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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第三十話 地獄の最中の道標

 モンスターとの死闘を繰り返しながらも、オレ達の攻略は予定通り手順良く進んでいると思う。

タナカさんの指示に従いながら、時間をかけて特定のアニムスを落とすモンスターを何とか合計三匹倒してマップの中央に来ることができたからだ。


(このままうまくいくといいな……ワサビさんの提案してくれた攻略法が――)


オレは汽車の中で教わった攻略法を思い返した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



『そのやり方って、つまり“アニムスの所得順を考えて攻略を進めて、ルートの中央でモンスターをまとめて薙ぎ倒す” ――ってことですか?』


『そうですー。実装当時にフレンドさんのお手伝いで“一人で”こっそりやっていた方法なんです。ルートの真ん中部分は広場になっていて見晴らしが良いので、そこに一気にずら~っとモンスターを釣れてきて範囲攻撃を一気に使っちゃえば、ちょこっとめんどうな特殊技とかも、出される前に倒せちゃうはずですー』


『一人でって……プリーストのソロでそんなことができるのは、せいぜいワサビさんくらいなんじゃないですにゃ?』


『Σ(しぐまっ!) た、確かにそうかもですねー。でも、今は緩和された後ですからモンスターの強さも調整されているはずですし、パーティメンバーが協力して、範囲攻撃と防御を伸ばす方向にシフトしてアニムスを取っていけば一気にいろんなモンスターを倒せると思いますー。具体的な手順としては――』


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「――――――まず初めに、ワタクシがここに来るまでに手に入れた防御用のアニムスを三種類装着しているのが前提です。一応、レットさんにも同じものを装備をしてもらっていますが――」


「――オレがこの三つのアニムスを装備しているのは『今の段階で他に装備できるアニムスがないだけ』だから……。オレも攻撃の受け流しはできるけど、大量のモンスターに殴られながら走り回れる自信はないや……」


「それはソードマスターという職業とウォーリアという職業の違いですから仕方のないお話かと……。とにかく、ワタクシが先頭に立って防御のスキルを使いながら、周囲のモンスターに手あたり次第敵対行動を行います。それから、モンスターを引き連れて島の中央に向かいますので皆さんは――」


「モンスターに見つからないようにタナカに追従して合図と同時にブレーキ! 『範囲狩り用に特化したアニムスを付けたオレとイートロがタナカの集めてくるモンスターを攻撃魔法で一気に無差別に吹き飛ばす!』 マップの中央は禁止行為の区画外で、攻撃魔法がきちんと使えるだろうしな! ……なるほど。廃人っていうのは、効率重視でよく考えるもんだなー!」


けらけらと笑うトヴの横で――


「心配無イ。準備ハ出来テイル。――イツデモドウゾ」


――イートロが黙々と準備を終えたことを告げた。


「……わかりました。それでは――行きましょう!」


タナカさんがよろよろと走り出す。


「(なあ、タナカは大丈夫なのか?)」


それを追従しながら、トヴがオレに小声で囁いてきた。


「(さっき戦っていた時から動きがどっか硬いと思っていたけど、なんか調子悪そうじゃないか?)」


トヴのその囁きに、オレは不安な表情で首を傾げてからタナカさんの背中を見つめた。


(たしかに、タナカさんがログアウトしているの最近全く見てない……。もしかして、オレが思っている以上に疲れてるのかも……)



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「それで――」


俺は、日記を片手に座り込んで居間の壁面を見つめている。


「――現実問題。クリア“くん“よ。お前には、何か策があるのかよ?」


考え込んでいる俺の真横でベルシーが俺を見下ろしながら茶化してくる。


「……今は、素材を集めている」


「――はぁ?」


「必要な情報を集めた上で、考えている。それしかできないが、どんなに強引な方法でも必ず思いつくつもりでいる――現実のデモンを救う方法をな」



レットには大口叩いたが――結局のところ、今の俺にはもうそれしかできない。

アイツのために、デモンを救うための活路を考えることしかできない。


確かに、今の自分にはテツヲさんの言う通り“宛て”があったのは事実だ。

しかし、先程チームに送られてきた手紙でその望みは絶たれてしまった。


『貴公に頼まれていた夢見る少女《Demon》の家で見つけた物品の調べが概ねついた。彼女の所持品から身元がわかるものは“何も無かった”。おそらく、自力で人を介さずに手に入れた品だ。譲渡されたものではない』


