レット。敵はゲームに適応している状態のプロだ。“普通に1vs1をしたら120%、絶対に勝てない相手”。だから――『ゲーム』を丸ごと全部無理やり“ひっくり返す”』
――レットは“事を成した瞬間”に、クリアの言葉を思い返していた。
『俺は、かつて特殊フィールドの“倒してはいけないはずの敵対NPCを無理矢理撃破”したことがある。“このフィールド”でな。お前にはやり方だけを教える。――後は、お前が“冒険で得た物”をそのまま、ヤツに真正面からぶつけてやるんだ! お前の戦う理由! メンタル力! 技術に戦術に戦技! そして――――――“目を疑うような仮想世界の面白体験”を! ――この世界の、誰もが斃れる"衝撃"を!』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
突然――――――トヴの身体がレットごと、宙に向かって勢いよく跳ね上がった。
「な――――――んだとォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
それは一時的な物ではなかった。
雪山の気流とは比べ物にならない程の異常な加速度で、二人の身体が天に向かって発射されたロケットのように飛んでいく。
上昇しながら、両者の身体とその視界が激しく回転する。
レットは宙を舞いながら、眼前の敵を力強く見据える。
トヴの巨体に脚を掛け――突き立てた特大剣をその肩から引っこ抜く。
“空中で分解したロケット発射の補助パーツ”のように、レットの身体“だけ“が、空中で放り出されて即座に落下していく。
最後にレットは落下をしつつ、空中で縦に一回転。
一人で上昇していくトヴの身体めがけて――渾身の力で、特大剣を振り上げる。
そうすることで、勢いをつけるかのように――トヴの体を天に向かって“さらに打ち上げた”。
「「――――――飛ぉぉぉおおおべええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
「う……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
力を籠めすぎたのか、その一撃の衝撃でレットの手から特大剣がすっぽ抜けた。
――トヴは加速を続けて、さらに上へ上へと飛び上がっていく。
その勢いは、一向に止まらない。
――逆再生された彗星の様に。
――かつて見上げたあの山よりも遥か高く。
――“かつて、レットが転落したグライダーの高度より“も遥かに……遥かに高く。
――空気を突き破る衝撃波の爆音とともに、加速を続けて天の上まで吹っ飛ばされていく。
黄金に輝く巨体がついに、島を覆っていた黒雲を勢い良く突き破る。
それによって空いた“巨大な天の穴”から、真っ青な空が天を見上げるレットに対して顔を見せる。
「や、やった――――――」
一人で落下をしながら、感極まったレットの視界が涙で滲む。
「う、打ち倒したッ――――――――――――――乗り越えたッ…………………………………………………………」
レットは仲間たちの姿を思い返す。
“映画のスクリーンに映る影”のように――レットは広がる青空に、チームのメンバー達の幻影を見た。
感謝と歓喜の涙を流しながら、久方ぶりの青空に向かって右の拳を力強く突き上げる。
自分の“役割“を果たしたことを――遠くに居るチームの仲間達に伝えるかのように、大きく叫んだ。
「「………………――――勝ったぞぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーッ!!」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
“自分”の肉体が、きりもみ回転している。
「ウオオオオオオオァアァアァアァアアアアアア!」
叫んでいる間も上昇は止まらない。
(――――――負けた……また、負けちまった………………)
――止まらない。いつまで経っても止まらない。このゲームで落下をした経験はあった。
だから分かった――下に居る“アイツ”はおそらく死なないだろう。
この後戦闘不能になるのは、異常な高さまでずっとずっと飛び続けている自分だけだ。
悔しさによって溢れ出す涙が流れ落ちない。
やがて、叫び声すらも出なくなった。
凄まじい速度によってぶつかる空気が、自分の両目から零れる水分を片っ端から吹き飛ばしていく。
敗北したことを理解して、自分はただただ無念だった。
だけど、その時――全ての思考が吹き飛んだ。
とんでも無い高さにまで辿り着いて、始めて自分が“それ”を見てしまったからだった。
眼下には、エールゲルムの広大な世界が広がっていた。
先ほどまで居た黒雲に覆われた島は、小さな粒のようだった。
見下ろした世界が、過去の“懐かしい景色”を思い出させる。
『一番好きだったゲームは小さな天使が大空を飛ぶゲームでした。飛び回って、空から世界を見渡すんだ。いつか僕もこんな風に大空に飛び立って世界中を見て回ることができたら良いなって、子どもの頃からずっと思っていた』
(ああ――今になって…………ようやく、思い出せた)
自分自身の根っこ。心の芯という志。
自分がどうして、ゲームを好きになったのかを。
自分がどうして、“高み”を目指そうとしたのかを。
自分が今居るこの場所は、仮想世界の最果て。
まるで、現実と仮想世界の境界のよう。
この高さから、眼下に広がる仮想世界を俯瞰することで。
“現実世界”の――。一番忘れていた大切な現実世界の思い出を――不意に、思い出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
暗い部屋の中で、子どもだった頃の自分がぼうっとした表情で座っている。
その瞳には、テレビゲームの画面が写っている。
ビールを片手に、父親が背後のドアから部屋に入ってくる。
自分の肩がびくりと痙攣した。
父は大きな音を立てながら座り込んでビールを飲み始めた。
「なんだこりゃ?」
「ゲームだよ……。婆ちゃんが買ってくれたんだ……」
言葉を選びながら慌てて取り繕う。
