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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第二十五話 決意の時

 自らの身体を揺さぶることで、纏わりついている雨水を弾き飛ばす。

両足を引きずるように廊下を歩いて、居間に繋がる扉のノブにしがみ付く。

居間の中で話し合いをしていたクリアとロックは、扉ごと倒れ込むかのように入ってきたレットの鬼気迫る表情を見て黙り込んだ。


「レットか――――……………………デモンは、個室で横になっている。安心しろ。今の所は重大な事態に……陥ったわけではない。タナカさんが付きっきりで看てくれている」


「……重大な事態って――それって、例えば“どんな事態”ですか?」


ドアノブに身を預けながらなんとか立ち上がり、レットはクリアではなくその隣に立つロックの顔をじっと見つめる。

当のロックは目を伏せたまま黙しているだけだった。


「状況が状況だから、詳しくは後で話すが――もしかすると近々、お前に対して――」


レットはクリアのその言葉を遮るように部屋の中央に歩み寄って、持っていた手紙を見せつけるように翳した。


「……これ――“黒幕”が直接オレに渡してきた手紙です。………………後で、全部話します」


それからレットは個室のドアに向かってほとんど駆け足に近い速度で歩み寄る。

一瞬クリアは驚きの表情を見せたが、その心情を察したのか――レットを制止しようと伸ばした手を咄嗟にひっこめた。





 レットが足音を立てないように個室に入る。

デモンがベッドに横たわり目を瞑っている。

それを見つめていたタナカは、振り向いてレットを一瞥した後に、再びデモンの方に向き直ってから囁いた。


「〔この部屋で……お話をしてたら突然、調子を崩されて――……クリアさんにお伝えしたところ“すぐさまレットさんに連絡を入れるべきだ”――と〕」


レットは音を立てないようにベッドに歩み寄って、デモンの表情を見つめようとする。

しかし、近づいてくる人間の気配に気づいたのか――デモンはゆっくりと目を見開いた。


(良かった……クリアさんの言った通り大事にはなっていない……意識はちゃんとある)


安堵からレットは大きなため息をつく。


「……………………………レット――――――酷い顔……してる」


慌てて濡れている自分の顔を拭ってから、レットはデモンに対して努めて明るく振る舞おうとした。


「何でもないよ! デモンこそ大丈夫? 突然、倒れたって聞いて――――ちょっとびっくりしちゃった」


「………………何でもないの。何でもない。ただ、急に体に力が入らなくなった。……あとは――少しお腹が空いた」


「そっ……か………………………………」


レットは一瞬、少女に手持ちの食事を何か一つ渡そうと考えたが――すぐに自分自身のその思考を打ち消した。


(これからは、デモンに対して食べ物を渡すのは駄目だ。お腹が減っているこの娘にゲームの食事を与えても意味がないどころか、多分……余計に苦しませるだけだ。クソ――畜生……なんで……この娘が……何をしたっていうんだよ……何を――)


思いつめながらもレットはデモンに対して平生を装うとするが、しかし、その表情は自然と苦々しいものとなってしまう。

そんなレットを、デモンがじっと見つめたまま呟いた。










「――大丈夫。私は平気。――レット。もしもね――私が突然居なくなってしまっても。心配しなくていいから」








「い、嫌だな……なんで、突然そんなこと……」


別れを想起させるようなデモンの発言に、レットの声が僅かに震えた。


「今のうちに、言っておきたくて……。もしも――私が突然居なくなってしまってもね……きっと、私の居た……元の世界に還れているってレットには……思っていて欲しいの。その時……私は、忘れてしまったことを全部思い出して…………………………――元気に、しているはずだから……。だから……レットは――心配しなくて良いの」


レットは絶句し、そして理解する。


(デモンはオレが黒幕に出会ったことなんて知らない。でも、わかっているんだ。自分の身に何が起きたのか……これからどうなるのか、デモンには何となく…………わかってるんだ……わかっていて――)


自分自身の末路を理解した上でのデモンの発言。

その意図を理解して、レットは唇を強く噛んだ。

――これが現実ならば、血が出ているどころか唇に穴が開いていたかもしれない。

それほどの力が、唇に掛かっていた。


(“わかっていて気を遣っている”んだ! 自分が居なくなってしまった後に――オレを心配させないために…………)


