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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
109/151

第二十六話 Get ready to fight.(前編)

 「お前ら。……準備開始や」


テツヲさんの号令と共に、クリアさんがメンバーに指示を出し移動を促す。


「よし、デモンの容態を常に確認するためにネコニャンさんとワサビさんには彼女に交代でついてもらう。道中の基本的なフィールド情報の提供や、対モンスター戦の情報支援もこの二人にやってもらおう。おい、ベルシー!」


「心配すんなよ、オレがやることはわかってるっつーの。オイ、タナカ! さっさとオレについてこい――お前はこっちだ!」


タナカさんは困惑したまま、ベルシ―に引っ張られて居間から出て行った。

釈然としないような表情で、テツヲさんがクリアさんを見つめる。


「……指示を出すのは。オレのやることやろ」


「テツヲさんは現実で戦うロックさんとの“中継係”をお願いします。それと今後、首謀者が提示してくる『ゲーム』の展開次第では最悪、気落ちするメンバーが出てくるかもしれません。そんなメンバーが出た時は、テツヲさんがリーダーとして気合を入れてやってください。あなたがチームの中心にデーンと立っていると――皆、安心しますから」


「――任されたで。そしてそれなら。今この場に。俺の出番は。ないな」


そう呟いて、テツヲさんは部屋の外に出ていく。

一方で、リュクスさんはというとテツヲさんの合図と同時に、巻尺(まきじゃく)のような物を取り出していた。


「吾輩ができることは全て行う。最初に、貴公の防具の新調をする。貴公が今装備している戦闘情報ステータスを開示してくれたまえよ」


リュクスさんの指示でオレは自分のつけている防具の情報を表示する。

それを確認しつつ、巻尺でオレの身体のサイズを測りながらリュクスさんは矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。


「戦う時間帯は――夜かね? それとも昼かね?」


「時間帯は、どっちに転ぶかわからないです。それどころか、戦いがあるかどうかすらもわからない……」


「――なるほど。万が一戦闘が起きるとして、貴公には敵の正体や、戦闘が行われる場所にも思い当たる節は無いのかね?」


「戦う相手がモンスターなのか、プレイヤーなのかすらわからないです。――場所もまだ、指定されていないです」


「了解した。それでは、装備品は全て昼夜両用かつ、無機物有機物《PVE兼PVP》両用で幅広く調整をしよう。この戦闘情報ステータス――貴公の戦い方は、守りが主体かね?」


「そうです。ソードマスターの二刀流の受けながしビルドです。PVEでも同じですけど、ちょっとスキルの回し方が違ってきます」


「――フム。装備品の強化の方向性に希望はあるかね? バランス良く強化を行うか、それとも“一芸特化”か……」


答えようとして、言葉に詰まってしまった。

首謀者のゲームの内容がまだ何もわからない。

それでも――


「――ソードマスターに必要な基本ステータスの中でも、受け流しにも関わってくる部分を特に重視して伸ばして欲しいです」


この答えがベストだと思った。

オレの言葉に、横で見ていたクリアさんが頷く。


「――そうだな。俺も同意見だ。他の部分をバランス良く上げたところで、レットのレベルでは器用貧乏の付け焼刃になる。それより、一芸特化で他の不足分を無理やり補いつつ、戦闘時間を稼いで別方向からの事態解決を図る方が良い。――というより、レットの基礎のレベルが低すぎるから、敵が何者であろうと半端にバランス良くステータスを伸ばしたところで取れる行動は“一つか、良くて二つ”ってのが正しいだろう」


「――(よろ)しい」


そう質問しながら、リュクスさんはサイズを測り終えたのか、巻尺をまるで鞭のように激しくしならせながらインベントリーに収納した。

それから両手で、オレの防具を軽く抑えつけるように触り始めた。

まるで、今の防具がどれだけ身体に合っているのか確認しているみたいだった。


「……では、貴公の今の防具の着心地はどうかね?」


「最初は違和感があったけど、長く使っているんでもう慣れました」


「それならば――貴公のその防具を全て“打ち直した”上で、吾輩の伝手(つて)を使ってこの世界の中で行える可能な限りの調整と強化を行うのが最良だろうな」


「でも、新調するくらいなら今のオレの防具の“見た目を被せられる防具一式”を作った方が早くないです?」


「いや――全て新調させてもらおう。貴公のレベルで装備できる限界まで防具の性能を向上させた上で、総重量を軽減し貴公の体型や戦闘スタイルに併せて、さらに使いやすく微調整する。カラーリングもそのままに、使っている素材を質の良いものに全て差し替えて部分的に加工をした上でパーツを削らせて貰う」


(そ、そこまでやるのか!)


