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01 獅子王の支度係の日常

 とある世界のある国では全身が獅子の姿の男が王を務めていた。顔も獅子と並べても全く違わない。美しく整えられ、きちんと櫛の通された(たてがみ)はそれはそれは見事なものだ。そしてそれを綺麗に保つことが、侍女のクロエの仕事であった。


「――陛下。はい、これで終了でございます」

「何を言う。まだここが少しくねっているではないか?」


 クロエは椿油をつけ、鬣が痛まないように気を付けながら丁寧に優しく櫛を梳いた。一通り終わり、王に終わったことを告げると王は自身の鬣をぐるりと見回す。そして鋭い爪先でちょいと器用に僅かにくねっている鬣の先を摘むと不満げにクロエを見た。


「……」

「ん?どうした、クロエ」

「いいえ。何でもございません。ただ王は繊細な御心をお持ちなのだなと考えておりましたところでございます」


 思わず漏れそうになった心の声を無かったことにするかのように満面の笑みを浮かべて王を見た。


「……ほう。それは褒めているのだろうな?」

「はい。もちろんでございますー。王様は美しい鬣だけでなく、細部にまで心配りのできる素晴らしい方なのだなと思わず言葉が漏れてしまったのです」

「ふむ。そうか。それならば、良いのだ。ほら、ここに櫛を通せ」


 にっこりと笑ったクロエに騙された王は、満足そうに頷くとクロエに引き続き櫛を通すように告げた。

 獅子が二足歩行して服を着ているという容姿の王に対して、クロエはどこからどこを見てもただの人間である。瞳はただのダークブラウンで丸い瞳孔、小さくて丸い耳は顔の横に付いているし、当然ながら尻尾も無ければ鋭い爪も持っていないし、(ひげ)だって生えていない。ただ少しだけ、おそらく少しだけ普通よりも身長が高いのは残念なところだと本人は思っている。だが大きな体を持ち、さらに立派な鬣のおかげで余計に大きく見える王の隣に立つとクロエもそれはそれは小さく見えるのだ。


「魔法がお得意なんですから、ご自分で櫛をお梳きになられればよろしいのではありませんか?」

「出来ないことはないが、魔法を使うと毛が痛みやすい。我の美しい毛が痛んだら大変であろう」

「魔法とは言っても意外に不便ですよねぇ」


 この世界では獣の姿がより強く出ている者ほど魔力が強く、魔力が強い者が王者として国を治めることができる。そしてこの国ではネコ科の姿を持つ者が多く暮らしており、中でも王族は獅子の姿が容姿に現れる。クロエが仕えている現王は歴代の中でも屈指の魔力を持つと言われており、その姿は全身が獣の姿である。それはどうやって二足歩行できているのかと疑問に思うほどの獣っぷりで、横から見ても後ろから見ても獅子が二足歩行しているようにしか見えないのだ。そんな王は鬣を美しく保つことに何よりも心を割いていて、そのためにただの人間であるクロエを雇っている。


「しかし、魔法が使えない人間がいるとはな」

「使えなくても生活はできますよ」


 不思議そうにクロエを見る王を見て、クロエは何てことないという口調で返す。それもそのはず、生まれた時から魔法が使えないクロエには魔法が使えないことが「普通」であるのだ。

 この世界に生きる者であれば、大なり小なり違いはあれどほとんどの人間が魔力を持っている。魔力の低い者も大勢いるが、クロエのように全く魔力がない人間というのもかなり珍しい。そんなクロエには最早理解も出来ないことだが、この王のように魔法が使える人ほど些細なことも魔法で済ませてしまうらしい。まるで呼吸をするように魔法を使う。それがこの世界の「普通」であった。

 例え魔法が使えずともクロエには二本の腕と考える頭があった。確かに魔法を使えれば火を熾すことや、水を汲むことは楽になるだろう。だが、それらのことも慣れてしまえば何てことのないことだ。それにこの世界でも魔力が弱い者も少なくはない。そういった者は自分で何とか暮らしているものだ。そして魔力がない者や魔力が安定しない子ども向けに魔力がなくても使える便利な道具というのがある。


