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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第一章 “英雄”との出会い
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第九話 “災厄な天災”の噂・その2

 予想外の新勢力の登場――PK集団と鉢合わせにならないように気をつけながら、尚且つクリアを尾行できる位置取りをするのに一苦労した。


姿を隠す隠密の魔法を使おうと思ったが――辞めた方が良さそうだ。

詠唱する際に音が出る上に時間制限があって使いづらいし、ここは生身でなんとかするしかねえ。


パッシブ設定にかまけてPK集団に直接話しかけるという選択肢も無いわけじゃ無いが――それもやめておくことにする。

性格の悪い連中のことだ。経験上、おそらく何も答えやしないどころか煽られるだけだ。


クリアの野郎は相も変わらず呑気に三人で移動中か……。


「〔人数は八――あのPK共、『屑塵』だろうがなかろうが、クリアをなんとかして殺そうとしているようだな〕」


連中、身を隠してはいるが一人ずつ、間隔を開けて並ぶように移動している。

まとまって行動すればいいじゃねえか……これは一体どういうことだ?


……何か理由があるはずだ。


まず、基本的にこのゲームではPKを仕掛られる人数は仕掛けられる側の人数の二倍までというシステム上の制限がある。

このルールを破って無理に戦闘をしかけようとしても戦闘には介入できん。


つまり、この状況下だと、パーティを組んでいないであろうクリアを襲撃できるのは最大で二人までということになる。


――もしかして、あのバラバラの“隊列”はそのうちの一人だけが『屑塵』に気づかれるように立ち回っているんじゃないのか?

“1VS2を四連続やる”より“一人が襲われたら七人が増援に来て集団リンチ”というシチュエーションのほうが奴らにとって理想的――そんなところだろう。


「〔まだクリアがそうだと確定したわけじゃないのにぃ、『屑塵』ってそんなに目の敵にされる存在なわけぇ~?〕」


「〔システム的にもゲーム内的にも莫大な懸賞金が付いている“金の鉱脈”とも言える存在だからな。噂が広がって怪しいプレイヤーはとりあえず殺害される流れが出来てしまっているんだよ。殺せばそいつがクロかシロかわかる。『屑塵』目的の腕利きのPKが集まって、それでレベリング中の初心者がパーティごと虐殺されて。それを守る“護衛者”プレイヤーが現れる。アイテムの流通や供給が止まって、困った商売人達が金をつぎ込んで傭兵が乗り込み、刺激が欲しい野次馬プレイヤーが集まってきて、収拾が付かなくなる〕」


「〔なにそれぇ~……戦争じゃ無い!?〕」


「〔そうだ。噂だけでそうなるんだ。その場で屑塵討伐の短期のチームが発足されたり、その中に裏切り者がいてそっから魔女狩りに派生したり、もう滅茶苦茶だ。たいした理由も無く大戦争が続くのさ〕」


「〔なんか、このゲームって世紀末よねぇ~……〕」


否定する気が全く起きない。

ゲーム設定上では一応平和になっているはずなのに、PKが可能なサーバーなせいでプレイヤーの民度は極端に低い。

だから、終わりなき戦争が続いているし俺たちのような記者まで寄ってくる。


「〔あの三人、目的地にたどり着いたようだな〕」


何か話しているようだが……、クリアの奴だけが突然立ち上がった。

PK共の存在に気づいた――いや、おそらくさっき初心者に先頭のレクチャーをしていた時の余所見の段階で既に、気づいていやがったな?


クリアは、二人を置いてPK連中のいる方向に向かっている。


「〔……これは一悶着あるな〕」


歩いているクリアの速度がどんどん上がっていっていく。

徒歩が早歩きに、早歩きから駆け足になっていく。

全力で走り始めて――俺達の可視範囲からいきなり消えやがった!


「〔――ちょっとぉ! 見失っちゃったわよぉ~!〕」


「〔心配するなよ。PK共のいる位置は大体把握できている。奴の向かった先は間違いなくそこだからな!〕」





 回り込んだら、即ジャックポットだった――遂に出やがった。『屑塵』だ!


