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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第二十一話 何事も無い ひとりぼっちの夜

 ベッドから起き上がって、ゴーグルを外して少年は瞼を擦る。

彼は空き時間中に、現実世界の方でも食事を取りに行く必要があった。

出かける準備をするために身支度を始めようとして、少年は咄嗟にゲームメニューを開こうとする。

そして――ここが現実だったことを思い出した。





『末期になると、現実でも“今日は何の職業で出かけよう”って思っちゃったりするんですにゃ。満員電車で乗車人数を検索しようとしたり、目の前に座っているおっちゃんの装備品調べようとしちゃったりとかするんですにゃ』




話半分に聞き流していたはずのチームメンバーの言葉が、少年の頭の中で自然と思い返された。

本当にそのようなことがあるのだなと、少年は苦笑したが――準備を負えて、彼が階段を降りている時にはその考えは改まっていた。


『これは、笑いごとじゃない……』


事件に身を投じるために、一人で家に残ってからというもの、少年にはここ最近の現実世界での記憶がなかった。

それは決して彼が記憶を失ったからではない。

少年は最近、外出自体を全くしていなかったのである。


彼の両親は、普段から息子の意思を尊重しており、『二人が不在の間は自分一人で問題なく生活できる』という彼の言葉をすんなり聞いてくれていた。


しかし、その言葉は嘘になりつつある。

ゲームに傾倒しきっている彼の食生活は既に荒れ気味で、就寝時間も睡眠時間も不安定になっていた。


事実、家を出た時、目の前には広がっていた冷たい紫色の空が――朝に繋がる物なのか、それとも夜に繋がる物なのか、少年には一瞬分からなかった。


“冬が終わる一月の末”、この時期の気温は不安定で、寒い昼も暖かい夜も同時に存在する。

これは少年にとって常識であり、暖かいから夕方だとも言えず、寒いから朝だとも言い切れない。


≪現在。…………区。……町にお住いの………………さんが、……月……日より、行方がわからなくなっております。性別は男性。年齢は78歳。身長は168cm。容姿は、青いセーターに、黒いニット帽を被っています。お名前を聞いても、答えられないことがあります。…………さんを発見された方は……区警察署に、ご連絡ください≫


遠くからアナウンスが聞こえてきて、視界に家々から零れる明かりが映る。

少年はそこでようやく、今が夜明けでは無い――日が暮れて間もない夜の時間帯であることを知る。

これから取る食事は、少年の気分的には“徹夜明けの朝食”だった。

体内時計が狂いつつあることを認識して、少年は僅かな危機感を覚える。


≪繰り返します。現在…………区。……町にお住いの………………さんが、……月……日より、行方不明となっております――≫


目的地に向かって少年は歩き始めた。

走り去っていく救急車のサイレンのように、アナウンスの音は段々と小さくなっていき――やがて冷たい風に流されて消えていく。

しかし、しばらくの間、アナウンスの呼びかけは少年の耳に不思議とこびりつくように残っていた。


普段から聞きなれていて、すっかり日常に溶け込んでいたはずのそのアナウンスに、少年はなぜここまで後ろ髪を引かれたのだろうか?


