気がついたら森の中
初長編です。感想などいただけると嬉しいですm(__)m
気が付いたら森にいました。なんでここにいるんだっけ?俺は必死に記憶をたどった。
確か、俺は幼馴染と一緒に家に帰る途中だったよな。そこに突然魔法陣が現れて、幼馴染が中に引きずり込まれたってところまでは覚えている。
なぜかそこから先の記憶がないけれど、今俺は一人で森の中にいた。
これって、あれだよな。いわゆる『異世界トリップ』ってやつ。しかも、そのなかでもこれは「勇者召喚」ってやつじゃないだろうか。ハイスペックな幼馴染は、昔から勇者キャラっぽかったし。
そうだよ。今考えるとあの魔法陣、明らかに勇人の方に向かって飛んでいってた。
ああ、俺はたまたま近くにいたせいで巻き込まれてしまったんだろうな。
そういえば、あいつ名前からして勇者っぽいよなあ。だって、勇人だよ、勇人。名は体を表すってやつかな。
だとしたら、俺の「みこと」って名前は何なんだろうな。そういえば、この中性的な名前のせいで、小さい頃はよく女の子と間違われたりしてたなあ。
さて、そろそろ現実逃避は終わりにしようかな。頭も冷えてきたし、ちょっと真剣に策を練っていこう。
これが勇者召喚だとしたら、ここで待っていれば誰かが迎えに来たりしないだろうか。そう思って時間を潰していたのだが、一向に誰かが来る様子はなかった。
そもそも、ここに勇人はいないし、俺はただの巻き込まれだ。あちらが俺の存在に気づいているのかどうかすら怪しい。それに、気づいていたとしても俺を助けに来てくれる保証はどこにもないのだ。
こんなところで餓死なんて冗談じゃない!
俺はようやくこの場を去ることを決めた。目指すのは、お城だ。だって、セオリーだろう?勇者が呼ばれるのって、大抵は城とか神殿とかじゃん。とりあえず勇人と合流できれば、なんとかなると思うんだよね。
そういうわけで、いざ出発!
******
歩き始めて少ししたころ。
「ん? 何だ・・・・・・?」
茂みからガサガサと音がするので、そちらに目をやると・・・・・・そこには、黒い獣がいました。
俺は、瞬時に固まった。そいつは、見た目こそ黒いオオカミみたいなんだけど、頭が二つついていた。四つの赤い瞳が俺をじっと見つめている。
――――――・・・・・・やばい。
俺はとっさに逃げ出そうとしたけど、直前でなんとか踏みとどまった。だって、こういう時って逃げたら余計に追いかけてくるって言うじゃん。
そこで俺は、ゆっくりと後退することにした。
じりっ、じりっ。
・・・・・・ガサッ!
「ひぃっ!」
黒いオオカミは茂みを超えて、こちらに近づいてくる。
だんだんと縮まっていく距離。
これは、走って逃げるべきか?!
そんなことを考えていたからなのか。焦った俺は木の根か何かに足をとられて盛大に転びましたよ、はい。
必死に立ち上がろうとするけれど、足がもつれてうまくいかない。その間にもオオカミさんは、どんどん距離を詰めてくる。
・・・・・・あ、これだめかも。
パニックになった俺は、何を思ったのかオオカミに向かってこう叫んだのだった。
「ちょ、ちょっとタンマー!」
すると、なんということでしょう。オオカミはぴたりと動きを止めたではありませんか!
「えっ・・・・・・?」
目の前で起こっていることが信じられなくて、俺はしばらく呆然としてしまった。
オオカミは、その場に座ってこちらをじっと見つめている。そして、固まっている俺を見て、不思議そうに首を傾げた。
あれ、なんか怖くないっていうか、むしろ可愛い・・・・・・。
二つ並んだ頭が同じように首を傾けたので、俺は思わず笑ってしまった。
そのとき、茂みの方から『ブフォッ』とかいう変な音が聞こえた。
何だ?