「〔湧いたわよぉ~! 早く早く!〕」


「〔写真は既に撮ってるっつーの! まずはスクープ一枚、といったところだな〕」


『屑塵』は河川敷の上でPKの一人と向かい合っていた。

既に相対している一人は体力がほとんど残っていない。


顔装備は『アジャッタの仮面』、銀の鎧一式に銀の剣……。

だが、おそらくそれは偽りの姿だ。


このゲームでは、装備品に“上から別の装備品の外見を被せることができる”。

あいつは、そうすることで正体を隠していやがる。


「〔あの見た目では職業はわからんな。あの中庸な装備品ならば、布装備、若しくは派手な重装備以外何にでも“上から被せる”ことが出来ちまう〕」


そこで、『屑塵』に相対しているPKの背後の茂みから、速攻で七人が加勢してきた。

連中の狙い通りだろう。


「〔ああ、こりゃあ駄目だな。まんまと連中の手に引っかかって一対七の状況を作られた。流石に『屑塵』も逃走するだろうよ〕」


「〔えぇ? でもアイツ、逆に突っ込んでいくわよぉ!?〕」


「〔――――は?〕」


屑塵が音も立てずに走り抜けた時、最初の一人は既にトドメを刺されていた。

咄嗟に――腕利きなのか、残り七人の内の二人が同時に斬りかかる。

片方のPKは両手持ちの斧、もう片方は二刀流の長剣だ。


「〔どういうことだ……刃と刃がぶつかり合う音が全くしねえぞ!?〕」


「〔わ……私に聞かれても困るわよぉ~……〕」


目を細めて注視してようやくわかったが、同時に目を疑った――これは人間業とは思えねえ。

『屑塵』は打ちあってすらいない。全て刀身と左手だけで受け流していやがる……。

左側からPKが横一文字に放った片刃の斧の斬撃。それを回避して振り抜けた斧を逆側から左手を添えて“押すように加速”させている。

勢いが乗りすぎて一回転。バランスを崩したPKは後頭部を何度も切られて――戦闘不能だな、あれは。


二人目のソードマスターの右からの突きを両腕を上げて寸でのところで回避。

続いて下段から放たれた縦方向の一閃に対して手の甲を横から押し当てて受け流してバランスを崩した相手に銀の剣で“何かをした”。

こうして、三つ目の死体が出来た。


後ろに控えていたPK共は全員固まっている。

屑塵に話しかけようとする者はいない。


その静寂は、弱者をいたぶる作業的な余裕から来る物じゃねえ。

圧倒的恐怖によってもたらされた沈黙だ。


「…………………………」


無言なのは屑塵も同じだ。

邪悪なフルフェイスの仮面が、黙ってPK共を見つめるだけだ。


恐怖に耐えられなくなったのか、残りの五人が一斉に斬りかかった。


『屑塵』の野郎は、特別なことは何もしようとしねえ。

戦術を変化させることもしないし――逃げることもしない。


あの野郎……そのまま“敵に対する処理速度を上げた”だけだ。


(おい、こいつ――本当に人間なのか!?)


