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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第一章 “英雄”との出会い
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第十一話 光の届かぬ場所

 フォルゲンスという国家の地下には遙か昔から下水道が存在する。

これは、共和国になる遙か前に王族達の緊急避難用の通路として活躍していたものであり、時間をかければポルスカ森林に出ることも可能となっている。

ゲーム内設定ではその昔、下水を通ることを嫌がって革命で命を落とした哀れな皇帝がいたとされている。


そして今、その下水道にヘルメットとパンツだけを履いたレットと、キャットの男――リュクスが足を踏み入れた。


(こんな場所にも入れるんだな……)


そこは薄暗かったが、地上から僅かに光が差し込んでいる。

プレイヤーが出入りする一つのフィールドということもあってか、汚物が流れていることもなければ、下水道特有の悪臭がすることも無かった。


二人は薄暗い道を進んでいく。

突然レットの足下の下水から巨大なネズミが顔を出し、レットに飛びかかった。


「うおっ!」


それとほぼ同時にリュクスがホルスターから銃を取り出す。

激しい炸裂音と共に火花が飛び散り、ネズミの躰が吹き飛び落水する。

同時に、リュクスは無駄の無い動作でホルスターに銃を仕舞う。


それは一瞬の出来事であった。


「おおお、かっけえ! 今のは銃!? このゲーム、銃なんて使えるんですね!?」


「吾輩の職業は……しがないハンターさ」


「ハ、ハンター……」


ハンター、遠距離攻撃職。弓にクロスボウ、古式銃に投石器、場所によっては大砲やバリスタまでも運用できる、狩りと飛び道具のエキスパート。


威力は抜群だが銃撃を正確に当てることは難しく、防御性能は総じて低い為、敵からの攻撃は回避で立ち回るのが基本。故に操作難易度は最高クラスで、他の職業と違って純粋なアタッカーしかこなすことができない。

ゲーム開発者の職業調整で不遇と優遇を行ったり来たりする――マイナーな職業でありまさに浪漫と修羅の茨の道である。


「ここら辺が良いだろう。吾輩の“天職”もまた、ハンターのような物なのだよ。ンッフッフッフ……」


銃をホルスターにしまってリュクスが次に取り出した物は、前世代的な装飾がされた【写真機】であった。


「それって、カメラですよね? 何に使うんです?」


「上を見てみたまえ――光と、恵みが差し込んでいるのが、きっと君にも解るだろう」


狭い地下道の中、レットが上を見るまでもなく天井からは光が差し込んでいた。


「えっとォ……この光が何なんでしょうか?」


「……覗いて見たまえよ。きっと君も気に入るだろう」


レットは、言われるがままに背伸びして光が差し込む天井の穴を覗き込む。


(なんだこれ!?)


穴から外を覗いたレットの視界に映った物は、様々なプレイヤー達の脚部。

レットはそこで、自分が今まさに覗き見を行っている穴が、地上からの雨水を取り込む側溝だったということに気づいた。


「へぇ~。ここから地上が覗けるんですね」


「そうだ。そしてこれを見たまえ! 我々が此処で得る物だ!」


突然、リュクスが懐から何かを取り出してレットに急接近して来た。

その股間の“硬い何か”がレットの腹部に押し付けられる。


「これを見ればもう分かるはずだ。吾輩と白く濁った手で――『堅い誓い』を交わそうぞ。クックックック」


(いやいやいやいや、“硬いし近い”んですが! 当たってる当たってる! なんなんだこの人ォ!?)


