表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

05 獅子王の支度係とクリスマス

「雪が降ると、クリスマスって感じがするなぁ」


 季節はすっかり冬になり、王城にも雪が降っている。王城の上にかかっている魔法の保護膜のようなものがあるおかげなのか、降り積もることはないのだがそれでも雪を見るのは楽しい。香枝の生まれた場所は冬になれば背丈ほどにも雪が降り積もる雪深い場所だった。おかげでクリスマスと言えば、ほぼ必ずホワイトクリスマスだ。


「クリスマス?何だそれ」


 いつもの資材室で何気なく話した言葉にジルは不思議なものを見る目で香枝を見た。そんなジルの態度に香枝はふっと笑って紅茶のカップを口に付けた。


「私の生まれ故郷であるイベント、かなぁ。元々はある宗教で降誕を祝うお祭りなの」

「クロエもその宗教の信徒なのか?」


 ジルの問いかけに香枝はふるふると首を振る。香枝自身が信仰している宗教ははっきりとはなかった。強いて言えば仏教徒だったのかもしれないが、自分にその自覚はないし、自分の宗派のこともよく分かっていなかったと思う。


「ううん。私の生まれた国は他の宗教のお祭りも一緒になってお祝いしちゃう国だったんだよ。なんていうか、宗教的なものってよりも冬のイベントって感じで」

「何だ、それ。めでたい国民だなぁ」

「あはは。今思えばそうだよね。でも、クリスマスの時期になるとどこに行っても飾り付けられて、イルミネーションも綺麗で。何だかわくわくするんだよね。付き合ってる人がいる人は、その人にプレゼントあげたりとか。恋人のイベントっていう側面もあったりしてさ」


 故郷を離れてみると、確かに面白い国だったと思う。あの中にいる時はそれが当たり前なことであったのに。

 だが、クリスマスになれば街は赤と緑と白のクリスマスカラーに彩られ鮮やかに染まる。イルミネーションはきらきらと輝き、それだけで楽しい気分になる。正直に言えば恋人がいない香枝にとっては少し色気には欠けるクリスマスではあったが、それでも家族といつもより豪華な食事を囲むのは楽しかったと断言できる思い出だろう。


「それで?お祭りってことは、何か美味しいもの食べるの?」

「……ニーナは食い物のことばっかりだな」

「いーじゃない!それで、何食べるの?」


 それまで黙ってお菓子を食べていたニーナが、キラキラとした目で香枝を見た。ジルはそんなニーナが言った言葉に呆れた顔だが、ニーナは気にした様子もない。


「本来は七面鳥の丸焼きなんだったかな?でも、あたしの家では鶏肉を衣に付けて揚げたのを食べてたなぁ。あとは生クリームのホールケーキを家族で囲むの」

「丸焼き……鶏肉……ホールケーキ……!おいしそう!」


 香枝が思い出しながら言うと、ニーナはぽつぽつと復唱している。確か本場のクリスマスは七面鳥などであったが、香枝の家では白髭のおじいさんのお店のチキンだ。そして弟が好きな白いクリームのケーキ。他にもサラダやスープなど色々あったが、毎年内容が違うのもご愛嬌だろう。


「あはは。でしょ?それで最後は家族でプレゼント交換するのがあたしの家の流れかな」

「ご馳走を食べてプレゼント交換か。そりゃあ楽しいイベントだな。せっかくだし、俺たちもやるか?」

「え?いいの?」

「あたしも美味しいもの食べたーい!」

「ま。そういうことだ」


 ジルの提案にニーナも頷いて、二人は香枝を見た。


「ありがとう!楽しみだなー。それじゃあ、食べ物はあたしが何とかするね!」

「おう。それは頼んだ」

「ごちそう!ごちそう!」


 そして、香枝はこちらの世界でもクリスマスをすることになったのだった。


 人間というのは楽しみなイベントができると、毎日の仕事にもさらに頑張れる。そんな風にわくわくと心が弾んでいるのが、きっと傍目から見ていても分かるのだろう。その日の夜、いつものようにクロードの寝身支度を整えていると、クロードが何気なく口を開いた。


「――ジルに聞いたぞ。クリスマスというのをやるのだそうだな?」

「はい。そうです。私の故郷のお祭りみたいなものなんですけど。私の故郷では雪の降り積もった時期にやるイベントだったので、この雪を見ると思い出すって話していたら二人が一緒にやろうって言ってくれたのです」