期待していたリュクスからの手紙の内容は簡素かつ今の自分にとって残酷な物だった。



今この瞬間も、レット達の攻略は続いている。

ネコニャンさんとワサビさんの的確な指示を受けながら、どの順番でモンスターを倒せばいいのかを考えつつ、効率よく攻略を進めている。

これが俺だけだったら多分三倍は時間がかかっていただろう。

レットとネコニャンさん達のやり取りを聞く限り、相当な激戦のようだが効率自体は悪くない。

指定されたアニムスを手順良く集め、トヴとイートロと間の抜けたやり取りをしながらも協力しながら攻略を進めている。




そう――“だからこそ状況は最悪”なのだ。



(……嫌な予感がする)


レットとタナカさんの到着に合わせて、トヴとイートロの二人が現れたというのは――やはり偶然とは思えない。

あの二人が『ゲーム』に関わっているか否かとは関係なく、おそらく黒幕の意志が何らかの形で既にレット達に干渉している。


(つまり――俺達自身が既に、ヤツにコントロールされている可能性が高いってことだ)


おそらく、このまま『ゲーム』が始まってしまえばそれが何であろうとヤツの作ったシナリオに抗えなくなる。

それはつまり『ゲームに勝利する=デモンの延命』が果たされる可能性“だけ”が残されるということだ。

つまり、『ゲームを覆す=現実世界の彼女の救出』という目的の失敗を意味する。

デモンの命を握られているという有利は依然変わらず、そして事前に手を打てる時間は残されていない。


(これ以上黒幕の後手に回るわけにはいかない。――考えろ。考えるんだ。何か方法があるはずだ! もう時間がない!)


「ただいまー。今戻ったわよ~――――――うわ……何これ? ぐっちゃぐちゃのカラフルな現代アートみたいになってるけど大丈夫?」


「――問題はありませんよ」


俺は返事だけして振り返らなかった。今は、振り返る余裕もない。

ケッコさんが“現代アート”と評した壁と地面に、俺は座ったままの状態で乱雑に書き込みを足していく。


「お前、前から思ってたけどよ。情報のまとめ方が複雑すぎるんだよ。こんな幾何学模様(きかがくもよう)みたいな書き方じゃ確実にプレゼンには使えねえだろうな。もうちょっとわかりやすく――せっかくテーブルが置いてあるんだから、そこで羊皮紙に書いてから壁に貼れよ」


「テーブルと壁を、行ったり来たりして紙を貼り付ける時間すら惜しい。それに、これは俺が今まで得た情報をありったけ“自分用“にわかりやすくまとめているだけだ。お前に読んでもらって意見を聞くつもりもない。――お前の『こだわりだらけのオリジナリティ溢れる閃き』はその産廃ビルドだけで充分だ」


「うるっせえな! オレの戦い方はオレが強いと思ってるんだから強いんだよ! オレのアイデアは間違ってねえんだ!」


「ブラッドナイトなら、大鎌使いなさいよ大鎌! アンタ普通に戦った方が強いんだから、クリアさんの指摘は事実でしょ。要は――“考え事の邪魔になるから役立たずはどっかに行ってなさい”ってことよ!」


「しょーがねえだろ! オレがやれることなんざもうねーんだよ。タナカが戻ってこないとオレのビジネスの話が進まねえんだ! あの野郎――『ゲーム』とやらが失敗しようがしなかろうが、終わったら即迎えに行って作業再開してやるからな!」


喚くだけ喚いた後、ベルシーの罵倒の矛先がケッコさんに変わる。


「つーかよ。オレが役立たずだとエラソーに言ってるがな。テメーだって、役立たずの木偶の坊――ポーカーでいうところのブタだぜブタ!」










「誰が“デブのブタ野郎”よ!」


「そこまで辛辣で単純な悪口は一言も言ってねえよ馬鹿! つーか、自覚があるなら不摂生な生活いい加減やめろや!」


問題ない。この思考のノイズはすぐに止まる。

この二人の言い合いを放置しておくことに決めたのは――俺の耳に舌打ちと首の骨を鳴らす音が聞こえてきたからだ。

それはまず間違いなく、部屋の隅でこちらを見ていたであろうテツヲさん発した物だ。

このまま放っておけば、いつも通りに彼がリーダーとしてこの場を諫めてくれるはず――








「――た、大変ですにゃ!」


そのタイミングで、ネコニャンさんが勢いよく個室のドアを開けて居間に入ってきた。


「デモンさんが、『にぃはどこ?』って、譫言うわごとみたいに呟いているんですにゃ! にぃってベルシーのことですよにゃ? ベルシーがどこに行ったか、クリアさん知らんですかにゃ⁉」












