七不思議
「きゃああああ!」
大きな悲鳴を上げてその場にうずくまったのは、怖がりの心優だった。いきなりのことに、麻琴も目を白黒させて公衆電話を見つめる。
「なにこれ……おかしいよ!」
「やだっ、やだああぁああっ!」
心優はより一層大声で喚き立てる。その声に負けないくらい、ジリジリと公衆電話の受話器が音を立ててガタガタ揺れる。恐怖心が明らかに勝っている心優にたいして、翔輝は楽しげだった。
「なんだよこれ、すごくね!? これ、俺らの学校の七不思議なんじゃねえの?」
興奮する翔輝。
「そ、そうなのかな?」
彼を振り向いて麻琴がつぶやく。すると、また心優が叫んだ。
「は、早く止めて翔輝君!」
どうやら、もう心優は限界なようだ。翔輝が「じゃあとってくる」と言って受話器を手にした。あのけたたましい音は、一瞬にして鳴りやむ。
しんとした児童玄関前で、4人は立ち尽くす。翔輝が、受話器を置いた。
「ど、どうだった?」
「何も聞こえなかった、よな……?」
麻琴と智也はそう言いながら翔輝を見つめた。彼はうつろな瞳で、何とか聞きとれるくらいの小さな声でつぶやく。
「……助けて……苦しいって」
「…………はぁ?」
助けて? 苦しい? 麻琴は、一瞬何のことかと思った。しかし、それはすぐに分かった。
「死者からの、助けを求めるメッセージ……じゃないか?」
そう言ったのは、心霊系の話に詳しい智也だった。心優はまた体を振るわせて麻琴に抱きついている。
「し……しゃ……?」
「そう、死者。ここらへん、もしくはその公衆電話の下に誰かの遺体が埋まってて、その人が電話をかけて助けを求めているんじゃないかな」
平然と言葉を並べていく智也に、3人は驚きを隠せなかった。
「そ、それ、ほんとなのか?」
翔輝がそう聞くと「だって、お前聞いたんだろ」と智也がつぶやいて冷や汗か何かの滑りでずり下がった眼鏡を上げる。
そのとき、ガタガタと何かが大きく鳴った。びっくりして4人が音のする方を振り向くと、そこには開閉のできないガラスがあった。
「あれ、が鳴ったんだよな?」
翔輝が尋ねると「う、うん……多分」と内心冷や汗をかきながら麻琴が答える。智也も頷くが、心優は必死に否定した。
「で、でもありえないよ。あれ、窓じゃなくてガラスだもん」
たしかに、そうだ。開閉も出来ないガラスがガタガタと大きな音を立てて揺れるものなのか、と。自分で言ったわりに怖がりな心優は、もう一度ガラスを見つめてうつむいた。手が明らかに震えている。麻琴はその手をぎゅっと握って「大丈夫だから」とささやいた。心優は涙目になりながら小さく頷き、顔を上げた。
「き、きっと風のせいだよ」
「だ、だよな」
「うん、た、多分そうだ」
「そ、そうだよね、私たち何言ってるんだろう」
それぞれがテンパる中、無理して強がりを並べる。こうでもしていないと、怖くて寒気が走ってきそうだからだ。
時計を見たところ、7時すぎだった。麻琴は呑気に、ああ、見たかった【スマイル★アイドルバトル】が始まっちゃった、と考える。そして、次の七不思議がまた、4人に迫っていた――――。
「ねえ、いつまでもここにいてもしょうがないじゃん。玲央を探すためにも、4階に行かない?」
あくまでポジティブに、明るく告げる麻琴。
「4階? なんで?」
心優が不思議そうに聞くと、麻琴はウインクして言った。
「4階にある今は使われていない英語少人数教室、陸上部の臨時女子更衣室でしょ?」
「あ、そっか!」
麻琴が一度捜索したとき、そっちの方は見ていなかったのだ。忘れていた、という方があっているのかもしれない。
4人は固まってぎゅうぎゅう押し合いながら4階まで上がった。怖かったのだ。麻琴は心優の手を握りしめながら慎重に階段を上がってゆく。もしかしたら、途中で玲央に出会うかもしれないからだ。彼女たちの後ろをついていく男子2人組は、ときおり不思議そうに顔を見合わせながら静かに階段を上がっていった。
