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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第十九話 失ったものを補ってくれる 大切な“何か”

 時間帯は昼で、空は曇り。


薄暗い空を見上げる。

人質達を助けたあの日以降、もうずっと青空を見ていない。


果たして一体、何時になったら雨季が去ってこのスミシィフ地方に陽射しが差し込むのか。

一刻も早く、青空が戻ってきてほしいと願っている。

――ゲームの中でまで、憂鬱な気分で居たくはない。


俺とデモンは彼女の家の前で同行者を待っていた。


「………………………………」


背後に居るデモンは自分から話そうとしない。

俺自身も、彼女に対して何を話せば良いのかいまいちよくわからない。質問しても会話がすぐ終わってしまう。

タナカさんはハイダニアに戻って一旦休憩、その後にベルシーに積まれた雑務をこなしつつ即ワサビさんと交代する予定だ。

このままずっとチームの家に拘束されるのは確定で、今ここに同伴できる状態ではない。


「自分がタナカさんの立場だったら、正直耐えきれないだろうな……。おかしくなってしまうかもしれない」


誰もいない前方の空間に、一人で呟いた。

当然、返事は帰ってこない。


陰鬱な天気も相俟(あいま)って、俺とデモンの間に何とも言えない気まずい空気が流れていた。

例えるなら――土日に出かけたら、昔の知り合いの知り合いと電車の中でばったり会ってしまった感じだろうか。

しかも、降りる駅が一緒なのがバレバレで途中下車もできないような気まずい状況だろう。


(こんな空気になるとは思っていなかった……。レット、お願いだから早く戻って来てくれ……)


俺の目の前には小サイズの家が建っている。

外観はこのゲームで家を買った時に選べる簡素なデザインプリセットのうちの一つで、持ち主の性格が一切わからない。

特徴があるとするなら、施されている塗装が持ち主の髪色と同じように赤色であることくらいか。


「“家の外観はそこに住むプレイヤーの映し鏡”という言葉もあるんだが。この家からは、あまり持ち主の思い入れって物を感じないな。何というか……あまりにもデザインが雑で主張が単純過ぎる」


俺は大きな声で思ったことを半分だけ述べた。

――あくまで半分だけ。


初期デザインにデモンの髪や装備を象徴するかのような単色の赤色……まるで、“雑に作った犬小屋にとりあえず犬の名前だけを書いてみた”かのような適当さを感じる。

デモンの装備品に彼女自身の思い入れがないことを鑑みると、この家を建てたのはデモンの家族――なのかもしれない。


「……………………………………………………そう。私も――――――――そう思う」


「そ……そうか……」


雪山の時よりも、会話中に黙している時間が長い気がする。

振り向くと、デモンの視線が無表情のまま不自然に泳ぎまくっていた。

――彼女も彼女で気まずいのだろう。前の様に接近を拒絶されているというわけではなさそうだ。

ちょっと警戒されているだけで、一緒に行動できるようになっただけ良いと考えるべきだ。


レットとワグザスに向かわなければ、彼女が自分を取り戻すこともなかったし。

レットと一緒に冒険をして山を登らなければ彼女が他人に対して警戒を解くことはずっと無かったかもしれない。

そう考えると山登りをした意味もあったというものだろう。


「貴公ら――待たせたな」


真横から不意に話しかけられる。

デモンの家の堀の陰から出てきたのはリュクスだった。


「来たか。状況が状況だからな。お前が素直に来てくれたことは、その――」


「吾輩に一切謝礼は必要ない。他ならぬ駆け出す者《Daaku・Retto》の頼みとあっては断れん。ただそれだけのことだ」


「……やるべきことはわかっているのか?」


誠親切(まっことしんせつ)な者《Tanaka・Makoto》から全て聞いている。件の少女の親族の情報を収集するために必要な物品アイテムの確認。及び関わった人間を直接特定する予後の調査を依頼されている。多種多様の希少な物品アイテムの収集を普段から行っている吾輩は適任だろう」