「………………俺の推理が正しければ――――――アイツは、ネコニャンさんが今開けた扉の裏側に居ます」


「クソッタレがよぉ――どいつもコイツも――――――――――勢いよく扉を開けやがって……!」


視線をそっちに遣るのも面倒なので、これはただの推測だが――おそらく、今頃ベルシーが扉の裏からよろよろと這い出てきているはずだ。


「あぁ、自分が潰してただけだったんですかにゃ。よかったよーかったー。とにかく、急いで会いに行ってあげてくださいにゃ!」


「おま――謝罪くらいしろや! つーか、行かねえよ。……めんどくせえから、そんなもんはパスだパス――」


そこで視界の済みに白いローブの裾が見えて、ベルシーが黙り込む。

手を止めて顔を上げると予想通り――個室から出てきたワサビさんが悲痛な表情をしていた。

俺はそのまま黙り込んで、ベルシーに対して無言の圧をかけることにした。


「…………………………ハイ。大丈夫ですぅ……そんくらいお安い御用です……行きます。行けますぅ……」


ベルシーがすんなり一人で個室に入ったことを確認してから俺は立ち上がる。

閉まるつつあるドアを伸ばした足で軽く止めて、僅かな隙間を作る。

後ろに立っていたワサビさんが、顔を寄せて自分の日記を後ろから覗き込んできた。


「(クリアさんは相変わらず日記をたくさん書かれているのですねー。何か、わかりそうですか?)」


「(いや……今のところ、さっぱりだ。あと一つ二つ情報が足りない。このままじゃ――)」


そこで、話し声が聞こえてきたので――俺は喋るのを辞めて日記を見返しながら、ドアの隙間に顔を近づけて聞き耳を立てた。












『レットとタナカは……どこに――――――行ったの?』


『……なんでそれを呼び出してまで、オレに聞くんだよ』


『……他に……誰も答えてくれなくて――はぐらかされてる気が――したの……。――にぃは私に……隠し事しないで、居てくれる気がして……』


俺はそこで、音を立てないように真横に居るネコニャンさんをじっと見つめた。

ネコニャンさんは、まるで悪戯がバレた犬みたいに気まずそうに顔を逸らしている。


(誰のせいでデモンにバレたのか丸わかりだ……。長時間の隠し事が下手なんだよな――この人は)


『もしかして――レットとタナカは………………私のために、戦ってくれているんじゃないかって――もしそうなら私……迷惑……かけたくない。止めてほしい………………なんとなくわかるの――――――私に助ける意味とか……価値なんて――――ない』


咄嗟に、ワサビさんが扉のノブに手を掛けようとした。

俺はそれを制して、『様子見をしよう』とジェスチャーする。


『…………………………めんどくせえ。少なくとも、オレにとってはお前とこれ以上――関わるつもりはねえ。お前が野垂れ死のうと、餓鬼を通り越して餓死しようと、なるようになれって感じだぜ。そんなオレからすれば、レットとタナカ。あの二人は”馬鹿みてえ”だよ。お前が言うところの“意味のねえ――価値のねえものを助けようとしている”んだからな』


ふと目線を落とすと、そこにはわなわなと震えるケッコさんが居た。

ケッコさんは扉に迷ったような素振りを見せながらも何度も手を伸ばそうとして――結局手を下ろして俯いた。


『…………違う……レットとタナカは――――悪くない。――二人のことを悪く言うのは……やめて……』


弱っていくデモンの声を聞いて、ベルシーを通したのは失敗だったと思った。

『訳あって、アイツには情という物が無い』

だが――情が無いなりに、長い付き合いらしく、激励の一つでもするものかと俺は思っていた。


(期待するだけ無駄だった。この辺りが限界――これ以上静観することはできないか)


俺はドアノブに手を伸ばして――







『――だけどな。お前自身が無価値なら、つまりあの二人もアホってことになっちまうだろ』


――そのままの状態で再び動きを止めた。


『……だから、少なくともアイツらにとっては――お前は“助けるに値する意味のあるもの”なんだろ。これ以上アイツらをオレに馬鹿にされたくなかったら、お前はオレに対して”自分が助けられるに値する価値がある”って意地の一つくらい張ってみろよ』