「白き妖精《Clear・All》よ、協力はしてくれるな?」


「……もちろんだ。レットの二刀流の対人戦闘データは、俺が特訓の際に記録して全て文章化してある。これを参考にした上で、PVEに関してはお前の裁量で調整をしてくれ」


クリアさんが、見覚えのある羊皮紙の束を取り出してリュクスさんに片手で渡した。







『この紙束には、二つの情報が入っています。一つは寝たきり状態で動けなくなっている人間がこのゲームをプレイしていたという“実態”をまとめたものです。そう――個人情報つきのね』







(あの時ケッコさんを納得させるために出していたあの紙束――クリアさんが闘技場で書き込みしていた物だ。やっぱり、あの人が闘技場でメモしていたのはオレ個人の“戦闘データ”だったんだ!)


「このデータに基づいて、お前の知り合いの職人にハンドメイドで防具の調整をしてもらう。レットのキャラクターのレベルで、ここまでの強さを求めること自体が狂気じみているが――何分、人命がかかっているからな。やれることはやっておくべきだろう。装備素材の調達、強化に必要な資金はチームの共用財産から提供させてもらうさ」


「強化の作業に必要な経費に関しては、吾輩が負担させてもらう。――遅ればせながらのプレゼントだと思ってくれたまえよ。吾輩は駆け出す者《Daaku・Retto》の誕生日会(バースデーパーティ)の招待状を貰い損ねたからな」


「ありがとうございます。あ――でも、首装備と右手の防具は新調する必要ないです。このままの見た目を防具の上から被せるつもりです。この二つは、ずーっとつけている貰い物で、もう身体に馴染んじゃったから」


オレの言葉を聞いて、クリアさんが少しだけ考え込んで――


「そうだな――レットの心持ちの為にも、それが最良だと俺も思う」


――そう呟いて頷いた。


「なるほど――事情は知らぬが、ここは駆け出す者《Daaku・Retto》の指導者の言葉に従おう。次に、貴公の“武器”について。まずは、右手からだ」


次にリュクスさんは周囲に並んでいるインベントリーに手を伸ばして、そこから次々と片手剣を取り出し始める。

設置した机の上に、それらを凄まじい勢いで手際よく並べ始めて、どこか心地良い金属音が立て続けに部屋の中に鳴り響いた。


「吾輩、様々な物を取り揃えている。例えば――このような“イントシュア帝国産”等はどうかね?」


そう言ってリュクスさんが、真黒な片手剣を渡してきた。

刃に穴が開いていて、中でゼンマイ仕掛けの機械が蠢いている。

受け取って振り回すと、剣が空を切る音の代わりに、不気味な機械音が居間に鳴り響いた。


「――色は黒。全長70センチ。刃渡りは55センチ。重量可変式。振る際に荷重が掛かる。古代技術を利用した職人手製の機械仕掛けの品だ。振ってみたまえよ」


剣を握って、オレは試しに空を何度か切ってみる。


「なんか……ちょっと使いづらそうですね。手からすっぽ抜けたり、すぐ壊れちゃいそうかな。どちらかというと、ひたすら頑丈で取り回しが良い武器の方が良いかもしれないです。オレの守りのビルドって、やること自体はとっても単純だから……。――すみません。自分の戦い方に適した武器が何なのか……考えてなかったです」


