第十八話 この世界の、誰もが斃れる“衝撃”
[クリアさん、オーケーです。オレもタナカさんも、ちゃんとアイテムをゲットしました。インベントリーのキーアイテムの枠に入ってます]
狭い洞窟からレットがタナカと二人で外に出ると、待っていたかのようにデモンがレットの左腕にしがみ付いた。
洞窟の外には、クリアに両腕を中途半端に拘束され、監視されているアミが立っている。
[よし、オーケーだ。予定の道を進めなかったから、山の頂上まで――どういけばいいかわからないな。タナカさん、道はわかるかな?]
[ご心配には及びません。おそらく、もう少しで山の頂上でしょう。私についてきてください]
[今初心者の二人が取ったのってさ。DLCエリアの入場アイテムじゃん。これで終わりじゃないの? アンタら何が目的で山に登るのさ?]
アミが怪訝そうな表情をする。
[余計なことは聞かなくて良い。とにかくお前は俺達に黙ってついてこい]
洞窟を離れた一行は、タナカを先頭に再び山道を進んで行く。
「〔レット、“どう思う”?〕」
背後からクリアに囁かれる。
大雑把な質問だが、レットは素直に気づいたことをクリアに伝えた。
「〔ぶっちゃけ――かなりヤバい状況だと思います。オレ達を監視している人間の“情報を集める能力”が滅茶苦茶高い。ここに来るまでに、アミがパーティ会話でずっと騒いでくれたおかげで、手紙の送り主とのやり取りがオレにもよくわかりました。手紙の送り主は、アミが切断をしていることを“分かり切って依頼していた”ってことですよね? もしも手紙の送り主が“クリアさんが感じる視線の正体”と同一人物だったとしたら、敵はオレ達をずっと監視していたってことになる……。もちろん別人の可能性もあるけれど……]
「〔監視をしているのが同一人物かどうかはわからないが、俺が考えるに……おそらく――俺達は“泳がされている”。この“纏わりつくような嫌な雰囲気”、前の岩窟の事件の時の黒幕と似ている。ソイツが今の状況に関わっている可能性は高いんじゃないかと思っている]
クリアの推理を受けて、レットは黙り込む。
『件の事件の黒幕が、今の自分達をずっと監視している』
その推理はレット自身が考えていたことで――しかし、あえて口に出さなかった。
自分自身の嫌な予感を、レットはクリアに否定して欲しかった。
「〔前にも言ったが、例の事件の敵の黒幕は想像以上に頭のキレる危険なヤツなんだ。乱暴かつ早すぎるはずの俺たちのチームの行動に対して――ただ新手を送るだけじゃない。現実の事情まで加味して適切かつ早すぎる対処をしてきた。現実にまで影響を及ぼしているという点で、脅威度で言えば俺の前を歩いているこの女とは文字通り“次元が違う”。――――――レット?]
クリアの言葉に返事をせずに、レットは黙ったままだった。
それは彼がもう一つ、口に出したくない推理を抱えていたからだった。
「〔あの――その――言いづらいことなんですけど…………………………もしかして……――――オレ達のチームに、『裏切者が居る』んじゃないかって]
レットはなだらかな山道を登りながら背後を振り返る。
後ろを歩いていたクリアが、考え込む素振りを見せた。
「〔情報を内通している人間が居るってことか? ………………まず、あり得ないな]
「〔オレだって疑いたくはないけど、クリアさんはどうしてそう言い切れるんです?]
「〔全員が付き合いの長いオンラインゲーマーだからだ。こんな陰湿な犯罪に手を貸すほど暇人じゃない。ひと昔前の『俺達のチームが全盛期の頃』なら、個人情報を自分から漏らすようなイカレた連中も沢山居たんだがな]
(ウチのチームのイカレっぷりって、“今が全盛期じゃない”のかよ……)
「〔何にせよ。泳がされていたとしても俺達のやることは変わらないさ。当初の予定通り山に登り、デモンの記憶を呼び戻し、彼女の“かつてのゲーム体験”を手に入れる]
「〔オレはデモンの家が気になります。デモンの家に向かったリュクスさんはどうなったんです?]