 ジルの仕事は資材室担当であるが、クロードとは親しい間柄らしく、そのせいで耳に入ったのだろう。二人と一緒にやる予定のささやかなクリスマス会を思い浮かべてふわりと笑う。


「それで、それは私も参加して良いのだろう?」

「え!でも、それは」


 クロードが聞いてきた言葉は拒否はさせないという声色だった。

 ジルたちには話さなかったが、確かにクリスマスと言うと恋人たちのイベントという側面もある。それに憧れたことがないと言えば嘘になるし、クロードとクリスマスを過ごせるのであればそれはそれでとても嬉しいに決まっている。しかし。


「カエが食事を作ると聞いたが?」

「そうですけど、でも素人ですし。その、クロードの口に入れるにはその!」

「私には食べさせられなくても、他の男には食べさせられると?それは妬けるな」


 クロードはそう言って香枝の瞳をじっと見た。思わずたじろいだ香枝の手を掴んで、そっとクロードの口元まで持っていく。

 料理を作ると言ったのは数時間ほど前の香枝だった。でも、香枝が作るのは家庭料理であって、いつも城で食べているような美しくて繊細な味のものでは決してない。クロードがいつも食べ慣れているものを思うと、香枝が怖気付くのも無理はない話だろう。


「く、クロード……分かりました」

「なに。場所などは我が何とかしよう。カエは細かいことは気にしないで良い」

「……はい」


 満足げに頷いたクロードとは対照的に香枝はがくりと肩を落としたのだった。

 明日から料理を猛特訓しなければならない。日頃から親しくしている料理長ならば、手ほどきもしてくれることだろう。以前は自炊をしていたとは言え、家庭料理のレベルの話だしこちらの世界とは勝手が違うことだろう。それにクロードに食べてもらうのであれば、少しでも美味しいと行って欲しいと思うのが乙女心というやつだ。


 料理長のエドモンに料理を教えて欲しいと頼んだらあっさり了承してくれた。クリスマス会までの数日は彼にからかわれながらの、何だかむず痒い料理教室となることとなった。

 そして、練習を重ねているうちにあっという間に当日を迎えてしまった。クロードたちは早めに執務を切り上げ、夕食を兼ねてクリスマス会をしてくれるらしい。


「本当に大丈夫なんでしょうか!?」


 ずらりと出来上がった料理を見て、香枝の緊張は高まるばかりだ。思わず料理の師匠であるエドモンに詰め寄れば、親子ほども年齢が離れた彼は面倒臭そうに眉を寄せた。実は、このやり取りは今日だけですでに数度目である。


「だから、心配するなって言ってるだろう?クロエの故郷の料理は初めて食べたが、口に合わないような代物じゃない。第一、陛下が愛しい女の手料理に文句言うような男だと思っているのか?」

「……それは」


 エドモンが話したことは尤もなことだった。給仕も行っている香枝にはよく分かるのだが、そもそもクロードに食の選り好みはあまりないらしかった。どれも絶対に食べないような食材もないし、そればかりを食べるようなものもない。それは料理長であるエドモンの腕も大いにあるのだろうが、好き嫌いはあまりないらしい。


「どうせ、陛下のことだから『香枝が作った』っていうだけで何でも美味いって手放しで褒めて喜んでくれることだろうさ」


 エドモンはそう言ってにやりと笑うと、香枝の肩をぽんぽんと叩いた。


「エドモンさん、からかってますよね!」

「は?当然だろ。娘同然に可愛がってたのが一丁前に好きな男なんざ作って、面白いと思う父親がいるもんか。――ま。いいから、さっさと行ってこい。ちゃんとクロエの料理は美味いから」

「……ありがとうございます!いってきます」

「おう」


 エドモンの応援を受けて、料理を載せたワゴンを押していく。城内の王が通るような廊下には絨毯が敷き込んであるので、ワゴンの車輪は音も立てない。エドモンに大丈夫だと言われて、まだ不安なものは不安だがそれでも作ったからには食べてもらいたいと前向きな気持ちに変わっていくのが自分でも分かる。

 大きな扉の前に着くと、一呼吸置く。ここが今回のクリスマス会の会場だ。参加するのはジル、ニーナ、宰相のテオドールと、そしてクロードだ。それにしては少し大きすぎる会場であるような気もしたが、内輪なものとは言えクロードが参加する会だからこの程度で収まってよかったと思うべきなのかもしれない。


「よし!――え?」


 扉を開けるためにノックしようとした手は見事に空振りをした。扉は、香枝がノックをするより先に開かれてしまった。そして扉の先から顔を出したのは誰でもない、クロードだ。