コイツをこの場に呼び出すのは雰囲気的には人選ミスな気もするが、状況的にはベストだ。

このゲームにはアイテムが多すぎる。ゲームに長く居る俺でも知らないような物があるかもしれない。


――とはいえ、捜すべきアイテムの目星はついている。リュクスがデモンの家に同伴してもらうのはあくまで“保険”だ。


「それに加えて、お前にはここら周辺の近隣住民の情報も調べて欲しい。ひょっとしたら“家族”が近場に住んでいる可能性もある……。デモンの家がこんな妙な立地にポツンと置かれていることを鑑みると、望み薄ではあるがな」


ここの丁目は43と比較的若い番号ではあるが、デモンの家は同じ丁目の他の家から孤立した立地にある。

つまり、デモンのキャラクターと家だけが他サーバーから移転してきている可能性は否定できない。

サーバー移転の際に空いていた番地に新しく家が移動した――とするのなあらば、ここら周辺に彼女の身元を知るプレイヤーはいないだろう。


「フム――承った」


「色々任せておいて何なんだが、お前――あの女(ミナ)を抱えている状態でここに来て大丈夫なのか?」


「狂愛の乙女《Mina・rougue》は普段から追尾や戦闘など“様々な技術”を吾輩から盗んでいる――まさしく乾いたスポンジのように何でも吸収する才女だが、今日(こんにち)は余力がある。かの者には“吾輩主導で自主訓練を課す”ことで気を反らしている」


「調子に乗って自分から色々教えたりしないでくれよ。手に負えなくなる」


「いずれ本格的に付きまとわれるであろう貴公の負担が上がるだろうが、しかしこうでもしなければ吾輩かの乙女を御せんのだ。今は、背に腹は代えられまい。一時的な師となってしまった身として、狂愛の乙女《Mina・rougue》に対して正直に感想を述べると――いまいち要領を得ないのだよ。吾輩が知り得たことといえば、貴公に対する不自然な妄執くらいだ。此度の事件とは無縁ではいられそうだが、いずれ貴公に何らかの形で深く関わってくるやもしれんな……」


確かに今後面倒なことになるかもしれないが、あの女は今の間だけ邪魔にならなければなんでもよい。

目下の事件とは脅威度が違い過ぎる。

対処を間違えたところで、直接的に人命が失われる案件でもない。あくまでゲームの中での些細な問題だ。


つまり――後は野となれ山となれ。


「この人……――見覚えがある……」


リュクスを見ていた、デモンが小さく呟く。


流石に“目が良い”。

レット曰く、『リュクスが俺たちの馬車を守るために戦っていたあの段階で』デモンは目覚めていたらしい。

リュクスは普段一切チームの家に出入りしていないが、デモンに見覚えがあるのも不自然なことではないだろう。


よく見るとデモンの立ち位置が変わっていた。

リュクスの方が俺よりデモンに近い。


(――いや待て、何故だ!?)


割とショックだった。彼女の“警戒の基準”がよく分からない。


(不味いな……このまま俺がデモンに距離を置かれっぱなしなのはかなり不味いぞ)


頭の中で空想が始まる。

このままでは――


『クリアさん。この娘にいつまでも警戒されているってことは、やっぱりどう足掻いてもクリアさんは信用に足らない駄目な人なんですね。オレはもう一緒に居たくありません。フレンドも切ります。二度と話したくありません』


『待てレット! 待ってくれええええええええ! “信用に足らない駄目な人”なのは自覚もあるし事実だが、俺を見限らないでくれええええええ!』


――という展開になりかねない。



いや――ならないか。

アイツならこの俺の言葉に対して――




『いや、都合よすぎだろォ!! しまいにゃ本当に見限りますよ!!』




――と、いつものノリで返すだろう。


考え込みながら頭を掻きむしっていると、頭頂部のオレンジ色の毛が一本だけ抜けた。

俺はそれをじっと見つめる。

手を放すと、オレンジ色が生ぬるい風に流されていった。


(まあ――仮にこんだけ色々言われたとしても、俺の素行を改めるつもりは“毛頭ない”んだがな)


