表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
106/151

第二十三話 『ゲーム』プレイヤーに対する現況調査

 夜の灰色の闇から、スチームのように絶え間なく小雨が降り注いでいる。

城下町を一人駆けていたレットは、AHオークションハウスの真横に設置された大型の宅配ポストの前で足を止めた。

黒い鉄製のポストの上には、水滴となって零れる前の段階の小さな雨粒が、まるで塗りたくられたペンキの様にびっしりと張り付いている。


持ち家が未だに無いレットにとって、この湿った大型の黒い箱は、“自分宛ての荷物が届く数少ないオブジェクト”だった。


レットはポストを調べて、郵便内容物の確認用ウィンドウを開く。


ログインしてから郵便物を確認する作業。それはレットにとって最早日課となりつつあった。


(駄目だな。売れなくて返品された品しか入ってないや。オレが出品したアイテムは何も売れていない……)


AHオークションハウスからの送金がされていないことを確認して、レットは僅かに落ち込む。

彼は雪山の冒険で手に入れたアイテムをAHオークションハウスに出品していた。しかし、それらのアイテムは売れる気配がなかった。


(どうしようかな。タナカさんにも色々教えてもらったけど、料理のスキルを本格的に鍛えるのは今からじゃ時間がかかり過ぎるし……)


レットは水滴を気にすることなく濡れたポストに寄りかかりながら、じんわりと涙を流している天を穏やかな表情で仰ぐ。


ずぶ濡れになることは気にもならない。最早、息苦しさも無かった。

今のレットには、心に引っかかっていた――喉に痞えていた物が綺麗に無くなったかのような爽快感があった。


一度良いことが起きると、それが続いていくように感じられた。

だから、デモンの件も――根拠があったわけではないが、間もなく解決するような予感があった。




気がかりだった出来事が次々と解決していく。

そしてそれは、もうすぐ『別れ』が近づいているということでもあり――だからこそ、どこか寂しくもあった。


(もうすぐあの娘にも、お年寄り達と同じように“お迎え”が来るのかな)







“もしかすると自分にできることは、もう無いのかもしれない”。






そんな考えと共に、レットの脳裏に包み焼を美味しそうに食べている少女の姿が思い浮かぶ。

もしもお別れが来るのなら、少年は最後に――自分で稼いだゴールドで、美味しい料理を一品。彼女にプレゼントしたいと思っていた。


(よし――今日のうちに何も売れなかったら、別のお金稼ぎを考えよう。遠出できない状態でも、できることがあるかも!)


水分を含んだ灰色の空を見つめる彼の視界の隅に、開きっぱなしになっている郵便確認用のウィンドウが映っている。

よくよく見るとその中に、返品されたアイテムに混じって封筒が一つ入っていた。

レットは首を傾げて、封筒を取り出して開封する。


中には『新米プレイヤー様へのアンケート』という表題の手紙が何枚も入っていて、ご丁寧にインクが浸された羽ペンまで添えられていた。


【本日、A story for you NWは国内での正式サービス開始より、記念すべき日を迎えました。本作のエールゲルムに生きる旅人達の“今”を知る現況調査のために、アンケートにご協力ください!】




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






『……無印の頃、このゲーム内のイベントの一環で、運営がプレイヤーの『現況調査』を行ったことがあった』


『――『現況調査』?』


『例えば、“プレイヤーの何割が、どんな種族で遊んでいるか”とか、“どんな職業が人気でよく遊ばれているか”とか。“どんなモンスターがプレイヤーを戦闘不能に追いやっているのか“逆に”どんなモンスターが沢山狩られているのか”とか、運営が様々なプレイヤ―層からアンケートを取って調査しつつ、データから細かい数字を出したんだ』






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 





(だいぶ前に、クリアさんがそんな風なことを言っていたな。じゃあ、これは“初心者に向けた現況調査”ってやつか……別に答えなくても良いのかな? 正直今は、どうでもいいや。急いでデモンの所に帰らなきゃ――)