その理由は、ひょっとすると、少年が“現実から離れて久しかったから”かもしれない。

もしくは全く逆の理由で、“現実を見つめて長い故”だったのかもしれない。











 夜になったばかりというのに、街はまるで死んでいるかのように静かだった。


『ひょっとすると明日は月曜日なのかも』


少年はそう思ったが、心が締め付けられるような気持ちにはならなかった。

明日も、また仮想世界に身を投じなければならない少年にとって、明日が何曜日だろうと最早関係のない話だった。




少年は夕食を取る場所を探して、隣の地区まで彷徨(さまよ)い続け――ある店の前で足を止めた。


そこは、牛丼のチェーン店だった。

少年が足を止めた理由は、彼の見知った顔がそこにあったからである。

店の前に置いてある、アニメの宣伝活動を目的としたのぼり旗。

そこに写るかつての憧れ――“仮想世界の自分とそっくりの顔”が、冷たい風を受けて(なび)いていた。





『……こんなところにも、居たんだな』




そう思って、少年が顔を上げて店内を見つめる。

まるで炭化したかのような、ボロボロのダウンジャケットを着た男性がカウンターに片腕を乗せた状態のまま、怒りの表情を顕わにしている。

外に居る少年の耳に、店内でのやりとりが僅かに聞こえてきた。

どうやら、外国人の店員がこの国の言葉を上手く話せていないことに対して、男性がねちねちと罵倒を続けているようだった。


それを見かねた店長が目の下の隈を擦りながら店の奥からゆっくりと歩いてくる。

店内の他の客は、顔を下げたまま同じ姿勢で黙々と食事を続けている。


理由は定かではなかったが、少年には店内の光景がひどく陰鬱に見えた。


ひょっとすると、店の中に居る彼らが皆草臥(くたび)れて見えるのは自分自身が疲れているからかもしれない。

ぼうっとした頭で、少年はそう思った。

再び強い風が吹いてきて、のぼり旗に写る“仮想世界の自分そっくりの笑顔”が、ぐしゃぐしゃに歪んだ。


少年は店に入ることなく、再びゆっくりと歩き出す。







 そうして、最終的に少年が辿り着いた店。

そこは自分の家の近くの中華料理屋で、以前父親と二人で入ったことにある店だった。


考えなしに店に入ると、今まで暗がりを歩いて来たからか、店内の照明に照らされて少年の目が眩む。


そこでようやく、自分が一人だったことを思い出して少年は途端に焦り始める。

こんな夜の時間帯に、一人で個人経営の料理屋に入ったことなど少年にはなかった。

店員の案内を受けて、少年は縮こまるようにテーブル席に座って周囲を見渡す。


店内には数人の客が居たが、やや閑散としていて誰も少年を気にかけるような者はいない。

それを認識してから、少年はほっと安堵の息を吐く。


疲労を感じて、視界がぼんやりと歪む。

気が付けば少年は、ゲームを始めてからの自分の過去を思い返していた。









『――最初は、こんなことになるなんて思っていなかった』


『なんとなく、現実が嫌になって――』


『だから、新しい世界に降り立って――』


『色んな人と出会って――』


『突然、別れて――』






そこまで思い出して少年は首元を(さす)る。

息苦しく、不思議と自分自身の首が強く絞められているように感じる。

少年は当たり前のことだと思った。

そんな風に感じる原因を――今まさに思い返しているのだから。






『苦しさが取れない。ずっと苦しいままだ――』


『新天地に移動してからもずっとそうだった』


『息苦しさを抱えたまま遊び続けて――』


『どうしても見逃せないからって、とんでもない事件に足を踏み入れて――』


『地獄のような戦いの夜があって――』


『今まさに、全て終わらせるために旅に出て、なんとか無事に戻ってこれて――』


それは、当初少年が想像していた冒険の世界と全く違うものだった。

思い返しながら、少年は気づいた。


自分自身が――










「気がついたら……とんでもないところにたどり着いちゃってる……」





自然と頭の中で考えていたその言葉が口から出てしまって、隣のテーブルを片付けていた店員に(いぶか)()な表情をされてしまう。

店の悪口を言っていると勘違いされてしまった――少年はそう思い焦って、自身を取り繕うかのように注文をした。


 テーブルから去っていく店員を見つめて少年は目の間を抑える。

これも疲労からだろうか? 少年は、自分の頭が普段より重たく感じた。

まるで全身に鉛を埋め込まれたかのように、かつてあったはずの元気がさっぱり出てこない。

店に設置されているテレビが、高所から少年の頭上に対してニュースを浴びせ続けてくる。






《高齢者人口の増加に伴って介護要員が足りていない状況。国の高齢者に対する医療費も逼迫(ひっぱく)


《ゲームで生活しようと躍起になる“夢見る”若者たち》


《野性動物による作物の被害が増加しており、人里に熊が出ても退治できない》










天から降り注ぐそのニュースを見つめながら――常連だろうか?