「アア――失礼。貴公を驚かせてしまったかな? 吾輩の股間に仕舞っているのは本物の“長銃”だ。心配は無用だ。この世界の中でそのような卑猥な機能はない。そんなに脅えなくても良いじゃあないか。ほら、これを見てみたまえよ……」


「こっ……こここここここっ。これはっ!?」


レットは、リュクスが興奮している理由を一瞬で理解した。

リュクスが取り出した物は写真だった。




“ソレはまさしく誰かにとっての桃源郷であった”




凄まじいリアリティが齎した本物と見紛う――否、本物以上に美麗な盗撮写真の数々。

そして、どれを撮っても――どれをとっても単調な写真では無いのである。

角度、光の当たり方、撮られたシチュエーションの豊かさ。それは最早、芸術品の域であった。


「も――もしかして……………………ここで、女性キャラの下着を撮るんですか!?」


「アア、そうだとも。そして、これが貴公の淡い幸せ《お金》に繋がる」


「それ……その……要するに、『盗撮した写真を売ってお金を稼ぐ』っていう――――――――ことですよね?」


「クックックック……その通りだ。察しが良いな。貴公」


(と、盗撮…………か)


「心配は要らないさ……。これから貴公は圧倒的な財を得るのだ。その淡い幸せ《お金》で望みの丈を叶えたまえよ――」


詰め寄るリュクスに対して、誤魔化すようにレットは話題を咄嗟に切り替える。


「は……はぁ。そういえばこの上にいる人達って、一体何が目的なんです? この上がチームの集会所か何かだってことは、わかるんですけどォ。いくら何でも人数が多すぎるような……」


「上にいるのは『聖十字騎士団』に所属する者達だよ、貴公。――噂ではチームのリーダー、――連中曰く“団長”がメンバーに対して演説を行うらしい。ご苦労なことだな……クックック。かのチームには最高位の女神達《上質なターゲット》が多々居ると聞く。これは吾輩にとって千載一遇の機会だ。偶像《被写体》が一人では――“色々足りない”のでな……」


(聖十字騎士団って、オレが加入しようとして逃げられた。あのチームか……)


リュクスはその身を屈めて、レットは背を伸ばして、その溝から地上を覗き込む。


「さて、まず最初にその偶像《被写体》についてレクチャーをしよう。基本的には――お淑やかな乙女《装備品の露出が少なめ》であり、淡い思い出の欠片《下着》が秘匿されている格好であるほど高値で売れる」


「あれ? そういうものなんですか。セクシーな格好していた方が高値で売れたりするわけじゃないんです?」


「この世界は仮想現実。“派手な格好を好むのは現実世界では男性である”という噂がまことしやかに囁かれている以上。淡い幸せ《お金》を注ぎ込むに値しないようだ……。実情はどうなのか吾輩は知らないがね」


(ああ、そうか。キャラクターを操作しているプレイヤー。つまり“中の人”のことまで考えて写真を撮るのか……すごいな)


VRMMO特有の歪んだ価値観にレットは内心で圧倒される。


「尚且つ――対象が高名な女神《有名な女性キャラ》であれば在るほどその価値は高くなる。その美しき秘匿が破られた者《現実世界で美女であると判明している人》であるならばなおさらだ。個人を対象とした依頼すらも流れてくる程に――な」


(うわぁ……想像以上にゲスいけど――なんか仕組みを理解すると、怖くなってきた)


「あの……その――写真を買う人がいるのはよくわかるんですけど。率先して撮ろうっていう人って、そんなにいるもんなんです?」


「アア――吾輩は独りではない。現世の楽園《外部掲示板》には、多くの同好の士《仕事仲間》が日々作品《写真》を投稿し切磋琢磨している……。その努力の結果、渇望する者達《購入者》の層を厚くすることに成功し、巨大な市場が出来上がった――というわけだ……」


「それで、一枚いくらくらいで売れる物なんです?」


「ふむ――まあ物によっては一枚。50万から100万と言ったところかな。クククク」


「ごっ……ごごごごご50万!?」


ちなみに、今レットが欲しいと思っている軽装装備の相場は一式で7000ゴールド。

扱われる金額の高さを理解して、レットは戦慄した。


(ぐっ……お金欲しい……お金欲しいけど流石に自分が撮るとなると――良心が痛むウウウウ)