音のした方に視線を向ける。すると、そこには男が一人立っていたのだった。
何がツボに入ったのか分からないが、男はひたすら笑い続けていた。
この男が何者なのか分からないが、俺にとっては貴重な第一村人、もとい、第一異世界人だ。この機会を逃したら、次いつまた人に会えるのか分からない。ちょっと、いや、かなり変わった人かもしれないが俺は男が落ち着くまで待ってみることにした。
待っている間、特にやることもないのでどうしようかと思案する。
こちらに来る前に持っていたはずの学生カバンは、今も行方知れずである。
そこで俺は、いつの間にか足元に来ていた黒いオオカミに目をやった。
つぶらな瞳でこちらを見つめてくるオオカミ’s。俺には彼らが何かを期待しているように見えた。
俺は、オオカミたちの鼻面にそおっと自分の手の甲を近づけてみる。オオカミたちは、俺の手の匂いをクンクンと嗅いでいる。
うん、大丈夫そうだ。そう判断した俺は、ゆっくりとオオカミたちに手を伸ばした。
頭が二つあるので、俺はとりあえず右側の頭にターゲットを絞る。
さすさす、さすさす。
俺に撫でられているオオカミは、目を細めてうっとりとしている。
すると、もう一方のオオカミが、僕も撫でてと言うように頭を擦り付けてきた。仕方ないなあ、と俺はそちらも撫でてやる。
俺に身を委ねるオオカミたち。うむ、かわいいじゃないか。
このオオカミ’sは、子供のころに近所の家で飼われていたゴールデンレトリーバーの太郎を思い出させる。人懐っこくて優しくて、大好きだったんだよな。
懐かしい気持ちに浸りながら二つの頭をわしゃわしゃと掻き回していると、突然背後からドンッと大きな音がした。
びっくりして振り返ると、そこにはさっきまで笑い転げていた男が木に手をついて立っているのが見えた。
何の音だったんだ・・・・・・?
そう思って見ていると、男は目の前にある木にむかって無言で拳を振り下ろした。
――――――ドンッ!
あっ、さっきの音これだわ。
男は近くにある木を一心に殴り続けている。男が木を殴るたびに幹がぐらぐらと揺れて、折れた枝や葉っぱがパラパラと地上に落ちてきた。いや、どんだけ怪力なのよ。
俺は、男が何かに対して怒っているのかと思っていた。だから、内心ちょっとびびっていたんだけど。
どうやら彼は怒っているのではなく、ただ笑いをこらえているだけのようだった。無言の中にも、微かに息が漏れる音が聞こえてくる。
じっと見ていると、男が急に地面に崩れ落ちた。木を支えにして立ち上がろうとしているようだけど、うまくいかないようだ。
「だ、大丈夫ですか・・・・・・?」
俺は、さすがに心配になって声をかける。
俺の声に、男は顔を上げようとするがすぐにまた下を向いてしまう。そして男はうつむいたまま、片方の手の平をこちらに向けてきた。
これは、構わないでくれってことかな?
そう思って見ていると、男は座ったまま今度は木に頭をぶつけ始めた。
うーん、これはほっといてもいいのかな。
俺は、ふと足元にいる太郎(仮)を見る。すると、太郎の瞳が不安げに揺れていることに気づいた。ああ、男の頭突きの音で太郎(仮)が怯えてしまっているじゃないか・・・・・・!
俺は太郎(仮)’sを宥めるように、身体をぽんぽんと叩く。大丈夫、大丈夫だよ、と伝わるように。
しばらく撫でていると、太郎たちは落ち着いたようだった。今はキラキラとした目でこちらを見ている。
よかった、元気になって。そんなことを考えていた時だった。
元気になった、を通り越してもはや興奮していた太郎は、しっぽをぶんぶんと振り回しながらいきなり俺に飛びかかってきたのだ。
ゴールデンレトリーバーよりも大きいその図体。そんなのに突進されたら、俺なんぞひとたまりもないわけで。
太郎に押し倒された俺は、そのままの勢いで後ろに倒れていく。そして、悪いことに俺の背後には大きな木が生えており・・・・・・。
俺は、後頭部を強かに打ち付けたのでした。
「~~~~~~っ」
俺は今、痛みに悶絶している。
後頭部に衝撃を受けた俺は、少しの間意識を飛ばしていたらしい。気づいた時には、いつの間にか隣に立っていた男に心配そうな顔をして見下ろされていた。
俺は、とっさに日本人なら誰でも言うであろうセリフを言う。
「だ、大丈夫ですから……」
本当は、全然大丈夫なんかじゃない。ぶつけた部分は熱を持って、ジンジンと脈打っている。ああ、涙まで出てきた。
そんな俺を見た男は俺の隣に腰を下ろすと、おもむろに俺の頭を両腕で抱え込んだ。
?!
なぜか俺は今、見ず知らずの男に抱きしめられています。
男は、俺の後頭部を優しくさすっている。
最初はあまりの事態に固まって動けなくなっていたが、次第に羞恥で顔が熱くなってきた。
なんだろう、激しく子ども扱いされている気がする。俺は、慌てて男の腕から逃れようとした。
何するんだよ、この人!