余程集中しなければ『屑塵』は剣撃の嵐の中心で舞っているかのように見える。それだけで、武器を振っている側がバタバタと倒れていく――異様な光景。

しかも、奴の反撃は速い上に重い。短めの銀色の片手剣に込められているパワーが尋常では無い。

切られた側のダメージと、出血量を見れば一目瞭然だ。

屑塵に対して武器を振ったら、その倍のダメージが攻撃した人間に返ってきているような状態。


奴に向かって幾つもの武器の軌跡が集約して行く。

それと同時に、血漿の軌跡が水圧のカッターのように勢い良く広がっていく。


内にいる屑塵に対して向けられる攻撃の白い円と、外に向けて屑塵が攻撃を返してできる赤い円――まるで、美術館のオブジェみたいだった。

そのオブジェも『屑塵』の最後の一振りで発生した風圧で、真ん中から弾け飛ぶ。


五人のPK達が薙ぎ払われて動かなくなり――それで終わりとなった。

いつの間に全員死んでいたようだが、それが何時だったのかは見ていてもよくわからない。


『屑塵』は剣を片手で振り切った姿勢のまま、不動だった。

時間差で上方向に飛び散った黒ずんだ血漿が、墨汁の混ざった雨のように降り注いで、動かぬ奴の身体を染め上げる。


「―――――――――――――?」


『屑塵』は何かに気づいたのか、姿勢を戦闘態勢に周囲を見回し始めた。

最初は、どこか遠くの森の一点を見つめていた。

だが――――次の瞬間には、振り返ってこちらを見つめて来やがった。



「〔ひぃぃぃぃぃ~~~!!〕」


「〔ミズテン落ち着け! 俺達はパッシブ設定をしている! 奴に見つかっても大丈夫だ!〕」


そう言っている俺自身も、正直恐ろしいと感じている。

蛇に睨まれた蛙の気持ちが何となく分かった。

動かない『屑塵』を前に、時間が止まったような気すらしてくる。


















「「ええと、ケッコさん! 改めてここで自己紹介しますね! オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないがよろしくな! 趣味は刃物の収集と……あとは――えーと、オリジナルの必殺技を考えるとか!? このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、えー……神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプだ! 好きな女性のタイプは胸がそれなりにあって言うこと何でも聞いてくれるような感じの人だ!」」


(うるせえ! 長ぇ! 欲深ぇ!)


『屑塵』は遠くから響き渡るだあく(笑)の声を聞くと、何故かその手に持っていた片手剣を放り出して――茂みの奥に一瞬で消えていった。


「〔クリアの野郎、元の場所に戻りやがったな?〕」


「〔ん……んめめ……んめめぇう……〕」


やれやれ。ミズテンが縮こまってしまって動かないので、仕方なしに自分だけで現場を調べる。

PK共は……既にリスポーン地点に戻ってしまっているようだな。

とにかく『屑塵』が残した痕跡くらいはちゃんと見ておきたい。


「〔ちょっ……ちょっとぉ! 今出るのは“危ない気がする”わよぉ!〕」


「〔馬鹿野郎! アイツが捨てた武器が消えちまうだろ!?〕」


仕方なく、自分だけが茂みから飛び出して、河川敷に転がって消滅を待っていた“銀の剣の形をした正体不明の武器”を拾い上げる。


嗚呼、クソ…………………………そういうことか。

地面に投げ捨てられて消滅を待っていたその武器――冗談抜きに刃毀(はこぼ)れしたただの銀の剣だ!


「〔別の武器の見た目を被せていたわけじゃない! おそらく防具も初心者と同じ物だ! 消耗してもゴールドを払って修理する必要すら無い程の安い武器……だから捨てたんだ!〕」


「〔はぁ? 何でそんな装備で戦う必要あるわけぇ~……〕」


「〔“身元を隠すため”だな……。万が一屑塵が攻撃を受けても、あんな安物の防具では受けるダメージが不安定すぎて職業はまず特定できない。銀の剣を使っていたのも似たような理由だ。装備できる職業が多すぎる! しかも装備一式全て、NPCから購入できてしまうから特定など不可能だ。こいつは模倣犯でも何でも無い。あそこにいたのは本物の『屑塵』……PKのプロフェッショナルだ!〕」


「〔でも、これでクリアが『屑塵』ってことは確実なんでしょ~? もうこれで取材はおしまいでいいんじゃないのかしらぁ~〕」


「〔いや、ここからが正念場だぞ! 決定的な証拠を手に入れてやる!〕」


後は、あいつが“屑塵”であるという証明を撮れれば良い。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



そこから、クリアを監視できる場所まで戻ってみたが――野郎、何事も無かったかのように他の二人と合流して話していやがる。

捨てられた銀の剣は結果的に、奴が体制を整える時間を稼ぐための巻き餌になってしまったわけだ。

突然クリアが冷やしたのか挑発したのか、よくはわからないがだあく(笑)がクリアに斬りかかっている。

涼しい顔で攻撃を避け続けるクリアだが……あのくらいなら誰にでも避けられるな。

素早い身のこなしで、クリアは木に登って行った。


「「まあ、もうちょっとヒントを出すとだなー! 敵によって最適な部分に攻撃を当てれば大きなダメージが入る! そうすることで効率よく倒していけというわけだー! 所謂部位破壊というやつだなー!!」」


