それぞれの視点
【赤い髪の兵士視点】
森に侵入者の気配があるっていうから向かってみれば、そこにいたのは一人の子供。侵入者には必ず行う決まりになっている問答をしてみても、口を閉ざしたままだ。これに答えないものは、かわいそうだが処分する決まりになっている。俺は胸糞悪い思いをしながらも、職務を全うしようとした。せめて苦しまないようにと心の中で念じながら大きく剣を振りかぶった。
剣を振り下ろす、その瞬間。子供の前に何かが飛び込んできた。油断していた俺は、剣の勢いを殺しきれずにそのままそれを切りつけてしまった。
飛び出してきたのはどうやら魔獣の類だったらしい。子供を庇ったようにも見えたが、いや、そんなはずはない。俺はすぐに馬鹿げた考えを打ち払った。
子供の方はと目をやると、魔獣の死体の前で俺たちのことを睨みつけていた。つい先ほどまで顔面蒼白で震えていたとは思えないほどの気迫だ。
俺は無意識のうちに一歩足を踏み出していた。それだけで子供はびくりと体を震わせる。そのことに俺はなぜか胸が痛くなった。
俺は、自分で言うのもなんだが任務には忠実な方だ。女でも子供でも殺せと命じられたら殺す。それくらいのことをこれまでもやってきた。だが、なぜか目の前のこの子供だけは放って置くことができなかった。
子供に声をかけようとしたとき、俺はしかしすぐに歩みを止めた。何か嫌な感じがしたのだ。その嫌な感覚の原因を探って視線を彷徨わせる。すると、切り伏せたはずの魔獣がわずかではあったが動いたように見えた。俺は警戒を強め、念のために距離を取った。
どうやら、魔獣の体は再生しているようだった。切断面から肉が隆起し、新たな体を形作っていく。
俺は内心舌打ちした。あれだけのダメージを受けてから尚も復活できる能力。それを持っているということは、相当高位の存在なのだろう。すぐに、こちらの不利を悟った。
こちらから魔獣を刺激しないようにと俺は部下たちに目で合図を送った。その辺りはあいつらも分かっているようで、無言で頷き返してきた。
魔獣たちは、復活するとすぐに子供の方へと走っていった。それから、子供のことを守るように周囲を歩き回ってこちらを牽制し始めた。
魔獣たちは、時折こちらにも接近してきた。匂いを嗅ぎつつ、足元をすり抜けていく。むこうから攻撃する気はないようだが、それでも嫌な汗が止まらなかった。
そんななかで緊張感に耐えかねたのか、一人の若い兵士が、魔獣に剣を向けてしまった。あいつは確か最近入ったばかりのやつだ。俺は舌打ちをする。
魔獣は、そいつの攻撃を難なくかわすとそのまま体勢を変えて襲い掛かっていった。俺はとっさに剣を抜くと奴の前に飛び出した。奴の牙を剣で受けたが、しかしすぐに剣が折れてしまった。
剣を失った俺に、もう一体の魔獣が攻撃を仕掛けてきた。折れた剣で反撃するが、まったく効いている様子がない。身に着けている鎧のおかげで辛うじて攻撃を防げてはいるものの、それもいつまでもつか分からなかった。
一瞬の隙を突かれて、魔獣に圧し掛かられてしまう。熱い息が顔にかかる。鋭い牙が俺の喉笛を狙ってガチガチと鳴っている。もうだめだと思ったとき、どこからか強い魔力を感じた。
体をびりびりと電気が走る。金縛りにあったかのように体が動かない。しかし、それは俺の上にいる魔獣も同じようで、目を丸くして固まっている。
やがて、魔獣は俺の体から降りていった。魔獣から出ていた激しい殺気は消え失せていた。
魔獣たちは、子供の方に向かって走っていく。そして、子供の機嫌を伺うかのように足元に擦り寄ると、そのまま腰を降ろした。
子供の方はというと、最初は厳しい顔をしていたものの、魔獣がおとなしくなったと分かったのかすぐに表情がやわらかいものになった。
ふいに子供と目が合った。俺を見た子供は、安心したように笑った。
俺はどきりとした。
子供が俺のことを心配していたように思えたからだ。
そのとき、子供の体が傾く。そのまま意識を失ったようだ。
魔獣たちは子供の姿を名残おさげに見つめたあと、黒い霧となって消えてしまったのだった。
何なのだろう、この子供は。
気持ちよさそうにすやすやと眠ってしまっている。その無防備な姿に警戒するのも馬鹿らしくなってくる。
確かに怪しいところは多々あるが、それでもこの子供自体に害意はないようだった。
さっき見せた表情。俺はあの子供を殺してしまうのは正直なところ惜しいと思ってしまっていた。
さて、どうしたものかと思っていると、タイミングよく、上から指示が届いた。
『侵入者を城まで連れてくるように』
俺は、ほっと胸を撫で下ろした。これでこの子供を殺さなくて済む。それに、あいつならうまくやってくれるだろう。
俺は眠る子供を抱きかかえると、そのままその場を後にした。
【赤い髪の兵士視点終了】
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【笑い男視点】
どうやら間に合ったようだ。報告によると子供は無事らしい。
あの場にいても子供を助けられないと判断した俺は、急遽戻って伝令を出すことにした。子供を一人置いていくのは心苦しかったが、あのときはそれしか方法がなかった。
それにしても、と俺はあのとき見た光景を思い出して思わず吹き出す。たまたま近くを歩いていた使用人がぎょっとした顔をして足早に去っていった。
【笑い男視点終了】
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【???視点】
「あなたが笑ったのなんて、いつぶりですかね」
「ふっ、だって、あれはねえよっ」
男は腹を抱えて笑い出した。一度ツボに入るとなかなか笑いが収まらないこの男の性を知っている者は、そう多くはないと思う。
他人に本性を見せない男が、あろうことか誰が通るか分からない廊下で声を上げて笑っているのだ。これはいい傾向なんじゃないかと、私は密かに思った。
「それにしても、何者なんですかね」
「さあなぁ。とりあえず、言葉が通じないことにはなあ」
「彼に魔力があるのなら、『あれ』が使えるかもしれません」
「『あれ』って・・・・・・ああ」
男は、『あれ』が示すものに思い至ったようだ。
「ええ。少しでも力があれば作動するかと」
「まあ、最悪だめだったとしても俺は構わないけどな」
男は楽しそうに遠くを見つめながら、あっけらかんとそう言った。
「……傍に置く気ですか」
私は思わず眉をひそめるが、男はケラケラと笑っただけだった。
また、感情を出している。
そう、昔は、昔の彼はこうだった。ちょっと自信家で人を小ばかにしたところがあって。
それが、いつからだろう。与えられた重責からか、段々と自分の感情を抑えるようになっていった。
それは、彼の立場上必要なことだったのかもしれないけれど。
「……本人の意思も尊重して下さいよ」
私は、彼の変化を好ましいものと感じながら、同時に未だ見ぬ少年の行く末に心のうちで合掌したのだった。
【???視点終了~】