「当たり前だ。俺が教えてなかったからな。だが、そこまで自分自身の戦い方を理解できているなら十分だ。……捕捉すると、帝国武器は応用力はあるがレットの受け流しのビルドに対しては相性が悪いし、ハンドメイドで新しく専用の改造武器を作る時間的余裕も練習する時間もない。ここはレットの言う通り、見た目よりも実戦的な形状と頑丈さを重視するべきだ」


「では、師として意見を仰ぐが。駆け出す者《Daaku・Retto》が握ると仮定して、除外すべき武器種は何かね?」


「少なくとも、細いレイピアや短いショートソード系列の武器は片手で攻撃を受けるから向いていない。曲刀系の武器も、刃で攻撃を受ける際に照準がブレる。使えなくはないが癖が強いから、レットの基礎ステータスでは戦い方に隙が出る可能性がある」


「成る程――では、次は【トライバルグラディウス】全長65センチ。刃渡りは49センチ。独特のエンブレムが刻まれていて、装飾に宝玉が埋め込まれている。設定的に古い英雄達の品だが、頑丈で装備レベルとしても悪くはない。――握ってみたまえ」


差し出された剣を握って、再び振り回す。


「う……うーん。悪くはないけど。何か、小回りが利かないっていうか振りづらいかな?」


「原住民の宝石の原石みたいな装飾が無駄だが、その部分は武器の基本的なデザインだから弄れないだろうな。その武器は空気の抵抗が悪い。もっと具体的な注文を出すなら――“ファンタジーで勇者や騎士が使うような派手な剣”じゃなく、“現実世界で傭兵がゲリラから身を守るために、戦闘で咄嗟に取り出すような実用性の高い刃物”の方が向いているだろうな」


「わかりやすい例えではあるが……しかし、この仮想世界の幻想のような世界観では中々に難しい注文だ」


「うぐぐ……なんか、スミマセン……」










「では――――――――――――――――――――――――例えば【リーサルマチェットナイフ】など、如何かね?」






聞き覚えのない武器名にオレが首を傾げたのを見て、クリアさんが説明を始める。


「【リーサルマチェットナイフ】は草木を薙ぎ払う山刀みたいな武器だ。レットの装備レベル的にも問題はない。――趣味の悪い見た目してるがな。予感はしていたが、やはりその武器を候補として提案してきたか……」


「まさか――白き妖精《Clear・All》よ。“あのような外観の武器”を駆け出す者《Daaku・Retto》が使うのが嫌で、戦い方に適した武器について彼に今まで言及していなかったのではなかろうな?」


「――さぁ、どうだろうな? 一応、あんな見た目でも一般的に売られている品だ。――と言っても、あれは段階を経て強化をする武器だからな。基礎の状態では、武器に付与されてるステータスがいまいち強くはないのが難点だ……。強化に時間がかかるぞ」








「心配は要らん。吾輩がこれから取り出すこの武器は、市場に出回っているそれとは最早“別物に近い何か”だ」





そう言ってリュクスさんがテーブルの上に取り出した武器を“放り投げた”。

まるで人の頭蓋骨を床に叩きつけたみたいな嫌な音が鳴り響いて、オレは思わず飛び上がった。


「――お、おいおいおい。一体なんなんだこの武器は……」


クリアさんも唖然としている。

その武器の色は深いグレーで、グリップが付いている。そしてとにかくデカかった。

刃の峰には鋸みたいなギザギザまでついていて、刃から赤黒い不気味な(もや)が立ち込めている。

まるで、ホラー映画で、血まみれの大男(ばけもの)が振り回していてもおかしくないような物騒な見た目の頑丈そうなサバイバルナイフだった。

武器のジャンルが片手剣だからか刃先がとても長い。汚れも傷も無くて――


(――すごく物騒な見た目だけど、これってクリアさんに岩窟の戦いの時に貸してもらった武器に“雰囲気が似てる”な……。どこか禍々(まがまが)しい……)