「〔お前が寝ている時にリュクスから伝言を受けている。彼女の家は鍵がかかっていて入れなかったそうだ。これ以上の調査は、“家主の協力”が必要だろう。意識がはっきりしている今のデモンなら可能だろうが、俺達がどう動くかは頂上で手に入る情報次第だ。敵から送られた手紙のメッセージもあるわけだしな。――いよいよもって胡散臭くなってきた]
レットは手紙の内容を再び思い返す。
『おめでとう。君は障害を打ち倒し絶望的な状況に陥る貴重な機会を得た。さらなる絶望に進みたければ、絶壁から飛び降りろ』
「〔――実はなレット。この山の山頂付近の崖から飛び降りることで、素早く下山する方法があるんだ〕」
「〔じゃあ――あの手紙の崖から飛び降りろって“文字通り山から素早く降りろ”って意味なんですかね。“絶望に進みたければ”っていうところは、しっくりこないけどォ〕」
「〔実際、事態は進んでいるが解決の糸口は未だに見えないからな。このまま先に進めば確かに絶望は広がるかもしれない。何より、あのメッセ―ジを信じて行動するということ自体が、“黒幕がデモンのかつてのゲーム事情まで詳しく知っている”という事実を肯定することになりかねない。両者の間に、何らかの深い関わりがある可能性を俺たちが認めることになってしまう〕」
「〔そんなことって……〕」
現実のデモンが身を置いている環境を想像してレットは不安に駆られる。
(冷静に考えれば黒幕は最低限、人質達の“事情は把握している”に違いないんだもんな。細かい部分の情報を、どこまで把握しているのかはさっぱりわからないけど……)
「〔だから俺は、都合が良すぎる話かもしれないが、あのメッセージがただのブラフか――黒幕とは無関係の物だと信じたい。それ以前に、例の黒幕が既に手を引いてくれているパターンが一番良い。この後も、俺達がやっているこの“冒険”とは一切関係なしに、現実で人質たち全員の安全が確保されて綺麗に終わるのがベストなんだがな……〕」
「〔そうなってくれるように祈りましょうよ。現実でも捜してくれている人たちが居るんだもの、きっと、うまくいきますよ。他力本願のオレが言えたもんじゃないけど、もしゲーム内で何か起きたとしても、皆が力を貸してくれればきっと何とかなりますって!〕」
「〔励ましてくれるのは嬉しいが……正直、あの黒幕との知能戦を俺は“二度とやりたくない”。事件の時にギリギリの所で何とかなったのは、テツヲさんというイレギュラーがチームのトップに立ってくれていたからで――それでも、最悪の事態を回避するのが精いっぱいだった。現実で悪さをするような邪悪で賢い人間は、今のチームメンバーではいなすのが精いっぱいだ。黒幕を真の意味で下せるのは、俺達とは別種の人間のような気がする……〕」
「〔――別種の人間って、例えばどんな人です?〕」
[あの――皆さん。一旦止まってください]
パーティ会話のタナカの声でレットは周囲の状況にようやく気づく。
――一向は、既に山頂に到着していた。
レットはデモンを、クリアはアミをそれぞれ別の意味で引率していた為か――いつの間にかパーティメンバーの全員が、足を止めたタナカの横を通り過ぎていた。
[もしや……クリアさんとレットさん。何か、“お話”でもされていた感じでしょうか?]
[――え!? いや――レットとは、その――“悪を負かしてくれるような、善良なヒーロー”の話をしていたというか……]
クリアの発言に、アミがあざけるような笑みを浮かべた。
[うわ~。そういうナリで、正義のヒーローとかにロマン感じちゃうタイプなんだ。その見た目と遊び方で、純粋無垢な人間が好きなわけ? 一体どういうRPなのさ。ボク引いちゃうかも……]
[――放っとけ!]
クリアが紐を引っ張ると、パーティメンバーのアミの身体が軽くよろめいた。
[“ボクを引かないで”よ!! なんなんだよもぉ~……。こんな縁は早く切りたいよぉ……]
[もうすぐ切れるさ。だがその前に、俺達を必要以上にキレさせないことだ――悲惨な目に逢いたくなければな]
[にぎぎぃ……むきぎいいいいいいい!]
再び始まった二人の言い合いに巻き込まれないように、レットはデモンと一緒に自然と距離を置いて、山の頂上の全景を見つめる。
周囲は雪が積もっていない岩肌に囲まれており、屋根のないドームの様に空が開けていた。
中央の広場の地面には周囲よりやや高い段差ができていて、中央に雪でできた小山がそびえ立っており、レット達が登ってきた道から見て広場の反対側には真っ白な景色が広がっていた。
(あの先がクリアさんの言っていた。一瞬で下山できる"例の崖"――か……高度が高くなればなるほどモンスターの数が減っていっていたけど、ここにはレベルの高い氷の精霊が居るくらいか……。自分から襲ってくるようなものじゃないし攻撃をぶっ放したりしない限りは安全かな……)
「うーん残念。デモンが前に戦っていたっていうユニークモンスターは今の時間帯には居ないみたいだね……」
レットの右側にタナカが立って所感を述べる。
「この場所はヨォウムの住処――一種の“ねぐら”なのでしょう。周囲に人が居ませんから、ひょっとするとモンスターさんは“お休み中”なのかもしれません」
「流石に倒せるとは思っていなかったけどォ。せめて他の人と戦っているところだけでも見れたら良かったのになあ。――デモン、何か思い出せた?」
レットは隣に居るデモンの顔を見つめる。
デモンはぼーっとした表情のまま、しかし目を瞑ることなく広場をじっと見据えていた。
「間違いない………………私………………昔に――……ここに来た。よく――よくわからない人達と………………――一緒に何度も戦っていた。広場の中央にドラゴンが居て……――それを………………囲んでいる。名前が……わからない……見ているはずなのに、覚えていない…………]
デモンの表情が段々と、苦悶に歪んでいく。
「ど、どうしたの!? しっかりして!?」
「でも………………でも――一人だけ――私の近くに……“ずっと一緒に居た大切な人”が――戦いの後に……私に歩いて近づいてきて――同じ剣を何本も私に渡している……」
「大切な人――それって、一体誰なの!?」
しがみ付いたレットの腕から手を放して、頭を抱えて地面に座り込んでしまう。
レットはデモンが自分の前からいきなり居なくなってしまうのではないかと畏れた。
苦しんでいる少女の横で、途端に自分自身の息が苦しくなってきていることを感じる。
胸元を、自分の手で――強く抑えそうになる。
『私、もう必要ないんだ』
視界が明滅し――
(――――――――――――――――っ!!!!!!!!)
