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目覚めると

 気づいたら知らない場所にいた。薄暗い廊下が続いていて、終わりが見えない。相当な時間歩いているはずなのに、同じ景色が続いていくだけだった。


「もう、何なんだよ」

 心が折れそうになりながら、そんなことを呟いていると急に視界が開けた。

 そこは中庭のようで、色とりどりの花が咲き乱れていた。その光景に見入っていた俺は、いつの間にか涙を流していた。何がそんなに悲しいのか分からないけれど、とにかく涙が溢れてきた。



******



  一人でエグエグと泣いていると、急に服の裾を何かに引っ張られた。

 うわっ、何だ?!

 驚いて振り返ると、そこには小さな子供が立っていた。


 黒いローブを被った子供は、俺の顔をじっと見上げている。俺は慌てて涙をぬぐうと、子供の目線になるまで腰を落とした。

「えっと、どうしたのかな?」

 目線を合わせて俺は聞くが、子供は何も答えない。ただ、俺のことを黙って見つめているだけだ。

 だが、俺はなぜか子供が何を思っているのかが分かっていた。

 だから、俺は努めて明るく答える。

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」


 しかし、俺の言葉に子供は納得していないようだった。どうしたものかと思っていると、不意に子供が

俺の手を握った。小さなその手は、でも温かかった。

「ありがとな」

 子供が励まそうとしてくれているのが分かったので、俺は子供の頭を撫でた。


 すると、子供は途端にパーッと明るい顔になり、小さな体で俺に抱き着いてきた。

「うわっ!」

 その勢いに俺は、後ろにひっくり返る。

 子供は、そのまま俺の上にまたがると、俺の顔に舌を這わせ始めた。



 なんで?! どうしていきなり?!

「ちょっ、ちょっと待てって! うぷっ」

混乱する俺をしり目に、子供はぺろぺろと顔中を舐め続ける。

子供をなんとかどかそうとするが、その小さな体の割に意外に重く、なかなかうまくいかなかった。



「もうっ! やめろって!!!」


痺れを切らした俺が、思わずそう叫んだところで、景色は暗転したのだった。



******


 俺は、混乱していた。

 気が付くと、視界いっぱいの黒。赤い二つの目がこちらを覗いている。

 ひょっとしなくても、ひょっとするだろう。これは。

 俺は、恐る恐る名前を呼んだ。

「た、太郎・・・・・・?」

 すると、太郎は嬉しそうに一鳴きして、俺の頬をペロリと舐めた。





 俺が混乱したのは、これが夢なのか現実なのか分からなかったからだ。でも、今はこちらが現実だとはっきり分かる。俺はベッドに寝かされていて、そして、なぜか太郎が上に乗っているのだ。



「太郎、重い・・・・・・」

 俺は太郎を降ろそうとした。だが、太郎は俺の腕をするりとかわすと、今度は布団の中に潜り込んできた。


「うわっ! 太郎?!」

 布団の中でぐるぐると体勢を変える太郎。毛が体に当たってくすぐったい。

「太郎、くすぐったいって」

 俺は必死に身を捩るも太郎はやめてくれない。それどころか、今度は寝間着の中に顔を突っ込んでくる。

「やめろって、ククッ、アハハハハハ」

 太郎は俺のお腹をぺろぺろと舐め始めた。

 


******



「ハァッ、ハァッ・・・・・・」

 それからしばらくの攻防の末、なんとか太郎をベッドから降ろすことに成功した。


「・・・・・・まったく、なんでいきなり舐めるんだよ。もしかして、汗かいてたからか?」

 しょっぱくておいしかった、とか?