そういえば、デモンにはネコニャンさんが未だにちょっと警戒されていたはずだ。

あの人と同レベルの扱いなら、まだ耐えられるような……。


――やっぱり無理かもしれない。


「夢見る少女《Demon》よ……吾輩が怖いかね?」


「…………怖くない。レットが頼りにしている人たちだから――“二人とも”、信じている」


デモンが目線を反らしたまま、俺の方に向き直った。


「ごめんなさい……。きちんと…………………………頭ではわかっているの、貴方のことも…………………………怖くない――――――って。本当は善い人なんだって」


「フム……これは驚きだ――貴公が善人などと言われるとは……。世の中には、未だに吾輩の知り得ぬ神秘が残っていたようだ」


「――やかましい」


リュクスに悪態をついてからデモンに返事をする。


「心配するな。当の君自身に一切悪意はないってのは、俺もわかっている。家の調査をすれば、君の他プレイヤーに対する“警戒の基準”もわかるかもしれない。それにしても、レットと君はワグザスでフレンドになったんだっけか? アイツ、俺達のことについて色々話しているようだが、その……何だ――」


俺は訝しげにリュクスを見つめる。


「――俺達、レットから随分“良い評価”を受けているみたいだな?」








《――あのォ……クリアさん。ちょっといいですか?》


噂をすればなんとやら、レットがチーム会話で話しかけてくる。

レットと話をするために、デモンとリュクスから距離を置く。


《ワグザスを出てしばらく経ったんですけどォ。さっきの座標からどうやって帰るのが近道なんでしたっけ?》


《……普通に道なりに帰れば大丈夫だろ》


《いや、実は何か凄いことになってて……。見たことないようなヤバい見た目のモンスターの大群に、現在進行形で追いかけられてるんですよォ!!》


《お前な……あれだけ息巻いていて何やってるんだ……。デ・フューレの件は俺のミスでもあるが、これ以上トラブルは起こさないって約束したろ?》


《うわ! これはなんか誰がどう見ても駄目なヤツだ! ちょっと収拾付かなくなってるんで――落ち着いてからまた後で話しますね!! 絶対に今日中に戻るんで、心配しないでってデモンには言っておいて――うわ》


何が起きているのだろうか、チームの会話ができなくなる状況とは相当大事だ。

ため息をつきながら、俺は二人の場所に戻る。


「――何事かね」


「レットがちょっとしたトラブルだ。――ハイダニアに戻ったら説教だな」


「……………………レット、気が抜けているんだと思う。二人を――――――――――――信頼していたから」


デモンの言葉に、妙にしっくりきた。

アイツは気が抜けている時、無自覚にとんでもないことを起こすトラブルメーカーの素質がある。

逆に、有事の際にはビックリするような集中力を発揮したりするわけだが――ひょっとするとアイツが平時にトラブルを起こすのはその代償なのかもしれない。







つまり――アイツを一刻でも早く、“気兼ねなく馬鹿騒ぎできるようにしてやれば良い”わけだ。







「レットが言ってた………………………………怖そうに見えるかもだけど――――――――――あの二人は怖くない。あの二人が………………………………一緒に居るだけで、とっても心強いって……………………………………。『怖がるのは敵の方』だって」


デモンはそう言った後に驚いた表情を見せて、僅かに取り乱す。


「あ――これは……レットに黙っていてって――――――言われていた。聞かなかったことに…………………………して欲しい」


「なるほど。アイツがそんなことを――――――おい」


俺はリュクスの顔をゴーグル越しに見つめる。


「お前――“口元がニヤケているぞ”」


「貴公は嬉しくないのかね?」


「さぁ。どうだろうな? ただ――――――アイツが帰っても説教は無しにしておいてやるさ!」


さて、そろそろレットの期待に応えてやらねばならない。


「家の中に入るぞ。デモン、扉を開けてくれ。家の中で戦闘は起きないに越したことはないが、敵対する何者かが潜んで居るかもしれないから気を付けろ」


(――とはいえ、この二人は俺より強い。この面子ならどんな敵でも倒せるだろうが……)