「それと――ね……レットには、特訓で、私が貸していた剣――そのままあげるから……」


「い………要らないよ! オレは――あんな立派な剣いらないよ!」


特訓の為にデモンから一時的に借りていた特大剣は、かの雪山の竜が落とす物であり、時間はかかるが段階を経て強化することでゲーム上で設定されているキャラクターの最高レベルでも使えてしまうような――普通にゲームを遊んでいるプレイヤーにとっては垂涎物の、希少な武器だった。


本来は貴重なもので、それでもレットは喜ぶことなどできるわけがなかった。

彼女から唐突に譲渡された剣が、レットには“別れの餞別”のように感じられた。


「元の世界に還る私には……もう、必要ない物。私は何本も持っているし……レットに助けてもらっているのに、何もお返しできてなかったから――」


「で、でも――いくらなんでもちょっと流石に……。それにさ――」







『――まるでもう二度と会えないみたいな、そんな言い方しないでよ』







喉元に出掛かった言葉を飲み込んだ。

流れそうになる涙を我慢するために、レットは黙り込んだ。


「……それなら、代わりに私に何でも命令して……。レットの言うことなら、命令なら――何回でも、何でも聞く。レットが望んで、私がこの世界で残された時間で出来ることなら――本当に……何だってする。倒したい敵やプレイヤーが居るなら――絶対私が――倒してみせるから……」


「……………………――それは、オレは嫌だな」


デモンの提案に、レットは即答した。


「……………………デモンがやりたいことは、デモン自身が決めるべきだもの」


レットは、いつも通り“それで良い”と思った。

デモンが自分自身で自分の行動を決めることが大事だと考えて、そしてデモンの意思を尊重することに決めた。


「………………わかったよ。やっぱりオレ――デモンの剣を……貰うよ。デモンがオレのために、“自分で選んでくれたもの”――だもんね!」


無表情のまま、デモンはしばらくの間レットを見つめる。

それから長い舌を、半分だけペロリと出した。


「やっぱりね……レットなら――私にそう断って、剣を受け取ってくれると思った……嬉しい……計画通り」


「あ――あちゃ~。まんまと“してやられた”なぁ~……! 上手くコントロールされちゃった!」


安心したような表情のデモンの視線を受けて、レットは涙が出そうになるのを寸でのところで堪えて笑顔を取り繕う。


「……レットはいつも、此処に居る私のことを考えてくれている」


デモンの両の瞼がゆっくりと降りていく。


「私――それが……とっても……嬉しい……。そんなレットと…………一緒にいるのが――楽しかった」


デモンが両目を瞑って動かなくなる。

レットは驚きから、鉄砲で撃たれたかのように慌てて立ち上がった。


















「(レットさん。大丈夫です。単に、眠られただけかと……今日は、もうデモンさんの就寝時間ですからね)」


レットは安堵から、大きく息を吐く。


(そうだよな。まだ何も起きないのは当たり前だ……。黒幕はオレに対してわざわざデモンを盾にしてまで要求をしてきた。まだ時間的な猶予があるはずだ。落ち着かなきゃ……)


レットは、デモンの寝顔をじっと見つめる。


(本当は――本当は……何も貰えなくても良いんだ。オレはただ、君がここにいてくれて……元気なままで……“嬉しい”って一言言ってくれただけで、オレにとっては……それだけで――)


立ち上がった状態のまま顔を上げて、目を瞑る。

自分の身体が無意識のうちに震えていることに気づく。


(……情けないなぁ。本当に、情けないや。この娘を気にかけていないといけないはずのオレが、逆にこの娘に心配されちゃって――気を遣われちゃってさ……だけど――だけど――)


息を吐きながら、零れかかっていた涙を拭って目を見開く。


「ついでに――ちょっと“励まされちゃった”かも。――ありがとうデモン。喜んでいる君を見て……少しだけ、元気を貰えたよ。………………あの剣は――長く使わせてもらうから」


自分を落ち着かせるように、大きく深呼吸をする。

それから椅子に座り込んで、ぐちゃぐちゃになった封筒から手紙を取り出した――


(やるしかない……アイツが提示してきた『ゲーム』。それがどんな内容であっても、オレは――絶対に逃げるわけにはいかない……!)