 俺の問いに、太郎はきょとんと目を丸くして首をかしげた。





「そういえば、太郎。お前一人か?」

 太郎には最初、頭が2つついていた。それが分裂して、2体になったはずだ。だから、2体は一緒にいるものだと思っていたのだが・・・・・・。



 俺の問いに、太郎はやっぱり首を傾げただけだった。

「うーん、まっ、いっか」

 そういうこともあるよね。四六時中一緒にいるってわけでもないんだろう。

 俺は一人納得して、太郎の頭をくしゃりと撫でた。


 太郎との再会を済ませていると、部屋の扉がノックされた。


「あらぁ、起きたかシら?」

 俺が返事をする前に部屋に入ってきたのは、白衣を着た男の人だった。



「気分はどウかしら? 痛いところとかなーい?」

 その人はそう言いながら、俺の体をペタペタと触っていく。


「あ、あの・・・・・・」

 誰なんだろう、この人。俺、会ったことないよな。

 俺が記憶を探っていると、俺の疑問に気が付いたのかその人は言った。

「ああ、自己紹介がまだだったワね。 私はリリス。 よろしくね」

 パチンッとウインク付きで答えてくれたその人は、リリスさんと言うらしい。白衣を着ているし、お医者さんだろうか。



 ああ、そんなことより、ここは俺も名乗るべきだよな。

「えっと、ミコトです。 よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げると、リリスさんはなぜか下を向いて固まってしまった。



 えっ、何? どうしたの?

 俺は、心配になってリリスさんに声を掛ける。

「あ、あの、リリスさん・・・・・・? 大丈夫ですか?」


 すると、突然顔を上げたリリスさんが、俺にガバリと抱き着いてきた。

「うぷっ」

「んもぅ、何この子ー! 可愛スぎるー!!!」

 そして、そのまま俺の頭をぐりぐりと撫でまわす。

「うぐっ、リリスさんっ、やめっ」

 俺の必死な訴えも虚しく、リリスさんは俺をぎゅうぎゅうと締め付ける。

 助けを求めて視線をさまよわせるが、部屋にいたはずの太郎はいつの間にか姿を消していた。




 リリスさん、力強すぎっ!

 どうしたものかと思っていると、部屋の入口の方が何やら騒がしいことに気付く。

「・・・・・・ら、・・・うした」

「・・・・・・・・・、ものと・・・・・・」

「・・・・・・か!・・・・・・いる・・・にっ・・・!」

 うーん、何か揉めてる感じ?

 数人の言い争う声が部屋の中にまで聞こえてくる。

 そして、ガタガタと激しい音がしたと思ったら、突然バタンッ!と乱暴な音を立ててドアが開かれた。



「ミコトっ目が覚メたのか!」

 そこから部屋に飛び込んできたのは、アレックスだった。



部屋に入ってきたアレックスは、俺を見て固まった。

今の俺は、リリスさんに抱きしめられている状態なわけで。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


俺たちはしばらく無言で見つめあっていた。



 アレックスは、いつもはきちっとセットされている髪が跳ねて服装も乱れている。うっすらと汗も浮かんでおり、相当急いで来たことが伺えた。

 なんか、アレックスっていつもは完ぺきって感じなのにどこか抜けてるところあるよなあ。なんか、初めてあったときを思い出すよ。あ、初めてのときって森であったときのことね。

 笑いすぎて、地面を転がったり木に頭をぶつけたり。そのとき、頭とか服に葉っぱくっつけてたんだよね。イケメンなのにもったいないよなあ。

 そういえば、あのときアレックスは何に笑ってたんだろうか。うーん、アレックスの笑いのつぼはよくわからないな。



 俺が現実逃避をしている間に、アレックスは我に返ったようだった。

 無言で俺たちの方にツカツカと歩いてくると、いきなり俺の体をリリスさんから引き離した。

「うわっ」

 そして、アレックスは俺を抱えるとそのままベッドの上へと運ぶ。

 アレックスは、俺をベッドの上へとそっと降ろし、自分はベッド横の椅子に座った。


 俺は、アレックスに聞く。

「あの、アレックス。ここって・・・・・・」

 すると、アレックスは言った。

「診療所だ」


 ・・・・・・『しんりょうじょ』って、病院か?