店の店長とおぼしき中年男性と、カウンター席に居た男性客の一人がニュースを見ながら話をしていた。


《年々増加する外国人労働者による凶悪犯罪。海外からの労働者によって暴動が発生。治安が悪くなっている地域に対する今後の動向や懸念》


「全く、たまったもんじゃないですよ。こういう事件が増え続けると自分も外国人だからね。この店の店長としては居心地が悪いね」


「そうかい? ここら辺は、まだ治安がいい場所だろ? それに、昔から住んでいるんだから、店長には誰も何も悪いことを言ったりはしないよ」


「ありがたい話ですけどね。それでも暴動だけは勘弁ですよ。ちょっと前に隣の地区で起きた時は散々だった」


「あー運輸業者のトラックが投石で襲われて略奪されるってハナシとかがあったねえ。宅配が使えなくなって、商売に影響が出るんだってねえ」













『わかったかい?』


この場所で、かつて自分の父親と交わした会話が思い返される。


『知らない人に話しかけられたらこの地域まで逃げるんだ。誰かに助けを求めちゃいけないよ。知らない人が居る地域には“知らない人達が沢山住んでいるんだからね”』


『もう、何度も聞いてわかってるよォ……。その次は“交通事故には気をつけろ”でしょ?』


耳にたこができる程聞き飽きた話に辟易して、少年は話題を変えようと試みる。


『そういえば父さん。“昔は違った”って学校の社会の先生が言ってたよ? 知らない人に話しかけられたら、昔は“周囲の人に助けを求めれば良かった”って。世の中がどんどん変わっていっているって、ため息ついてたんだよねー』


父親が、少年の目をじっと見据える。

それから考え込むように腕を組んで頭上を見上げた。


『――そうかなあ? 父さんはあんまり、世の中が大きく変わってくれたような気がしないんだよな。昔からそうだ。………………………………助けを求めて、周囲の人が必ず助けてくれるとは限らないものだよ』


言葉の意味がいまいち理解できず、少年は首を傾げた。


『よくわかんないけど……世の中が何も変わってないだなんて、父さんは夢がないよ。オレの好きなゲームとか、最近ビックリするくらい大きく変わったんだよ! 革命って感じがするっていうか、新しい世界がばーって開く感じがするんだよね。オレ、ワクワクしてるんだ。楽しみだなあ~』


『そうだねえ。父さんもびっくりはしたさ。でも――お前の好きなゲームについて、業界ごと気になって自分でも調べてみたけれども、父さんには何かが大きく変わるような感じはしないというか――どうもしっくりこなかったんだよなあ。どうだろうねえ。確かに技術は新しいけれど、大多数の人にとっては、“要するに何も変わらない”んじゃないかな?』


少年は自分の意見を父親に珍しく否定されたような気がして、頬を膨らませる。


『お前の意見を、頭ごなしに否定したいわけじゃないんだよ。でもね。お前が好きなゲームを作っているのは現実で頑張っている人たちなんだよ。父さんの時代はね。インターネットだって、革新的な技術だったし別世界だと言われていたものさ。それでもね――どんなことでも、直接現実で頑張っている人が居て、そこで初めて新しい世界が生み出された。お前の大好きなゲームの世界に変化が起きたのだって、現実の世界で、新しい技術や時代の変化を受け入れられる環境を作ることに成功した人達が頑張ったからなんだよ?』


『えっと……つまり……父さんはゲームばっかりしてないで、現実で頑張れって――オレにちゃんと“勉強をしろ”ってこと?』


『ち――違う違う! そんな押し付けがましいことを、父さんがお前に言ったことなんて、一度もないじゃないか。お前は、お前が本当にやりたいことを好きにやればいいんだ。ただ――お前が将来何をやりたいにせよ。何事も全て現実の方が“常に土台にある”ってことを、忘れないでほしいんだ』


『え? うーん――――――――――オレには父さんの話がいまいちよくわかんないっていうか、意味不明っていうか……。父さんひょっとして――酔っぱらってたりしてない?』


少年の反応を見て、父親は暫くの間レットをじっと見つめて、それから軽く笑った。


『そんなことはないぞ。これは“大人の話”というやつだよ。お前にはまだまだ早い話だよな?』


『もぉ~子ども扱いはしないでよォ……。わざとわかりづらいように難しく話をしてるだけでしょ!』


『――そうかもしれないね。……それにしても、本当に懐かしいもんだなあ。昔ね――父さんの父さん。要は、お前の爺さんと新しい時代の技術について似たような話をしたことがあってね。爺さんの考えは父さんと真逆で“天から降ってきた技術が全てを解決するのだ!”って、信じて疑ってなかったものだよ』


『その話はわかるよ。オレの爺ちゃんらしいね。頑固なんだか、そうじゃないんだかよくわからないや』


『そうだね。だけど、当時に戻ってあの時の爺さんに言ってやりたいんだ。未来の新しい技術だけで、簡単に人の人生が――世の中が良くなっていくわけじゃないんだぞってね。いい加減な物言いをするもんじゃない! ――ってね。父さんはね。“大多数の人が何もしなくても世の中が勝手に良い方向に向かって行く”だなんて――そんな無責任なことは、自分の子どもには絶対に言わないぞって思ったものさ』


