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第一話 ぼっちがオンラインゲームを始めたら

太陽の光が世界を照らし、果てしなく広がる青空を、大小様々な鳥が群れを成して飛んでいる。どこまでも続く大地には爽やかな風が吹き、生い茂る草花を優しく揺らしている。


そんな自然豊かな光景を、一人の少年は戸惑いの思いで見つめていた。当然である。何故ならこの少年、今の今まで自分の部屋でパソコンに向かい合っていたのだから。


「・・・こ、ここはどこ?」


呟き、少年はついさっきまでの事を思い出していた・・・。





中学二年生の田中亮一には友達がいない。正確には幼馴染以外の友達が一人もいない。その理由は、彼の外見と、その性格にあった。


中学二年生にして百八十オーバーの長身は、多少の驚きがあっても仕方がない。だが、それに鷹の様に鋭い目と、その左目に縦に走る傷が加わると、途端にガラの悪い人間へと変わってしまう。この傷は、彼が九歳の時、川で遊んでいる最中に岩で切ってしまったものである。しかし、事情を知らない者達はその雰囲気と相まって暴力沙汰で作られた傷と勘違いしてしまう。


以前、道で亮一にぶつかった高校生くらいの不良が涙目で土下座してきた事があった。自分に財布を差し出し、全速力で逃げる不良の背を目で追いながら、亮一はその場にへたりこむ。


「・・・こ、怖かったぁ・・・」


実は亮一、その見た目からは想像できない程、穏やかで大人しい性格の持ち主だった。引っ込み思案と言ってもいいだろう。学校でも、クラスメイトとろくに会話を交わしていない。たまに会話する事があっても、緊張のせいで顔がこわばり、相手の顔をジッと見つめて相槌を打つ事しか出来なかった。相手からすれば、その鋭い目で見つめられる・・・いや、睨みつけられれば、抱くのは恐怖しかなかった。それが益々亮一へのイメージを悪くしているのに、本人は気づいていない。


そんな亮一を見て黙っていられなかったのが、亮一の幼馴染にしてただ一人の友人である柏木昴だった。亮一とは対照的に、男女共に友達の多いクラスの人気者であったが、昴にとって一番の友はやはり亮一であり、その友達が孤立しているのに我慢できなかったのだ。


「なあ亮一。もう少しみんなと話してみろって。そうすればくだらねえイメージなんてすぐ消えちまうよ」


放課後、一緒に歩く帰り道で、昴はそう切り出した。


「う、うん。僕もそうしたいんだけど、中々上手くいかなくて・・・」


「そっか。・・・うん。やっぱりお前はコミュニケーション能力を鍛えた方がいいな。よし!」


ポンと手を叩く昴に、亮一は期待と不安を同時に抱いた。自分の大切な幼馴染がこの仕草を見せる時、素晴らしいアイディアを思いついたか、呆れるほどの下策を思いついたかのどちらかなのである。ちなみに、過去の成績は三勝五敗で、その全てに亮一も関わっていた。


「亮一、お前確かパソコン持ってたよな」


「え? あ、うん。ちょっと前にお父さんが買ってくれたんだ」


この歳までワガママらしいワガママも言わず、物もねだらない亮一に父は最新のPCを買い与えた。「これで動画サイトなりゲームなりして遊びなさい。ただしエッチなサイトは駄目だぞ。もしどうしても見たいというなら・・・その時はお父さんも混ぜなさい」との事らしい。父はこの発言の直後、亮一の目の前で母にボコボコにされていた。


―――あなた! 純粋な亮一に変な事吹き込まないでください!


―――ぶっ!? ちょ、ま、ジョーク! お父さんジョークだからばっ!?


「どうした、そんな遠い目をして?」


「あ、ご、ごめん。ちょっと思い出しちゃって」


「? ま、いいや。とりあえず、土曜日にお前の家に遊びに行っていいか? ぜひともやらせたいゲームがあるんだよ」


「ゲーム?」


「おう! 俺もやってるオンラインゲーム『エターナル・ワールド』をな! 色んな人間と関われるから、お前もきっと楽しめると思うぞ!」


その名前は亮一も聞いた事があった。教室で一人本を読んでいる時、ふとクラスメイト達が話題にしていて、それが耳に入っていた。


「よし決定! じゃあ土曜日の昼ぐらいに行くからな!」


「う、うん」


自分の意思と無関係にトントン拍子に話が進んで行く事に苦笑する亮一だが、この幼馴染は昔からそうだし、何より自分を引っ張ってくれる事に強く感謝していた。昴がいてくれなければ、自分は間違いなく引き籠もりになっていただろう。


それに、少しワクワクしている自分もいた。オンラインゲームは、世界中の様々な人と一緒に遊ぶ事が出来る。もしかしたら、友達だって出来るかもしれない。


(現実では無理でもゲームの中なら・・・。そして、昴君の言うコミュニケーション能力を養って、いつかは現実でも友達を作るんだ)