『必要なくなっちゃった。この世界に私の居場所――なくなっちゃったみたいだから』
――かつての記憶が鮮明に蘇る。
(違う――違う!! 何をやっているんだオレは……! 今は、昔のことを思い出している場合じゃないはずだ!)
眼前の視界と頭の中の記憶が混ざり合っている不安定な光景を、何度も瞬きすることでリセットする。
レットは首元に遣りそうになった手を止めて、デモンの頭を宥めるように撫でる。
「だ……大丈夫だよ――落ち着いて、無理に……無理に昔のことを、思い出そうとしなくて良いんだ……」
「レットさんの言う通りです。落ち着いて下さいデモンさん。冷静に……今は何も考えず、大きく――深呼吸をしてください」
タナカの指示で、デモンが何度か大きく深呼吸をする。
その表情が、段々と穏やかになっていく。
「ごめんなさい……もう――大丈夫……。その人が…………………………私の隣に居た人が……私に名前を付けて――装備を渡して……………………私に戦い方を――教えたの」
(そうだ……どこか……予感はしていた――していたんだ……)
余裕のないレットの中で、しかしデモンの発言を受けてさらに容赦なく"別の過去の映像"が呼び起こされた。
『……今一番必要なことだ。他の人質達と同じように、俺にはデモンの周囲を取り巻く現実がどんな状態になっているのかはわからない。お前を父親だと思っているってことは、家族は居るんだろうが――おそらくロクでもないんだろう』
『テメエのキャラクターの本名は【My princess】らしいな。『私のお姫様』ってか? その割にはよ。随分とロクでもねえ扱い受けてんじゃねえか? もしもテメエに名づけ親が居るなら、ソイツは皮肉が得意な人間なんだろうなオイ』
『普通じゃないです。名前のつけ方だって……自分で決めたような名前じゃない! わざとなら残酷すぎる……』
『――何にせよおそらく、この事件に家族か親族は確実に関わっているだろうな。デモンは、この周辺の土地でドラゴン狩りを生業にしていた……。まるで、この土地に“魂を縛られているような遊び方”をしていたってことになる……』
(今のデモンの言葉で確信した……。デモンに何もかもを与えていたのはたった一人――全て、“同じ人物”ってことになる――なら……もう、間違いないはずだ……)
「でも、それが誰だか思い出せない……その人と私、ここから山を降りたの――。降りた先で――――――何か、“とても大切なことを私にしてくれた”。………………――それが何なのかも思い出せない……。もしも――山を降りることができたら……きっと――――――」
[ちょっとぉ。何呑気に座り込んでるのさ。まさか、観光やピクニックがしたくてここまで来たってわけじゃないよね?]
背後からクリアとアミが近づいてくる。
事情を知らない呑気なアミに反して、クリアの目線は険しく鋭い。
それに視線で答えて、レットは荒い呼吸をしながらチーム会話で話を始める。
《――クリアさん。結論から言うと、デモンは山に登っても――現実のことを直接的には思い出せませんでした》
《そうか……》
《――だけど、可能性ならあります! デモンはこの山の頂上で、何度もヨォウムと戦っていた――“ずっと一緒に居た大切な人と一緒に”! それだけじゃない。そのたった一人の人物から、デモンは名前をつけられて、武器や防具を貰って、戦い方まで教えてもらったらしいんです。さらに、山を降りた後に、剣を貰う以外の“何か大切なことをしてもらっていた”って!》
《何だと!? 待て――考えが追いつかないぞ。冷静にまとめる必要がある。そもそも、あの娘の事件には――》
《現実で“ロクでもない親族が事件に関わっている”って言いたいんですよね? でも、それだけじゃないんじゃないかって……オレもこの娘のことを知る度にどこかしら予感はしていたんです。この娘とゲームで遊んでいたプレイヤー。今のデモンに関わっている人間は――――“彼女の現実の家族”なんじゃないかって! むしろ他にはあり得ない! 家族じゃないと、ここまで一方的な関係にはならないはずだ! もしもデモンの言う“ずっと一緒に居た大切な人”が現実の家族なら――》
《――成る程。このままここから山を降りることができれば、“彼女のご家族について知る重要なヒントを一気に得られる”かもしれませんね……》
《なるほどな。その場合、デモンとその人間の間に何があったにせよ、キャラクター名さえ分かってしまえばこちらで調べることもできるし現実で動いて貰うこともできる! 何にせよ、次にやるべきことが出来たぞ!》
レットは立ち上がったデモンを見つめる。
デモンは黙ってレットを見つめて、小さく頷いて広場の反対側を見据える。
チーム会話に居ない彼女も、この後自分達が何をするべきなのか理解しているようだった。
[よ〜し――それじゃあ、次はさっさと山を降りちゃいましょう!]