「【リーサルマチェットナイフ“+2”】。吾輩の知り合いが素材を集め、変態的な技術でゼロから作った品だ。無骨な見た目に反して、玉鋼を初めとした希少な金属を多数混ぜた合金で構成されている。全長100センチ。刃渡りは85センチ。重量は約4.5キロ。吾輩が取り扱う品の中では、最奇、最珍品の内の一つ。とても頑丈に作られていて、乱暴に使い潰すような武器だ。野営の際に鉄板にも使える。おまけに、製作者による自作の説明書付き。切られた者に対して、【出血】、【睡眠】、【毒】、【暗闇】、【悪疫】、【病気】、【恐怖】、【呪い】、【石化】、【麻痺】、【炎熱】と――――【各種状態異常回復】の効果をそれぞれ“僅かながら付与できる可能性がある”。残念ながら“色々効果を付けすぎた代償でほとんど発動しない”上に、お互いの効果がお互いの効果を潰し合うので、ほとんど意味はないのだが……」


リュクスさんが壁に向かってその武器を乱暴に放り投げる。

投げられた武器は、まるで飲み込まれたかのように壁に対して深く深く突き刺さった。


「しかし、このように――片手剣の技術を持ちえない吾輩が適当に投げても、ありとあらゆる標的がまるで西瓜(すいか)になったかのように綺麗に刺さる。それほどに質の良い武器だ。――――――あくまで地形に対してだけで、対人ではそもそも戦闘の技量が無いと全く刺さらない故、こちらもほとんど意味はないのだが…………………………………………」


リュクスさんが黙り込んで、オレもクリアさんも釣られて黙り込んだ。


(い……………………意味がわかんない……………………なんなんだこの謎武器………………………………)


言葉に詰まって助けを求めるようにクリアさんを見つめる。

だけど、当のクリアさんも困惑しているようだった。


「い、いや――逆に凄いと言えば凄いな。これが平時なら面白がって俺もふざけていた自信がある。それだけ貴重な素材をぶち込んでこんな意味不明な武器を作った理由が解らないが……掛けられた金額と技術自体は本当に凄い。作った奴は変態だな。何がやりたいのかさっぱりわからない」


「あの――リュクスさんの知り合いは、どうしてこんな“わけのわからない物を作ろうとした”んですか?」


「“面白そうだったから”とのことだ。吾輩の知人達が集まる工房には変態的な技術者が集う。この武器は彼ら自身の切磋琢磨によって出来上がってしまった所謂(いわゆる)『失敗作』の烙印を押された曰く付きの品だ」


「……レット。試しに握ってみろ」


躊躇しながらも、リュクスさんから手渡された武器を持った瞬間に――オレの身体が前のめりになって、剣の先が地面に“埋まった”。


(――――――――重っ!)


辛うじて両手で持つことで床から引き抜いて、何とか持ち上げられたけれど、身体がフラフラする。


クリアさんは一歩下がって、自分の両手の人差し指と親指をくっつけることで長方形を作る。

その長方形を覗き込んで、両手で剣を持つオレの姿をまるでカメラで撮るように暫く見つめていた。


「よし――これなら行けるな」


「え!? “行ける”んですか!? どう見ても武器に振り回されてますけど!?」


リュクスさんがオレの手から剣を受け取って掲げる。


「心配は要らん。吾輩、理由も無く貴公に珍品を紹介したわけではない。この武器は加工に融通が利く。使われた素材の希少さはそのままに、打ち直してすべての付与要素(プロパティ)を再構成すれば今の貴公にとって最適の武器となりうるだろう。貴公の腰の後ろの鞘に仕舞える長さと重さに調整もしよう。……これはこれで吾輩は気に入っていたのだがな。“極端に酷すぎる品”というのは存外、人を魅了する物だ」


(……この人も、やっぱり色んな意味で“変態”なんだな……)


「しかし、武器にせよ。防具にせよ。此度の強化には既存の武器や防具を素材として使うことになる。故に、打ち直しに必要な素材の調達には時間がかかるが、それは致し方のない話だろう。そして、強化の基礎として使うこの問題児《リーサルマチェットナイフ+2》は一本しか所持していない。同名の武器を強化の“(ベース)”にするのは時間がかかり過ぎる。次は改めて、左手の武器を決めなければなるまいな」