「さて、これから貴公に軽くお手本を見せよう。撮影に当たっては二枚の真実《写真》を撮ることが大切だ」


「二枚、ですか?」


「そうだ、淡い思い出の欠片《下着》を写した物を一枚、偶像《被写体》の全体図が一枚。こうすることで作品の由縁が鮮明になる《写真の信憑性が増す》のだよ……クックック」


「ああ、たしかにそれはリアル感あるかもですね……。“ヤラセじゃありません!”みたいな感じか……」


「――成る程、流石あの男が見込んだだけのことはある。貴公、筋が良いではないか? それで良い、己の直感を大切にな……」





《団長! アインザーム万歳!》


《アインザーム! アインザーム! アインザーム!》


地上にいるチームメンバー、――騎士団員達が一斉に歓声を上げた。

レットが地上を覗くとその視線の先に演説台のようなものが見える。

そこに、一人の男が姿を現した。


その外見は、レットが出会ってきた人間族の中でも特に際立って見えた。

彼の金髪は日の光を浴びて輝き、整った顔立ちはまるで彫刻のような美しさを持っている。

レットより一回り年上と見えるそのキャラクターは、落ち着きと経験を感じさせる。


彼が身に纏っている鎧は、金と緑のツープラトンで彩られ、上品な輝きを放っている。

その鎧は、この世界の中での彼の高貴な地位を物語っているかのようだった。


腰に巻かれているのは、金色の豪華で緻密な刺繍が施された白い長い鞘。

その鞘には巨大な片手剣がしっかりと収められており、彼の力強さを示している。

左手に携えた白金製の盾には、紋章が描かれている。

男の職業がパラディンであるということはゲーム初心者のレットにも一目瞭然であった。


「へぇえ。あの人がリーダーなのか……」


「アア――誠実さと正々堂々とした強さで有名な『不敗のアインザーム』。あの男がその強さで作ったという聖十字騎士団の規模は、今やフォルゲンスという一つの国家の枠を超えている。今やエールゲルムの最大手チームなのだよ……。異端者《PKプレイヤー》共の弾圧、そして初心者を保護することが活動の中心――と聞くな」


団長――アインザームはその壇上で演説を始めた。









《――大義がある。この世界でしかなし得ない。“大義”が》






演説と共に、自然と周囲は静まり返った。


《それは本来、人の心の奥底に眠っているものだ。原始の頃から心の中で燻っている小さな火だ。だが、冷たい世の中は時にその心の火を消そうとする。しかし、人が人の心を持つ限り、それは決して――消えはしない》


しばしの沈黙が続いた。

どうやら壇上で話している人物が、聴衆の一人一人を時間をかけて見つめているようだった。


《私は今日この場に立って、その火が大きく燃え上がっているのを感じている。壇上にいる私を見て欲しい。鮮やかな世界の中で君の心の中の、暖かい火が燃え上がってきているのを感じているはずだ》


レットは演説を聞くために、気がつけば自然と黙り込んでいた。


《――それは即ち、『強きを挫き 弱きを助ける正義の心』である》


「…………」


《この消えそうな火を抱えて、私がこの世界に降り立ったはじめての日から半年。私が得たのは深い絶望だった。その時、この世界は魅力的であると同時に、際限無く閉ざされていたと言える。このチームに入るまで、君達にも経験があったはずだ。多くの初心者達が広い世界に放り出された後、何をすればいいのかわからぬまま右往左往していた。そのような迷える人々を騙し、脅かし、害する悪辣な者すらいた》


脳裏にクリアの邪悪な笑みが浮かび上がり、レットは納得するように深く頷いていた。


《彼らの多くが私を笑った。裏で私を『狂っている』と揶揄する者たちもいた。しかし、それでも私は歩みを止めなかった。今日までやってきて、そこからさらに半年後、壇上の上にいる私を見てくれている人達が、一緒に歩いてくれている人達がたくさんいる! これが“結果”だ! ――今、君たちの心に抱えているものはなんだろうか? 言わなくてもわかる。きっと私が抱えているものと同じ――暖かい大義の火なのだろう》