[えぇ!? 何!? もう山から降りるつもりなの? アンタら一体、何の為にここまで来たわけ!? あんまり文句言うつもりはないけど、ボクの貴重な人生の時間が大幅に浪費されたじゃん!]
[黙ってろ。こっちにも色々事情があるんだ。――気を付けろよレット。ここには“降り方”ってものがあるんだ。早まって二人で崖から飛び降りるなよ!]
向かう道は見えている。
デモンとレットの二人は並んで、段差に乗り上げて広間を進んで行く。
広間の中央の小山を横切ろうとして――
(――待てよ?)
――違和感に気づいて咄嗟に足を止めた。
(デモンはさっき言っていたはずだ。『広間の真ん中で巨大なドラゴンと何度も戦っていた』って。――でも、広間の中央には大きな雪山が立っている。デモンの記憶の中では、ドラゴンは一体“どこに居たんだろう”?)
「待ってレット――――――何か…………………………様子がおかしい」
真横に居るデモンが雪山を見て何かに怯えるようなそぶりを見せる。
その警告の直後、レットの足に“柔らかい何か”が当たった。
(何だ? すごく嫌な感触が伝わったぞ……この雪の下に、一体何が――)
レットがゆっくりと足元を見つめる。
雪の下に埋まっていたのは――プレイヤーの“死体”だった。
[――うわあっ!! こ、こんなところに死体が――!!]
死体という単語を聞いて、クリアが周囲の"段差となっていた地面"を注視する。
[すっかり油断して、ここまで呑気に進んできてしまったが――レット。“こんなところ”どころじゃない。周囲を……よく見てみろ!]
クリアが咄嗟に積みあがっている足元の雪を蹴っ飛ばす。
そこにも、レットが見たことのないような豪華な装備品を付けたプレイヤーの死体があった。
タナカが呻く様に呟く。
[積もっている雪の下に……プレイヤーの死体が埋まっているということは……段差となっている広場一帯は、全て“平坦な地面”ですから、つまり――その……]
[“広場の中央部分に敷き詰めるようにプレイヤーの死体が埋まっている”ってことか!? 俺の集めた情報と食い違いがある! 一体、ヨォウムを倒すためだけにどれだけの大所帯が全滅したんだ!? それに、天候はついさっきまで曇りだったはずだ――ここは“山頂”なのに、一体どこから雪が大量に積もったんだ!? それだけじゃない。もしもモンスターと戦って全滅したのなら、コイツらはもう諦めてリスポーンするべきだろ! ここにずっと倒れている意味がない!]
[私……こんな状況、知らない――でも……分かるの。――ここに居ると――危ない……!!]
緊張した面持ちのメンバー達の中で――
[あ、そうだ~――]
アミが不意に間抜けな声を出した。
[――なんか今日の早朝にさ、やたら大所帯のプレイヤーの集団が目をギラつかせて切れ目なくどんどん山を登って行ったんだよね~……。アンタらとは関係ないやって、ボクすっかり言い忘れてた。てへっ☆]
レットの目の前の雪山が弾け、盛大に周囲に散る。
禍々しく混ざり合う、不気味な色の巨大な竜。
それが頭をもたげてレットを真っすぐ見据えてから口を開き、巨大な咆哮を上げた。
[どわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!]
叫びを終える間もない。
レットの身体が、広場の中央に居る竜に向かって吸い寄せられていく。
[レット―――タナカ………………私に――――――掴まって!]
咄嗟にデモンが背中の特大剣を取り出して、力強く地面に突き刺す。
三人は竜の足元に吸い寄せられないように身を寄せ合った。
背後ではクリアが槍を地面に突き刺し同じように踏ん張っている。
ロープによって拘束されていたアミの身体は宙に浮いていた。
レットはモンスターの情報を調べて背後の二人に伝える。
[で……デカい!! 【剛峰裂開のレアリテ】! レベル――レベルの表示が“ない”ですっ! 体力の表示も一切無い! なんなんですかこのモンスターは!!]
[このモンスターは……最上位の剣を確実に落とす、滅多に出会えない特に“ヨォウムの上位の存在”です! とても強力で……プレイヤーを突風で強制的に吸い寄せるという話は聞いていましたが――雪山に擬態するなどという話は、私聞いたことがありません!]
レットの脳内で、ネコニャンの間延びした声が思い起こされた。
『ま、装備的にもほぼ間違いなく“アタリ剣”狙いであの娘はヨォウムと戦ったことがあるんじゃないですかにゃ? さらにもう一段階、上位の武器もあるんでそっち狙いかもしれないけどー』
(ネコニャンさんが言っていた最上位の武器って……こいつが落とすのか――!)
[クソ! フルダイブリニューアルの弊害で、バグか何かが起きているのかもしれない! なるほどな……周囲の岩肌に雪が無いのはコイツが“ここら一帯の雪をかき集めて周りに吹き飛ばしてを繰り返すから”か! 戦闘不能になったプレイヤー達は……モンスターがレアだから“蘇生してのリベンジ”を期待してここにずっと寝ていたのか!]
[と、とにかくこのモンスターから逃げなきゃまずいですよ! ここで全滅したら、“あの崖から山を降りる”っていう体験ができないまま、オレ達がワグザスに戻ることになっちゃう!]