「――いや、待ってくれ」


インベントリーに手を伸ばしたリュクスさんをクリアさんが制した。


「……左手の武器と防具の強化素材には宛てがある。特に左手の武器の素材は、俺が考えるレットにとって“最適なヤツ”だ」


クリアさんが足早にリュクスさんとオレの間を通り抜けて、廊下に繋がるドアのノブに手をかけた。


「二人とも、ちょっと待っていてくれ。ダッシュで自分の家から持ってくる」


ドアが勢いよく閉まって、クリアさんが廊下を駆けていく音が離れていく。


「フム――致し方あるまい。ここは、しばし休息と行こう。知りたい情報もある――貴公、此度の事件について吾輩は仔細を未だ知らない。貴公の知り得る情報を提供してくれると助かるのだが」


リュクスさんはインベントリーから黒い椅子を二つ取り出した。


「加えて吾輩がここに居られる時間も少ない。同時に“貴公の指導者がまとめた戦闘の情報”も読ませて貰おう」








 オレは、デモンの身に起きた事や、黒幕にゲームを提案されたことを伝える。

その間、リュクスさんは目線を伏せたまま黙って紙束を読んでいるだけだった。


「……成る程。妙なこともある物だ。そして、貴公の指導者はよく事態を把握して判断を下しているようだ。件の事件にも、貴公自身にも――」


「オレだって、クリアさんがあんなに細かくデータを取っていただなんて……初めて知りましたよ」


「貴公、自らの指導者に感謝したまえよ。あの者に自覚はないようだが、人に物を教え育てるということに関しては天賦の才があるようだ。――さて、再び貴公個人に対して注文を聞かせて貰おう」


紙束をテーブルに置いてから再びリュクスさんが立ち上がる。












「――貴公は、自らの特大剣をどう振り回したい?」








「え……なんで――――なんでオレが、両手剣を使うってわかったんですか!?」


「貴公の指導者がまとめた情報と、貴公のステータス情報が今一つ符合しない。おそらく貴公は指導者の意志に従わずに、幾分か守りを削って攻めに力を注いでいる。貴公が普段行っているであろう肉体の動作も、長い間修繕していない装備品の(ほころ)びから見て取れる。それに加えて先程の武器の握り方で察するに、おそらく貴公が使うのは両手持ちの特大剣だ。そして――使い始めてから、日も浅い。事情は聞かんよ。貴公が普段使っている剣は、今この場にあるかね?」


上級者だからこそできる推理に驚いて、オレは思わず言葉に詰まった。


(何というか、流石だな……。“事情は聞かない”ってオレに伝えている時点で、リュクスさんはオレが特大剣の練習をクリアさんに隠していることまで見破っているってことか……)


オレは隠し事はできないと観念して、インベントリーから特大剣を取り出してリュクスさんにゆっくりと手渡した。


「これは――かの雪山の龍の剣か……とても良い品だ。取り出した後の使用用途は連撃かね? それとも一撃かね?」


「守りと攻めの両方をちゃんとやりたいから、将来的には連撃になると思います。でも、今のオレのキャラクターはレベルも高くなくて守り一辺倒になりがちだから……特大剣を長時間振り回せる余裕も無くて――使えたとしても格上の敵に短時間で大きめのダメージを与えるのが精一杯になると思います」


「そうなると、必然的に貴公のレベルに見合わないような重い武器が最適になる。成長を加味しても、貴公は既に良い選択をしているようだ。この武器は将来的には相性がよさそうだが、しかし、今の貴公の身にはやや余る――か」


「やっぱり――オレがこんな武器を使うのは……駄目ですかね?」


「貴公の指導者は、あまり良い選択ではないと言うかもしれない。だが吾輩の思想は、白き妖精《Clear・All》とは真逆でな――」


リュクスさんが抑え気味に笑う。


「――戦いに必要なのは直感的な瞬発力とセンス、そして一つの“馬鹿げた浪漫”だと考えている。例えるならば平均的な性能の戦闘機にあえてバランスを欠く大型の砲を一つ外付けして補うような思想だ。貴公の戦い方は理に適っているのか適っていないのかわからないが、それもまた面白い――必要ならばこの武器を職人に依頼して、貴公が限られた時間限定で、どのような相手でも極限の攻めを行えるように調整をしておこう」


