序章 2
最後のコップを拭き終えて棚に戻した。これで開店準備は完了だ。
ううむ。どうやら昔のことを思い出すことが最近増えている気がする。年のせいだろうか。過去にふけるにはまだ若いと思っているんだけど。
ため息をついて時計を見やる。店の中央においてある古臭い大時計は六時半だった。実家から、店に似合うという理由で持ってきた時計で、祖父の所有物だったらしく大変な年代物だが狂いなく動いている。
さて、六時半。いつもならアヤちゃんが支度を終えて下りて来る頃なのにその気配がない。ごくたまに寝坊することがあるのでそれかもしれない。
カウンターから出て“すたっふおんりー”とかかれた板が掛かったドアにを開けた。この喫茶店は二階は私たちが暮らす住居になっていて、ドアの奥には階段がある。ここから先はプライベート、他人に入られると困るので注意書きしてある。ひらがなでスッタフオンリーなのは私が当時カタカナの存在を知らなかったからだ。開店当初からあるもので今さら変えるつもりはない。ちょっと店の雰囲気に合ってない気はする。
階段も息切れするようになった。
息を整え、アヤちゃんの部屋をノックしようとしてドアが開いていることに気がついた。続けて洗面所から水の流れる音にも。洗面所のほうに向かうとそこにはアヤちゃんがいた。アヤちゃんは顔をタオルでぬぐってこちらを向いた。
「あ。おはようございます」
「おはよう、アヤちゃん」
「すみません、ちょっとだけ起きるのが遅れちゃって。すぐに準備して下に行きます」
と言いつつ蛇口を捻って出ていた水を止める。
「ゆっくりでいいよ。急がなくても間に合うでしょ、学校には。それと、ハル君はもう起きてる?」
「いえ、多分まだ……」
頭を振った。それなら、
「私が起こしてこよう」
言ってハル君の部屋に行こうとした。
「大丈夫ですよ。時間はまだあるわけですし寝かせておいてあげてください。それに目覚ましも悠は持ってますから」
「そう? なら私は下で朝食の準備をして待っているから、そっちも準備ができたら」
「はい。わかりました」
「それじゃあ、またね」
礼儀正しい子だ。妻が出て行ってさびしくなったこの家にハル君とアヤちゃんが来て七年ほど。もう家族といってもいいくらいな仲だと思っているのに、年上への敬意かアヤちゃんは私に敬語をつかって話す。私としては砕けた言葉遣いでも構わないけどアヤちゃんはそうでないらしい。何か私に心の壁のようなものを持っているわけではなく、親しく暮らせているので、うん、それでよし。わざわざ強制的に変える必要もないだろう。
どうやらハル君は起きてくるのが遅くなりそうなので、朝食はすぐに食べられるし最悪食べ歩きできるサンドイッチにしよう。一階に戻って私は準備を始めた。