(それはつまり……デモンが記憶を思い返す機会を失うってことだ!)
レットの隣に居るデモンが悲痛な表情で呟く。
[レット――――――駄目なの。私、知っている………………このモンスターの吸い寄せからは、どんなスキルを使っても……何をやっても絶対に逃げられない。――全滅は免れない……不可能なの……]
(そ、そんな――折角ここまで来たのに!)
目的を達成できぬままトラブルによって全滅してしまえば、時間がどれだけ残されているのかわからない状況で、再度山登りをすることになってしまう。
自分達の身体が、地面に突き刺したデモンの特大剣ごとゆっくりと引きずられていく。
レットは悔しさで歯噛みするが――しかし、何の策も思い浮かばない。
《クリアさん! このままコイツから逃げて、崖から山を降りる方法は無いんですか!》
《そ、そんなことを言われてもな……。“普通に考えれば”このまま全滅して、ここに居る連中と同じように誰かが蘇生に来るのを待つしか手はない……。こんな性質のモンスターだから、蘇生も絶望的かもしれないが……》
《何を諦めているんですか!! 山を下りることができれば、デモンが何かを思い出すかもしれないんですよ! お願いですクリアさん! もう、“何をしてもいいから何とかしてください”ッ!!》
レットの言葉を受けて、背後で冷や汗をかいているだけのクリアの表情が変わる――
《――何をしても良い? ………………………………“何をしても良い”んだな?》
――“邪悪な笑み”に。
危機的な状況でありながら――レットはクリアに“無自覚に”伝えてはいけない言葉を伝えてしまったことを僅かに後悔した。
《サンキューレット! お前のその言葉で俺自身のスタンスを思い返すことができた。感謝するぜ。昔の俺調べでは、強いモンスターが使うこの“強制吸い寄せ”はモンスターの標的が“いきなり遠のく”と発動しないはずだ。それを利用することにする!》
《どどどどど、どういうことですかそれ! 絶対にありえない条件じゃないですか! というか俺調べってどういう意味なんですか?》
《すぐにわかるさ! レット、パーティリーダーの権限を俺に寄越せ!》
クリアが持っている長いロープから手を放して、天に向かってパーティ会話で叫んだ。
[今だ! “ぶち抜いて、俺達が来た道を逃げろ”ッ!]
[やめてええええええええええ。ボクを見捨てないでええええええええええええ! ――え? ――え? ――え? ――え? ええええ?]
アミの身体の向きが変わり真っすぐ巨大な竜に向かって吸い寄せられる。
伸ばしっぱなしになっていたカッターナイフのような刃がそのまま竜の胴体に当たった。
[『賽は投げられた』。逃げるぞレット。要は――一定距離を吸い寄せるこのフィールドそのものを『俺達の周囲でのみ』発動させなければ良いわけだ。つまり“普通じゃあり得ない方法で、“ターゲットになった人間”に吸い寄せフィールドの外に一旦逃げてもらえば良い!]
巨大な竜は、吸い寄せられ攻撃をしてしまったアミの身体をその前足で吹き飛ばす。
蹴とばされたアルミ缶のようにその身体が拉げて吹き飛び、一瞬でアミのHPが9割ほど削れたが――戦闘不能には陥っていない。
しばらくの間、アミのキャラクターはひっくり返った状態のままだったが、竜のさらなる一撃が振り下ろされるというまさにその瞬間――アミのキャラクターが突如消滅し、パーティメンバーのリストからも消滅する。
同時に、吸い寄せられたレット達の身体に自由が戻ってきた。
[ついでにあの女をパーティから追い出した。吸い寄せフィールドごと離れてもらって、文字通りこれで完全に縁を切ったな! 昔は色々やったものさ! 宝箱に化けているミミックとかも、開けると吸い寄せをしてくるからな。切断で逃げられれば“100%当たりの箱を開けられる”――“らしいぞ”?]
[何しても良いって言ったのはオレだけど……最低だ! 本当に最低だよこの人ォ!!!!!!]
[この状況で言ってる場合か! あの女が追いつかれて再び吸い寄せられて殺される前に走るぞ! ――目指すはあの崖だ!]
メンバー達は地面に埋まっている死体に足を取られないように広場の反対側に向かって走る。
レットは、目の前に広がった光景を見て絶句した。
(手紙で書かれていた通りに何の変哲もない断崖絶壁じゃないか!! こ、ここから飛び降りるって正気かよ!?)
レットが真横に立っているクリアを見遣ると、いつの間にかクリアは穴の開いたボロボロの、巨大な羽のような物を背中に展開している。
[というわけでここでコレを使って飛び降りるわけだ! 持ってきて良かったグライダー! 以前説明した通り、一定以上の高さから滑空するのに使う! 全員俺の身体に掴まれッ!]
その時レットが抱いた感想は以前と同じでやはりクタクタになった段ボールにしか見えない。
しかし、今のレットに迷っている暇はなかった。
クリアの身体にタナカと、レットがしがみ付く。
[――――――――あ]
デモンがクリアの背中をじっと見ている。
地面が揺れている。その背後には巨竜が迫ってきている。
レットはデモンに振り返り、その手を伸ばす。
[――いつまでも、怖がっていちゃだめだよ! 頑張って掴まって、オレと一緒に行こう!!]