「――ありがとうございます!」


「しかし、一つ忠告をさせていただこうか。指導者に対して、隠し事はしない方が良い。仲の良い教師と教え子という間柄ならば、密に連携を取るべきだと吾輩は思う。……………………教え子が間違った道を歩まぬように、正すことが出来なければ、教師の信念という物は簡単に失墜する」


そう言ってから、リュクスさんは地面に視線を落とした。


「それに、戦いに赴く貴公の背中に、かの少女の命が掛かっているのも又、揺るがぬ事実だからな。それ故、その他の装備品はあくまで守りを重視させて貰う」




 納得できる話だと思った。


『デモンからもらった剣をオレが持つ理由』。


それが何なのか、自分の中ではとっくに決まっていたけれど、きちんとクリアさんに伝えなければいけない。

同時に、戦い方を教えてくれたクリアさんを裏切っているような気分になって後ろめたいのも事実だった。

悩んでいるオレの表情を見ていたリュクスさんは、剣をインベントリーに仕舞いながら帽子の鍔を持って軽く笑った。


「何――心配は要らん。教えを貪欲に吸収した上で、自らの道を進むことを決意した教え子の姿というものは――指導者にとって存外嬉しいものだよ。――それが、人の道を踏み外さない限りはな。かの白き妖精《Clear・All》も、悪いことは言うまい」


「そう――だと、嬉しいな……クリアさんが――」


廊下を足早に走ってくる音が聞こえて来て、反射的に黙り込む。


「待たせたな。素材には“これ”を使ってくれ」


そう言って部屋に入ってきたクリアさんがテーブルの上に取り出したのは、岩窟での戦いがあった時にオレがクリアさんから借りたあの装備品一式だった。


「これは――また、奇妙な物だな。駆け出す者《Daaku・Retto》が使う装備の強化素材としては申し分ないが――この装備レベルでここまで優れたものを整えた理由は何だね?」


「――さあな。とにかく、この装備は既に、今のレットのレベルには合致してない。しかし、素材としては間違いなく優れた物だろう。これを新調する装備の素材にして、その上で極限まで追加ステータスを伸ばしてくれ。この二本の【ファイティングロングナイフ】も同系統の武器の【リーサルマチェットナイフ】の打ち直しに使えるはずだ。――それとレット。お前が左手に使っている銀の剣を出してくれ。防具と同じくそいつを直接強化しよう」


「この武器こそ、新調した方が良いんじゃないですか? ルソニフ地方にいた頃から、ずっと使っている武器だし」


「“だからこそ”だ。お前と長い間特訓していて気づいたことだが、その武器は長く持ち過ぎてお前の左手に馴染み過ぎている。単純な強化なら効率は悪いが、“お前というプレイヤー個人に対する強化”をするならその武器を弄るのが最適だろう。今ならまだ、時間的な余裕もあるしな」


納得して、使い込んでいつの間にかすっかり色がくすんでしまっていた銀の剣を取り出して、クリアさんに渡す。

クリアさんはそれを受け取った後に、背の高いリュクスさんに中腰を要求した上で耳打ちをした。


「こそばゆいが――これは、新手の遊戯(プレイ)かね?」


「いいから黙って聞け! ――――――――、――――――――――」


クリアさんの舌打ちを聞いた後に、リュクスさんは立ち上がってわざとらしく首を傾げる。









「さて――さっぱり聞こえんな。そういえば――吾輩は、貴公から駆け出す者《Daaku・Retto》の誕生日会(バースデーパーティ)の招待状を貰い損ねていたことを思い出したぞ?」


「お前さっきからそればっか言ってるな! 普段からメンバーとの距離感ある癖に、どれだけ呼ばれたかったんだよ! とにかく――――――頼んだぞ!」


リュクスさんは肩を竦めて軽く笑ってから、クリアさんから何かを受け取りインベントリーに仕舞った。


「俺達には時間の余裕がない。レットとタナカさんの出発の時間に黒幕からの指定はなかったが、一刻も早く出立するべきだと考えている。装備が出来上がり次第。必要なアイテムと一緒に、このチームの家宛てに郵便で武器を送ってくれ。郵便で送れば、システム上のタイムラグは一切ないからな」