レットは聴衆達の様子を見つめる。彼らも、アインザームの演説に対して、深く頷いているようだった。


《――改めて、心に刻んで欲しい。我等が騎士団は……弱き者達を決して見放さない。行き場を失った人達を、決して見捨てない。皆が笑顔でいられる世界は、此処エールゲルムで実現出来る!》


興奮からか、観衆が色めき立ち拍手が鳴り響く。


「す……すごいな。こんなカッコいい人がいるなんて……とてもゲームとは思えないような真剣さですね……」


「吾輩は何故あそこまであの男が好かれているのかはさっぱり理解できんが――しかし吾輩も理解されないこの仕事に命を賭けた結果人望を集めた。どのような行動でも意思を伴い全力で挑めば、人はついてくるものだよ。貴公」


(リュクスさんについてくる連中って、相当だぞ……)


「クリアさんとか絶ッッッ対入れないでしょうね……このチーム」


「そうかね? あの男は存外、このチームにご執心のようだが……」


(え? どういうこと!?)


レットの疑問は頭上で湧き上がった歓声に掻き消された。

その後もアインザームの演説は続き、聴衆の声は下水道にまで反響し続けている。


「フフン、ご立派なことだな……。なかなかに響く声だが、地下に潜む者達にその信念が伝わることなどありはしない。さて、そろそろ仕事に取りかかろうじゃないか」


(うわあ、いよいよ始まるのか……どうしようオレェ……)











「その声、レットだな。お前こんな所で――よりにもよってリュクスの奴なんかと何をやっているんだ!?」


「――へ?」


不意に声を掛けられたレットが地下に視線を戻すと、噂をすれば何とやら、立っていたのはクリアであった。


「クリアさん!? え、いや。こここここれはその……」


「アア――久しいじゃあないか、白き妖精《Clear・All》よ」


覗き穴から離れて親しげに話しかけるリュクスに反して、クリアの言葉には棘がある――そうレットは感じた。


「おい、レット! そいつから離れろ! そいつはロクでもない奴だぞ!」


「貴公にそういった侮蔑の言葉を投げかけられるのは、些か心外なのだが……」







「〔ええ!? あの、クリアさん。この人は知り合いじゃないんですか?〕」


「〔“所属しているチームが同じ”ってだけさ。コイツは個人的にウマが合わないんだよ!〕」


「フム……。貴公はいつまで経っても吾輩の趣味に理解を示してくれない。……それが吾輩、何よりも理解できないのだよ。クックック……」


「お前の趣味が理解できない奴なんて、いくらでもいるだろう。この前なんて嫌がらせを受けていたじゃないか。いい加減、反省してこんなゲスなことは辞めたらどうだ?」


(い、嫌がらせ?)


クリアの“嫌がらせ”という単語を聞いてリュクスが不機嫌さを露わにする。


「ああ、そうだとも。たしかに吾輩この前地獄を見た。匿名で送られて来た物が素晴らしい作品《写真》だと思ったのに。吾輩が白き楽園《絶頂》に到達した直後に、それがよりにもよって“筋肉質な”男の物であったと匿名の手紙で伝えられてな……。矮小な下衆めが! 吾輩のたった一つ《この世の楽しみ》をこのような形で汚すとは……。吾輩の心は愚か者の手によって無残にも引き裂かれたのだ!」


リュクスは仮面を両手で覆いながら呻き、その声が地下道に響き渡った。


「〔実は、それやったのは俺なんだけどな。チームリーダーの股間のドアップの写真を送りつけてから手紙で教えてやったんだ! ざまあ見やがれ! ウヘヘヘヘヘヘ〕」


「〔それ本当に酷いですよ。……同じ目に遭ったら自分でも落ち込みますって〕」


「――とにかくだ。レットはこんな方法で金を稼いじゃだめだ。上にいる人達が隠し撮りされていると知ったらどう思う? きっとショックを受けるに違いないぜ」


「ほう――それは普段から悪事を行っている貴公が言えたことなのかね? 神々の預言書《利用規約》上では何も問題が無いではないか?」


「それは――たしかにそうだがな……」


クリアはリュクスの反論に口ごもる。


 レットはリュクスの言葉が本当であることを後に知る。

“ゲームのキャラクターに肖像権という物は存在していない”為、本物以上のクオリティの下着を盗撮しようが、その写真を現実世界や国の中でバラまこうが、その行為についてどれだけ批判を受けようが、ゲームの利用規約上では何の問題にもならないのである。


