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番外編 資材庫の守り人

 城で働く侍従たちの朝は早い。朝日が上がるよりも前に厨房が動き出し、仕える主人たちの身支度を整えるために侍女たちも音を立てずに動き出す。


 しかし、資材庫の番人と呼ばれる、ジルの朝はゆっくりだ。

 実は起床自体は主であるクロードよりも遅い。だが、誰の世話も必要としていないので気付かれていないだけである。そもそもクロードの場合は身支度という名の恋人との逢瀬にたっぷり時間を取っているのもあるのだろうが。

 ジルは今頃恋人――クロエに(たてがみ)を整えて貰いながら、その鋭い牙を見せてにやけている主を思い浮かべて、己のつるりとした毛の一本も生えていない頭を撫でる。ジルの一族は蛇の一族だ。結界などの守りの術を得意とし、特にその力が強いものの姿は一様にして白い蛇の姿を模している。当然ながらジルもそうで、頭だけでなく全身に毛はなく、その代わりに光を受けて輝く鱗が体を覆っていた。

 ジルは毛のないこの姿を気に入っていた。クロードのように身支度に時間は掛からないし、汚れてもさっと拭くだけで綺麗になる。太陽の光を浴びるとオパールの宝石のように光るのも特に気に入っているし、ジルの一族ではその鱗の美しさで異性にモテるかどうかが決まるのだ。そう言った意味では、力が強く鱗の美しいジルは一族でも特に美しい美男子である。生憎、その良さを分かるものはこの城にはいないのだが。


「――ジル様、ご朝食の準備が整いました。本日はこちらでお召し上がりになられますか?」

「ああ。ここに持ってきてもらえるか」

「はい。かしこまりました」


 顔と一緒に頭も洗うという簡単な身支度が終わると、ジル付きの侍女が扉ごしに声を掛けて来る。それに返事をすると、侍女はいつものように資材庫奥にあるジルの私室に朝食を乗せたカートを運び入れた。

 ジルは資材庫管理という仕事をしているが、王宮の中でも高位の役職に就いている。それは彼が国の防衛の要となる、守護の結界を担っているからだ。この城は国の中心に建築されているが、それには大事な意味がある。彼が結界を発動するための鍵となっているのである。そのため、彼を中心として結界が広がるので、城は国の中心部にあるのが好ましいのであった。

 そのような重要な役目があるために、ジルの部屋付きの専属侍女がいるくらいには彼ら守り人の地位は高い。


 ジルは侍女が運び入れた朝食を独りで静かに食べる。部屋に運び入れるまでに温かい食べ物も冷たい食べ物に変わってしまうのが難点だと食堂で食べることを好む者も多いが、温かい食べ物にはあまり興味のないジルには関係がない話だった。それよりも、他の城住まいの者たちとたまたま一緒になってしまった時の不躾な視線の方が好きではない。そういう意味ではこの部屋付きの侍女の淡々とした仕事ぶりは好感が持てるだろう。


「さて、そろそろ入荷のチェックでもするかな」


 朝食を食べ終えると、ジルが寝ている間に資材庫に入荷した品物のチェックをする。業者とのやりとりは侍女が代わりに行ってくれるので、ジルはそれらの品物が注文したものと相違がないかチェックするだけの簡単な仕事だ。

 だが、これでも資材庫の管理を任される前よりはずっとやることがあって有意義な一日である。国の防衛の要である結界の管理が元々のジルの仕事であるのだが、その仕事は相当暇だ。戦争のあるような時代であったり、国に攻撃を仕掛けるような者がいれば、日々結界が傷付くために修復作業があるだろう。だが、現在は先代から数十年と続く平和な時代である。そもそも、国どころか世界を探しても小さな紛争を除いて戦争を行っているような国はないのだ。そして結界自体に綻びや傷が生まれれば、調べるよりも先に魔法が壊れる感触を感じるので、わざわざ調べるような必要もない。そういうわけで、ジルの日常は相当暇だったのである。


「おっと、これは品切れか。まぁ、そろそろ夏になるしなぁ」

「――支度係のクロエです」

「ん、クロエか。入れ」


 ジルはクロエの声を聞いて、資材庫の扉に防音の結界を施す。ジルとクロエは親しい仲とは言え、彼女は王の恋人である。聞かれてはまずいことがないとは言い切れないので、こっそりと防音を施すのを忘れない。


「はい、今日のおやつは苺のムースだよ」

「おお。それは良いな。今、茶を入れよう」


 クロエはほぼ毎日、厨房から貰ってきたおやつを携えて資材庫を訪れる。どうやらクロエは相当可愛がられているらしく、ジルには無愛想な厨房の料理人がせっせとクロエにお菓子を作って渡すのだ。料理人は猿の一族の初老の男であるのだが、どうやらクロエが彼の娘に似ているというのが彼の言い分である。しかし、彼に似ているのであればクロエはもっと腕が長いし、毛も多く、尻尾が生えているはずである。それでも猿の一族がクロエの姿に一番近いのは確かにそうなのかもしれない。

 ジルは魔法で沸かしたお湯でお茶を入れて、クロエの前に置く。クロエのためのお菓子であるのだろうが、冷たいものを作るあたり、無愛想な料理人はジルが食べることも考えているのだろう。


「ありがと。でもさ、ジルは熱いお茶嫌いなのに、なんでいつも熱いお茶入れてくれるの?」

「ん?茶なんてそのうち冷めるだろ」

「そうだけど。……ありがとね。ジルが入れてくれるお茶いつも美味しいよ」

「当然だろ?俺が入れてやるんだからな」

「もう、ジルってば」


 照れたような顔でぽつりと言うクロエに当然のように返してやれば、彼女はくすりと笑ってお茶を飲む。そうして二人でゆっくりとした時間を過ごしていれば、いつもの賑やかな彼女がやってくるのである。


「――あ!二人でまた何か食べてるー!」

「ニーナの分もあるよー」


 騒がしく現れたのはオッドアイを持つニーナである。そんなニーナにクロエは当たり前のようにへらりと笑って、もう一つあった苺のムースを差し出した。


「ニーナ。お前はいつになったらノックして入室するってことを覚えるんだ?」

「他の部屋ではやってるもーん」

「ならなんでこの部屋ではしない」


 大きなため息を隠そうともせずに吐いてニーナを見れば、彼女は悪戯が成功したような顔でにやりと笑ってクロエの隣に座った。彼女の前にもクロエと同じお茶を出すと、ニーナはそれを自分の側に引き寄せる。


「そんなこと言って、ジルがその気になったらあたしを部屋に入れないようにできるってこと知ってるんだからね。――うーん!この苺のムースおいしい!」

「いま苺のおいしい季節だもんね」


 呆れた顔のジルを他所に女性陣は苺のムースに夢中である。確かに酸味もあるが、甘みの強いこの時期の苺は文句なしに美味しい。うっかり笑みを零しそうになったところでにやりと笑ったニーナと目が合った。


「――でしょ?」

「まぁ、そうだな」


 得意げな顔のニーナに頷いて、ジルは適度に冷めたお茶を飲んだ。彼女の瞳には魔法の全てが映る。そのために、彼がこの部屋の扉に施した魔法の内容が分かるのである。

 彼がこの部屋にかけている魔法はとある結界を彼なりに改変されたものだ。その魔法にはとある条件付けがされている。それは彼が許可した者以外をこの部屋に入ることを禁じるというもの。そしてその許可する人物の中に、この無邪気な女性たちの名が記されているのであった。

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