「了解した。吾輩も、この場に装備を直接持ち寄るつもりはない。強化に時間的な余裕もない上に――装備品以外に準備しないと行けない物品や、調査しなければ案件があるが故」


 リュクスさんは帽子の鍔を下げて無言でオレに会釈した後、廊下に繋がる居間のドアを勢い良く開けて派手な音を立てながら出て行く――







『――オイ。誰だよ一体――オレの顔に……扉を………………………………の野郎!!』


――のと同時に入れ替わりで、ベルシーの罵声が聞こえてくる。

どうやら……扉に挟まれたみたいだ。


『今のは……リュクスさんですね。会釈だけされて、足早に立ち去られたところを見るに……かなり急いでらっしゃったようですが……』


『人一人ぶっ飛ばしたんだから、一度は立ち止まれや!!』


オレは閉まりかかっていた扉の隙間から、居間の外に居る二人に向かって顔を出して声を掛けた。


「気にしちゃ駄目だよ。多分――挟まれたのがベルシーだったから、立ち止まらなかったんじゃない?」


「気に障る言い方してんじゃねえよ!!」


部屋に二人を招き入れてから、あることに気づいてオレは声を上げた。


「タナカさん。装備をもう全部新調したの?」


タナカさんの防具は、混ざり合った天然の石でできた物に変わっていた。

盾の見た目はそのままだったけど、持っている武器は、ウォーリアの蛮族ってイメージとは違って神話に出てくる石像が持っていそうな立派な片手斧だった。


「――はい。これらは全て、ベルシーさんのお陰です」


「戦いが終わった段階で返してもらうっつー約束で、一時的に貸したがだけだがな。この装備は、オレの伝手で集めてやったんだ。今や――コイツの装備は中身より価値があるぜ!」


「え――タナカさん。オレと、レベルもほとんど変わらないじゃん! 雪山から帰って来てから、ずっと石工作業していたんじゃないの!?」


「そりゃお前が雪山に戻ってから、あの餓鬼とだらだら駄弁ってたからだろ。タナカには効率突き詰めて作業の一環としてレベル上げだけはちまちまさせてたんだよ。――――――『危険な場所に一人で行って石工の素材を持って帰れる程度』にな!」


オレの心の中にあった喜びの気持ちは、そのベルシーの一言と悪意のある笑顔を見て、みるみる萎んで行った。


「ご期待に添えるように努力はする所存ですが……正直な所、(ワタクシ)はレベルが上がっただけですから……戦いになった場合にお役に立てるかどうかはわかりません……」


落ち込むタナカさんを見て、クリアさんがフォローを入れる。


「……慰めになるかはわからないが――黒幕の『ゲーム』構築の按配(あんばい)次第では、レベルの低さを感じないで済む可能性も――無くはないぞ。このゲームには、初心者に対して、“先行している上級者と並んで遊べて、尚且つ追いつきやすいようなシステムが導入されているフィールドやダンジョン”がいくつか存在する。それらは、おおむね他とは違う。“独立した専用のゲーム空間”になっていることが多いんだ。【コンテンツ】といった方がわかりやすいか」


(そういえば、オレがネコニャンさんとよくレベル上げに行っていた“小さな箱庭”も、レベル自体は上級者と初心者で統一されてたな……完全に平等とは言えないけど皆平等に戦闘不能になっていたしなあ……。アレも緩和策の入っている一つの【コンテンツ】ってことなのか……)


「黒幕が『ゲーム』というからには、『難易度のバランス』があるはずだ。それがどの程度の物なのかはわからないが、レットとタナカさんが『ゲームの主人公』だとするのなら、少なくとも突破不可能な難易度の『ゲーム』は押し付けられないで済むかもしれない」