「故にだ。上にいる連中にならまだしも“貴公に否定される謂われ”は無い。これは、吾輩がこの世界に求めた吾輩自身の在り方だ。そう――貴公がまた、この世界に“何か”を求めているように――」


嗤うリュクスを見てクリアの表情がみるみる険しい物になっていく。


(クリアさん、ちょっと様子が変だな……)


「…………仕方ない」


クリアはそう呟くと――――――――長槍を取り出して、構えた。


「反論できない故の実力行使かね? なるほど。どうやら、貴公の首は柱に吊されるのがお似合いのようだな…………」


リュクスはコートを翻し、ホルスターにゆっくりと手を近づける。

いつでも銃撃ができる戦闘態勢――まるで西部劇のガンマンのようだった。


(ちょっと待てよ。会話するだけならまだしも、こんな所でドンパチ戦闘を始めたら……上にいる人達に聞こえてしまうんじゃ無いか!?)


「……………………………………………………」


「……………………………………………………」


二人の間に重い沈黙が続く。

見ているレットにも緊張が走った。


そこで――


《だからこそ。我々は、強い意志を持って自らの進む道を決めていかねばならない。――私の正義を信じて、ここまでついてきてくれてありがとう。これからも心に同じ火を抱えて歩みを進めていこう》


アインザームの演説がついに終わり、地下に万雷の拍手が鳴り響く。


「――――――――――――ハァ」


クリアが一瞬だけ頭上を見つめてから、ため息をついて長槍を仕舞った。


「――仕方ない。リュクス。今ここで、お前のプレイスタイルを否定することはしない。しかし、レットには“選択の権利”があるはずだ」


そう言ってから、クリアはレットに向き直った。


「レット、もう一度自分自身で考えてみてくれ。ここで、女性キャラの下着を盗撮して生計を立てるか。他の方法でお金を稼ぐかを――だ。選ぶのは他でもない、お前自身だ」


「フン……たしかにそうだな。“お互いにとって”ここで騒ぐのは賢い選択では無い。そうだな――白き妖精《Clear・All》よ? フッフッフッ……」


“お互いにとって”。そう言われてクリアが眉を顰める。

レットは少しだけ悩んだ。

一連の話を聞いて、自分の身のあり方を今になって考える。


(そりゃあもちろん! お金は欲しい。でも…………)


「なんか――よくわかんないんですけど。オレ、リュクスさんみたいに胸を張って写真を撮れる気がしないです……。途中で辞めた方がいいなと思ってたし。クリアさんに声を掛けられ時にも後ろめたさがあったというか。何よりも――オレの憧れのヒーローは、こういうことはしないだろうし……」


実に歯切れの悪い答えであったが、それを聞いたクリアは胸をなで下ろした。


「そうだ――それでいいんだレット。よく思い留まったな」


「残念ではあるが――致し方在るまい。例えるのなら、“期待していた教え子に逃げられた教師の気分”……。ひょっとすると、“離婚して子どもに選ばれなかった母親の気持ち”とはこのようなものなのかもな……クックック」


肩を竦ませてリュクスが呟いた。


「リュクスさん。すみません! わざわざ誘ってもらったのに、断ってしまって!」


「何、構わんさ。貴公が自分で選び取ったことだ。その他にも、吾輩は“個人に対する写真撮影の依頼”も受けている。貴公らが望むのなら、いつでも応じよう」


「き、気が向いたら――また来ます」


(この人に対して、写真の撮影を自分から依頼する人なんて……いるのかな?)