 それから暫くして、居間に集まったメンバー達は、レットから城下町で起きた出来事を聞くこととなった。

同時にロックが、現実世界で置かれているデモンの現況を語る。

レットが読み終わった手紙をクリアが受け取って、居間の真ん中で改めて読み上げる。






《原則行動できるチームメンバーはかつての『私』の『ゲーム』を“一番最初に潰そうと試みた『か弱い二人』”のみ。最初に湿地帯を抜けて【ヌェーヴォ・セニセロの町】に向かえ。そして、街の【夕日の丘への案内標識】の下にある地面を掘れ。順を追って『ゲーム』開始についての指示を出す》


《『ゲーム』開始から終了まで、チームメンバーによる同フィールド上までの接近や、直接的な支援の一切を禁ずる。唯一の例外として、護衛者を初めとするシステム面での補助はたった一度、一人のみ許可する。また、これらに該当しない間接的な補助や助言は可とする。【ヌェーヴォ・セニセロの町】への移動の支援は、最低限の人員に限り、自由に補助を行って構わないこととする。また、『ゲーム』を通じてチーム外のプレイヤーの協力は、事情を話さない限り可能と見做(みな)す】》





《尚、上記の文章は“文字通りの物”であり、一般的な常識に則った解釈で進行する。これらの文章の“解釈を歪めて受け取ること”の一切を禁ずる。また、この文章に記載していない『ゲーム』部外者の自由行動に対してのペナルティは一切無いことを保障する。【できることはないだろうが、好きにすると良い】。新米二人の冒険に実りあることを》







「新米二人の冒険に(みの)りあることを……ねぇ。煽ってんのか? 聞いてるだけで、ムカついてくるような内容の手紙じゃねえか」


タナカに対して“みかじめ料”を請求する目的でチームの家に戻っていたベルシーは、その朗読を聞いた直後に耳穴を小指で穿(ほじ)った。


《ベルシー、ここからの話はチーム会話で頼む。この場に居ないメンバーのことを考えてくれ》


《……ごめんなさいね。雨が降っていて、今は外に出たくない気分なのよ。それに、何があったか知らないけどネコニャンさんも、“また”寝込んでいるんでしょ?》


「(……雨が降ったくらいで外に出ないとか意味不明だろ。自主休講連発して留年する大学生かっつーの……)」


ベルシーは周囲にしか聞こえないように、小声でそう呟いた。


《んで。クリア。お前は。レットの話。どう思ったんや》


《……情報をまとめてみても、わからないことだらけですよ。レットの話を聞いた限りでは、信じられないような事態が起きている。その黒幕の思想は置いておいて――何よりソイツの存在そのものがこのゲームの仕様上ありえない物のように感じた。もしくは、ゲームに詳しくないレットに対して自らを“まやかしのような存在”だと見せかけようとしたのか……。しかし、もしもレットの見た黒幕がゲームの仕様を逸脱した存在ならば――――――――――――運営側の人間を疑いたくもなる》


その呟きを受けて、居間にいたテツヲ以外のメンバー達の視線がロックに注がれる。

このままでは気まずい雰囲気になると感じて、レットは自分から質問を飛ばした。


《誕生日の時、ロックさんがあのタイミングでデモンを見ていたのは――やっぱり、“どこかで予感していた”んですか? その――『食べても食べてもお腹が一杯にならなくなる』んじゃないかってこと……》


ロックは顔を上げると、覚悟したような表情でレットを見据えて頷いた。


《……その通りです。既に、嫌な予感はしていました……。本当はもっと早い段階であなた方に話を打ち明けるべきだった。――今まで隠し事をしてた身として、あなた方にどのように罵倒されても文句は言えません》


《そんな――怒るわけ、ないじゃないですか……。そもそも普通じゃないですよ。GMがゲームのキャラクターを一から作ってまで一緒に居てくれるだなんて……。オレ達に手を差し伸べたくても、ずっと色々、自由に動けなかったってことなんですよね? だって、ロックさんは――――――大人だから》