家主のデモンが扉を弄ると家の扉の鍵が外れる音がした。





さて、鬼が出るか、蛇が出るか。







デモンが家のドアをゆっくりと開ける。

それと同時に、リュクスがいつの間にか取り出した長銃を片手で構えて、滑りこむように家の中に踏み込んだ。

後に続いて俺も曲剣を取り出し、中腰で構えて飛び込む。


家の中の照明は点いていた。

所謂ワンルームで二階も無い。

そこに踏み込んだ瞬間にいきなり人影を確認して、俺はほんの一瞬だけ戦闘を予感した。


しかし、その人影の正体はNPCの等身大の彫像だった。

家の中には敷き詰めるように大量のNPCの彫像が置かれている。

それは、どこか見覚えのある異質な光景――故に警戒は解かない。


「……NPCの彫像か、ポーズも構図も見覚えがある物だが気を付けろ。雪山ではとんでもない方法で不意打ちを受けて、酷い目に逢った。“なりすましている雇われの番人”がいる可能性が、ないわけじゃない」


「吾輩に一つ智慧がある。夢見る少女《Demon》をまだ家に入れるな」


リュクスの意図が理解できないが、その指示を受けて背後で開きかかっていたドアを咄嗟に片手で止める。

リュクスは右手で長銃を傾けたまま、左手でハンドサインのような物を作って彫像に対して一つ一つ(かざ)していく、


「――フム」


そのハンドサインを構えたまま自分の立ち位置から最も近い女性NPCの彫像にゆっくりと近づいていく。

何かを確認するように衣服の上からNPCの下腹部を様々な角度から数回軽く抑えて、長銃を自分の“ズボンの中”に仕舞った。


「彫像には其々(それぞれ)構図の角度や表情に一切の揺らぎがない。全て人形《NPC》を模した物だろう。一人、試しにこの女性の服の上から淡い思い出の欠片《下着》の面積と質量を調べてみた。寸分の狂いがないことからやはり人形《NPC》だ。間違いはなく――吾輩の目に狂いはない。真実を決して見逃さないと保障できる」


「……確認のやり方に大きな間違いがある上に、お前自身が狂っていて、何より人として大切な物を沢山見失っているぞ」


「フム――吾輩なりに、紳士的な対応をしたつもりなのだがね」


「どういう意味の紳士なんだそれは……」


ため息をついてから、背後の扉を開けてデモンを家の中に入れた。

それから、改めて部屋を観察し所感を述べる。


「外観と同じで内装はシンプル……デザインは初期状態で選べる物か。NPCのポーズを模した人形が大量に置いてある他には――合成用のキットや釜が入り口の真横に設置してある。部屋の中央にはアイテムを保管する目的の(チェスト)が一つ。床に足跡は残っておらず、壁にも汚れが一切無い。掃除をしたか、そもそもリニューアルしてから誰もこの家を使っていなかったかのどちらかだ。家を管理するNPCは――」


「――最初から設定自体してない…………みたい。今……………………家の設定…………確認した」


「何か思い出せたか?」


「ごめんなさい………………何も――――――思い出せない」


吸い寄せられるように、家の中央のチェストの上にデモンが座る。

その小さな体がNPC達の中にすっぽりと隠れてしまった。


「吾輩は事態に左程介入できていない身だ。状況の考察を行うには智慧が足りない。貴公はこの部屋を見て、どう思うかね?」


リュクスから話を振られて、今まで起きた出来事を思い返しつつ推理する。

得られた情報はまだ少ないが、それでもゲームの経験から思いつくようなことはいくつかある。


「……やはりディティールに家主のこだわりを感じないな。便利機能を全部まとめていたうちのチームの家の物置部屋を思い出す。この家のサイズが小さなワンルームなのも、効率を重視してのことだろう。そういう遊びの入らない空間がつまり――そのままこの世界に於けるデモンの家――生活空間になってしまっていたってことだ。この家の内装を決めた人間の性格を伺えるのは、せいぜいNPCの彫像くらいだが、俺は家具にはあまりこだわりが無くて、それについては詳しいことが分からないな」


