プロローグ 邪悪なプレイヤー
少女は、死に瀕していた。
「ハッ――はっ――は――あ――は――あ」
華奢な体型の少女が、息を切らしながら森を走る。
途切れ途切れになった呼吸が荒い音を立てていた。
彼女の肌は雪のように白く、顔立ちは悲壮感に歪んでいた。
そして、その背後には凶暴な眼差しを放つ巨大な獣。
地面を震わせ、草木を揺らした勢いのまま。鋭い牙を剥き出しにして、彼女に向かって襲いかかる。
走りながら、逃げながら、少女は願った。
誰でもいいから助けてほしいと――そう願った。
ゲームの中で、“いつものように”自分を助けてくれるような。
そんな都合の良い典型的な――ヒーローのような“プレイヤー”が登場してくれることを必死に願った。
まさに、そのときだった。
風の吹かない薄暗い森の彼方から、馬が走る音と共に、鎧が擦れる音が聞こえてきた。
少女は笑顔で振り返り、近づいてきた馬上の人物を見る。
しかし、颯爽と現れたその男の見た目はヒーローからあまりにもかけ離れたものだった。
頭髪の色はブルーで頭頂部はオレンジ――まるで燃える蝋燭のような奇妙な色合い。
顔には目線のような横一文字の黒のフェイスペイントをしており、その上にスモークの掛かったバイクゴーグルのようなものを装着している。
顔の下半分は群青のスカーフで覆われているので表情がほとんど分からない。
武器を持っておらず。上半身すら裸だった。
道具袋を直接ロープで巻き付けていて“松明を二本”両手で掲げている。
大根のような白い肌に炎の光が反射し、薄暮の森の中で発光しながら少女に向かって接近してくる。
その光景は、死に瀕している少女にとって実に不気味なものだった。
「えっ!? ええっ? たっ、たっ……助けてください! 助けて!」
少女は困惑しつつも、しかしそれが当たり前であるかのように男に対して助けを求める。
男は意を決――したりするような素振りは一切見せずに、馬を走らせる速度を落として逃げ回る少女に並走するような位置取りをする。
そして、両手に松明を握ったまま上半身を使って奇妙な踊りを始めた。
「悠々とあなたは何をやっているんですの!? お願いです! お願い。助け――」
少女の言葉が途切れる。
獣の巨大な爪が、その腹部に容赦なく突き刺さり、身につけていた豪華な装飾のついた質の良い皮製の鎧に大きな穴が開く。
爪が乱暴に引き抜かれると少女は糸の切れた人形のように倒れて、動かなくなった。
巨大な獣は落ち着きを取り戻して、馬上の男に興味を示さずに自分の縄張りへと帰っていく。
男は馬の速度をさらに落としつつ、倒れている少女に近づいていく。
男の乗っていた馬が――"戦闘不能状態"に陥っている少女の胴体を乱暴に踏みつけた。
衝撃で少女の腹部に残っていた空気が吐き出されて、車に轢かれたカエルの悲鳴のような音が出た。
男は奇妙な踊りを止めること無く、再び馬を走らせる。
少女の真上を通り過ぎて、森を抜けていく。
しばらくすると、男は切り立った高い崖に出た。
崖先では景色一杯に巨大な滝が広がっている。
夕暮れ時の空に、ピンク、オレンジ、紫の煌めく色彩が広がり、水しぶきを通して光が反射している。
力強く流れ落ちる白波が岩々の上に激しく打ち付けられて、その音は遠くまで響いていた。
崖の先端に馬を止め、その絶景を前にして、『ヒーローではない奇妙な髪色の男』は突如叫んだ。
「さぁて――新しい冒険の始まりだ!」
【解説文】
説明するための文章。本作での用語解説の事。
ゲームの世界設定。フィールドやエリア、アイテムの説明。システム関連の追記。過去に起きたプレイヤーによる事件。現実世界に関する四方山話等々。【無理に全てを読む必要はない】。