レットは居間に居るチームの面々を一瞥する。


《――最近になって本当に、よくわかるんです。ここに居るチームの皆を見ていると思うんです。大人が他人の為に手を差し伸べるって――複雑で、大変で、地道で、失うものばかりで、とっても難しいことだらけなんだって。そんなにしがらみだらけなのに本当のことを話してくれて、オレは――感謝してますから……》


《そうね~。少年はよくわかってるわよ♪ ロックさん。あなたは現実の自分自身に降りかかるリスクとリターンを天秤に掛けて立ち回ってくれている。本当に、ゲームの中で偉ぶってるだけの無責任な人間とは程遠いわよ》


チーム会話のケッコの言葉を受けて、ロックは浮かない表情で再び視線を逸らした。


《……せめて、あなた方には罵倒するなり引っぱたくなり、唾を吐くなりしてもらいたかった。…………これ以上、(わたし)の心を抉らないでいただきたい》







《下らねえ……あ〜――――“それなりに泣ける”人情芝居はどうでもいい――っつーかよ。まあ、なんだ》


ベルシーがチームの家に戻ってきているワサビの方をちらちら見ながら使う言葉を考えているかのように、時間をかけて発言する。


《お前らの下らねえ――あー、“重要な話”をだ。隣でただだらーっと聞いて――あー、“真剣に聞いてた”んだがよ。このままだと、あの餓鬼はすぐに――えー、“大変なこと”になるのかよ? 到底そうは見えねえぞ? その――なんだ。餓死っつーのは大げさなんじゃねえの? そもそも餓死寸前――滅茶苦茶腹減った状態でVRゲームに接続できるか自体怪しいぜ?》


《確かに、ベルシーの言う通りだ。長時間のゲームプレイで人間が死ぬ理由は大体『血流』が問題だからな。頭に長時間血が上った結果の心不全とか、無茶な姿勢のまま長時間一切動かなかったとか。後は――ゲームに入り浸り過ぎて、持病を放置した……とかな。このゲーム空間は一種の『夢』みたいなものだから。空腹になったら、強制的にログアウトされてもおかしくはない。ただ、レットの話やロックの話を聞く限りでは黒幕が何らかの“プレイヤーの枠を超えた技術”を持っている可能性も捨てきれない》


《もしくは……水よね。人間って、水と睡眠さえ取っていれば、例え食べものがなかったとしても2~3週間は生きられるのよ。でも――水を一滴も飲まないと、4~5日程度で死んでしまうの。水分不足による脱水症状を利用されてしまったら、あの娘は黒幕の采配次第で、いつでもすぐにでも――危機的な事態に追いやられてしまうわよ》


《……なんで餓死とは無縁のお前がそんな話を――――――ま、まあ要するにだ。結局ゲームに乗らねえっていう選択肢はねえんだな。つまり、この『ゲーム』に誘われた二人はご愁傷様――あー、“気の毒な話”ってことだよな》


“遠回しな物言いながらも容赦のない”ベルシーの発言によって、チームメンバー達の間に重苦しい空気が流れる。


レットは、チームの会話を聞いている間――


『原則行動できるチームメンバーはかつての『私』のゲームを一番最初に潰そうと試みた、か弱い二人のみ』


ずっとその文言が心に重くのしかかっていた。

自ら突き進む決意をした直後でも尚、自分が地獄の淵に立たされている気分だった。


(つまり、黒幕の提案する『ゲーム』にこれから身を投じるのは――“オレとタナカさん”ってことになる)


《ねえ、クリアさん。何か抜け道は思いつかないの!? あなたそういう顰蹙(ひんしゅく)買うようなレベルのトリッキーな反則技考えるの、得意でしょ?》


ケッコの要望に、頭を掻きながらクリアが返答する。


《そう――ですね。一時的にチームからメンバーを形式だけ脱退させて“偶然居合わせた体を装って全員で『ゲーム』に殴り込みをかける”という策も一瞬思いついたんですが、黒幕はこちらのやり方を熟知しているのか【上記の文章は“文字通りの物”であり、一般的な常識に則った解釈で進行する。これらの文章の“解釈を歪めて受け取ること”の一切を禁ずる】――という、この部分で既に釘を刺されています。要するに、これは“このチームのやり方を理解していて先手を取られてしまっている”ってことだ。これでは下手なことはできません。……だが、具体的な『ゲーム』の内容も定かになっていない状況下で、この条件はあまりにも……無茶苦茶すぎる。それに、勝ったところで得られるものはあの娘の身元の保証ですらない【現状維持】だけ……こんな責任重大な『ゲーム』は、俺ならまず耐えられない。到底……》