4階に着くと、明かりはますます無くなって、暗闇に紛れて誰がどこにいるのかもわからないくらいだった。
「暗ぁ……みんな、大丈夫?」
麻琴がそう聞くと、彼女の腕にひっついている心優がぷるぷる体を震わせながら「い、一応……」と答えた。「2人は?」と続けて質問する彼女に、翔輝は「大丈夫だからさっさと行こーぜ」と早口に言う。智也も「大丈夫」と頷いた。
「よしっ、じゃあ英語少人数に出発!」
麻琴が張り切ってそう叫んだ瞬間、突然数人の大きな笑い声が聞こえてきた。
「あ、ほらやっぱりまだしゃべってるんだよ。玲央、いるかなぁ?」
1人で先々行ってしまう麻琴の背中を眺めながら、智也はつぶやいた。
「本当にこの声、4階の部屋から聞こえてんのかな……」
その言葉を耳にするものはいなく、暗闇に吸い込まれて消えていった。
英語数人数教室に着いた4人は、すぐに言葉を失った。誰もいなく、真っ暗だったのだ。
「なにこれ……なんで? さっき、話し声したよね!? もう出てったの? それとも……」
「誰かに殺られた、とか」
麻琴の言葉を遮って口を開いたのは、翔輝だった。麻琴と心優は彼を睨みつけて「そんなはずないでしょ!」と叫ぶ。翔輝は気まずそうにうつむき、いつもでは考えられないようなテンションの低さでぼそぼそと話した。
「だって、信じられないだろ? ……さっきまで他愛のない会話してたやつらが、いないんだから。笑い声だって、みんな聞いたじゃん」
「そうとは限らない」
冷たい口調でそう言い放ったのは、黙って3人のやりとりを聞いていた智也だった。「どういうこと?」と首を傾げる麻琴に、彼は教室のライトをつけてから言った。
「あの笑い声は僕らが捜してる陸上部の女子の笑い声じゃなかったってことだよ」
「じゃあ、誰の笑い声だって言うの?」
間髪なく質問をぶつけてくる麻琴に苦い顔をして、また口を開く。
「まあ、簡単に言えば幽霊じゃないかな」
「ゆーれー……」
心優は顔を青ざめさせて、小さくつぶやいた。怖い話が苦手な彼女にとって、ここにいること自体が恐怖なのである。
「なにそれ、いるってこと?」
「幽霊とか、ほんとに存在すると思ってんのかよ。中2にもなってさ」
呆れる2人を智也はじっと見つめた。「なんだよ」と翔輝が一歩後ずさりする。
「いるよ、そこに」
「きゃああああ!」
心優は見えてもいないのに悲鳴を上げる。しかし、他の2人も動揺しているのは確かだった。
「じゃあ、お前には――――」
「見えるよ」
彼は即答すると、教卓の机に座った。
「僕らが住むこの世界には、いるんだよ。妖精とか幽霊とか守護霊とか。幽霊って言ってもいいやつもいるし僕ら人間に被害を与えてくるやつらもいる。実際、僕もされたことがあるからそれはよく分かってる。でも、」
「待って」
語り始めた智也の言葉を遮ったのは、意外にも心優だった。3人は驚いて彼女を見つめる。
「幽霊は、いない。そんな嘘吐かないで」
きっぱりと言い張る心優に、智也は続けて喋りだす。
「本当だよ。現に、ここにいると推定されていた陸上部はいない。宿直とかで少しは残っているはずの先生もいない。テスト後だから、丸つけとかで残っていたとしても問題はないだろ? でも、誰もいない。人ひとりいないんだ」
彼は微笑んでみせると、机から飛び降りた。トンという軽やかな音がして、静寂さにつつまれる。
「それが幽霊のせいだって言うの?」
なおも信じようとはしない心優はそう言ってじっと智也を見る。
「おそらく、ね」
「私は信じないから」
彼女は智也を睨みつけると、階段の方へと歩いて行った。
「ちょっ、心優!? どこ行くの? 危ないよ、1人じゃ!」
止めようとする麻琴を彼女はまた睨み、そして言った。
「あなたも、幽霊を信じるの?」
その表情は、とても悲しげだった。