チームの家に向かうべく、レットは一旦手紙をインベントリーに仕舞おうとして――








【アンケートに答えてくださったプレイヤー様には、以下の雑貨・“料理”の中から一つを交換できる『引換券』をプレゼントさせていただきます】









――その表記を見つめて手を止める。


この世界の中では、手紙は水に濡れてしまっても読めなくなるようなことはない。

レットは僅かに思案すると、雨が降っていることも気にせず、人通りの少ない路地を壁沿いに歩きながらアンケート用紙を捲った。









【それでは最初に、あなたがゲームを始めようとしたきっかけをお答えください】





・当社のゲームが好きで本作が気になって

・テレビのCMを見て

・インターネットの広告を見て

・友達に誘われて

・家族に誘われて

・その他



(――――――『その他』で……………………『何となく気になって、自分一人でゲームを始めた』かな?)


レットは質問の回答を考えつつ、添付されていた羽ペンを使って羊皮紙にすばやく書き込みを始める。





それまで降っていた心地よい小雨が、大粒の雨に変わりつつあった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







 ほとんど家具が片付けられ、伽藍洞がらんどうになったチームの家の居間を暖色系の魔法の灯が照らしている。


「こうやって家具を全部片付けると、居間に広い間取りを割いていたことがよくわかる……」


クリアの呟きに答えるものはいない。

テツヲは背を向け、無言で部屋の内装を調整するメニューウィンドウを弄っている。

部屋の隅に立っているロックに至っては微動だにしない。


「ほとんど、綺麗さっぱり片付いたわけだ。人質達――お年寄り達が現実に還って、寂しがっているメンバーも居たが……俺達が関わっていた事件のことを考えれば、寂しくなるのは良いことだ」


クリアが見つめる先には、個室のドアがあった。


「残されているのは、あの部屋に居る彼女デモンだけ。今も、タナカさんが付きっきりで隣に居てくれているが――」


ロックが僅かに表情を曇らせる。

それを一瞬だけ視界の隅に入れた後、クリアは再び前を向いて居間を見つめながら感慨深そうに呟く。


「わかってるさ――俺達が個人でできることは、“もう何も無い”。アンタは何も言わないが、きっとあと少しで全部解決するんだろ?」


クリアは大きく頷いて、笑みを浮かべる。

ロックは自分の額に手を当てて、眉間に皺を寄せて始める。

静寂の中、テツヲのゲームメニューを弄る音だけが居間に流れた。


「――アンタは俺達に情報をくれていた。もしも現実で、本当にヤバいことになった時、アンタなら必ず教えてくれる。なんやかんや俺達に協力してくれているわけだからな」











「もう、結構です………………」


ロックの小さな声が居間に響く。

クリアは聞こえていないのだろうか、気にせず話を続ける。


「俺達が今、安心できているのはアンタのおかげだ。皆そう思っている。この前、レットも屋台でアンタに感謝していたし――」


「もう――してください」


クリアは振り返り、驚いた表情でロックを見つめる。

テツヲが黙ってメニューウィンドウを閉じた。


「彼女の現況に関して確かにわたしは情報を持っています。それでも――わたしには、それをあなた達に伝える権限が無いのです。あなたたちが悠長でいられないような――“伝えなければいけない事実”があったとしてもです……。私はずっと……ずっと隠していました。本当は――」


冷たいはずのロックの表情は、今まで見せたことのないような悲痛な物になりつつあった。

自らの感情を抑えつけるかのようにロックは片手で自らの顔を強く押さえつける。

クリアは再びロックに背を向けた。







「そこまで言ってしまったら、もう遠回りな言い回しでもなんでもないな。だが――“そんな予感はしていた”さ」








喜怒哀楽を微塵も感じさせない落ち着いたトーンの声に、驚きからかロックは顔を上げた。


「俺があのタイミングでレットの誕生日パーティなんてものを開いた理由の一つが“それ”なんだ。もしも事態が悪い方向に向かっていて、アンタが俺達に何か隠し事をしているのなら――それを聞き出せるようなチャンスがどうしても欲しかった。“俺達”はあのタイミングで、アンタを信用して“あえて浮かれてみせた”。もしかすると“俺達”のことを気にかけて、本当のことを話してくれるんじゃないかと思ったんだ。――狙い通りに事が進みましたね。テツヲさん」