誰も何も言わなかった。

チーム会話に居たメンバーの誰もが黙り込んでいた。














《――大丈夫です。……オレは、行きます!》








レットの声で、クリアが顔を上げる。


《レット――お、お前…………》


《他に、選択肢なんて最初からあるわけがないんです。……全部――オレのせいなんです。あの娘を初めて見つけた時――オレが、突っ走って――自分の弱さを知っていたはずなのに首を突っ込みました。オレは、その責任を取らなきゃいけない。今この瞬間、あの娘を危険に晒しているのはオレに原因があるんです》


レットは真っすぐにクリアを見据えた。


《だから――オレが自分で始めた闘いだから――絶望的な条件だろうと、勝った先に得られるものが“ただの時間稼ぎ”だったとしても……オレ、逃げません。現実であの娘が救われる可能性を信じて――行きます!》










《レットさん………………ご心配には及びませんよ》


タナカがレットの真横に立った。


《このような事態に陥ったのはあなた一人だけの責任ではありません。この『ゲーム』が、“あの時チームに居る方々を、戦いに巻き込んだ人間を罰する目的で作られた”とするのならば――(ワタクシ)にも責任の一端があります。事実、黒幕は自分の思惑を一番最初に潰そうと試みた二人――つまり、(ワタクシ)とレットさんを指名しています。…………ここまで事態が進んでしまえば、(ワタクシ)の行く先も決まっているようなものです。このタナカマコト、……勝ち目のない闘いであっても最後の最後まで、レットさんにご同伴させていただきます》


《……ありがとう。タナカさん》












《――何となく、わかっていた》


クリアの呟きは小さかったが、しかしチーム会話故にレットにもきちんと聞こえた。


《“レットならそう言う”と思っていたし、“タナカさんならそう言う”と思っていた。しかし――それがわかっていたからこそ、黒幕は“戦いを始めた最初の二人”に対して、理不尽な条件の『ゲーム』を組んだのかもしれないな……》


クリアは床に視線を向けたまま呟く。


《レット――実は居間から、お前とあの娘のやり取りが聞こえてきたんだ。デモンは、お前と一緒に居て“ずっと楽しかった”と言っていた。お前は“あの娘を助けようとしなければ良かった”と後悔しているのか?》


《オレだって、本当はそうは思いたくないですよ! でも、このままあの娘を救えなかったら――》


《――そうだな……。そんなお前に対して、デモンは“現実に還ったら――もっと楽しいことがこの先に待っている”って嘘をついていた》


暫しの沈黙の後、クリアが小刻みに震えながら息を吐いて顔を上げる。









《そこをさ――いっそ、“全部ひっくり返してみる”っていうサプライズをしてみるのはどうだ? レット、あの時デモンを助けるために、“あの時一歩踏み出して、本当に良かった”と思えるようになりたくないか? “あの娘のついた嘘を、いっそ現実にしてみよう”と――思わないか?》


震えながらも、自らに言い聞かせるようにクリアは何度も頷く。










《……もしも“あの娘を現実世界で救えたら”さ。レット――今度こそあの娘は、お前に笑ってくれるかな?》









《まさか――クリアさん。手伝ってくれるんですか? 全部ひっくり返すって………………『ゲームの手伝いだけ』じゃなくて――“あの娘を直接救うために”!?》


《…………お前はいつだってそうだ。無鉄砲だが、お前のその迷いのなさは、俺に勇気を与えてくれる。黒幕は【できることはないだろうが、好きにすると良い】と言った――。なら、好きにするさ! この状況下でも、俺にだってまだ事態解決の為にやれることがあるはずだ!》