「気配を感じたのでな。入るが良い」

「――陛下!自ら扉を開けるなど、賊でも潜んでいたらいかがなされるおつもりなのですか」

「なに。その時は我が何とかする」

「……陛下」


 にやりと笑って香枝を招き入れたクロードに対して、テオドールは眉を顰めて文句を言っている。彼が言っていることは尤もなことであるのだが、クロードは飄々としていき聞いている様子も無い。テオドールが諦めたようにため息を一つ吐いているのが見えた。


「ニーナ。料理を並べるの手伝ってくれる?」

「うん!わ。おいしそうだねー!」


 ニーナに声を掛けると、彼女は瞳をきらきらと輝かせてテーブルの上に料理を並べていく。とりあえず彼女のお眼鏡に適ったのであれば、上々だろうとほっと胸を撫で下ろした。


 そしてクリスマス会は、食事会という側面の方が大きかったが滞りなく進んだ。

 ジルが部屋の飾りつけを担当してくれていたらしく、香枝がクリスマスとして連想する飾りつけとは大分違ったが、それでもいろんな色がきらきらと魔法で煌めいていて綺麗だった。

 問題の料理も、皆満足そうに食べてくれた。特にクロードはそれこそ手放しで褒めてくれて、見栄えのために作った飾り切りをしただけの茹で野菜ですら最高のシェフの料理のように褒めてくれた。そういえばテオドールすらペロリと平らげていたことには、正直驚いたなと笑いが漏れる。




「……ふふっ。楽しかったなぁ、クリスマス。こっちでもやれるなんて思わなかったや」


 一人部屋に戻ると、先ほどまでの賑やかな集まりを思い出して思わず笑みが零れた。立場も違う人たちばかりだが、楽しく過ごせたと思う。


「――あれ?なに?これ」


 香枝のベッドの上に小さな小包が置かれていたのを見つけて、着替えようかと侍女服のボタンに手を掛けようとしていた手を止める。深いグリーンのベルベット調の生地の手のひらに収まるほどの小箱。それにかけられていたワインレッドのリボンをするすると解くと、中には一枚の小さなカード。

 最近ようやく見慣れたこちらの文字で、確かに「カエへ」と綴られている。その文字は間違いなくクロードのものだ。カードを持ち上げた、その下にあったのは琥珀色に輝くピアスだった。


「クロード……ひゃっ!」


 思わずピアスに触れると、ピアスが発光して辺りが真っ白に染まる。そしてその光がようやく収まって瞼を開けると、香枝はクロードの腕に包まれていた。


「――驚いたか?」


 クロードは香枝を腕に抱いたまま楽しげに囁く。


「それは当然です!これはどういうことですか?」

「カエが我が名を呼びながらピアスに触れると、我の元に飛ばされるように魔法をかけた。今夜の内に呼んでくれて嬉しいぞ」


 クロードはそう言って、嬉しそうに頬を緩ませて香枝の頬に自身のそれをすりすりと寄せた。ふわふわとした毛が頬を撫でるので、つい香枝の頬も緩む。


「この魔法は一回きりなのですか?」

「いや。我の魔力が切れぬ限り続く。……嫌か?」

「まさか。でも、私が突然クロードの前に現れたら驚きませんか?」


 不安そうに瞳を揺らせて香枝を見るクロードに、香枝は首を横に振って答えた。


「それこそ嬉しい驚きだな」

「でも。この石、高いのでは?何だか申し訳ないです」

「クリスマスには想い人にプレゼントを渡すのだろう?」


 申し訳無さそうにピアスを見て眉を下げる香枝に対して、クロードは嬉しそうにこめかみに唇を寄せて満足そうだ。


「そんな話どこで聞いたのですか?」

「ジルが話しておったぞ?」


 クロードが恋人にプレゼントを贈ることを知っているとは思えずに聞き返すと、彼は何の気なしに答えた。その名前を聞いて、にやりと笑って香枝を見るジルの表情が脳裏に浮かぶ。そういえば、資材庫にいる時にクリスマスの説明をしながら話したかもしれない。


「でも、私プレゼントの用意をしていなくて……」

「すでに貰った。カエが私の腕の中に届けられたからな」

「……それでは、私ばっかり嬉しいじゃないですか」


 照れた顔で膨れっ面を浮かべて呟く香枝をクロードは嬉しそうに目を細めて見つめる。二人のクリスマスはこうして過ぎていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