テツヲが振り返り、背を伸ばす。

それからロックに歩み寄り、直立不動の姿勢でその顔を見つめる。


「――お前を。騙すような真似して。すまんかったな」


「……そうだったのですね。あの少年が感謝したのも、わたしの善意に働きかける為ですか……」


「いいや、レットはこのことを知らない。アンタが何かを隠していることも“伝えなければいけない事実”があることもだ。多分アイツは今頃、『あの少女に最後にしてやれること』を探している。お年寄りたちの件と同じように“無事に事態が解決する前提”でな」


ロックは伏し目がちに呟く。


「……そんな状態の彼を、貴方達は祝う体で利用したのですね……噂通り――悪い人達なのですね……本当に」


「“使える物は何でも使う”さ。前にも現実に関わるトラブルがあったが、俺はアイツを助けるために戦いにおもむく上で止む無く『アイツ自身を囮にした』こともある。だけどな、レットが俺達の策を知らないってことは――つまりレットがアンタに感謝していたのは紛れもない事実ってことでもあるんだぜ? 俺達だって――本心では感謝しているさ。アンタが俺達の“担当”になってくれて本当に幸運だったと思っている」


「それは買いかぶりですね。肝心なことを、何一つ伝えようとしない、冷たい歯車のような人間に――あなた方は一体何を感謝しているのか……」


「こんな良心に訴えかけるような手段を取ったのはな……。テツヲさん曰く――――――アンタが“善い人”だからだ。うちのリーダーが、あの会社の――運営側の人間を信用するだなんて、滅多にある事じゃない」


ロックの表情は変わらない。






しかし、変わらないまま目に涙がたまり始めていた。

“変えないように必死でいる”ようだった。

そんな彼女に対してテツヲは、一切表情を変えず、微動だにせず――直立不動で堂々とロックの前に立っていた。


「そんなテツヲさんが、アンタをずっと隣で見てていて俺にこう言ったんだ。『本当はアイツ、現実でも無理をしているんじゃないか?』ってな。ひょっとして本当は、『何も言うなと言われていて、無理していつも以上に自分を押し殺しているんじゃないか?』って――」


ロックはクリアの指摘を受けて、観念したかのようにため息を吐く。


「――図星のようだな。テツヲさんの予想は当たっていたわけだ。きっと、アンタは会社の上の人間に睨まれるくらいの限界域まで情報を教えてくれたんだろう。おそらく“遠くから監視するのが本来の目的”だったのに、アンタは越権でキャラクターを作ってこのチームに入ってきてくれた。お年寄り達の処遇に関しても、本当は“何も伝えてはいけないはず”だったんじゃないのか?」


「あなたの推測に間違いはありません。しかし、それで私を善い人間だと決めつけるのは間違いです。今の今まで、肝心なことは、何も言えませんでした。自分自身の現実世界の進退が関わっていたからと――規約や世間体、職場での扱いを言い訳にして黙していた……。わたしは――悪人です」


ロックの表情は依然として変わらない。

しかし懺悔するように呟くその身体は、僅かに震えている。

その震えを止める様にテツヲが、力強くロックの両肩を叩いた。


「……心配。すんなや。そういう自覚がある時点で――ロック。お前は冷たいように見えるが“善い奴”や。オレのような。無法のニートと違って。自分の仕事を失う可能性だってあった。なのに――生活がかかっとるのに。ギリギリの。危ない橋を渡っていてくれたこと。――オレは。感謝しとるで」


ロックは自分の表情を見られたくないのか、飛びのく様にテツヲから距離を置く。

それから、何も言わず背を向けた。


「確かにアンタは“善い人”だ。だけど、俺達は善人じゃない。アンタの現状を理解したうえで、その良心に漬けこんで、これからさらに残酷なお願いをすることになる。本当に職を失うかもしれない」