「残念ながら――これらの彫像は人形《NPC》を模したものの中でも特に“手に入り易く数が集まりやすい物”だ。売却しても端金にしかならん。単純に、“余った物を乱雑に飾っているだけ”であろう。つまり――夢見る少女《Demon》はこの世界に拘りがないと――そういうことかね?」


リュクスの質問に対して、俺は頭の中の情報を整理してから口を開く。


「俺の推理だと、かつてのデモンは――…………」


直後に、俺は黙り込んでゴーグル越しにデモンを見つめた。


この推理は確証がない以上、あくまで推測の域を出ない。

しかもデモンにとってひたすらに残酷な物だ。

果たしてこの場でデモンに直接伝えて良いのかわからない。


「――――――気づいたことがあるなら――――言って欲しい。私は――――――大丈夫……」


「…………君は、君の家族と一緒にゲームを遊んでいた。いや、“遊ばせられていた”という方が正しいのかもしれない。“君自身はこの世界に拘りが無くて、君の家族は君自身に拘りがなかった”。今まで集まった情報から考えると、そんな風にも感じる。君にひたすら実践的な戦いの知識や装備を与えたのと同じように、君に“家を建てさせた”のは君の家族の可能性が高い。その場合、家族にとって、君はまさしく“ゲームの奴隷”だ」


「……………………そう。…………私も――話を聞いていて……なんとなく、そんな気がしてた……」


デモンが悲しそうな表情をする。

レットが、この場に居なくて良かったと俺は思った。


しかし、そんな状況に居た人間(デモン)が一体どういう経緯で、自分を見失った人形のようになった挙句に“あんな連中に運ばれていた”のか、いまいち分からない。











いや――考えたくもない。








「次は、一番大事な(チェスト)の中を調べよう。デモン、箱を開けてくれ」


デモンはこくりと頷くと箱の裏側に回り込んで俺達に中を見やすいように開いた。

中に入っている物を一つ一つ床に並べていく。


「貴公は、夢見る少女《Demon》の記憶の中の、“大切な物品アイテムという概念”に目星はついているのかね?」


「“大切なアイテム”というのは、おそらく“ゲーム目線で何らかの明確なアドバンテージがあるアイテム”だろうな。デモンが家族にとって“ゲームの奴隷”だったとすると、そういう関係性の間柄で“大切な物”というのは――つまり“実用的かつ有用な何か”である可能性が高い。それにしても、箱の中は……俺から見てもレアなアイテムばかりだな」


対人ばかりやっている自分でも、希少なアイテムを観れば大体反応できる。

リュクスを連れてきたのはあくまで保険と調査の依頼のためだ。


しかし、それにしても奇妙だ――


「前にデモンの装備や所持品を見た時にも気づいたことなんだが。何というか――、アイテムにせよ装備にせよ。一級品の“一つ下”が多い気がする。デモンはひょっとすると家族から“お下がり”を渡されていたのかもしれない」


そういえば、レトロゲームに詳しいネコニャンさんが遥か昔に言っていたことがある。





『昔から、RPGロールプレイングゲームでは主人公が使わなくなった格落ちの装備をそのまますぐに仲間に使いまわしたりするんですにゃ』




デモンの家族はそれに近しいことを、この世界の中で常にしていたのかもしれない。


「――成る程。つまり貴公の言う件の“家族”は、『一線級の良い戦装束(そうびひん)を全身に纏っている』ということかね?」


「その可能性は高いな」


アイテムと装備品を全て床に並べ終える。

ものすごい数で、そのどれもが希少な物で“大切な物”だ。

これらを全て調べるリュクスの労力を考えると、他人事とはいえ頭が痛くなってくる。


「しかし……レットの頼みを安請け合いしてよかったのか? お前は一体どうやってここからデモンの家族のキャラ情報を調べるつもりだ」


「集積された智慧《外部サイト》を使う。売買できるものなら、古の時代《無印》の頃の取引履歴が残っている。調査は不可能ではないだろう。夢見る少女《Demon》が居た場所が異界《別のサーバー》であったとしても、調べる上で問題はあるまい」