デモンが覚悟を決めた表情で頷いて、クリアの身体にしがみ付く。
[全員覚悟はできたか! ハイダニアへ戻るショートカット。デ・フューレ平野経由のグライダー特急――レディ……GO!]
レット達が大空に向かって勢いよく飛び立った――
[――って遅すぎでしょこれェ! なんかフラフラしてるし、高度もすごい勢いで落ちて行ってませんか!?]
その動きは、例えるなら小さな穴の開いた気球といったところだろうか。
(まずいなあ。追いかけてくるのはドラゴンなんだよな。ひょっとして、飛んで追いかけてくるんじゃ――)
逸る気持ちでレットは恐る恐る背後を振り返る。
追いかけてきた巨竜は四足で――空を“走り始めていた”。
モーション自体はゆったりしたものだが、実際の速度が明らかにおかしく不気味な動作で空を滑るように迫ってくる。
[え――何!? どういうこと!? 何か追っかけてくるドラゴンの動きがおかしくないですか!?]
[羽が全く動いていませんね……客観的に見て、かなり不気味です]
[ドラゴンだから仕様上飛ぶことができるように設定はされているが、飛行するモーション自体は作られていないんだろうな。基本的に見つかったプレイヤーは周囲ごと全滅するはずだから、この状況は開発者にも想定外の事態ってことなんだろう]
[……――あのモンスターが……あんな風に走っているの。私……――見覚えがない]
[し、心配しなくて良いと思うよ。多分――この世界で初めてのことなんだと思う……]
不安そうな表情をしていたデモンが流れていく景色を見つめて動かなくなる。
しばらくして、その両目がゆっくりと大きく見開かれた。
[代わりに……思い出せたことが……やっぱりある――私――山を降りた時に……“隣に居た人”から大切なアイテムを貰った。それを……私の家に――しまったのは――間違いない……]
[――本当に!?]
レットは歓喜した。
このままハイダニアの近くまで一気に滑空できれば一石二鳥。
今のデモンならにハイダニアの自宅に入ることもできるし、中を調べることも容易だという結論を打ち出す。
そう――このままハイダニアの近くまで“無事に滑空できれば”。
[レット、新しい情報を得て喜んでいるところ申し訳ないんだが――現在進行形で解決しないといけない問題が――具体的には三つほどある!]
[多すぎだろォ!]
[実はな。このグライダー“三人乗り”なんだ。定員オーバーで速度が低下していて、高度がどんどん落ちていっている。二つ目は最初にドラゴンに見つかったターゲット対象になっているプレイヤーがここに居るってこと。もしドラゴンが諦めずに激突してきた場合高度が高すぎて俺たちは地面に激突して全滅する。ワグザスから歩いて戻るのは流石に手間だ]
[うぐぐ……。み……三つめは何ですか?]
[あのドラゴンに設定された思考ルーチンだ。いくらなんでも追跡が執拗すぎる。多分開発者の、“プレイヤーに対する殺意”が高すぎるんだろう。“ターゲット対象になったプレイヤー”を死ぬまで追いかけるようになっている。逃げられるようになっていないから、このままハイダニアに無事にたどり着けたらそれはそれで大騒ぎになる。運営にも想定外の状況だな……]
[何もかも想定外じゃねえか!! 見通し甘すぎるだろォ!!]
レットは背後を見つめる。
視界に映る竜が近づいてきているが故か――先程よりも大きくなってきている。
大きくため息をついて、覚悟を決めて呟いた。
[――つまり、オレが今から“飛び降りる”のが正解ってことですよね。最初に見つかったのはオレだし、他のメンバーは誰も敵対行動を取っていないから。少なくともオレがここから居なくなれば良い]
[その通りだ、前を見ろ。地面に青い池が見えるだろ。ドラゴン族は嗅覚で追尾するし水に落ちればダメージは無いから運が良ければアイツから逃れて戦闘不能にならずに助かるかもしれない!]
レットは恐る恐る遥か高みから地面を見下ろして、思わず息を飲んだ。
[池って小さすぎるでしょアレェ! 高度高すぎてこっから見たら消しゴム位のサイズじゃねえか! ――はぁ……覚悟を決めました。クリアさん。お願いがあるんですけどォ……]
[――何だ?]
[オレが死んでワグザスに戻るか、このままドラゴンから逃げられるかどうなるかはわからないけど。オレがハイダニアに戻るまでの間――一足先にデモンの家の調査をしてほしいんです]
[ああ――任された! 暫くの間は俺達に任せて、楽しむくらいのノリで派手に飛び降りてハイダニアに戻ってこい!]
レットは振り返ったクリアと笑い合う。
[後は――タナカさん]
[“お任せを”――と言いたい所ですが、レットさん。心配し過ぎですよ。デモンさんにはもう、私が同伴する必要は無いかと思われます]
タナカの言葉でレットはデモンを見つめる。
[大丈夫――レット。我慢できる。本当は…………一緒についていきたい。――でも――それは私の我儘。……そんなこと――出来ないのは……わかってるから]
[ありがとうデモン。ハイダニアに戻ったら、クリアさんを手伝ってあげてほしい]
[自分のことだから、当たり前。でも、私――ずっと待っているから……すぐ戻ってきて]
[大丈夫――約束する! すぐに戻るよ!]