身を捩っているうちに、ふと男と目が合った。
その瞳からは、俺のことを本気で心配しているのが伝わってきた。
俺は、なんだか申し訳ない気になって言った。
「もう、大丈夫ですから・・・・・・」
男を安心させたくて、とっさにそんなことを言ったのだが。男には伝わらなかったようで、困ったように眉を下げてこちらを見ている。
うーん、どうしよう。
俺は、少し考えたあと、男の服を軽く引っ張った。
男がこちらを見たのを確認すると、俺は笑顔を作った。もう、痛くないです、大丈夫ですって伝わればいいと思って。
やせ我慢じゃない。実際、男にさすられたそこはもうほとんど痛みを感じなくなっていた。
俺の笑顔に、男は一瞬目を丸くしたもののすぐに意図が分かったのか安心したように笑ったのだった。
おお、伝わった、よかったー。
しばらく、にこにこと笑いあっていると、ふいに茂みの奥から物音が聞こえてきた。
俺たちは、はっと身を固くする。
ガサガサと草を分け入ってくる足音が複数。それに、人の声のようなものも聞こえてきた。
どうしよう。 逃げたほうがいいのか?
俺は、隣の男のを見る。男は音のする方と俺の顔を何度か見たあと、おもむろに立ち上がった。そして、俺の肩に手を置くと、真剣な様子何かを言った。
「え? 何?」
俺に何かを伝えようとしているようだが、言葉が通じないので分からない。俺は、仕方なく首を横に振った。
男は逡巡している様子だったが、その間にも足音は大きくなっていく。
男はひとつ息を吐くと、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
そして、男は音がする方とは反対の方角に一人で走って行ってしまったのだった。
「ちょっと、待って・・・・・・!」
なに? もしかして、置いて行かれた?
呆然としている間にも、何かが近づいてくる気配は続いている。
俺も逃げた方がいいんじゃないかと、そう思った時にはもう遅かった。
*******
草むらをかき分けて現れたのは、屈強な兵士たちだった。
鎧を身に着けた男たち。彼らが腰に提げている物を見て、俺はショックを受けた。あれは、剣だ。俺は一気に体温が下がるのを感じた。
彼らは剣の柄に手をかけてながらこちらに近づいてくる。
(逃げないと!)
そう思うが、体が震えて立ち上がることすらできない。
俺は、初めて見た武器というものにすっかり圧倒されてしまっていた。
人を傷つけるための道具。それこそ、平和な日本で育った俺には縁遠かったものだ。
それが、今、自分に向けられようとしている。
赤い髪をした兵士が俺に話しかけてきた。しかし、俺には何と言っているのか分からない。それ以前に恐怖で声が出せなかった。
俺が何も言わないことに痺れを切らしたのか、男は小さく舌打ちをする。そして、すぐに自身の剣を引き抜いた。
銀色に輝く刀身が、男の頭上高く持ち上げられる。俺は、ああ、死ぬんだなと他人事のように思った。
見なければいいのに、目が離せない。
剣が振り下ろされる。
ああ、痛いのは嫌だな。
剣が振り下ろされる瞬間、俺の前に黒い影が飛び出してきた。
「え?」
時間の流れがスローモーションのようにゆっくりになる。
飛び出してきた影は、兵士の一太刀を受けて地面に崩れ落ちた。
二つに分かれた黒い塊。ピクピクと痙攣するその姿に思わず手で口を押えた。
「太郎・・・・・・?」
俺の代わりに刃を受けたのは、双頭の黒いオオカミだった。
******
「太郎、どうしてっ・・・・・・どうして、俺なんかを庇った?!」
俺は、太郎の亡骸に向かって問う。
「さっき出会ったばかりの俺のために、何でお前が死んでんだよ!」
俺は先ほどの恐怖も忘れて、兵士たちを睨みつける。
兵士たちは一様に何が起きたかわからないといった顔をして立ちすくんでいた。
そんななか、最初に動いたのは赤い髪の兵士だった。
その人は、俺の方に大きく一歩足を進める。俺は、恐怖で身がすくんだ。
そのとき、ぐちゅりと粘性の音が聞こえた。
赤い髪の兵士は何かに気づくと、警戒するように数歩下がっていった。
「な、何・・・・・・?」
俺は、兵士の視線を追う。そこには、切り伏せられた太郎の亡骸があるだけなのだが。
――――――ぐちゅり
その時、太郎の亡骸が動いた気がした。
「太郎・・・・・・?」
太郎の亡骸は、その切断面からぼこぼこと肉を隆起させていく。
隆起した肉は、それぞれの器官に分化していく。
蠢く肉の間からは時折白い骨やピンクの内臓が見え、そこから神経系、血管が広がっていくのが見えた。