「……つまり。お前は『①無印の頃のアイテムの取引情報が残っている外部サイトを使って、デモンのキャラ情報とアイテムで検索をかける』んだな。そして『②彼女(デモン)のキャラクターが売買したアイテムの情報を片っ端集めて、近しかったキャラクターの情報を炙り出す』ってことか」



無印の頃、このゲームはフルダイブですらないただのVRゲームだった。

その頃なら、情報の収集や解析が可能ではある。

……しかし、力技に近い。


リュクスは格好つけて言っているが、これはとても地味な作業だ。


俺は、再度空きが出来た箱の中を見つめる。


「残っているのはクエストやイベントの進行に必要になるキーアイテムだけか。ゲームのメインシナリオの進行に関わるようなキーアイテムは流石に俺でも大体わかる。そういった類のキーアイテムはどうやらデモンが普段から持ち歩いていたみたいで、ワグザスで概ね照会済みだ。この箱の中にあるのは、あくまで『ゲームの進行とは無縁のキーアイテム』みたいだな」


キーアイテムの仕様を頭の中で思い返す。

リニューアル後、キーアイテムは預けていようといなかろうと“所持している”というラベルが貼られるようになった。

だから、実際にキャラクターが所持していなくても“所得した”という記録が残っていればゲームのクエストは問題なく進行するようになっている(所得済みのキーアイテムの確認は自宅を調べる以外にも、特定のNPCに話しかけることで可能となっている)。


元来こういうキーアイテムは常時持ち歩いている体でゲームが進む物なのだが、没入感が高く無駄に設定が凝っているフルダイブの本作では物によってはキーアイテムを持ち運んでいたくないどころか――“所持しているという認識すらしたくない”ようなプレイヤーもいるらしい。


……その気持ちは理解できなくはない。

実際、キーアイテムの中には動物の亡骸だったり呪われている(ふだ)があったりする。

没入感の高いこのゲームの中で、そのようなネガティブなイメージを想起させるアイテムを常に持ち運ぶのが嫌なプレイヤーも居るのだろう。


「箱の中のキーアイテムの調査は、全体的に後回しになるだろうな。あくまで優先するべきは『有益かつ実用的なアイテム』だ。調査する価値があるのは、強いて言えばレアなモンスターを戦闘目的で召喚するために使う“消費するキーアイテム”くらいか……。性能や効果が直接書いているわけじゃないから、価値の高いアイテムがどれだかいまいちわからないな。後で確認してみよう」


「その必要は無い。吾輩に任せたまえよ」


リュクスが横から箱の中を覗き込んでくる。


「フム……そういった(たぐい)の重要な品は無さそうだが……いや――待ちたまえ。吾輩ですら知り得ぬような物品アイテムがある」


興味津々で箱の中を調べ始めたリュクスを見て俺は眉を顰める。


「そんなに珍しいことなのか? キーアイテムは大量にあるし、使い道がゲーム内の情報だけではわからない品だって沢山あるんだ。見覚えのないようなアイテムなんてあって当たり前だ。まさかお前――全部のキーアイテムの名前と用途をいちいち細かく覚えているのか?」


「人造書庫《プレイヤーwiki》に掲載されている智慧なら、吾輩ほとんど頭の中に入っているつもりだ」


本作は無印の頃から、新しい情報が蓄積し続けている。

ゲーム内で確認できるプレイヤーのwikiに存在する項目数は40000近くもある。


キーアイテムというだけで、どれだけの数があるのかわからないのに、そのほとんどを覚えているとは――予想以上だ。

深い理由があるわけではないだろうが、コイツに手伝いを頼んだレットの判断は間違いじゃなかったようだ。


リュクスは箱の中にあるキーアイテムをじっと見つめた後に懐に手を入れるが、すぐに何かに気づいて首を横に振った。


「この品を持ち帰ることはできないのだが――映像記録を撮れないことを吾輩、失念していた。偶像崇拝をやめて、駆け出す者《Daaku・Retto》に託したばかりだった――致し方あるまい」