クリアが自分の頬を両手で強く引っぱたく。

息を吐いて、レットの方に向き直って――


《お前をそこまで手伝う理由は――強いて言えば……そうだな――――――――“あの娘が笑えば、お前が笑う”!!》


――クリアは意地悪そうな笑みを浮かべる。


《あ、ありがとうございます! で、でも……そんなことが――》


『できるのか』と質問する前に――


《――何日和っとんのや。クリア》


ドスの聞いた声がチーム会話で響き渡った。


《あのやり取りを傍から見ていて。デモンとレットを見捨てられる。わけがないやろ! それに『手伝う』なんつうのは。ここに居る連中にとっては。“前提の話。当たり前の話”や》


直立不動のままテツヲが右手で壁を叩く。

居間全体が大きく揺れた。


《――舐め腐りおって。このまま脅されっぱなしはしゃくや。クリア。お前。“やれることは全部やった”と。ロックに言うとったな? ――あれは嘘やな。本当は他に。“何かできることが”があるんやろ?》


テツヲの言葉に、クリアは意地の悪そうな笑みを返す。


《バレてましたか…………“可能性”なら、あります》


《なら。このままのんべんだらりと。下らん遊戯(ゲーム)に付き合う必要も無いやろ。できるできないは関係ない。デモンを攫っとる黒幕とやらの正体。『ゲーム』の途中で暴いてみせえや。そしたら。チームメンバーの身を! ……心を! ここまで追い詰めたカスは。俺が直接現実で。“ぶっ殺したるわ”!》


隣の部屋にいるデモンを気遣ってかテツヲは声量を抑えて呟く。

滲み出てくる怒りの感情に触れて、レットは震えあがった。









(わたし)から一つ、警告をしますが――殺人は犯罪です》


鬼気迫るテツヲに対して、至極当たり前のことを言った後にロックが冷たい表情のまま軽くせき込む。


《そして……気が付けば私も――そんなあなたの気持ちが多少は理解できる程度には、このチームに染まってしまっているようです。なので――私も“殺人以外”ならば悪事に手を染めることにしましょう。ここからは私の首が切れるどころか、“現実で逮捕されるかどうかの戦い”になるということです》


こうして、メンバー達が次々と協力を申し出る。


《直接はお役には立てないかもですけどー。ゲームの中でのデモンのさんの身の回りのお世話は、私に任せてくださいー》


ワサビが――


《チッ………………………………………………………………ま、できることがあんなら手伝ってやるよ》


そのワサビの顔色を伺いながらベルシーが――






「(一応、勘違いするんじゃねえぞ? ――――――――こういう台詞言うとお前みたいなヤツには余計勘違いされそうだが“マジで勘違いすんな”よ。タナカは労働力として優秀だからな。万一失敗してあの餓鬼が死んで、タナカが使い物にならなくなるのは癪だぜ)」


「(……わかってるよォ。それでも――ありがと)」






そして、今まで沈黙していたはずのネコニャンが――














《ワサビサンノウタトオドリハ、スバラシイデスニャ》









ネコニャンが――







《ワサビサンノウタトオドリハ、スバラシイデスニャ》












ネコニャンが――














《おい。ネコニャ。――いい加減。しっかりせえや!》


(ああ、家で“また寝込んでいる”ってそういうことだったのか……)




《ダ…………大丈夫デスニャ……聴覚ハサッキ復活シタニャ。え――ごほんごほん。ま――自分は結局、小市民ですからにゃ。本当は第一に警察に通報っていうのが筋だと思うけど。警察が介入してもこうなっちゃってるなら、もうなるようになれですにゃ。今回もほっとんど役には立てなそうだけど……依然変わりなく協力はしますにゃ》


そして、ケッコが――



《協力――ね》


――――落ち込んでいるかのような、小さな声で呟く。


《でも、皆で息巻いたところで、今回は私みたいな『一介のゲームプレイヤーができること』ってほとんど無いのも事実じゃない? 一緒に戦うことすらできないし、メンバーが護衛者として護衛をするとしても一人だけで、しかもたった一回だけだなんて……》


(そう――なんだよな……)