『………………………………』


『つーかよ。価値ねえとか無意味とか ――馬鹿なのかお前? ……お前の作ったあんまクッソまずい料理は、滅多なことで食えるもんじゃねえ。正直最悪だったぜ。テメエのせいで、オレはむしろ大迷惑しているんだよ――“いい迷惑”だ。……………………だからオレは――少なくともお前のことを“無価値や無意味”とは言えねえし。言わせねえよ。――代わりに有害って言っておいてやる』


『それは――励ましてくれているの?』


『…………突き放して貶してるだけだっつーのアホくせえ。弱者に対する励ましなんてものは、オレの柄じゃねえんだ。お前を一番最初に救おうって言い出したのはアイツらなんだろ? 人助けなんてもんはオレからすればただのエゴで、お前がここにいるのはあの二人のエゴなんだよ。だから――困ったらオレじゃなく、アイツらにすがれ』


『レットに言われてる………………チームの会話に――あんまり入るなって……』


『んなこと知るか。気にせず堂々と頼るだけ頼って、貰えるもん貰えるだけもらって、毟るだけ毟ってやりゃいいんだよ。利己的に言えばだ。オレがお前なら……自分の意識がある今のうちに恩を売っておくね。それが今お前の出来るベストな行動だからだ。何せ――直に喋れなくなっちまうんだからな!』


下品な笑い声と一緒に、ベルシーが立ち上がる音が聞こえてくる。


『わかった………………二人と――話をしてみる。相談できて――良かった。…………にぃには………………気を使わないくていいから――――――気楽』


『オイ、それはどういうことだ! フザけんなテメエ! ――――――ま、お前に“感謝されるよか100倍マシな反応”だがな。もしもお前が感謝をするなら――“他を当たれ”ってこった』


『心配しないで……にぃには――――――一切感謝しないから』


舌打ちと唾を吐く音と――軽い笑い声と共に、ベルシーが部屋から突然出てくる。

ドアに張り付いていた俺達は、咄嗟に飛び退いて何事も無かったように努めた。


「……ごめんワサビちゃん。オレはもう、頼まれても二度とあの部屋には入らねえわ。――入る必要も無いだろうがよ」


他に行き場があるわけでもなかったのか、ベルシーはテーブルの上に腰掛けてそっぽを向く。

自分の足元に隠れていたケッコさんが、ゆっくりと顔を出した。


「(ねぇ――クリアさん。さっきのベルシーのあれって励ましていたのかしら?)」


「(微妙なラインですね。多分、貶しながら励ましているんじゃないですか? アイツなりのやり方っていうか――限界というか――許してやってください。アイツにも、『いろいろ複雑な事情がある』んです……)」


ベルシーをゴーグル越しに一瞥してから、俺は壁に背を向け再び策を練り始めた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(凄いや! ワサビさんの提案が……ここまでうまく行くなんて!)


オレは改めて周囲を見渡した。

足の踏み場も無い程に、オレ達を取り囲むようにモンスターの死骸が山積みになっている。


[いや~効率良くて“おいしい“ってヤツだなこりゃ! それにしても走り回るモンスター達は魑魅魍魎っていうか百鬼夜行っていうか――あの雪山のトンネルを思い出しちまったぜ! ちょっと動きが硬いけどタナカ、やるじゃねーか! よく見たら、キーアイテムもいくつか手に入ってるし!]


どうやらタナカさんはアニムスを落とすモンスターだけじゃなく、ルートのボスを召還するキーアイテムを落とす敵も引っ張っていてくれたみたいだった。


[タナカさんがいてくれてよかったよ。オレじゃああんな数の敵の攻撃には、到底耐えられないし]


[喜んでいただいて――何よりです……]


当のタナカさんはというと、瀕死の状態から何とか戦闘不能にならずに済んでHPの回復が始まっていた。

それでも、両膝に手を当てて僅かに肩で息をしている。


「〔タナカさん。大丈夫? 馬車の時もそうだったけど――気を張りすぎて、あんまり眠れていないんじゃない?〕」


「〔………………成る程。確かにそうかもしれませんね。しかし、ご心配には及びません。こんな局面で、へこたれるわけには行きませんから……〕」


大きく深呼吸してタナカさんが顔を上げた。


[さて――無差別に敵を倒しましたからね。手に入れたアニムスの確認をしてみましょう。皆さん、ボスの攻略に必要な物は揃っていますか?]