『ちぇー、じゃあオレが今こんな難しい話をされているのは結局爺ちゃんのせいなのか~。“大人の話”っていうなら、オレじゃなくて爺ちゃんとやってよ~』


『ところがどっこい。爺さんは年を取って、今や世の中のことなんてどうでもよくなっている――自分の孫が可愛すぎて、あの人にはもうそれしか見えていないみたいなんだよな~。父さん辛いな~。愚痴を聞いてくれよ、我が愛しの息子よ~』


『えぇ~!? 結局、オレに全部話が帰ってくるの!? もう、めんどくさいから勘弁してよォ!』


ひとしきり話したいことを話せたのが満足だったのか、少年の父親は再び笑って店内に置いてあるテレビを見上げた。


『例えば――あそこに置いてあるテレビもそうだなあ。………………父さんが母さんと結婚した頃は、ああいうものは時代と共に無くなって別の物と入れ替わるか――大きく形を変えて全く新しいものに進化するんだって、爺さんは良く言ってたものさ。だけど――あんなふうに、昔と変わらず、ずっとずうっと残っている。――何故なんだろうねえ』




















『――少年のそれって、疑問にすらならないわよ。答えは簡単。“今のテレビがなくなって困る人”が居るからでしょ?』











思い浮かぶのは、別の世界の全く別の情景。

チームの家の玄関で、居間のドアを見つめて毒を吐くフェアリーの姿だった。


『何だってそうよ。新しい物をいつまで経っても受け入れられない古い考えの人達が沢山居て、色んな所で新しい考えを持った若い人達を苦しめている。――ただそれだけの話じゃない。そういう古い人間にとってはね。世の中が何も変わっていないって思えていた方がいっそ楽なのよ』


『まーたぁ、ケッコさんがありもしない陰謀論(いんぼうろん)を話していますにゃ。こういう話になるといつもそうですにゃ。いくら何でも考え方が偏りすぎてて厭世的(えんせいてき)すぎますにゃ……』


廊下の壁に映っている草臥(くたび)れたシルエットが、さらにだらりと猫背になった。


『……陰謀でも何でもないわよ。古い時代の人間達には、悪意なんて欠片も無いんだから。ただ、何も考えず、ひたすらに新しいものに対して徹底的に目を背けて、自分だけよければそれで良いって考えを持って無関心でいるだけよ。だから、私も困っている“古い人間”が居たら徹底的に無関心でいることにしたっていう――ただの、それだけの話よ』


『――むむ! 無関心って……つまり爺ちゃん婆ちゃんがそういう“古い人間”だって言ってるんですかにゃ? そんなん、ただのイメージでの決めつけみたいなもんじゃないですかにゃ! それなら自分も年取ってる古い人間ってことになるんですかにゃ!?』


『ま、割と年取っててもネコニャンさんやタナカさんは例外かな~。私達と同じゲームやっているしね~』


言うだけ言って、地面に映る小さな影は居間に入ることなく玄関ドアから外に出て行く。


『はぁ……ちょっとでも現実の話になると、ケッコさんは考え方がいちいち攻撃的で暗いんですからにゃ……。どうしてああいう考えになるのか、自分にはいまいち理解できませんにゃ。レットさんも気を付けた方がいいですにゃ。日々の努力を怠って、引きこもってネットにばっかり入り浸っているから、ああいう風に後ろ向きな考えになっちゃうんですにゃ。――よくわからんけど、きっとそうに決まってますにゃ!』










ガラスが割れる音で、少年の意識が不意に現実に戻される。


客の一人がグラスを落として割ってしまい、頭を下げて店員に謝っていた。

少年は目の前の、自分の席のテーブルを見つめる。

気が付けば、そこには米粒一つ残っていない炒飯の皿だけが置いてあった。


店員がそれを片付けるまで、少年はテーブルの上に頬杖をついて物思いに耽っていた。














 そうして店を出て、少年が帰路に就いた時。

すでに空は黒くなっていた。

夜の闇の中を歩きながら少年がずっと考えていたことは、まさに仮想世界に閉じ込められている少女のことだった。


『まさか。こんな年で、娘が居る父親みたいに悩んじゃうなんてな……』


両親がもしも、自分の陥っている状況を知ったらどういう反応をするのだろうかと少年は想像する。

驚くのは間違いない。そして一体どうするのだろうか?