クリアが、背を向けているロックに対して振り返った。


「――アンタが、あの娘の現況を知っているなら……俺達にさらに一歩踏み込んだ立場から、『はっきりとした情報を提供してほしい』んだ。今の段階でわかったことは、『アンタが何かを隠している』ってことだけだからな」


ロックは振り返らずに、顔を伏せたまま黙している。

自分の今後を考えて、逡巡しているようだった。


「アンタの反応を見ていたらわかる。きっと、まだ時間はかかるんだろ? あの娘に時間が残されているかは定かじゃないが、俺達も『残された時間は少ない』。具体的に名前を出すのなら――例えば……………………レットがそうだ」


意を決したかのように、クリアがロックに歩み寄る。


「……俺が同じ立場で同じ状況だったらとっくに逃げ出してるだろうに、アイツはずっと頑張っている――立派な男だ。だけどな……だけど、事実として――レットは俺よりずっと若い。まだ年端もいかない子どもでもあるんだ。俺が直接そう聡しても、アイツは平気で無理を続けるだろうが……チームに居る俺達は――――こんな成りでも“大人”なんだ。この前の誕生日パーティの時、傍らでずっと見ていたアンタならわかるかもしれないが、あの時にアイツと話してよくわかったことがある。――レットが今、背負い続けているものは“重すぎる”。これ以上、アイツには負担はかけられない――もう限界なんだ!」


居間はしばらくの間、静寂に包まれた。

クリアは黙って、自身の背後にある――デモンとタナカのいる部屋の扉を見遣る。






「だから………………『時間がない』んだ。俺達にできることがあるなら、可能な限り手を尽くしたい。その為に、アンタが知っている全ての情報を提供してほしい」


ロックは背を向けたまま目元を拭いて、大きく深呼吸をした。

振り返ると、いつもの機微を読めない冷たい表情だったが、涙を流している所を見られたためか、その顔は僅かに赤らんでいた。


「――わかりました。覚悟を決めましょう。私の知っている情報をすべてお伝えします」


「……俺の。言った通りや。クリア。コイツは善いヤツやろ」


「ええ――まったくもって、テツヲさんの言う通りです。ありがとう――感謝する」


クリアの謝辞に対して、ロックはやれやれと首を振った。


「わかりました――これで私も“ルールを破る大悪党達”の仲間入りですね……。まさか、違法行為を処罰する側の人間である私が、処罰を恐れる側に回ることになるとは思っていませんでした」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






レットは通行人にぶつからないように気を付けながら城下町を歩きつつ、アンケート用紙を流し読みして次々と質問に対して回答をしていく。



【あなたのログインの頻度を教えてください。(いずれか一つ)】


・ほぼ毎日

・週に1回程度

・週に2~3回程度

・週に4~5回程度

・月に2回程度

・月に2~3回程度

・週に4~5回程度

・不定期


(えっと……最近は――『ほぼ毎日』かな?)




【一回のログインの平均時間を教えてください(いずれか一つ)】


・1~2時間程度

・3~5時間程度

・6~10時間程度

・11時間以上


(……………………『11時間以上』っと)





【あなたのログインの時間が増えるときは、どんな時ですか?(複数回答可)】


・アップデートなどで、興味深いクエスト・イベントが追加された時

・どうしてもやりたいことがある時

・友達との約束がある時

・一緒に遊びたい人がログインしている時


(『どうしてもやりたいことがある時』と……『一緒に遊びたい人がログインしている時』かな? なんか、ちょっと恥ずかしいや……)











【あなたがこのゲームで戦闘に挑む際、どのような要素が大事だと思いますか?(複数選択可)】


・自分と敵の相性

・戦う相手が強敵

・戦う相手が倒しやすい敵

・戦う前に冒険がある

・戦いにシナリオや世界観が関わっている

・プレイヤー同士の情報共有

・一人で遊べること

・少人数で遊べること(2~3人)

・大人数で遊べること(6人以上)

・成長要素があること


(選択肢が多いな……。ええっと、オレが戦うなら――『戦う相手が強敵』の方が燃えるかな? 『戦う前に冒険がある』方が楽しいし。『戦いにシナリオや世界観が関わっている』方が盛り上がると思うな。『プレイヤー同士の情報共有』は戦いには大事だし。人数は――『少人数で遊べる』方が良いな。一人だとちょっと寂しいし。沢山人が居ると……緊張するし。後は……『成長要素があること』かな? ――“オレが初心者だから”だろうけどォ……)


羊皮紙をずっと見つめて長考している間も、レットは歩き続けていた。


(あ――このままじゃ、人にぶつかっちゃう!)