タナカさんが、意味ありげな視線を送ってくる。


(大丈夫。もちろんわかっているよ)


オレ達はこの後起こる『ゲーム』に使えるアニムスも確認しなきゃいけない。

オレはこっそりとインベントリーから小さな手書きのメモを取り出して確認を始める。

『対モンスター用のアニムス』の情報はネコニャンさんから、『対プレイヤー用のアニムス』の情報はクリアさんから教わっていた。


(――欲しかったアニムスは大体半分くらい手に入っている感じかな? 後二、三回”範囲狩り”をすれば全部揃いそうな感じか……他のアニムスってどんな効果何だろう?)


オレは何の考えも無しに、『入手済みだけど自分が付ける予定の無い他のアニムス』の効果を表示した。




『交代のアニムス:時々パーティメンバーとアニムスを交代する』


『運否強化のアニムス:攻撃した対象に一度のみランダムなバフを付与』


『運否弱体のアニムス:攻撃した対象に一度のみランダムなデバフを付与』


『軽業付与のアニムス:攻撃した敵の跳躍力を上げる』


『運動付与のアニムス:攻撃した敵の運動能力を上げる』


『天晴のアニムス:晴れの日のみ全ステータス大幅強化』


『吸引のアニムス:攻撃で付与効果する低下に切り替える』



(――何だこれ? このアニムスどれも――)


オレがその時まさに抱いていた疑問を、トヴが口にした。


[――――このルートで取れるアニムスって、“何に使うんだ”って物ばっかりだな……。この“吸収”とか“交代”とか3枠しかないアニムス枠を一つ潰す価値無いだろ……。このゲームのキャラクターのステータスに運動とか跳躍力なんていう項目は無いし……晴れの日限定のアニムスって、このフィールド基本晴れないだろ!!]


[確カニ、ソウ。他ノふたツノルートは、モット説明ガ単純デ、分カリヤスカッタ……]


《あ、あのォ……ネコニャンさん。ワサビさんに教えてもらったやり方でアニムスを沢山ゲットしたんですけど――》


《あ……あー。このルートで手に入るアニムスは“使い勝手が悪くて役立たずな物”が多いんですにゃ。開発で使われているゲーム調整の値をそのままステータスとして適用したんじゃないかって噂もあってぇ……次のアップデートに有効活用するための“革命的な実験”っていう意図があったって開発の人がインタビュー記事で言ってましたにゃ》


《……あの。その発言した人ってもしかして――キバタさんだったりします?》


《…………ぶっちゃけそうですにゃ。結局、このルート限定のよくわからないステータス項目は、トップが別の人に代わってくれたおかげで以降二度と登場しませんでしたにゃ》


オレは思わずホッと安堵の声を漏らしてしまった。


(まだ社会に出ていない身で偉そうなことは言えないけど……そこまで色々滅茶苦茶やるのって、人としてどうなんだろう……)


[オイレット、どうしたんだよ?]


考え込んでいたところに突然トヴから話しかけられて、オレはハッとした。


[もしかしてチームメンバーに、意味不明なアニムスの存在理由を聞いてくれたのか?]


[え――あ……う、うん。長くなるから雑な説明になるけど――やっぱり開発の人の事情が関わっているみたい]


トヴが深呼吸のように長いため息をはく。


[……勘弁してほしいぜ。開発者連中の事情には、これ以上関わりたくねえよ。さっさとモンスターを全種類倒してアニムス集めを終わらせて、ルートのクリアをしちまおうぜ?]


[了解しました。それでは、今度はワタクシが一人でモンスターを連れてきます。皆さんは、この場で攻撃の準備をお願いいたします]


そう言って、再びタナカさんが走り出す。


「何か――申し訳なくなってくるなあ。オレのソードマスターのビルドだと、範囲攻撃がほとんど無いからやることないや……」


「お前もソードマスターなら、前一緒に居たあの人間族の女の子が持っていたみたいな特大剣の一本でも持っておくと楽なんじゃないか? そういえば、あの娘は今日どうしたんだよ?」


トヴの質問を受けて、オレは思わず言葉に詰まった。


「えっとォ……あ~。あの娘は訳あって――今日ここには来れなかったんだ。理由は、その――」


口籠るオレを見て、トヴが両眼を瞑って深く頷いた。


「わかるぜ。その気持ち。雪山の時もやり過ぎって言うか――レベルが離れ過ぎちゃうと、同じ土俵に立てないっていうか――一緒に遊べないっていうかさ。そういう悩みってあるよな~。やっぱゲームってのは並んで遊ばないと駄目だぜ。お前も早く強くなって、二人きりのデートでモンスターから守ってやれよな!」


「だから前にも言ったでしょ! オレとあの娘は、そういう関係じゃないってば!」


それにしても――


(ワサビさんは、緩和の前にこれを一人でやったんだよな……あの人って、本当に何者なんだろう……)