自分を守るために、何もできなくとも必死になってくれるに違いないと思った。

そして――だからこそ、少年は家族に対して何も言わないことを決めたのだった。


直後に、思考が遮られた。

かつて聞きなれていたアナウンスの音と同じように、今度は比喩ではなく、本物の救急車のサイレンの音が少年の耳に聞こえてくる。








少年は足を止める。

それから、冷たい風を巻き起こしながら線を描いて夜の闇に消えていく、赤い光をしばらくの間見つめていた。


誰かの言葉が、頭の中で思い返される。






『これは責ある大人達が頭を抱えながら、意味有りげに進展も無く大袈裟に話すべき社会問題の一つにすぎない。――キミには関係の無い話だ。そして、ボクの求める世界にも“老い”なんて物も必要ない。必要なのは少女の美しさだけで良い。だから、もうあの荷物に対して話をするのはやめてくれ。――今後一切話さないと約束してね』







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







 VRのゴーグルをつけて、“レット”は目を開き石造りのベンチから立ち上がる。

曇り空の下、城下町のチームの家に向かうために歩き始める。

現況を確認するためにチームメンバーと会話をしようとして、レットは装備品のポケットから携帯端末を取り出そうとする。





そして――ここが仮想世界の中だということを思い出して、深くため息をついた。


落ち込んでいる場合ではないと思い直し、レットはゲームメニューを開く。

仲間たちは、チームの会話に珍しく誰も居なかった。


『珍しいこともあるものだな』


小さな違和感を抱えたまま、レットは城下町からいつものように城下町を走る。

住宅街に戻って、チームの家の目の前にまで到着して、そこで気づいた――




























チームの家の玄関ドアが半開きのままになっていた。

ドアの隙間からは光が“差し込んでいない”。

















レットは咄嗟に、玄関ドアを開いた。

突如視界に広がる真っ暗な闇に、一瞬にしてその精神が蝕まれる。


家の中で、“起きている”のか、それとも“起きた”のか。

どちらかは定かではないが、これはレットにとって確実に異常な事態だった。


この先に、恐ろしいことが待ち受けているような気がして――レットは家の中に入るべきか一瞬だけ逡巡する。


しかし、どんなに恐ろしくても、逃げたくても――自然と。


いつもそうだった。


自然とレットは、一歩を踏み出す。

どれだけ精神が摩耗していても、踏み出す以外の選択肢がなかった。










 廊下の照明は一切ついていない。


『ここで足を止めたら周囲の闇に飲み込まれる』


そう自分で思い込んでいるかのように、レットは廊下を必死に駆ける。

窓から夜の薄明かりが差し込んでいたが、距離感を計りかねて、レットの頭が居間に向かうドアにぶつかってしまう。

レットは衝撃に一瞬驚き、よろめき倒れて、縋るように目の前のドアノブを握る。

しかし、その居間のドアノブはこの状況で縋る対象ではない。

今やレットにとって恐怖の対象だった。


何とか転ばないように立ち上がる。

緊張からか、ノブを握る腕が痺れるような感覚があった。

ドアノブを握って息を大きく吸うも、混乱は収まらない。


焦りから逸る気持ちと恐怖。

その二つがレットを蝕むも、前者が後者に勝ってしまう。


レットは、居間のドアをぎこちない所作で開けた。







居間には誰も居なかった。








緊張感からだろうか。

ドアノブを無意識に強く握ってしまってレットの右手が“剥がれない”。


左手で自分の右手の指を乱暴に剥がして、足が震えた状態のまま転がり込むように部屋に入る。

ドアを閉める。

五感のいくつかを失ったのではないかとレットは錯覚するほどに、まるで布団をかぶったかのように居間は闇と静寂に包まれていた。


『あるわけがない。こんなことが、起きるわけがない』


自分自身を落ち着かせるようにそう呟く。

守るべき対象である少女に――チームのメンバー達に一体何が起きたのか?

それをレットが考えながら、他の部屋を見ようと一歩踏み出したその瞬間――























居間の周囲の部屋のドアが一斉に開いて、真っ白な光がレットの視界を遮る。

――爆音がその耳に炸裂した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実世界の描写が映像を見ているかのように伝わってくるのがとても凄いです! レットの父親は地に足が着いていていわゆる理想の父親という印象を受けました。彼がいたから今の素直だけどやる時はやるレ…
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