 ああ、だからさっきの人白衣着てたんだな。

 それにしても、こっちにも病院ってあるんだな。

 そういえば、消毒液の匂いとかしてる気がする。

 

 

 俺が、きょろきょろと辺りを見回していると、アレックスが大きく息をついた。

「? アレックス、どうしたの?」

 俺は、ベッドの上に座ってそんなことを聞いてみた。


 すると、アレックスは急に立ち上がった。

 そしてベッドのわきに膝をつくと、そのまま俺の手を取った。

「わわっ」

 アレックスがいきなり手を引っ張ったから、俺の体は前に傾く。

「なにっ・・・を・・・・・・」

 俺は思わず文句を言おうとしたが、すぐに口を閉じた。

 アレックスが俺の体を胸に抱きこんだのだ。


******


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 どちらも喋らない。時が止まったかのように、静かな時間が続く。

 何だ? アレックス、急にどうしちゃったんだ?

 俺は流石に気まずくなって、アレックスに声をかけてみた。

「あの、アレックス?」

 すると、アレックスは俺のことを抱く手に力を込めた。

 そして、アレックスは小さい声で言った。

「・・・・・・心配した」


 アレックスが俺を抱く手は微かに震えているようだった。

「あの、アレックス。大丈夫だから」

 俺は、アレックスにいった。

 すると、アレックスはゆっくりと顔を上げる。

「平気なのか?」

「? うん、大丈夫だよ?」


 すると、アレックスは俺の肩に手を置いて、はーっと大きく息をついた。

「えっと、アレックス・・・・・・?」

 アレックスの行動の意味が分からなくて俺は混乱した。




******


 それからアレックスは、顔を上げるとなぜかそのまま固まってしまった。

 ん?何だ?

「アレックス、何?」

 アレックスの視線の先にあるのは、俺のボタン全開のパジャマで・・・・・・。

「うわぁっ!」

 俺は、慌てて前を隠す。

 自分でも何に慌ててるのかも分からないまま、俺はボタンを閉じようとする。

 でも、手が震えてうまく閉められない。

 そんな俺の様子を見ていたアレックスが苦笑しつつ、俺の寝間着に手を伸ばす。



 もう少しでアレックスの手がパジャマにかかるというときに、俺は思い出した。

 そういえば、俺、寝てるときに太郎に舐められたんじゃなかったっけ。


 俺は、思わずアレックスの手を払った。

「だめっ!」

 そして、アレックスから距離をとる。

 アレックスは俺がいきなりそんなことを言うので手を伸ばした状態のまま目を丸くして固まっている。

「・・・・・・っどうして、だ?」

 アレックスが聞くので俺は答える。

「お、俺っ、汚いからっ」

 俺の言葉を聞いて、なぜかアレックスは息を飲んだ。



 ・・・・・・だって、そうでしょう。仮にもって言ったら失礼だけど、アレックスって王様なんだよ!

 王様に、涎まみれの体に触らせるのはまずいっしょー。やっぱり。

 それに、ほら、俺汗もかいてるしさ。

 そうだ、シャワー浴びてこよう。シャワーあるか分からないけど、なかったらせめて顔洗うくらいはしたい。


 そう思った俺は、ベッドから降りようとした。

 しかし、すぐにアレックスが俺の腕を掴む。


 俺は、アレックスの腕をはずそうと身をよじった。

「アレックス、だめだよ。俺、汚れてるからっ」

 だって、涎ついちゃうよ。まずいよ。


 でも、アレックスは俺の腕を離してはくれなかった。

 アレックスは、俺の手を大事なものに触れるようにそっと触れる。

 そして、そのまま両の手で包み込んだ。


 俺は、焦った。

 顔なんて、もっとべろんべろんに舐められた場所じゃん。

 一応パジャマで拭ったけど、それだけだもん。


 