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 確実に言えることは、黒幕と俺達で持っている情報や知識が違い過ぎるということだ。

黒幕と直接対面をしたのが、レットだけなのが自分の中で引っかかっていた。


そしてそのタイミングで、廊下を何者かが足早に駆けてくる音が突然聞こえて来た。





「……あら、リュクスじゃないの。一体どうしたのよ?」


気が付けば外では大雨が降っていたようで、来訪者リュクスは水浸しのまま居間に入ってきたと思うとそのまま俺に歩み寄ってくる。


(何の成果も得られなかったことに対して、俺に直接謝罪をしに来たのか?)


しかし、今コイツを責めるつもりは全くない――


「――心配するな。お前は良く調べてくれたさ。今回は、やれるだけのことをやったんだろう? むしろ、感謝はしている。だが、その話は今は後にしてくれ。とにかく、今は時間がなくてな」


「……………………何の成果も得られず終いは、吾輩も癪なのでね。此度は藁にも縋る思いで調べてみた」


俺は地面に座ったまま背後を振り返る。

リュクスは水滴を垂らしたまま微動だにしない。

表情は読み取れなかったが、その佇まいにはどこかしら威圧感のようなものがあった。


「成果がなかったというのは通常のアイテムのみだ。まだ、調査中の物品は残っていたのでな。知り得た情報を伝えに来た」


「もしかして、デモンの家にあったキーアイテム。――【暗黒の影花】のことか?」


「詳細を、明らかにできたよ。……この場所に吾輩が辿り着くまでに、知人に人造書庫《プレイヤーwiki》の編集を依頼している。貴公の目で、直接確認をして貰おう」


俺が編集したwikiを慌てて取り出して見つめるとケッコさんがそれを横から覗き込んでくる。



『【暗黒の影花】。無印中期の【XX年XX月XX日の大規模アップデートで多数追加されたレイド】のうちの一つである【傀儡の姫君】という名のレイドをクリアするとパーティメンバーの全員が入手できる。


実装当初から他レイドで手に入るキーアイテムと同様、用途は不明だった。


当該レイドの実装当初は、その高すぎる難易度と事前解析により判明していた”得られる報酬のあまりの少なさ”から、同時期に多数実装された他レイドと比較しても、率先して挑戦しようとしていた団体がほとんど居ない有様であり、所得団体数は全サーバーの中で大凡一桁程度だったとも言われている。


この花を渡してくる"NPCの少女"には当時名前が付いておらず、当時の難易度と報酬の見直し、そして急遽行われたシナリオの大幅修正のあおりを受け、エールゲルム上からその姿が完全に消え去ってしまったという独自の過去を持っている。

その結果、奇妙な話だが“現状では入手できず使用用途が未だに無いキーアイテム”となってしまった。


本作では用途の無くなってしまったキーアイテムは過去にもいくつか存在しており、それらのアイテムの例に倣って、【暗黒の影花】にも今後別の用途が追加されるものと思われる』




「入手した人間から情報を聞き出すのに時間がかかってしまった。路地裏の落書き《外部掲示板》では“自らが達成した”したとうそぶく輩ばかりでな……」


(なるほど、リュクスはこのアイテムの調査に外部の掲示板を使ったわけか)


外部の掲示板は匿名で書き込める。

だから、実際に踏破していないのに『自分はそのボスを倒した』と嘘を吐くプレイヤーが大量に発生する。

“エアプレイヤー”、”自称上級者”と言われる連中だ。


「長すぎていまいち情報が頭に入ってこないんだけど【XX年XX月XX日の大規模アップデートで多数追加されたレイド】って、この日追加されたレイドは全部で四個くらいあったはずよね?」


『【XX年XX月XX日の大規模アップデートで多数追加されたレイド】』


長ったらしい名前の頁をwikiに表示させて改めて確認してみると、確かに――そこには『実装して30分後に緊急メンテナンスが行われていた』と書かれていた。
















「……それで、このただ長ったらしいだけの情報が――一体何の役に立つんだよ?」


ベルシーの悪意の籠った質問が俺に突き刺さる。

調べたリュクス本人もこれが限界だったのか思い当たる節が無かったようで、気まずそうに顔を背けた。


(駄目だ……ベルシーの言う通り、この新しい情報は複雑なだけで何の意味も無い。役に立たない! 一体どうすれば良い? 『ゲーム』がもうすぐそこまで迫ってきている!)





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