ミコト大捜索
【アレックス視点】
ミコトが姿を消した。どうやら人ごみに紛れてしまったようだ。幸いこの街は治安がいいから、何か事件に巻き込まれたということは考えにくい。
それに、居場所ならすぐに分かるはずだから心配はいらない。そう、思っていたのだが。
「だめです、見つかりません」
「なぜだ! この付近にいるのは間違いないだろう!」
そう、ミコトの魔力はこの辺りを指している。だが、それを追っていくとなぜか同じところをぐるぐる回るはめになって一向にたどり着けないのだ。
「・・・・・・何者かがジャミングをかけているのかもしれません」
フィルフォードがそんなことを言うので俺は絶句する。そんな芸当ができるほどの手練れが相手なら、ミコトの身が危ない。
「・・・・・・ロイ、お前も出ろ」
俺の言葉に、すかさずフィルフォードが止めに入る。
「ですが、もし相手の狙いがあなただったとしたら向こうの思うつぼです!」
「だったら、放っておけっていうのか?!」
「相手の正体が分からない以上、下手に動くなと言ってるんです」
こんなときでも、フィルフォードは冷静だった。いや、冷静であろうとしているのか。
そのときだった。
「これは・・・・・・」
急に霧が晴れたような感覚がした。ミコトの魔力がはっきりと感じられる。
「・・・・・・私が行きます」
フィルフォードが何人か兵を引き連れてその場所に向かった。
ミコト、どうか無事でいてくれよ。
【アレックス視点終了】
【フィルフォード視点】
ミコトの気配を探って、路地を駆ける。
曲がり角をいくつか曲がった先に、ミコトはいた。
辺りを警戒しながら先へ進む。
「ミコト・・・・・・?」
私は、恐る恐る声を掛けた。
壁にもたれるようにしてうずくまっていたミコトは、私の声にピクリと反応すると、ゆるゆると顔を上げた。そして、その焦点の合っていない目で私の方を見る。
私は一瞬息を呑んだ。その瞳の色がいつものミコトのものとは違う気がしたからだ。
私が何か声を掛けようと口を開いたとき、ミコトがふいに目を見開いた。
「・・・・・・・・・・・・フィル、フォー、ド、しゃん・・・・・・」
弱弱しい声だが、確かに私のことを呼んだ。
「大丈夫ですか」
私はミコトの全身にさっと目をやるが、怪我などはしていないようだった。
だが、どこか様子がおかしいのは確かだ。
「だぃ、じょぶ、です・・・・・・」
ミコトはそう言うが、とても大丈夫そうには見えない。
ミコトは壁に手をついて立ち上がろうとしたが、すぐにぐらりと体が傾いた。
私は、慌ててに抱きとめる。
「大丈夫ですか?!」
「すみ、ません・・・・・・」
ミコトは私の腕の中で弱弱しく私を見上げる。
ハァハァと乱れた息が小さな口から洩れていた。
「ミコト・・・・・・?」
ミコトの視線はどこか遠くを見ているようで焦点が合っていない。
私が声をかけようとしたとき、ふいにミコトの体から力が抜けた。
私は慌てて抱えなおす。
ミコトは体に力が入らないようで、くったりと私に体を預けている。
「ミコト、あなた熱が・・・・・・?」
このとき私は、初めてミコトの体が熱を持っていることに気がついた。
私は、ミコトを横抱きにするとすぐに路地を後にした。
後ろを兵士たちがついてくる。
彼らもミコトと面識があるのだろう、その表情を見ていれば分かる。
彼らのその表情を見たとき、私はなぜか無性にイライラした。それが、どういう意味なのかは分からなかったけれど、彼らにミコトを任せるという選択肢は私の中には存在しなかった。
******
「どうした、何があった!」
戻ってきた私たちの様子を見て、アレックスは顔色を変える。
「分かりません。ですが、とにかく医者に診せないと」
私は、腕の中のミコトを見て言った。今も息が荒く苦しそうだ。
「じじいのところがいいんじゃねえか」
ロイがふいにそう言った。
「じじい・・・とは、レバレジーノ医師のことですか?」
レバレジーノは、この街に診療所を構えている医師だ。偏屈な性格ではあるが、その腕は確かで、城の関係者も何かと世話になることが多い人物だ。その中でも兵士たちは何かと関わりがあるのだと聞いたことがある。
「城に呼ぶよりも、直接行ったほうが早いかもしれないな」
ロイとアレックスの言葉で私は決断する。
「では、ロイに頼みましょう。よろしいですね」
私が行ってもよかったのだが、ロイの方が顔が利くだろう。そう判断してのことだった。
「さあ、戻りますよ」
ミコトをロイに引き渡し、アレックスたちと共に城に戻る。ミコトのことは心配だが、今は待つことしかできない。
それは、アレックスたちや周りの兵士たちも同じなようだった。顔に出さないように努めてはいるが、皆、どこか落ち着かない様子だった。