「我には考えられんな」

「王様はそのようなこと考えずともよろしいのです。他にやるべきことがあるのでしょう?本日は東の方から領主様がいらっしゃってるとお聞きしましたよ」


クロエは部屋に入る前に大臣の遣いから聞かされた本日の王のスケジュールを思い出して口にする。スケジュールの詳細については、この部屋を出て執務室に行ってから説明がある。だが、事前に軽くどのような仕事があるのかを耳に入れておくのもクロエの仕事のひとつだ。


「……ああ、そうだ。水源がどうとか言っておったな。さて、今日の我はどうだ?」


 王はクロエの言葉に頷くと椅子から立ち上がってクロエを見た。


「はい。とても威厳に溢れて素敵でございます」

「ふむ。そうか」


 にっこりと笑みを浮かべて言った言葉に王は満足そうににっと鋭い牙を見せて笑った。思えばこの不器用で恐ろしい笑みにも初めは大そう驚かされたものだった。だが今ではクロエもすっかり慣れたもので可愛らしく見えるほどだ。


「それでは、いってらっしゃいませ」

「行ってくる」


 丁寧なお辞儀をしてみせると、王は器用にその鋭い手でクロエの肩にぽんと手を置いて部屋を出て行った。鋭い爪を持った大きな手は簡単にクロエのことを傷つけてしまえそうであるのに、その手は柔らかく優しい。まるでクロエを人形か何かだとでも思っているのではないかと思うほど優しく触れるのだ。その手を想って王の出て行った扉を少しの間だけ見つめる。

 そしてすぐに気持ちを入れ替えて、次の仕事にかかるのだ。


 クロエの仕事場は王の支度室である。

 この世界は魔法で溢れているが、それでも魔力の弱い者はは少なくない。そしてそういった者の働き先は大抵がクロエのように王族や貴族などの傍仕えである。王族や貴族というのは必ずと言っていいほど、魔力が強い。そして魔力が弱い者は魔力の強い者には敵わない、そんな弱肉強食の世界になっているのだ。しかし敵わないからこそ、強者たちは傍仕えとして安心して雇うことができる。ある意味、魔力が少ないというハンデを背負っているからこそ高給な仕事に就けるというわけなのだ。

 クロエがここに務めることになったのも、クロエに全く魔力がないことが判明したからだ。王の傍仕えなんていう仕事は、本来であればある程度身分のある者がなるべき仕事であるのだろう。だが、クロエは両親共にしがない一般人だ。王に万が一のこともあってはいけないために魔力のない人間を探していたのだという。たまたま行った魔力検査で魔力が無いことが判明し、クロエが王の支度室係という大役を務めることとなった。


「――さて、トリートメントの準備をしないと」


 王の居なくなった支度室で一人呟くと、今夜のトリートメントの準備に取り掛かることにした。朝は王の鬣を整えることから始まり、王の鬣のケアで終わるのがクロエの一日だ。特にトリートメントに気を使っていて、今は数種類の薬草や香や油を合わせたクロエの特別ブレンドになっている。元々は自分用に作ったものだったが、王に自身の髪の手入れについて聞かれた際に教えたら大層気に入ってくれたらしい。

 魔法で美しい髪を作ることはできるが、それは見せ掛けのもので実際に髪が美しくなるわけではない。毛というのは魔力を帯びるという性質があるために、魔法を使って触れると痛みの原因になる。全く便利なんだか便利じゃないのか分からない世の中である。

 そんなことを考えながら歩いているとあっという間に資材庫に辿りついた。元は城の隅に追いやられていた資材庫は全く魔法の使えないクロエが王の傍仕えになったことから場所が移動した。魔法の使える人は魔法で物を取り寄せるために場所が遠くても問題ないからだ。これも王のご温情というやつで、本当に有難いことである。