奴の叫びが聞こえるが、その姿が全く見えねえ。

不意に頭上から葉っぱが落ちてきて、ミズテンが反射的に手を伸ばす。


「〔おいおい、目星まで付けたんだ。あと少しなんだからじっとしていてくれよ!〕」


「〔んめぅ……ごめんなさぁい。なんかどうしても気になっちゃってぇ~〕」


先程までの緊張は何処に行ったのやら。落ちてきた物に反応を示すとは――全く、精神まで猫になってるんじゃないかこいつは……。


「「――実はよく知らない! ま――まあ、大体首筋とか目とか狙えば良いんじゃ無いか?」」


クリアが木から滑り降りてきた。

そのまま初心者に対するレクチャーを続けている。

連中が何を話しているかまでは聞こえない。

微かにクリアの口笛の音が聞こえてくるだけだ――が。




口笛の音。

口笛の音。

口笛――――――――――――――。


「〔――駄目だ。俺達も一旦距離を開けるぞ。ヤツからの警告だ!〕」


「〔何よそれぇ? 全然意味分からないわよぉ!〕」


「〔聞こえなかったのか? あの口笛の歌は“エールゲルム情報誌の外部オフィシャルサイトのBGM”だ。ゲーム内で情報提供を行う俺達にとってのテーマソング! ゴーグルつけた先のコミュニティサイトでも流れてるだろ!!〕」


俺は、ミズテンが身を潜めている箇所の足下を見つめた。

そこに先程、コイツが反射的に掴んだ葉っぱが落ちている。


「〔葉っぱ……葉っぱか……クソ! 木の上を伝って俺達の真上にまで来ていたんだ! ……俺達の存在は“既に気づかれている!”〕」


時既に遅しって感じもするが――奴から一旦距離を開ける。

このままだと連中を見失うかもしれないが……仕方ねえな。


「なんで記者だってわかったわけぇ~? 情報試社の礼服なんか、着てもいないのにぃ……」


「近くにいたのにパッシブ設定をオンにしていたからかもしれん。“自分達には敵意は無い”ってことの証明だからな。直ぐにオンに切り替えられるわけでも無い。格好も相手を強襲するようなPKの物じゃあ無い。となると、ストーカーか記者のどっちかってことだ」


さて、問題はここからだ。


「少なくともこれでこの写真を公開することは出来なくなっちまったな。俺達の名前と顔の上半分を隠していたとはいえ、姿が見られた状態でこんな物を公開してみろ。ヤツが本物の『屑塵』なら執念で特定してくる。もしも俺達の身元が割れたら知り合いや知人、そして俺自身が“正体不明の人物による無限のPK被害”という報復に会うだろうよ」