肉を創り骨を創り皮膚を創り体毛を創り――――――そして、黒いオオカミの形を形成した。
むくりと起き上がった太郎は、顔を上げると、その赤い瞳で俺を捉える。
そして、パーッと嬉しさ全開の笑みを浮かべたかと思ったら、タタッと地面を蹴ってこちらに向かって走ってきたのだった。
俺は目の前で起こったことが衝撃的すぎて、しばし呆然としていた。足元では、太郎がくるくると回っている。しかし、俺はそれに構ってやる余裕がない。太郎が生きていた喜びとかそういういろいろな感情はすべてどこかに吹き飛んでしまっていた。
だって、だってさあ。
俺は誰にも訴えようがない心のもやもやを、一応本人にぶつけてみることにした。
「えっと・・・・・・分裂、したの?」
俺の問いに、揃って首を傾げるオオカミ’s。
いや、かわいいよ。かわいいなあ、ちくしょう。でも、今はそれじゃない。
頭が二つあったオオカミは、今や頭が一つずつの二体のオオカミになっていた。
俺は、軽く息を吐く。
そして、俺は森に向かって叫んだ。
「嘘ォーーーーーーーー!!!!!!」
俺の足元では、二頭の黒いオオカミたちが俺を見てまた首を傾げていた。
******
太郎’sは俺の周りをうろうろと歩き出した。周囲を警戒するような動きに周囲の緊張が高まる。
太郎たちは、俺を守ろうとしてくれているのだと思う。俺も兵士たちが怖いからそれは心強かった。
俺たちと兵士たちの間で膠着状態が続いた。
それは、突然起きた。太郎’sが兵士たちのそばを通ったときだ。緊張感に耐えかねたのか、一人の兵士が剣を抜いて、そのまま太郎たちに切りかかっていったのだ。
「だめだ!」
俺は無意識にそう叫んでいた。どちらに向かって言ったのかも分からなかった。
太郎たちは兵士の攻撃をかわすと、兵士に向かって飛びかかっていった。
太郎の牙が兵士に届く瞬間、両者の間に割って入った者がいた。赤い髪の兵士だった。
赤い髪の兵士は、太郎と兵士の間に滑り込んだ。そして、太郎の牙をその刀身で受け止める。
ガキィンッ!
鋭い音とともに、金属片が宙を舞う。男の手にあった大太刀が中ほどから折れてしまっていた。
太郎の口には、折れた残りの刀身が残っている。太郎はそれを、地面に吐き捨てた。
もう一方の太郎が、隙をついて赤い髪の兵士に襲い掛かった。赤い髪の兵士は折れた刀で抵抗している。しかし、武器を失った今力の差は歴然だろう。今は鎧によって辛うじて守られているが、それもいつまでもつか分からない。
それを見た周りの兵士たちは、助けに入ろうと次々と剣を抜き始めた。
太郎たちを止めないと、大変なことになる。でも、どうすればいいんだ?
そのとき、俺の脳裏にある光景が浮かんできた。
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『犬に言うこと聞かせたいならさ、まず身体の力抜かないと』
ああ、これは小5の夏休み。家に遊びに来ていた勇人と一緒に太郎の散歩に行った時の記憶だ。あの時は確か、太郎が突然道路の真ん中で座り込んで動かなくなっちゃったんだよな。俺は焦ってリードを引っ張っるんだけど、子供の力じゃ大型犬には敵わなくて。車が来ちゃうかもしれないと思ったら、余計に焦って泣きそうになってたんだ。
そしたら、勇人が言ったんだ。
「ほら、深呼吸して。肩の力抜いて。それからちゃんと命令するんだ」
「ちゃんとやってるよ。でも、動いてくれないんだもん」
「それは、命令じゃない。お願いだよ。ミコトは優しいから、そういう言い方になっちゃうのかもしれないけど。それじゃあ、相手に伝わらないよ」
「でも、友達に命令なんてしたくないよ。これまでだって、お願いしたらちゃんと聞いてくれてたもん」
勇人は少し考えてから言った。
「・・・・・・今、太郎は、みことのことを守らないといけないって思ってる」
「僕を・・・・・・?」
「自分がしっかりしないとってテンパっちゃってるんだよ。だから、周りの言うことを聞く余裕がないんだ」
「・・・・・・どうしたら、僕の言うこと聞いてくれるようになる?」
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俺は、一度目を閉じると大きく深呼吸をした。
そして、興奮している太郎たちに目をやる。
こちらの視線に気づいたのか、ビクリと体を震わせる太郎たち。
大丈夫。俺がちゃんとするから。
お前たちを守るから。
だから、もう戦わなくていいからな。
俺の中から何か温かいものが溢れてくるのを感じる。それが何なのか分からないまま俺は意識を手放してしまった。