 しかし少し薄暗く湿気の多いこの部屋は魔女か、そうでもなければ幽霊でも出てきそうなくらいで若干薄気味悪くもあるのだが。


「支度係クロエ入りまーす」

「おう。いらっしゃい。毎日精が出るねぇ。今日は何が必要なんだ?」


 クロエの声に反応してカウンターの奥にある戸棚の陰からひょこりと顔を出すのはトカゲの頭を持つ男だ。きょろきょろと爬虫類特有の黄色の瞳を動かしてクロエを見ている。頭部はトカゲそのままの姿で爬虫類独特の鱗のような肌が見え、目に見える部分の腕や首も同じようになっている。その姿はジルが魔力が強いことを表しているに他ならないのだが、彼は極当たり前に王城で勤めている。魔力の強いのであれば資材係よりも他に仕事がありそうなものなのだが、ジルはこれで楽しそうに働いているのでよく分からないものである。人間、向き不向きがある。そういうことなのだろうと子どもではないクロエは考えることにしている。


「ジル、こんにちは。ええと、今日はそうだな。椿の葉が残り少ないから、それを。あとはヨモギ葉とイチジク、りんごも。そういえばローズオイルは届いたの?」

「ああ、届いてる。ほらよ」


 王のトリートメントのためによく資材庫に通うクロエとジルはすっかり気心の知れた仲だ。適当に崩した言葉もそのままにジルに注文を頼むと、ジルはごそごそと動いて、カウンターの上に並べていく。そしてパチンと指を鳴らすと、後ろのヤカンからほかほかと湯気が立った。


「ありがとう!はい、これが今日のおやつ!さっき料理長にもらったんだ」


 クロエはそう言ってにっと笑うと、エプロンのポケットから朝もらったマドレーヌを取り出した。ワックス紙で簡単に包まれたそれは料理長の自慢の一品だ。料理長の趣味は焼き菓子作りなのだが、周りの女性人には太ると食べてもらえないらしく、こうしてクロエに渡してくれるのだ。


「茶でいいか?」

「うん。ジルと同じので」

「――ほらよ。今日はアップルティーだ」


 クロエが答える前に、ジルはお茶の葉をポットに入れていたのだろう。クロエが答えた時にはポットにお湯を注ぐ音が聞こえた。ジルからカップを受け取ると、ふわりとりんごの甘い香りが辺りを包む。


「マドレーヌにシナモンが入ってるからアップルティーが合うね!」

「だろ?」


 自然に笑顔が零れるクロエを満足そうに見ると、ジルもマドレーヌに手を伸ばす。ジルは熱い飲み物が苦手なのでカップはまだカウンターに置いたままだ。熱々のお湯も魔法が使えるだけであっという間に沸いてしまう。クロエであれば道具を使わなければならないので、やはり少し時間がかかってしまう。温かいお茶に心も体も温まってきたところへ、コンコンと再び扉を叩く音がした。


「ニーナです。入ります」

「あ。ニーナ、いらっしゃーい」


 入って来たのは客室係のニーナだ。出会ったきっかけは些細な偶然だったが、今では親しい侍女友だちである。担当は大きく離れているが、だからこそ気楽に付き合える友人だ。


「おいおい、クロエ。ここの主は俺だぞ?――ニーナも茶飲むか?」

「あ、うん。ジル、お願い」


 ニーナはジルに頷くと、当たり前のようにクロエの隣に座る。この資材庫にやって来るということは、当然ながらニーナもかなり魔力が少ない。クロエとは違い、茶トラ模様の三角の耳が頭の上にちょこんと付いているが、それ以外はほぼクロエと同じような姿だ。よく見れば瞳が少し変わっているのだが、言われないと分からない程度だ。ニーナは魔力があれば猫の性質が現れる家系に生まれているらしい。


「クロエってばこんなところでサボってていいわけー?」

「こんなところとは酷い言い草だな。俺の城だっつうのに。茶、いらねぇのか?」

「ああ!嘘嘘!こんなに落ち着ける場所はありません!ごめんなさい、ジル様ー!」

「ちょっと休憩してるのー。もうすぐ戻るよ。もう昼食の時間だし」


 ジルがひょいとお茶を遠ざけるので、ニーナは慌てて拝み倒すかのように謝っているのがおかしい。これもいつもの資材庫の光景である。クロエはくすくすと笑ってから、まだ熱いお茶を口に含んで飲み下す。今はクロエの束の間の休憩時間だ。