(さぁて……こうなったら――なるようになれだ!!)
レットは覚悟を決めて、しがみ付いているクリアの身体から両手を放した。
「「――イヤアァァァァァァッッッッホォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!!」」
半ばやけっぱちになりながら、レットは叫んで空中を落下していく。
落下中のレットを追従するように竜が風を切って迫ってくる。
目指すは段々と大きくなってくる眼下の小さな水色。
レットは身体を動かして位置調整をしようとしたが、どうやら方向転換など全く効かないようである。
ここから先は完全な運否天賦。レットは目を瞑って衝撃に備える。
しかし、そこで――
――落下していくレットに、突然重い負荷がかかった。
(な、なんだ――急に“大量の何か”を読み込んだみたいにゲームが重く――)
恐る恐る目を見開くレット。
目下では、大量のプレイヤー達が戦乱を起こしていた。
飛び降りる前に考慮するべきだった事実を、レットは遅ればせながら思い出す。
『現在デ・フューレ平野から湿地帯東側でPVP大会開催中。参加者集う。この戦いは二大勢力に分かれた大規模なものです。装備のないプレイヤーも公式からPVP限定の装備品貸し出しを行っています。集え、兵たち! 【スミシィフ地方紙】』
(あ――――――――――――――――――――――――完全に忘れてた…………………………)
その時のレットの表情は、喜怒哀楽どれにも属さないものだった。
――即ち、諦めを通り越した完全なる“無”である。
レットは感情の無い真顔のまま、迫りくる水面を見つめた。
プレイヤー達が争う最中、巨大な水柱が立ち上がる。
衝撃がレットの身体を襲って、見たことのないような桁のダメージが体力を一瞬にして奪う。
そうして、当たり前のように戦闘不能に陥った。
(しかも――浅かったァァァァァァァァァアアアアアアアアアア……これ池じゃなくて――ただの大きな水たまりじゃねえかよおおおおああああああ!!)
しかし、落ち込んでじっとしている余裕はない。
誰かが攻撃をしてしまったのか、レットの周囲に竜が降り立ち轟音が響く。
斃れているレットにもプレイヤー達の混乱がありありと伝わってくる――直後に、聞くに堪えない怒号の数々が戦場を行き交い始めた。
(ま~たやっちゃったああああああああああああああああああここから消えてしまいたいいいいいいいいいいいいいいい……いや、もう消える! ごめんなさああああああいっ!!)
後は野となれ山となれ、他にできることもなし。
自らの願望を体現するかのように――どさくさに紛れて、レットはリスポーン地点に消えた。
【本日のスミシィフ地方紙:特別号外】
『デ・フューレ平野に、PVP中の大多数のプレイヤーのど真ん中に【剛峰裂開のレアリテ】降り立つ! 異常事態が発生! 現地に居たプレイヤーさんのインタビューを掲載!
《何だったんでしょうね。古き悪しきMMOって感じがして。僕はとても懐かしくて良かったと思いますけど。実は剣の奪い合いで勝ったので妬まれて困っています。僕に対する特定や嫌がらせも辞めてください。僕に罪はありません。あそこにあんなモンスターを持ってきた人が一番悪い》』
回線による空間飛ばしによってヘイト対象が“突風吸い寄せの範囲外”に距離が離れてしまった結果、レアリテが【突風吸い寄せ】を実行するために長距離を移動するという本来ありえない現象が発生。
【突風吸い寄せ】のロジックが乱れ、グライダーで逃走するプレイヤー(レット)を追走するという想定していない事態が発生してしまった。
しかもヨォウムとは違い、対象が死ぬまで執拗に攻撃を繰り返すという凶悪な行動ロジックが組まれていたこととに加えて、“空を飛ぶことを想定していない(本来誰も逃げることができないはずだった)”ため、“空を走るレアリテがヘイト対象のプレイヤーを追いかけた挙句にPVPのフィールドに落下するという異常事態”が発生。
PVPフィールドにいたプレイヤーは“殴り合った直後の待機中状態”だったためそのままレアリテとの戦闘が発生。
戦闘中にPVPモードに移行してしまい3勢力のゲームが4勢力となり地獄の様相を呈したという。(最終的にプレイヤー達の物量の前に倒されたためこの時点では大事にはならなかったようだが、後に戦ったプレイヤーの発言がまとめられ、他サーバーの新聞でも取り扱われることとなった)
(うわ……こ……この記事は………………ごぉめんなぁさぁああああああぁぁぁい!!!!)