いつも通り、酔った父に怒鳴り散らされると思ったからだ。
「それで――お前は……今何をやっているんだ?」
すでに尋問されているような気分だった。
幼い自分は、しどろもどろになって答えた。
「今……ゲームの……難しいステージを突破したんだ。こうやってステージを進めると……どんどん――高いところに飛んでいけるんだ」
「――へぇ」
父親が立ち上がって自分に向かって近づいてくる。
恐怖から、自分が目を瞑る。
「……すげえなあ。――とっても綺麗な景色じゃねえか」
だけど、父は――陽気に笑った。
「――“良くやったな”」
気が付けば父は乱暴に……自分の頭を撫でていた。
それは、自分が初めて見た父の優しさだった。
多分、父は自分が何をしていたのかよく理解していなかったのだろう。
だからきっと、それは気まぐれだったのかもしれない。
だけど――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(だけど――たった一度だけ…………あの時…………父さんが――自分の頭を撫でて……褒めてくれたのが、自分にはとっても嬉しかったんだ。あの瞬間だけ……自分を褒めてくれたことが――認めてくれたことが――――本当に嬉しくて………………だから…………………………だから“僕”はずっと――――――――)
過去を思い返しているうちに、落下が始まっている。
“僕”は両目を瞑っている。
真っ白な背景の心象風景の中で、今に至る自分の過去がフラッシュバックしている。
地面が、どんどん近づいてくる。
【オーバーフロー】
『軽業付与のアニムス:攻撃をした敵の跳躍力を上げる』
『運動付与のアニムス:攻撃をした敵の運動力を上げる』
『吸引のアニムス:攻撃付与を吸引に替える』
クリアが装備していた三つのアニムス。
このK-2ルートのアニムスの三つの攻撃により、対象の運動、及びジャンプ力を奪い取る。
ただし、プレイヤーキャラクター及び人型NPCは、巨体のモンスター等と違って運動やジャンプ力に対して定められている初期数値がさほど高くない。
人型、もしくはプレイヤーのラベルを張り付けられた対象に対しては「下限を突破する」という独自の現象が発生する。本作は“運動とジャンプのステータスにマイナスの値が設定されていないため最大数値にいきなり裏返る”という仕様があった。
当然相手の基礎能力を格段に上昇してしまう行為であり、効果時間も短く、これ単体では行う意味はほとんどない(実用的なアニムスを3つ装備して戦闘した方が良い)が、0からのマイナスは特に予想だにしない凄惨な結果をもたらしてしまう。
物理演算エンジンが暴走するというのも、何度か修正をかけた上で“おそらく限定的な条件下で意図的に残されている”要素である。
ゲームのバランス調整としては余りにも初歩的なミスであり、これらのプロパティをこのルート限定で“弄れるようにしてしまった人間”に、著しく問題があると言えるだろう。
前任者はかつて語った。
『行き過ぎた管理を行っている単純で応用の効かないゲームは、プレイヤーにリアルな体験と鮮明な思い出を提供しない。故に、我々はこのゲームシステムを作る上で“意図的にいい加減さが発生するような穴を作っている”』
――と。
レット達は、その意志にある意味で救われたともいえる。
【石畳】
キャラクターの持っている運動エネルギーをその数値に比例して特定条件下で何倍から何千倍にも増幅して上空に射出するのが、このやたら尖っている石畳である。
どちらかといえばこちらのオブジェクトの方が問題だったりする。
『目立ちたいだけの目的でこんなオブジェクトを設置した人間が悪い』としか言いようがない。
こういった尖ったオブジェクトの上に乗った状態で衝撃を与えると、物理エンジンの暴走を引き起こす原因となりうる。
跳躍力と運動力が初期値でも、真上から大きく跳ねる等して衝撃を与えるとキャラクターが大きく跳ね飛ばされる。
この現象自体はプレイヤー間で、前々から知られているようである。
本作に於いてキャラクターの座標ズレは、オブジェクトに設定されている運動と跳躍の数値が一定ラインを越えた瞬間――指数関数的に弾き飛ばされた時の高度が高くなっていくという仕様がある。
①運動に関するプロパティを弄れる要素がそもそもK-2ルートにしか存在しないことや、②ルートの入り口であるためこの場所では直接的にはPVP戦闘が起こりえないことや、③そもそも石畳の間に足を挟み込んだり真上で派手に跳ねてみようと思わないということもあって、重箱の隅をつつくような奇行をしない限り明らかにならない必殺技ではあるが、それでも“試す人間が居たりするのがオンラインゲーム“である。
物理エンジンの暴走との重ね技に関しては、ひょっとすると他にも知っているプレイヤーや開発者が居たのかもしれないが、“クノスティンツァ”を殺害する以外での用途がないことや、キバタ氏に向けられている怒りの感情などを加味してプレイヤー達がこれを“意図的に隠して放置した”可能性も否めない。
彼の野心が、自らの設置した石畳で間接的に打ち破られてしまったというのはある意味で自業自得とも言える。
『使える物は何でも使う』という方針があるとはいえ――よりにもよってこんなものを最終兵器として運用しようと思い立ったClear・Allはひどく愚かであると同時に賢い……のかもしれない。
【天の上】
この世界の空の上に宇宙という空間は作られていない。ただただ空が無限に広がっている。
クリアはおそらく、今回"分離した"レットとは違い、面白半分にクノスティンツァの身体に乗って天の上を見ることでその事実を知ったのだろう。
『このゲームで“空を飛べる”とか、“飛空艇がある”とか、“空から地上を見下ろせるエリアがある”ってことは知っていたけど――“空の高さに際限がない”だなんて、オレ初めて知りましたよ』
『そりゃそうだろう。このゲームで“本当の空の高さ”を知っているのは、せいぜい俺くらいだろうだからな。ワハハハハハ!』
どうしようもない強敵を世界の理の、誤動作で無理やり撃破する。
今回の『ゲーム』の決着は、ある意味で『ゲームらしさ』に溢れている物だったのかもしれない。