レットは思い出したかのように顔を上げる。








しかし気がつけば、降り注ぐ大雨の中――周囲を歩く他のプレイヤーの姿はなかった。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 居間の中に、重苦しい空気が流れている。

両腕を組んで、壁に寄りかかりながら苦虫を噛み潰したような表情でクリアが呟いた。


「つまり――アンタは社内の事情をかなり踏み込んで調べることで、“その事実”を確信したわけだ」


「はい。警察関係者の末端から、事情を聞く機会が有りました。以前、遠回しに私がお伝えした“噂話”の通りです。“あの少女に限って”警察の捜査は明らかに難航しています。大まかな生活圏の目星はついているものの……警察は――……“未だに”彼女を直接救い出せるほどの決定的な情報を得られていません」


「妙やな。今時。プレイヤーの。接続元の住所がわからん。なんてことは。ないやろ?」


「私も、それとなく担当の技術者に問いただしてみましたが……普通では、ありえないことだそうです。通常なら接続者の個人情報がある程度分かるようになっています。ゲームアカウント作成の日時や、使用している可能性の高いIPアドレスから、住所もかなり細かく絞れます。IDや身分を偽ってゲームを遊ぶことが万一可能だったとしても、特定自体は不可能ではないはずなのです」


「――それだけじゃない。運営会社側の協力があれば、ゲーム内で彼女に関わっていたプレイヤーキャラクターの情報だってわかるはず――そこから、さらに調査が進むはずだ! 一体、運営と警察との間でどんなやり取りがあったんだ!?」


語気を強めたクリアの追及に、ロックは首を横に振って顔を伏せる。


「残念ながら――プレイヤーの情報を管理する会社の対応部署と、警察との間で具体的にどのようなやり取りがあったのか……『なぜ彼女の現実の情報を掴むのに時間がかかっているのか』までは把握できませんでした。私のことを信用してもらえるのならば……この期に及んで、嘘はつかないことを保証します」


クリアは自らを諫めるように口元を片手で押さえて、しばし思案する。


「……可能性は二つあるな。一つは『運営会社が故意に彼女のキャラクターに関する情報を隠している』可能性。しかし、そんなことをしても警察に怪しまれるだけだ。運営が得をすることなんてあるわけが無いし、隠し通せるわけが無い。二つ目は、『犯人側が独自の技術を持っていて、情報特定を回避する方法を確立している』可能性。こちらの方が可能性は高いが、正直ありえないことだ。会社の技術に関する内部情報が、漏洩していない限り不可能だろう。外部からやりたい放題に弄れるPCパーソナルコンピューターからのインターネット接続とはわけがちがう。このゲームには“接続用の機材”がある! そんなに簡単に接続情報を隠されたり、弄られたりしてたまるか! 駄目だ――わからない! 警察は、運営会社を本格的に洗うつもりはないのか?」


「それは難しいでしょうね。運営会社の働きかけで、本事件は『現実で起きた誘拐事件』という扱いになってしまいました。警察が動いているのは結局のところ、“現実が主”です。あなた方が彼女に関して得た情報は、私が伝えてはいますが……きちんと受け取ってもらえたのかは怪しいところです」


「――やっぱりそうか。ベルシーの推測通りだ。運営は責任逃れのために、『ゲームに問題があるのではなく現実に問題があるという方向で警察に働きかけた』。そもそも何の関係もないプレイヤーが彼女デモンとこの世界の中で一緒に居られる時点で、警察はこの仮想世界で起きている出来事そのものを軽んじている!」


