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城下町

 いつものように訓練場にいると、何やら入口の方が騒がしい。何だろうと思っていると、そこにいたのはアレックスだった。


「精が出るな」

 なんでここにアレックスが?

「アレックス、どうしたの……ってウェッ」

 周りの兵士たちが急に膝を折りだしたので、ビビって変な声が出ちゃったよ!


 訓練場を見渡してみると、今まで訓練に励んでいた兵士たちが皆黙って頭を垂れていた。

 そうか、アレックスって王様だったよね!

 普段はそんな感じしないから忘れそうになるんだけどさ。

 でも、こういう公式な場所で見るアレックスって、やっぱオーラっていうのかな、あるんだよね。表情からして、もう違うっていうか。なんていうか、キリッとしてる?威厳がある?



******



 静まり返る訓練場。広がる静寂と緊張感。

 気が付くと、立っているのは俺だけになっていた。


 やばっ、俺もやったほうがいいのかな?

 俺は慌ててしゃがもうとしたが、足がもつれて・・・・・・



 べしゃっ!



 ・・・・・・はい、コケマシタ、こけましたよ。

 だって仕方ないじゃない、今まで走り込みしてたんだよ!太ももの筋肉プルプルですよっ!


 なんて、心の中で誰かに八つ当たりしていると、突然「ブフォッ」と誰かが噴き出した。


 誰だ! 俺を笑ったのは!

 むっとして、声のしたほうを見るとそこにいたのは・・・・・・

 はい、アレックスです。久々の笑い男さん登場ですね。さっきまでの威厳が台無しです!


 アレックスは笑い上戸で、一度ツボに入るとなかなか抜け出せないらしい。肩をプルプルさせながら、俺を手招きしている。目にはうっすら涙まで浮かんでいる。


 俺はこの場から一刻も早く逃げ出したかったので、むっとしながらも急いでアレックスの元へと向かった。


「じゃ、邪魔したナ、続けてくれ・・・・・・」

 アレックスは笑いを堪えながらそれだけを言うと、俺を連れて訓練場を後にした。



******


アレックスに連れてこられたのは、執務室だった。


「こんにちは、ミコト」

 そこにいたのは補佐であるフィルフォードさん。それと・・・・・・


「あれ、ロイ?」

「ヨォ」

 片手を上げて答えたのは、ロイだった。そういえば、今日は訓練場にいなかったんだよな。


「みんな揃ってどうしたの?」

 フィルフォードさんが淹れてくれたお茶を飲みながら俺は聞いた。


 「今日はなあ、ミコトに提案があって呼ンだんだ」

 「ていあん?」

 あっ、このお菓子美味しい。もぐもぐ。

 「ミコト、街に行ってみなイか」

 「ふぇっ?」

 突然の話に、一瞬何を言われたのか分からなかった。



「実はなあ、これから近くの街に視察に行くことになっテるんだ」

「それにミコトも一緒に行ったラどうかという話になりましてね」

「ずっと城の中というのモ退屈だろう」

「どうでしょう、一緒に行キませんか」


 うん、正直嬉しい。せっかくこの国に来たんだから、城以外の景色も見てみたいと思ってたから。

「でも、いいの?」

 今まで安全のためとかいうことで、城から出ることはできなかったのに・・・・・・。


 俺が言いたいことを察したのか、アレックスが言った。

「言葉も大分上達したことダし、問題ないだろう」

 それにフィルフォードさんとロイが続く。

「ええ、それに私たちが一緒デすし」

「俺も護衛で就くからな。問題ねエよ」


「どうする、ミコト」

 アレックスの問いに俺は答える。

「・・・・・・行きたい!」

 答える前から頬が緩んでいた気がするけど、気にしない。

 アレックスは、微笑みながら俺の頭を撫でた。



「で、いつ行くの?」

「明日だ」

「明日?! ずいぶん急だね」

「いや、もっと早く決まっテはいたんだけどな」

「?」

 アレックスがなぜか口ごもる。


 すると、フィルフォードさんが言った。

「驚かセたかったんですよね」

「言うな、バカ」

 顔を真っ赤にして、アレックスは後ろを向いてしまった。

「明日の予定を組ムために、無理に仕事入れたりしてな」

 からかう2人に、ますます顔が赤くなるアレックス。


 対して俺は、1人納得していた。

 最近アレックスが疲れた顔をしていることには気が付いていた。仕事が忙しいから、会えないのは仕方がないと思っていた。

 だけど、そうか。アレックスが忙しくしていたのは俺のためだったのか。

  

 

 俺は、アレックスの前に行く。そして、顔を見上げて言った。

「アレックス、ありがとう」

 アレックスの顔が、ますます赤くなった気がするけど、気にしない。

 俺の顔も熱い気がするけど、気にしない、気にしない。





******


 次の日。やってきました、城下町。


「おー、すごい!」

 何がすごいって言われると、もう、何もかもすごいとしか言えないのよ。

 街並みは、ヨーロッパにありそうな石造りの家が並んでる。道も舗装されていて、歩きやすい。少し歩くと、お店が出ていて活気があふれている。

 とりあえず、ここが日本じゃないってだけでテンションが上がるんだけど、それだけじゃない。

 売ってるものとか、歩いている人とか。その人たちの来ている服とか、髪型とか。空中に浮かんでいる謎の光とか。

 なんかもう、目に入ってくるもの全てが新鮮だよね!異世界万歳!