「本当だな。しっかし王もお前の手ずからじゃねぇと飯が食えねぇとはな」

「手ずからってね。給仕って言ってもらえる?それに、王様は少しでも魔力のある人を傍に置きたくないだけよ」


 クロエの本職は王の支度係だ。その名の通り、王の支度を手伝うことが仕事である。王の支度は職務だが、給仕などはクロエの仕事ではないはずだった。当然ながらクロエがこの仕事に就く前は違う人が行っていたのであったが、今では当然のようにクロエの仕事になってしまっている。


「まぁ、いいが。……そろそろ時間じゃないのか?」

「わ!本当だ。ジル、ご馳走様!これ、もらっていくね!」

「おう。また来いよ」


 どうやらゆっくりしすぎたらしく、時間はそろそろ食堂へ行かなければならない時間を示していた。クロエは行儀悪くティーカップを一気に飲み干して、ジルとニーナに手を振って荷物を掴んで資材庫を出る。荷物を支度準備室に無造作に置くと、今度は食堂まで早歩きで急いだ。


 執務の時は信頼の置ける補佐官やら書記官やらを周りに置いているようだが、プライベートな部分ではその彼らですら傍に置きたくないらしい。王の食事の際に傍にいるのはクロエただ一人だ。他の人が部屋の前まで持って来たものをクロエが受け取り、それを王の前にお出しするのだ。


 クロエが食堂で食事の準備を整え終えると、まるでそれを見ていたかのようなタイミングで王が食堂へとやって来た。それもそのはずで、昼食用のこの部屋は彼の執務への利便性を考えて執務室から直結しているのだ。


「早かったか?」

「いえ。ちょうど準備が終わったところでございます。お食事をお持ちしてよろしいでしょうか?」

「ああ」

「かしこまりました」


 王へ恭しく頷くと、クロエは侍従専用の扉まで行き、担当の者から食事の乗った台車を受け取って押してくる。王の昼食は量が多い。肉食獣な姿の期待には反して、王は野菜も好きでサラダもたっぷりだ。それを丁寧に王の前へお出しする。

 王がクロエに給仕をさせるのは毒見のためではない。クロエには毒が入っていてもいなくてもさっぱり分からないし、食べたら即死できる自信がある。そもそも、王には毒避けの魔法が使えるので毒見の必要はない。そして料理に詳しくないクロエに料理の説明を期待しているわけでもない。


「クロエは食事を終えたのか?」

「いえ。王の前にいただくなんてとんでもないことでございますので」

「そうか、分かった。お前もそこで食べろ」


 王が言い出したのはそれこそとんでもないことだった。クロエはわざとらしく聞き返して王を見る。


「何を仰っておられるのか私には理解しかねます」

「私は既に食事をしている。これでお前が私の先ということにはならないだろう?」

「それとこれとは話が違います」

「どうせ誰も見ておらん。我の言うことが聞けないのか?」


 首を横に振って何とか穏便に断ろうとするクロエに王は止めの一言を発した。いつもそうだ。結局クロエはこの一言に屈せざるを得ないのだ。


「……承知いたしました」

「うむ。それで良い。料理は全てテーブルに並べてしまえ。もう我のことは良いから、そこに座れ」


 満足そうに笑う王に、横の席を指されて大人しく座る。そもそもクロエは王の臣下であるので、彼の言葉を断る術を持っていないのだ。王が右と言えばそれが左であっても右。クロエは長いものには巻かれる主義だ。


「失礼致します」

「いつもこうなるのだから初めから横に座っておれば良いものを」


 クロエが隣に座ったのを見ると王はくつくつと楽しそうに笑う。そう、結局いつもクロエは王と一緒に食事をとることになってしまうのだ。


「しかし、私のような重職についているわけでもない臣下と食事を共にするなんて。誰かに見られでもしたら、王の醜聞になってしまいます」

「はは。どうせこの部屋には私とお前しか入室することは敵わぬ」

「はいれ……入れないんですか?!」


 思わず侍女としての仮面が剥がれかかって、素の声を上げてしまった。そんなクロエを王はまた楽しそうに見て笑っている。


「ああ。この部屋は私が在室の時は私の魔力にのみ反応して鍵が開くようになっているからな」

「え?でも、私は扉を開けられましたよ?」

「それはお前が魔力を持っていないから、条件から除外されるということだ」

「はぁ、そうなんですか?」

「というわけで、何人も我とお前の時間を邪魔できぬよ。ほら、もっと食わぬか」


 そう言って王はにやりと口元を緩め、肉を頬張っている。その姿はまさしく肉食獣さながらで、さすがのクロエも顔が引きつってしまった。そして王はそのままずいっと料理をクロエの前に差し出すので、それを恐る恐る受け取った。