レットは覚悟を決めていたが、それでも表情は暗いままだった。

一部のメンバーは現実に踏み込む覚悟で協力を申し出てくれている。

そこに僅かな可能性があったとしても、レットとタナカが肝心の『ゲーム』を失敗してしまったら元も子もない。

結局のところ『ゲーム』の中では孤立無援であるという事実は揺るがず、これから具体的にどのようなことを課されるのかさえ分からない。

それによって募る不安を、レットはどう足掻いても払拭することができないでいた。


《心配するなよレット。まだ他にもいるさ。こんな状況下でも確実に“協力をしてくれる心強い助っ人”がな。実はさっき、お前がここに来る前に念の為に“赤い便箋”を一通送った。直に、駆け付けるはずだ。このまま待っていれば奴はおそらく――》



















そこで、廊下と居間を繋ぐドアが不意にノックされる。


《――早いな!》


予定よりも現れた来訪者にクリアが驚きの表情を見せた。




(助っ人って、一体――――――あ………………もしかして!)




レットが首を傾げた瞬間――居間の灯がほんの一瞬だけ消えて、時間を置かずして再び点灯した。


突然の事態に騒ぎ始めたチームのメンバー達は――
































《…………話は、聞かせてもらったよ。――他ならぬ我が友人《Daaku・Retto》に危機が迫っている》


――部屋の中に居る人物が一人“増えている”ことを認識して、驚きの声を上げた。

“助っ人“は細長い――スーツケースのようなサイズの黒い箱を持って壁際に立っていて、右手には赤い便箋が握られていた。


《しかし、妖なる性《Kekko》の言う通り、此度(こたび)の吾輩にできることは限られているようだ。なればこそ、以前とは違い。戦闘要員ではなく、“物品(アイテム)の蒐集家”として協力をさせてもらおう》


リュクスが身を(もた)げて居間の中央に歩み寄り、右手を掲げる。

持っていた便箋は紙吹雪となって広がって――瞬く間に燃え尽きて灰となる。

その灰が床に落ちると同時に、リュクスは持っていた細長い箱を床の上に落とす。



勢いよく箱が開いて――派手な金属音が鳴った。

同時に部屋全体を取り囲むように、巨大な黒背景の、“縦に長いアイテムインベントリー”が凄まじい勢いでいくつも展開される。

その中には、大量の武器と防具が並べられていた。














「さて…………試練に耐えうる為の、最上級の戦闘準備テイスティングを始めよう。貴公の要望(オーダー)を聞かせてもらおうか?」











【カスタムインベントリー】


所謂課金要素の一つ。


自分が持っているアイテムを“特定の条件下”(垢の他人のゲーム進行を妨害しない場所等)で一斉に見開き状態にすることは誰にでも可能である。


しかし、リュクスの場合はインベントリーの“デザインそのもの”に多数の課金を行っているようで、『背景色』、『起動音』、『インベントリーのウィンドウの見た目』を全て変えているため、一般プレイヤーが開くそれとは最早別物。

アイテムの蒐集家としてのサガなのか、本人のRPの延長なのか、単なる格好つけなのか――それは定かではない。


起動の方法にも拘りがあるのか、イントシュア製の機械仕掛けの黒檀こくたんのケースを開けることでウィンドウが開く様になっているようだ。(原則、物理的なスペースは一切取らない)


このシステムに限った話でなく本作はプレイヤーキャラクターの強さに直接課金する要素は一切なく、見た目の部分にのみ課金できるようになっている。





《ったくよォ。一々演出が派手なんだよ変態野郎が……。つーか、これで起動条件確認し忘れてウィンドウが開かなかったらどうするんだよ? 死ぬほどダセーぞ》


《その心配は、吾輩には無縁だ。『日ごろから状況確認を怠らぬように練習をしている』。何事も、みやびな行いをするためには、弛まぬ努力が付いてまわる物だよ貴公……》


(うぅぇ……この人も、やっぱり絡みづらいっていうか……なんか“ようわからん人”ですにゃ……)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話だけではないが、デモンの人間性の段階的な発露が良いペース [気になる点] 正面からは勝てないはずの相手に奇策を弄してどうにかする、という展開が待っている気がするので今から気になります。…
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