「どうだ、ミコト。この街は」

 アレックスが聞くので、俺は答える。

「すごいよ! さすが異世界って感じで!」

 俺の答えに、アレックスは苦笑する。

 それを見て、俺ははっとした。

 この世界で暮らしているアレックスにそんなこと言ったって伝わらないじゃないか・・・・・・!



 俺は慌てて言い直す。

「あの、街がきれいで、住んでるたちも優しい感じだし、活気があっていいと思う。それにっ」

アレックスは俺の言葉を遮って、頭をポンポンと撫でる。

「今度、ミコトの世界のことも聞かせてくれ」

「う、うん……」

 暗に無理をするな、と言われたようで情けない。

 でも、日本のこと、地球のことをアレックスとかフィルフォードさんたちに話してみたいとは思う。どんな反応が返ってくるだろう。



「わー、陛下だー」


 子供の声援に手を振って答えるアレックス。


「おー、王様っぽーい」

 俺の独り言に、ロイが噴き出す。

「そりゃあ、一応王様だかラな」

 俺たちのやり時が聞こえていたのか、アレックスが肩を震わせている。

 笑いをこらえてるんですね。

 うん、頑張れ。


 


 辺りを見渡すと、女の人の視線が妙に熱いのに気付いた。それは、アレックスだけじゃなくて、そばにいるフィルフォードさんや、ロイにも向けられている。

 いやあ、皆さんモテモテですなあ。なんだか、芸能人みたいだね。

 そういえば、お忍びだって言ってたのに速攻でバレたね。

 アレックスたちは、いつもより地味目な衣装ではあるけど、街の人の服装を見る限りそれでも相当派手な方なんだと思う。本当に隠す気あったのかな?


 あれ、でもよく見るとロイを見ているのは女の人だけじゃないぞ。

 ああ、そうか。ロイは兵士のなかでもトップだから男の人にも人気なんだね。

 俺はひとり納得した。


「どうしたんだ?」

 俺が見ていたことに気づいたのだろう、ロイは声をかけてくる。

「んーん?何でもー」

「?」





「人が多くなってきまシたね」

 いつの間にか隣に来ていたフィルフォードさんに声をかけられた。

「ミコト、はぐれないように手を繋ぎましょうか」

「はぁ?! いや、大丈夫だから!」

 フィルフォードさん、何を言い出すの!?


 フィルフォードさんは、ときどき冗談か本気かよく分からないことを言う。

 それで、こっちはドギマギしちゃうんだけど、フィルフォードさんの方は表情が読めないんだ。

 だから今回もからかわれているのか心配されているのかよく分からなかった。


 今も、「そうですか? では、我々から離れないでくださいネ」なーんて返されてこっちは「ああ、うん・・・・・・」とか微妙な返ししかできなかった。

 だって、俺そんな小さい子供じゃないし!


******


 はい、見事にはぐれましたー。迷子です。

 異世界に来た時点で迷子っちゃあ迷子なんだけど、これは本格的に迷子です。



 あのあと、さらに人が集まってきちゃって。

 熱気にビビって思わず後ずさっちゃったら、あっという間に人ごみに飲まれ。

 なんとか戻ろうとしたものの、あれよあれよと距離は離され。

 気づいた時には、ひとりになってました。



 あちゃー、やっちまったぜ。

 うん、まずは落ち着こう。

 迷子になったときってどうすればいいんだっけ?その場を動かないんだったか?



 俺はそんなことを考えながら、近くの壁によりかかった。

 まあ、いざとなったらお城に戻ればいいよな。ほら、人に聞いたりしてさ。幸い言葉も通じることだし。



 そのとき俺は気づいていなかったんだ。

 俺のことを見ている視線があったことなんて。



******


それから、アレックスたちを待ったが一向に現れず。

 誰かに道を聞こうにも、人っ子一人通らなかった。

 どうしよう。ここから移動した方がいいのか。そんなことを考えていたときだった。


 カタンッ


 路地の奥から音が聞こえた。

 思わず肩が跳ねる。

「なんだ・・・・・・?」

 心臓がどきどきとうるさい。

 俺は音のした方を目を凝らして見る。

 すると、そこに見えたものに俺は驚いた。

「・・・・・・太郎?」

 遠くからだから、はっきりとは見えないがあれは太郎じゃないか?