 俺は、またアレックスから離れようと身を捩る。

「アレックス、だめだって」

 でも、アレックスは俺の手を離さず、じっと俺を見据える。

 アレックスが俺を見る目が真剣だったので、俺は思わず声をかける。

「アレックス・・・・・・?」

 アレックスは、俺の声を聞いてはっとした顔をしたあと、くしゃりと顔を歪めた。

 アレックスはぽつりと言う。

「・・・・・・すまナかった」

「・・・・・・え?」

 俺が聞き返すと、アレックスは続ける。

「俺が軽率だったばかりに、お前に危険が及んだ。許しテくれ」

 そう言ってアレックスは俺に頭を下げた。

「えっ、いや、アレックス、俺は大丈夫だから頭上げて!」

 だって、アレックスって王様じゃん。王様が簡単に頭下げるのってまずいんじゃないか。


 

 そんなことを思っていると、ふいに部屋のドアがノックされる。

 はっとして目をやると、そこに立っていたのはロイだった。


******


「まったく、一応王様なんだからひとりで行くナよ」

 ロイはそう言って豪快に笑っている。

 アレックスはバツが悪そうだ。

「それに、ミコトが危険な目にあったのは目を離シた俺らにも責任があんだろう。すまナかったな、ミコト」

「えっ、あっ、大丈夫だよっ」

 急に話を振られて俺はテンパった。

「私からも、謝らせてください。ミコト、すみませんデした」

 後から部屋に入ってきたフィルフォードさんが頭を下げる。

「あの、大丈夫ですから頭を上げてくださいっ」

 俺は、慌ててそう言った。

 大の大人三人に頭下げられるって、逆にこっちが申し訳ない気持ちになってくるよ。



******



 それから、俺は城に戻った。数日間は安静にしていた方がいいと言われたので、自分の部屋のベッドで過ごした。別に起きても大丈夫だとは思ったが、念のためだと皆が言うのでお言葉に甘えさせてもらった。


 その間には、アレックスやフィルフォードさん、ロイや兵士さんたちがお見舞いに来てくれた。

 たくさん話をしたおかげか、皆の話もよく理解できるようになってきた気がする。言語力あがったかも?


 

 そうそう、お見舞いに来たフィルフォードさんからいいことを聞いたんだ。

「実は、勇者を召喚した国から返事が来たんです」

「返事って・・・・・・手紙の?!」

 俺は驚いて、大きな声を出してしまった。

 フィルフォードさんは苦笑する。


 フィルフォードさんは一通の封筒を持っていた。

 俺は文字が読めないので、フィルフォードさんが内容を教えてくれました。


「召喚された勇者というのは、ミコトのご友人に間違いないそうです」

「そうですか・・・・・・やっぱり」

 確信はなかったけど、やっぱり勇人は勇者召喚されてたんだ。

「それで、勇人はどれくらいで来られそうなんでしょうか」

 俺の問いに、フィルフォードさんは言葉を渋る。

「それなんですが・・・・・・」

「もしかして、すごく時間がかかるとか?」

 俺は、嫌な想像をした。ひょっとして、来られないとか・・・?

 それを口に出すことは恐ろしくてできなかった。

 すると、フィルフォードさんは慌てて言った。

「いえ、そういうわケではなく・・・・・・。コホンッ。むしろ逆なんです」

「逆?」

「はい。勇者は近いうちにこちらに来るそうです」

「本当?!」

 俺の言葉に、フィルフォードさんは笑って頷いた。


「それでですね、勇者が来るまでの間にこちらも準備をしないといけないもので。ミコトが元気になったらそれを手伝ってもらいたいのですが、いかがですか?」

 フィルフォードさんの言葉に俺はすぐに頷く。

「はい。俺にできることなら何でもやります!」

 すると、フィルフォードさんはフフッと笑った。

「でしたら、早く元気にならないといけませんね」

 

 フィルフォードさんは、俺が早く良くなるようにこの話をしてくれたんだ。

 俺は、そんなフィルフォードさんの気づかいに胸が温かくなった。 

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