【滑るような赤の石】
光が反射しているゆえか、不気味に赤く輝いているように見える。
握ると僅かに暖かい。
これはDLCエリアである“別世界”へ入場するためのキーアイテムとなる。
別世界に入場するにはその世界の一部を持っている必要がある。
DLCエリアは大陸を削るほどの爆発的な時空の歪みと共に現れた、隔絶された異界の群島で始まる物語である。
このアイテムは何故か、その群島に落ちている石と同じ物。そして、この石を持つものだけが異界に入ることができる。
つまり、これを持っていないプレイヤーは“迎えの汽車”に乗ることが出来ない。
かつてハイダニアとフォルゲンスのかつての国家間の戦争の際に、この山で同じような時空の歪みが確認されている(作中の民家で読める歴史的な資料でその記録を確認できる)。
時空の歪みは山道を削り取り、二国は隔絶され戦いは終わった。
ハイゴウル山脈で手に入るこの赤の石はその時空の歪みが顕れた時に、向こうの世界から来たものらしい。
「若輩だった後の勇者は、かつての戦争時に時空の歪みを初めて見つけ、赤く染まる不思議な石を手に入れた」
【北峰のヨォウム・ヨォウムの実体剣】
ただそこに“居るだけ”の不安定な竜の幻影。
この竜と戦ったこの世界の人々は、自分達こそが幻影なのかと誤解してしまうという。
デモンが握るこのヨォウムが落とす“武器”は、持ち手に嘯くかのようにひたすら鈍く光っている。
何の逸話も無い武器であり、その出自を知る者もいない。
メタ的視点で見ると、このヨォウムが落とす武器には意図的に“何のファンタジー的な逸話も込められていない不自然すぎるただの鉄塊”と設定されているようだ。
握ると現実の武器と同じように重みをしっかりと感じさせ、システムによって他の武器と同じように強化できる。
ひょっとすると、このモンスターを倒したプレイヤーがこれ以上ゲーム世界に呑まれないように――という警笛が含まれているのかもしれない。
「これを握ればわかるはずだ――決して現実の感覚を失わないことだ。妖げな夢に必要以上に取り込まれてはいけない」
【剛峰裂開のレアリテ】
すさまじい臨場感で、この世界こそが現実と見まごうほどの圧倒的迫力を持った竜。ヨォウムはあくまで"触れる幻影"の名前であり実はこのモンスターこそが本体である。
こちらには一切の占有権が存在しない(占有しても人数が足りずに確実に全滅するため)。ヨォウムの代わりに極々稀に登場する完全上位互換のスーパーレアエネミー。
プレイヤーの練度次第では討伐に大量の人員が必要であり圧倒的かつ狂気じみた強さであり、全8段階のモードチェンジがあるなど何を考えて調整を行ったのか、最早倒せるようになっていない節がある。
このモンスターの火力はすさまじく第一段階の通常攻撃ですら回避できず必ずクリティカルヒット扱いになる。
手厚い回復を受けた一流の盾プレイヤーでも後半の形態は一人では耐えきれない。
フルダイブ化にあたってごくごくまれに物理エンジンの不具合か、周囲の雪を集めてしまい小山が出来上がってしまうようだ。(この不具合は後に報告されるようになった)
ヨォウムと違い、大きな咆哮の後にヘイト対象になったプレイヤーどころか、一定の範囲内にいるプレイヤー全員を足元に強制的に移動させる特殊技【突風吸い寄せ】を使用してくる。(この技はこのモンスターの専用技ではない)
その上移動速度も恐ろしく早いため、本来は絶対に逃げらない。
このモンスターは本作を遊ぶ多くのプレイヤー達にとって、打ち倒し乗り越えるべき"壁"となっている。
しかし、今のレット達にはどうでもよい話。今、彼らには乗り越えるべき"別の壁"がある。
『逃げるが勝ちだと――かの者は言った。非力な少年達には、あの竜よりも邪悪な存在と闘う宿命があったのだ』
【レアリテの幻影剣】
レアリテがごくごく稀に落とす武器は半透明の幻影のような特大剣。ヨォウムの剣と対照的に不思議と重さを感じない。
人の手の一切の介入を許さない実に複雑かつ幻想的な逸話を持った聖剣である。
――という世界設定で、強力だが人の手で打ち直したり強化することが一切できない。
この武器を持っている前提で初めて組むことのできるビルドも存在しているらしくプレイヤーにとって垂涎もののアイテムである。
圧倒的な強さを持つが、ずっと握っていると、持っているのかいないのか次第にわからなくなってくる。
ある意味このモンスターを打ち倒してしまったプレイヤーに対する、片道切符への誘惑だろうか?
気のせいだろうか? 握ると、どこからから不思議と声が聞こえる気がする。
『――私を打ち倒して満足だろう。さあ握れ、そして振るえ。夢のようなこの世界こそが、お前の現実なのだ』
気が付けば現実が、壊れ割れていく。
あるいはこの剣を手に入れる資格のある者にとって、既にこちらの世界が現実なのだろうか?
「いやいやいやいや。今更そんな当たり前のことを、言われてもね」
【アミ宛ての荷物】
後日、アミに匿名で遅れてきた荷物。
多額のゴールドが詰まった袋に、ミミズが走ったような雑な字で書かれたメッセージカードが添えられていた。
『失った縁が戻ることを祈る。(これで金額は取り返す予定の二倍になったわけだし、心配はしていないがな)。
次はこんな物質的な物じゃなく、もうちょっと精神的な絆を育んでもらうようにあの二人には言っておいて欲しい。
ゲームが原因で離婚なんてされてしまったら、俺も安心してオチオチ悪さもできないからな。よろしく頼む! ――“ロクデナシ共の事情をよ~く知っている、ロクデナシ以下のロクデナシより”』