 薄暗い路地の奥に、黒い塊がいるのが見える。

 そして、俺が声をかけたのが分かったのか太郎は動いた。

「・・・・・・太郎っ!待って!」

 太郎は、路地の奥に行ってしまう。

 俺は、急いで立ち上がって太郎の後を追いかけた。


******


「太郎、待っててば!」

 俺が声をかけても、太郎は止まってくれない。

 でも、俺が止まると太郎も止まる。

 俺が進むと太郎も進む。

 太郎は俺が追いかけてくるのを待っているようだった。


 太郎を追いかけてしばらく走った。

 曲がり角を何度も曲がり、途中何度も転びそうになった。

 それでも、俺は追いかけるのをやめなかった。

 なぜか、そうしないといけないような気になっていたのだ。


******


 だいぶ時間が経った頃。

「あれ・・・・・・?」

 何度目かの曲がり角を曲がったとき、そこには太郎の姿はなくなっていた。

「太郎・・・・・・?」

 辺りを見回してみるも、太郎の姿は見えない。


「もう、なんなんだよ・・・・・・」

 俺は、近くの壁にもたれると、そのままずるずると腰を降ろした。

 やっぱり、あの場所に留まっていた方がよかったのだろうか。

 そんなことを、考えていたときだった。




「こんにちはー」

 不意に声をかけられたので俺は驚いて顔を上げる。


 いつの間にか目の前には人が立っていた。その人の方を見た瞬間、俺は固まった。

 そこにいたのは、黒いローブを被って顔には白いお面をつけた人だったからだ。


「・・・・・・」

 怪しい、怪しすぎる!

 俺は、瞬時に逃げる体勢に入る。


 そんな俺の様子に気づいたのか、男は続ける。

「いやあ、警戒しないでよー。別に知らない仲ってわけでもないんだから」

「・・・・・・」

 いやいや、何だよ知らない仲じゃないって!完全に不審者だよ、この人!



「・・・・・・失礼します」

 俺は、逃げることにした。急いで腰を上げて一歩進もうとしたところで異変に気付く。


「?!」

「だから、逃げないでってばー」

 俺の後ろ側にいたはずの男が、いつの間にか前にいて進路を塞いでいた。

 そして、いきなり壁に体を押し付けられる。

 いわゆる壁ドンというやつだ。


 抜け出そうとするが、なぜか体が動かない。

 冷や汗が噴き出す。

 男は俺の耳元に口を寄せると、囁くように言った。

「ちょっと話をしようよ」



******


「いやあ、ホントは声かけるつもりなかったんだけどねー。あまりにも無防備だったからつい、ね」

「誰なんですか?」

 ひょっとして、アレックスたちの知り合いかと思って聞いてみたのだが。


「んー、それはまだ言えなーい」


 仮面越しだから見えなかったけど、きっとウインクのひとつでもしたんだろう。そんな軽さで男は言った。でも、その言葉の中に少し憂いが含まれているように感じたのは俺の気のせいだったのだろうか。



「俺をどうするつもりですか」

 危害を加えるつもりがあるのかという意味で聞いた。

「どうするって、何かして欲しいの?」

 にやりと意地悪く笑う男に俺は内心ため息をつく。

 だめだ、この人話が通じない。


 俺が黙っていると、男は言った。

「君もせっかちだねー。それに忘れっぽい。フフッ、最初に言ったじゃん、話がしたいって」


 どうやら強盗とか、人さらいとかそういう線はなさそうだ。

「新手のナンパですか」

 ちょっと強がってそんなことを言ってみると、男はケラケラと笑った。

 そして、「まあ、そうかもしれない」なんて言い出すからこちらが面食らってしまった。





 男は俺の全身に視線を這わす。

 実際に触られたりしているわけではないが、纏わりついてくるような感覚が気持ち悪い。

 フード男は、そんな俺の反応を見て楽しんでいるようだ。いたたまれなくなって、俺は視線をさまよわせる。



 そのとき、ふいに男と目が合った。

 仮面の向こうの瞳を見た瞬間、俺はぎくりとした。

 軽い口調とは裏腹に、ひどく真剣なまなざし。何かを見透かされるような、隠されているものを暴かれるような、そんな焦燥感が襲う。でも、視線を逸らせない。

 その目は、前にもどこかで・・・・・・。


 

 急な脱力感に襲われ、俺は膝から崩れ落ちる。

「おっと」

 地面につく寸前に、男に抱きとめられる。

 抵抗しようにも、頭がぼーっとして体が動かなかった。



 男は俺を地面に降ろすと、俺の額に手を当てた。

 すると、そこから温かいものが流れてきて俺は何も考えられなくなった。

 男は俺に何かを言った。

 でも、俺はその意味を理解することができないまま意識がそこで途切れてしまった。





******


「んー、まだ早かったかー」

 男は、ひとり路地を歩きながらそんなことを言う。

「まさかとは思ったけどやっぱりそうだったね」

 いつの間にか足元に現れた黒い獣を撫でながら、男は言った。

「お前も早く会いたいだろう?」

 男の問いに、黒い獣はせつなげに鳴く。

「大丈夫だよ。それまではあの子をよろしくね」

 黒い獣は一鳴きすると、闇の中に消えていった。

「さて、僕も準備しときますかねー」

 男が何もない空間に手をかざすと、そこだけ景色がぐわんと歪む。

 男はフードを被りなおすと、その中に飛び込んでいったのだった。


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