「……ありがとうございます」


 人間は食べないと確かに聞いた覚えがある。でも実はクロエを太らせて食べるつもりじゃないだろうかと頭に浮かんだが、慌てて頭を振って今頭に浮かんだ映像を消した。外見が肉食獣なだけで、実は生肉も食べないし内蔵もあまり好きではない。そして実は野菜や果物が大好きな王が人間を食べるわけがないのは当然のことだ。そもそも彼はクロエと同じ「人間」なのだから。


「何をしておる?料理が冷めるぞ」

「いえ。なんでもございません」


 そんな様子を見ながらスープを口に運んでいると、心配そうにクロエを見る王と目が合った。今日も料理長の腕は確かである。


「どうだ。美味いか?」

「はい。美味しいです」

「そうか、そうか。ではもっと食べろ。これも美味いぞ」


 王は嬉しそうに目元を緩ませて、まるで子へ餌でもやるかのようにクロエへ料理を差し出すのだった。差し出される料理はそれはそれは美味しい。クロエが普段食べるものとは当然ながらレベルが違うのだ。無意識に表情を緩めていたらしいクロエを見て、王は眩しそうに目を細めた。


「――お前は我を恐れぬな。この姿が恐ろしくはないのか?」

「恐くはありません」


 クロエの口から出た言葉は王を喜ばせるためではなく、心からの本心だった。


「なぜ?」

「……なぜと聞かれると、そうですね。現実感が薄いと言いましょうか」


 改めて理由を聞かれると返答は難しかった。クロエにとって王の獅子の姿は現実感が薄い。まるでよく出来たぬいぐるみかCGのように感じてしまうのだ。

 クロエの知る現実にこのような姿で言葉を話せるのは映画などの物語の中だけだ。それにクロエの知っている獅子は檻の中で気だるげに寝ている姿のみ。凶暴な面をテレビ越しでしか見たことがないおかげで、ライオンは大きな猫科動物という印象が強い。


「現実感?毎日我の毛に触れておるくせに何を言っているのだ」

「それとこれとは話が違うのです。……それとも、本当は王様は私なんぞを召し上がりたいとでもお思いでいらっしゃるのですか?」


 くつくつと楽しげに笑う王を見ながら先ほど一瞬浮かんだ嫌な考えが脳裏に浮かぶ。自分の首元に牙を食い込ませ、血を滴らせて動けなくなる姿だ。もちろんその牙の持ち主はこの目の前の王である。思わず身震いしたクロエに王は眉の間を寄せて、クロエを見た。


「阿呆が。……まぁ、クロエがどうしてもというのならば考えなくもないぞ?」

「わ、私なんて召し上がっても美味しくないですよ?きっと肉は固くて苦くて、脂だって匂いがキツいはずでございます!ですから、そんな偏食はお勧め致しません!」

「……肉?――我はそんな血生臭いものは食さぬ!やはりクロエは阿呆だった」


 王ははぁとため息を吐くと、食欲が失せたのか近くにあった水に手を伸ばす。


「お茶をお淹れ致しましょうか?」

「よい。お前はもっと肉を付けろ。これも食え」


 お茶を淹れようかと立ち上がろうとしたクロエを制して、王はクロエに肉の刺さったフォークを差し出す。


「ま……まさか、王様!?」

「良いから食え。お前に噛み付いたりしないから安心しろ」


 肉を王を交互に見比べて戸惑っているクロエに苦笑して、ぐいとその料理をさらに口元に近づけた。


「信じてますからね!」

「……ああ」


 もぐもぐと口元を動かして咀嚼するクロエを見つめ、王は優しい笑みで頷いた。

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