「そんな中途半端なことしてもぉ……正体までちゃんと暴かないとスクープにはならなそうよねぇ~……」


その通りだ。写真だけ公開してもそこまで意味は無い。

たしかにスクープには違いないが、中途半端に藪をつついて蛇を出すような物だ。

選択肢は二つある。


このまま潔く退くか。

取材を続行してヤツの正体を暴くか、俺達が破滅するか。


「ミズテン、お前の勘に賭けてみよう。どう思う? 続行して決定的な瞬間を狙うべきか――それとも手を引いて今回は諦めるかだ」


「……個人的にはぁ、帰りたいけどぉ~。でも、なんかもう何やっても大丈夫な気がしてきたわぁ~」


――覚悟を決めた。こうなったら一か八かだ。

俺の身元が特定されてゲームを遊べなくなるか、“屑塵”の正体が暴かれるか。

どっちが先に潰れるかの戦い――乗ってやろうじゃないか。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



クリアの奴を見失ってしまい。再び見つけた時には、すっかり日が沈んでいた。

どうやら、フェアリーの女キャラと別れて。だあく(笑)と二人で呑気に焚き火をしているようだ。

そこに近づいてくる影がある――が。

装備品から見て、どう見ても初心者だな。


そこにクリアが咄嗟に投げナイフを放り投げる。

水色髪の初心者の――よりにもよってその肩に深く刺さってしまった。


「〔初心者に当たったな……致命傷だ〕」


「〔事故だし未遂だけどぉ、一応初心者狩りよねぇ……アレぇ〕」


それにしてもクリアの奴、流石に初心者の前で隙を晒すようなことはしてはくれないか。

また再びPK連中が介入してくれれば良いのだが――こんな半端に国から離れた場所では誰も寄ってこないだろう。だあく(笑)が叫べば話は別だが。


「〔ん……んめぇう!? 今、そこの奥の茂みに誰かいたような気がするんだけどぉ……〕」


「〔は? 誰もいないぞ? 何かの見間違えなんじゃ無いのか?〕」


「〔あまい色の何かが通り過ぎたような気がしたのよぉ……〕」


あまい色――亜麻色のことか?

モンスターか何かかと思ったが、ここら辺りにそんな目立つ色のモンスターはいないはずだ。


……………………………………。

周囲を見回したが、何も見当たらない。

俺が気づかなかったくらいだ。おそらく気のせいだろう。

そろそろミズテンの疲労も限界のようだな。





――――――――――――!!


おいおいなんてこった。

クリアの野郎、こっちに普通に歩いて来やがった。

手まで振っていやがる!


「〔なんなんだよあいつは!? どう忍んでもこっちの位置がバレちまってるじゃねえか!〕」


「〔どうするのぉ!? あいつが『屑塵』かどうか以前に、これすごく気まずいんだけどぉ!?〕」


どうするべきか考えている内に、もう目の前にクリアの野郎が立っていた。


「…………」


「……めぅ」


「えーっと、その……そろそろ帰ってもらうわけには――いかないかな?」


何も言わない俺達に向かってクリアがぎこちなく話しかけてくる。

仕方ねえ。もう後戻りできないところまで来てしまった。


「――単刀直入に聞くぞ。お前、『屑塵』か?」


「…………………………」


クリアはぽかんとした表情で突っ立っている。

ミズテンが息を飲む音がした。

先程とは違ってほんの僅かの沈黙だったが、それが何よりも恐ろしい。


「――――――ああ! 屑という自覚はある。でも、塵と言われるのは心外だな……そういうのはよくないぞ!」


意味が通じていないのか、それともはぐらかされたのか? 一か八か、ここまで来たら警告もしてみるか……。


「言っておくがな――俺達の身に何か起きればもうクロだと確実に判断するぞ! “決定的な証拠”も掲載してやるからな!?」


もちろんそんな証拠は撮れていない。

こんな物は、自分達の身を守るためのハッタリだ。


「決定的な証拠って、一体いつの話のだ? あの時のあれかな……いや、あれのことか?」


クリアはぼそぼそと呟きながら腕を組み、何か思案していやがる。


「〔なんかぁ~、緊張感無いねわねぇ。この人ぉ~〕」


「〔飄々としていやがるな、こういう奴は絶対に裏に何かあるぞ〕」




「よくわからないけど――――俺は君達に何もしたりしないさ」


通じたのか、通じていないのかよくわからないような返答をして来るが、ここら辺りが限界だな。


「それが賢明だな。最後に、一つアンタに聞いても良いか?」


「あ、ああうん。何だい?」


「所持品を調べさせてくれないか? アイテムインベントリを見させてくれるだけで良い。それで今の段階では、俺達は納得する」


最後の賭けだ。

これで断ったり、『アジャッタの仮面』が入っていたら……確定とは言わずともクロである可能性は高い。

クリアはニヤリと笑うと、気前よくメニューを開いてアイテムのインベントリーを見せてくれた。

持っている装備品は少ない。


「…………なるほどな。いや、ありがとよ。これで俺達は手を引くとする。――今日のところはな」


「本当かい?」


「ああ、本当だ」


大ハズレ。仮面は入っていない……。何一つ尻尾を掴ませちゃくれなかった。


「おい、行くぞ。ホラ」


渾名とはいえ“ミズテン”という単語を使わないように付き添いの猫に声を掛けてやる。


「ああ、そうだ。こっちも聞きたいことがあるんだった。あんた達は国から来たんだよな? 道中にモンスターとかいなかった――よな?」


帰ろうとした俺達を逆にクリアが引き留めてきた。


「ああ、真っ直ぐな。道中にモンスターなんか見かけてねえし、そもそもあの道はモンスターの生息範囲外だろ?」


「ああ、そうか。そういえばここはそうだったな! ナハハハハハ!」


クリアの野郎、何かよくわからんことを納得していやがる。

モンスターの生息地くらい普通に冒険していれば誰でも知っているだろうに……喧嘩でも売っているのか?