「成る程……上級者と並んで遊ぶ【コンテンツ】ですか……。割とトラブルが頻発しているような気もしますが、一応このゲームは初心者に優しい作りになっているのですね」


そのタナカさんの呟きにベルシーがわざとらしく咳をする。

それからタナカさんとオレの前に立つようにゆっくりと歩いて来た。

オレは、嫌な予感がした。


(うわ……これは間違いなく“知識でマウントを取ってくるときのベルシー”だ……)


「オレ達が“現実で生きている国家”は、資本主義で回っている。要するに、“金を稼ぐことが大正義の世界”だ。そして、このゲームは一人のユーザーの課金額は二の次。月額課金制度を基本とした『ユーザー数』で金を儲けるシステムを構築している。つまり、ユーザーの中でも“人数の多い層が優遇されるようになっているゲーム”ってことだ」


「確かにそうだね。オレも、毎月定額でお金払ってるし」


「――だから、実際にシステムでは数の多い初心者が優遇されていて、初心者であればあるほど強くなるのに必要な労力は低くなるってこった。初心者はあっという間に強くなれるし、上級者であればあるほど時間を費やすようになっていく。逆に最前線を行く上級者共は地獄を見つづけるっつーわけだな」


「そうやって聞くと、廃人っていうか上級者って大変なんだね。長く遊んでいるなら、ちょっとは優遇してあげれば良いのに……」


「月額課金である以上。運営からすればだらだらゲームを遊び続けるライトユーザーと、毎日ログインして時間かけて遊ぶ廃人の価値は概ね同じなんだよ。人口の少ない廃人達に運営がリソースを沢山割いたって初心者が萎えて先細るだけで儲からねえんだから、当たり前だよな」


ベルシーは自分の言葉に納得するかのように何度も頷く。


「よく、覚えておけよ“劣徒”。資本主義を理解した上で、自分が身を投じているコンテンツの中で“どんな連中が一番利益を生み出している層”なのか、“優遇されるべき強者”で居られるのか。それを理解していればお前は人生の中で、無駄な時間を使わずに済むってこったな!」


(なんか、クリアさんの“強い職業をきちんと選べ”って話に似てるなあ……。“構造を理解しろ”って言いたいのかな? 優遇されていない側の人を“無駄な時間を使っている”ってバッサリ切っちゃってるところはクリアさんと全然違うけど……)


「これはな――ゲームに限った話じゃねえ。どの業界、界隈でもいるんだ。“軽視されて当たり前なのに的外れな文句を言う人間”がな。大して金も落としてねえ、サービスや商品を提供する側に対して何もプラスになる行為もしてねえ。その癖、自分の置かれている不遇な立場をだらだらたらたら愚痴ってるような連中だ。はっきり言って人生の無駄。馬鹿野郎ってこった。いい加減、理解するべきなんだよ。“お前の立っているその場所は、愚痴を吐いているお前の居るべき場所じゃねえ”ってことだ」


ベルシーの長ったらしい講釈を自分の中でまとめてみる。


(このゲームでこの話を言い換えるのなら“初心者の数で運営会社はお金を稼いでいる”から、“上級者が不遇なのは当たり前で愚痴る資格もない”し、そもそも“軽視されるのが当たり前”――ってことは……)







「じゃあ、このチームに前から居る人たちは愚痴も吐かずに運営に軽んじられるのがわかっていて文句一つ言わずにゲームを遊んでいるってことに――ベルシーだって軽視される側の人間ってことになるような……。わかっていないならまだしもさ――それがわかっているベルシーは……一体どうしてこのゲームをずっと遊んでいるのさ?」


オレの言葉でベルシーがぴたりと笑うのを辞めた。

それから、無表情でじっ……とオレの顔を見つめてくる。













「――――――“何故だと思う?”」








「えっと……それは………………………………」


言葉に詰まるオレに対して――
















「……………………………………………………お前に答える義理はねえよ」


――吐き捨てるように、ベルシーは呟いて再び居間から出て行く。

クリアさんは、去っていくベルシーの背中を見つめながら――大きく息を吐いた。


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[一言] 副題ですが、短期的というよりは中長期的に結果が反映される要素だと思うので1ヶ月〜半年くらいはつけたままで経過観察するのが良いんじゃないかと思います。 個人的には市場に合わせた対応をすることに…
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