「関連職についている私から見ても“この国”のネットワーク対策は遅れていますから……。それに、ここに居る当事者から見れば異常事態に見えても、警察関係者からすれば『たかがゲーム』です。不測の事態に柔軟には対応できないのでしょう。つまり、わたしが得られた情報は『何もわかっていないという事実』と――――――――――おそらくこのままでは『運営会社は揉み消しに走る』ということだけです」


驚きから、クリアとテツヲがお互いの顔を見合わせる。


「運営は――次回の定時メンテナンスの際に、『外部からの不正アクセス対策』を大義名分として、彼女のアカウントがログインできないように対策を施すつもりでいます。私は……お年寄りの時と同じように、あなた方に対して『全てが解決した』と言うように命令をされていました。これはお年寄りの時とは違って、紛れもない嘘です。“上”の人間は、ある程度の信用を得ている私ならあなたたちに対して、嘘をつき通せると踏んだのでしょう」


「……あかんな。クリア。最後にメンテナンスがあったのは。いつや」


「……事件の直前です! ……次のメンテナンスが始まってしまったら、ゲームにログインしているキャラクターは全て強制的にログアウトされる。その間にログインの対策をされてしまったら、デモンは二度とここに戻れなくなる可能性が高い! そうなってから……例えばテツヲさんがゲームで暴れたとしても手遅れ……ただ運営が痛手を受けるだけだ!」


クリアは落ち着きなく頭を掻きむしりながら、居間を徘徊しつつ思案する。


「まずいな……デモンの救助に関して結局未だに誰も、詳しい情報を得られていないなんて! そんな状態で彼女がゲームに居られる時間的な余裕もない! 今までわかったことを照らし合わせても彼女の扱いだけが、やはり他の人質たちと明らかに違う! 考えろ――考えろ……! 例えば――そうだ! 現実で彼女が置かれている状況だけじゃない。“技術面でも”外部からの異常なアプローチを受けている可能性だってある! しかし、もしもそれだけのことができる人間が実在したとして、彼女を“仕方なく”ではなく、“意図的に”この世界の中に放置しているとするのなら……そこには一体、どんな目的があるというんだ!?」









「クリア。あんまりヤバイ話は。言いたかないが。――――似たような手口を。現実で見たことがあるで」






今のクリアに、テツヲの”物騒な話”の仔細を聞く必要も余裕もない。

クリアは煮詰まっている苛立ちからか、テツヲに大雑把な質問を飛ばした。


「テツヲさんのことだ。きっとロクでもない話でしょうから、詳しいことは聞きませんよ。俺が知りたいことは一つだけだ――“それをやった連中にはどういう意図があったんですか?”」


「要は――匿っとる人間に対する。“脅し”やな。人質を極限までワザと放置してみせて。対象に精神的に追い詰めて。要求を通すんや」


クリアが自らの足をぴたりと止める。

テツヲの言葉を反芻するかのように何度も呟きながら考え込んで――







――止めたばかりのその両足から全身が小刻みに震え始めた。





「そんな…………………………あるわけがない! あえてギリギリまで放置する――“対象を追い詰める”。それを、今の状況に当てはめるなら……敵の本当の狙いはゲームの中に居る“俺達そのもの”……もしくは、チームメンバーの“特定の誰か”ってことに……。まさか…………………………もしかすると、既にデモンは――」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










 冷たい雨を受けて手が(かじか)んできている。

そんな中、ようやくレットはアンケートを書き終えつつあった。


(あと少しで、住宅街に到着か――アンケートもこの次の頁で、ちょうど終わりかな?)






【それでは、次のページで最後の質問です!】


レットが無造作に、アンケート用紙の最後のページを捲る。








































【あなたが助けたいと思っている少女が まもなく死に至ると知った時の あなたの気持ちは次のうちどれ?(複数回答可)】
















・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した

・絶望した















































「――はじめまして」


穏やかな口調と共に――少年の両肩に何者かが、ゆっくりと両手を置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんとしてる [気になる点] 次の話 [一言] 未だ多くは語れない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