結局リュクスは写真撮影の代わりに、懐から羊皮紙を取り出して万年筆で走り書きをするに留まった。

横からそれを見ていた俺は、リュクスの見つけた見覚えのないアイテムについて言及する。


「箱の中の端っこに置いてあった“黒色の花”か、名前はそのまま【暗黒の影花】……」


「似た名前の品には心当たりがあるが、この物品アイテム自体は吾輩も知り得ぬ。――何らかの、面白い由縁があるやもしれんな」


「収集家として気になるのはわかるが、価値のあるアイテムならもっと知名度があるはずだしキーアイテムから個人情報を特定するのは難しいだろう。今は、通常のアイテムの調査を優先してくれると助かる」


俺とリュクスが立ち上がると、デモンがチェストを閉じて、再びその上に無表情で座った。


「“何も覚えていない”――か。嘘ではないが――“体は覚えている”のかもしれないな」


思ったことが自然と口から出た。


「……………………どういう――――こと?」


「……君は、この部屋に入ってさっきからずっとそこに座って居る。指示を受けるとまるで待っていたかのように宝箱を開けて、閉じる。――まるで、最初から“そこが定位置”と決まっているかのようにだ。ひょっとすると、いつもそこに待機させられていたのかもしれない」


デモンが怯えた表情で、狼狽した素振りで宝箱から離れた。








(“便利な動く人形”扱いか――クソッタレめ。反吐が出る)








調査を終えて、全員で家の外に出る。

デモンは何かを思い出そうとしているのか、じっと外から自分の家を見つめていた。


掛ける言葉が何も思い浮かばない。

レットのようにこの少女に向き合うことなど、やはり俺には到底できないことだ。

だから咄嗟に――目を反らしてしまった。


(……………………)


“怪しげな視線”を感じないことを再度確認してからリュクスに話しかける。


「調査を行った事実と調査の進捗や結果の一切を、チームの誰にも言わないでくれ――どこかから、敵に俺達の情報が洩れている可能性がある」


「成る程“漏洩”か……奇妙な話もあったものだ。しかし、貴公は吾輩を信用するのかね?」


「……レットが信用しているからな。なんやかんやで、お前にはレットを助けてもらうって名目で貸りが――もういくつになったのか数えきれないくらい増えてしまった。いつか、何らかの形で返す」


「……フム。それならば貴公に頼みたいことが――――」












「――言っておくが、俺の太股の写真を撮るって言うのは駄目だぞ」


俺の返答に、リュクスはわざとらしく考え込む素振りをした。





「それは残念だ」


「当たり前だ!」





「代わりと言っては何だが――吾輩この事件が終わった(のち)に貴公に何らかの依頼をするやもしれん」


「……どういう意味だ?」


「吾輩には、清算しなければならない過去があるのだよ。………………しかも、吾輩個人の力では手に余るような過去が――――――話しすぎたな」


自ら話を打ち切って、リュクスは赤い便箋を俺に差し出した。


「駆け出す者《Daaku・Retto》に危機が訪れた時は、その便箋を吾輩の家に送れ。必ずその召喚にはせ参じよう」


アイツが助かる可能性が僅かでもあがるなら、にべも無い。

俺は素直に便箋を受け取る。


「一応、調査の結果を伝えた上で、後でレットにもこの部屋を見てもらおうと思う。やはりアイツが居てくれないと、事態が進展しない気がする」


「それに加えて、これ以上は管理者《GM》達の情報提供が必要になるのではないかね? 吾輩が今日確認した物品アイテムを調べるのは一向にかまわないが、かの管理者《GM》の現身(うつしみ)は、何と言っているのだ」


「だんまりだ。ロックはチームの家の中で人質たちを静観しているし、質問してもはぐらかされる。現実で事態が好転しているのか悪化しているのかすらわからない。ただ――ロックから話を聞き出す策は一つある」


「吾輩に手伝えることはあるかね?」


「いや、お前は気にしなくていい。要は、事態の解決にはレットの協力が不可欠だってことさ。他ならぬ――――“アイツ自身を救うためにも”な」

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