ミコト、あなたのことを皆が心配しています。どうか無事に戻ってきてください。
【フィルフォード視点終了】
【ロイ視点】
レバレジーノのじいさんの診療所は町のはずれにあった。はずれと言っても、そう遠い場所ではないので歩いて向かう。人目を気にして、路地を通ってきたから途中で誰かと会うことも無かった。
しばらく歩いて、やっとボロい外観の建物に着いた。ここが、じいさんの診療所だ。
まったく、採算度外視の治療ばっかしてるからいつまでもここはボロいんだよ。
「じいさん、いるかー?」
返事が来るか確認することもなく、俺はドアを開けて中に入った。
途端に広がる消毒液の匂いが鼻につく。こればっかりは、何度来ても慣れねえな。
「おーい、じいさーん」
声を上げると、2階のほうに人がいる気配がした。次いで、パタパタと階段を下りてくる音が聞こえる。
「うっさいわねっ! 患者が起きたらどうしてくれんの・・・・・・」
2階から大声を上げて降りてきた男は、俺の顔を見るなり目を見開いた。
「あら、ロイじゃないっ。久しぶりね~。今日はどうしたの?」
二階から降りてきた男は、レバレジーノの孫で助手でもあるリリス。昔から爺さんにくっついて仕事場まで来ていたので俺もよく知っているやつだ。喋り方こそなよなよしている感じだが、仕事に関しては真面目で一本芯の通った男だ。
「急患だ。じいさんはいるか?」
俺の言葉に、リリスはそれまでのくだけた態度から瞬時に仕事の顔つきに切り替わった。
リリスは、俺の腕の中にいるミコトに目をやる。
「・・・・・・今、往診に行っちゃってるんだけどすぐ帰ってくると思うわ。とりあえず、その子ベッドに寝かせましょう」
俺たちを空いているベッドに誘導しようとするリリスを俺は止める。
「できれば、個室がいいんだが・・・・・・」
俺の言葉を聞いて、リリスは小さく頷いた。
「訳アリってわけね。分かったわ」
「すまんな」
察しがよくて正直助かる。
リリスの案内で俺たちは奥の部屋へと向かった。
レバレジーノのじいさんが戻ってきてから、ミコトの診察は始まった。
「それで、どうなんだ。ミコトは」
俺は、じいさんに食って掛かる。
「まあまあ、落ち着きなされ。大丈夫、ちと疲れて眠っているだけじゃろうて」
俺は、じいさんの説明に納得がいかなかった。
「何があればこんなに弱るんだよ。それもこんなに短時間で。別れちまってた間に何かあったんじゃないのか」
じいさんは小さく唸って言う。
「確かに、なにかの魔力にあてられたような形跡はある」
「だったら・・・・・・」
俺の問いに、じいさんは急に顔を顰める。
「だが、それが直接の原因だとは考えにくい。むしろ、これは・・・・・・」
「・・・・・・なんだよ」
俺の問いに答えたのはじいさんではなく、隣で聞いていたリリスだった。
「なんかぁ、むしろ、この子を守りたーいって感じ?」
「は?」
唐突な言葉に俺が唖然としていると、リリスは続ける。
「この子に纏わりついてる魔力の残滓がねー、なんだか優しい感じがするのよね。いや、それよりもっと深いものかも。そう、これは、愛よっ、愛。ねえ、おじいさま?」
興奮して話すリリスに、困ったような顔をしながらも頷くじいさん。
「坊主にかけられたものは、坊主を守るように力が働いている。ただ、それだけじゃ」
「マジかよ・・・・・・」
俺は頭が痛くなった。
「じゃあ、なにか? ミコトに接触したやつがいて、そいつがミコトに守護魔法をかけたってことか?」
俺の言葉に、リリスは首をかしげる。
「うーん、魔法ってわけでもないと思うんだけどなあ」
「どういうことだよ」
「なんか、魔力が強い人の念?みたいな?」
俺は、思わず頭を抱えた。
「お前の話は抽象的すぎる。さっぱり分からん」
レバレジーノのじいさんやリリスは、魔力の機微に敏いらしい。
その能力を使って治療をしたりしているらしいが、魔法学にも医学にも疎い俺にはよく分からなかった。
そんな俺に助け舟を出したのは、じいさんだった。
「まあ、ここで憶測を交わしていても仕方ないじゃろう。とにかく、坊主の症状は寝ていれば治る。心配はいらん」
俺は、一度城に戻ることにした。アレックスやフィルフォードに報告するためだ。それに、兵士たちもミコトのことを心配しているだろうからな。
それにしても、と俺は考える。
ミコトは違う世界から最近こちらに来たばかりだ。そんなミコトがそういう強い感情を向けられるだけの知り合いがこちらにいるのか? 一緒に来たとかいう勇者もまだこの国には来ていないはずだ。俺は何か引っかかるものを感じた。
診療所の周りには、念のため何人か兵士を潜ませておいた。何かあればすぐに俺のところまで連絡が来るようになっている。まあ、なるようになるだろう。俺は診療所を後にした。
【ロイ視点終了】