「全く……良い写真を撮る実力はあるのに――それを盗撮に使って品位を落とすだなんて、もったいないことをするべきじゃないと俺は思うがな」


そう言ってクリアがリュクスを睨み付ける。

リュクスは平然とした様子でクリアに歩み寄った。


「相変わらず。ブレない男だ――熟々、貴公の想い人が“羨ましい”よ。いつかあの者の淡い思い出の欠片の作品《下着の写真》を手に入れてみたい物だ――ンッフッフッフ……」


(え? 想い人って――どういうこと?)


「勘違いするな。“あの人”とはそういう関係じゃあない――だが、やってみろ。只では済まさん。この変態野郎」


クリアはリュクスに棘のある言葉をぶつけた。

それに一切動じずにさらにリュクスがクリアに顔を近づける。


「変態か――善い響きだ。何、貴公の“想い人”に心配は要らないさ。何せ吾輩が一番欲しい物は他でもない―――――――貴公の作品《写真》なのだから。……Clear・All。他の誰でも無く、貴公にこそ吾輩の変態性を受け入れて貰いたいものなのだがね……」


突然、予想外の方向から変態性欲の対象にされてしまったクリア。

その顔色が真っ青になり、その場から一歩後ろに引き下がった。


(うわぁ……あのクリアさんが押されているよ……)


「〔ああ、クソ! だから苦手なんだコイツは……! ホラ、早くここから出るぞレット!〕」


歩き出したクリアに、レットは慌てて追従する。








「〔――すまなかったな。アバウトで適当なアドバイスをしてしまって。まさか盗撮をするまで追い詰められていたとは思わなかった〕」


「〔あ、いや――いいんすよ。オレも割と途中まで乗り気になっちゃっていたし、気にしないでください!〕」


「〔今後も気をつけろよレット。あんな風に自分の表情を他人に見せたがらない人間は、心の奥底になにか――良く無いものを抱えていることが多いからな。さて、新しい金稼ぎについて話し合おうぜ?〕」


「〔クリアさんってお金稼ぎには詳しいんですか?〕」


「〔ああ――リスクを負えばなんとかなるさ。多分!〕」


(他に頼るアテがないとはいえ……ここに来る時よりも嫌な予感がしているんだけど)


最後にレットは一度だけ振り替える。

リュクスがこちらに背を向け、側溝に写真機を掲げていた。

暗闇に囲まれつつも、その頭上には光が差し込んでいる。




レットには何故かそれが――絶望の最中、女神に祈りを捧げる聖職者のように見えた。


【盗撮掲示板】

NPCの下着に満足できなくなった者達の行き着く地獄、当人達にとっては天国。

彼等は今この瞬間にも、一流の盗撮家になるために日々写真を撮り続けている。

その熱意をもっと違うものに向けるべきではないかという批判が日々繰り返されているが、彼等は全く動じる事無く写真を撮り続け今日に至る。


【動作の“遊び”】

銃に薬莢をセットしたり、扉を調べて開いたりといった動作はゲームとして行えるが当然手でも可能。

好みの問題もあるのでこの辺りは結局プレイヤー次第。どちらが早いか計測したり、タイムを縮める練習をするプレイヤーも居る。


【解像度と写真について】

 ゲーム内で解像度を上げることは可能だが、脳に入る情報量が膨大になってしまう。

最終的に過剰な負担が行かないようにVRゴーグルが処理を肩代わりする為、クライアントに多大な負荷が掛かってしまいゲームプレイに支障が出るのが難点。


現状の技術では、完璧な画質で冒険を楽しむことはできないため、結局現実世界と同じように風景を美しく保存するためには写真を撮る必要が出てくる。


写真機には値段の違いがあるが、性能の違いはない。

本作は諸事情あって、フルダイブにリニューアルしてから、映像を配信する機能はプレイヤー個人に対して未だに実装されていない。

よって、写真とはプレイヤーが仮想世界を現実世界に出力するための数少ない手段でもある。


「“世界”を楽しもうじゃないか……貴公」


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