「それじゃ、お気を付けて~~お帰りくださいな!」


いい加減な台詞と一緒にクリアが後ろ手に手を振って焚き火に戻っていった。


「んめぇう……〔これで取材おわりぃ? やっと帰れるわぁ~~〕」


「〔そんなわけないだろ! 一旦、ここらで立ち止まってからもう一回……〕」








――口笛の音が再び聞こえて来る。


わかった、わかったよ。退散すればいいんだろ! 畜生!


「確実な証拠までは手に入れられなかったわねぇ~……。結局あのクリアが『屑塵』なのかしらぁ~」


「可能性は高いが……決定的な証拠が無い以上、断言が出来ない。投げナイフ――投擲の技術は悪くなかった。でも、それに限って言うならあのくらいのレベルの奴はごまんと見てきた。どの世界にも上には上がいるもんさ。『屑塵』であるという決定的な瞬間を手に入れられずに俺達がパッシブを発動させていた以上、あいつがPK狂いかどうかなんて証明のしようがねえよ。それにしても、頭のおかしいことやりまくってる割に、妙に話の分かる男だったな……。不思議な野郎だ」


「もういいんじゃないのぉ? なんとな~く匿名で“50%くらいの確率で屑塵なんです”って記事出しちゃえばぁ~、報復が怖いけどぉ~……」


「いずれにせよ憶測で記事は書かんさ。俺だけではなく、フォルゲンス情報誌社全体がそうだからな。この仕事は現実のメディアに嫌気がさして始めたRP(ロールプレイ)なんだぜ? 俺達は真実と、信用で金を稼ぐんだ」


ミズテンの奴、ため息をつきやがった。

悪いか? これが俺の、この世界での在り方なんだよ!


「もう、性格悪ぅ~い。小っちゃいんだからもう少し可愛らしく取材しなさいよぉ~」


「ああ、するとも。それで情報が得られるならな」


後は奴に仕掛けたハッタリが効いてくれるかどうかといった話だが、これに関してはもう祈るしかなさそうだ。


それにしてもあのクリアが一介の初心者を引き連れて行動しているというのは、やはりただごとじゃない。

もしも万が一、クリアの正体がかの悪辣極まりない【屑塵】ならば……あのレットとかいうガキの未来はお先真っ暗だ。


あのガキは近々――“とてつもなく恐ろしい目”に遭うに違いない。







「それにしてもぉ~、なんだろぉ。よくわからないんだけどぉ、もうちょっとだけクリアのこと、ちゃんと見ておいた方がいい気がするのよねぇ……」


ミズテンがふと振り向いたので、俺も奴の方を振り返った。

遙か遠くの木々の隙間から、クリアがレットから“何か”を奪って慌てて隠すような仕草をしていたが――それが何なのかまではわからなかった。


【PVP大会】

 本作『A story for you NW』では、個人向けの大会というものは原則行われない。

この大会はあくまで、他ゲーム開発企業との提携で開かれたイベントの延長である。

全サーバーで個別に執り行われたが、規模は小さい。

10位までの入賞者に下記のアイテムを、それ以降は順位に応じてさらに別の報酬を得られるという仕組みだったようである。


【アジャッタの仮面】

イントシュア帝国、PVP大会の上位入賞者に送られる装備品。

一位には、加えて別の装備品が送られる。

公の場での売買は不可能。

プレイヤーとの交換か強奪のみで得られるレアリティの高い装備である。

提携している会社の取り扱っているゲームの世界観に合わせているのか、ややおどろおどろしい外観をしている。

それ自体に価値は無いが、それを付けること自体には意味がある。


「恨みの篭った表情は、お前が向けて良い物ではない。お前が受け止めるべき物だ」

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