約束の土曜日の昼過ぎ、昴が亮一の家にやって来た。玄関で出迎えていると、奥から母が顔を覗かせた。


「あら、昴君じゃない。いらっしゃい。久しぶりね」


「どもっすおばさん! いやー、最近部活が忙しくって。今日は顧問の先生の都合で休みなんですよ」


「それで遊びに来てくれたのね。嬉しいわ。亮一、早くお部屋に案内してあげなさい。あとでお菓子とジュース持って行くからね」


「うん」


「あざっす!」


駆けるように部屋へ向かう亮一と昴。自分の息子の楽しそうな笑顔を見て、母もまた微笑むのだった。


「それで昴君。オンラインゲームってどうすれば始められるの?」


「あ、そっか。お前普段ゲームとかやらねえもんな。わからなくても仕方ねえか」


「うう、ゴメン」


「はは、んな事で謝んじゃねえよ。とりあえずPCを起動させてくれ」


「わかった」


指示通り、亮一はPCを起動させる。


「次は『エターナル・ワールド』で検索してみ」


「エターナル・・・ワールドっと・・・」


検索エンジンのトップに「『エターナル・ワールド』を始める方へ」と表示された。それをクリックする。


「こっからアカウントの作成とかちょっとメンドクサイ手順があるけど、まあ落ち着いてじっくりやれば大丈夫だからな」


そうして、昴の言うメンドクサイ手順をなんとか終わらせ、ようやく亮一は『エターナル・ワールド』の世界へ足を踏み入れる事となった。龍が舞い、魔法が奔る壮大なOPが流れ、続けてスタート画面が表示された。


「まずはキャラ作りだな。NEW GAMEをクリックしてみな」


言われた通りにクリックすると、ローブを纏った老人が現れ、『エターナル・ワールド』の世界について説明を始めた。


『世界を闇に包んだ邪神が封印され二千年。再びその邪神が復活を果たそうとしておる。そなたには救世主として、邪神からこの世界を守る使命を果たしてほしい』


「邪神を倒す為に現実世界から召喚されたのがプレイヤーって設定なんだぜ。王道というかテンプレというか・・・まあ、こういうシンプルなのは俺大好物だけど」


「僕も、こういう設定の小説とかよく読んでるよ」


説明する昴に亮一が答える。オーソドックスなストーリーだが、少年の心を掴むには十分だったらしい。


画面から老人が消え、キャラクター設定画面に移行した。昴が言うには、この『エターナル・ストーリー』はキャラクター設定の自由度が高いのも人気の一つらしい。髪の形や色、体格はもちろん、腕や足の長さ、果ては爪の色まで自由自在で、唯一無二のキャラクターでゲームを楽しめるのだ。


「だからこうすれば・・・」


マウスを動かす昴。画面には銀髪にオッドアイと、見事な中ニキャラが表示されていた。もちろん亮一は却下する。こんな目立つキャラでプレイするなんて自分には絶対無理だ。


「普通! 普通でいいから!」


「そうか? ならちゃんとお前っぽいキャラにすっか」


再びマウスを動かす昴。じっくりと時間をかけキャラを作っていく。気付けば一時間が経過し、画面には亮一そっくりのキャラクターが立っていた。


「どうだ。左目の傷まで完璧だろ?」


「す、凄い! こんなにそっくりに出来るなんて・・・!」


「名前はどうする? そのままリョーイチにするか?」


「・・・ゼロ」


「おお、中々中ニっぽい名前じゃねえか」


「友達“ゼロ”のゼロだよ」


「切ない!」


名前を入力し終えると、いよいよ本格的にゲームがスタートする。キャラクター“ゼロ”が立っているのは、広い草原の真ん中だった。


「この草原から東に移動すると村がある。そこで装備を整えてさらに東にある王都カーライルを目指す。さ、やってみな」


「う、うん」


言われた通りに移動する亮一。すると突然、ゼロの前に何かが姿を現わした。


「な、何!?」


「落ち着け、モンスターだ。これはグリーンゲルだな」


緑色のグネグネしたモンスター。エターナル・ワールド最弱のグリーンゲルだった。驚く亮一の前で、動きを止めたゼロに体を変形させながらゆっくりと近づき始める。


「雑魚だから心配するな。二、三回斬れば終わりだ」


昴の言った通り、二回攻撃するとグリーンゲルは姿を消し、画面下のINFOに『二の経験値を手に入れた』と流れ、グリーンゲルのいた場所に小さな袋と金貨が出現した。


「素材アイテムと金だな。残さず拾っとけよ」


「わかった」


それぞれの上でクリックすると、INFOに『緑色の液体を手に入れた』『三ゴールドを手に入れた』と流れた。亮一は気を取り直し、再び移動を開始する。


途中、何度かグリーンゲルに襲われたが、亮一は落ち着いてそれらを倒していき、四体目を倒した所でファンファーレが鳴った。何事かと目を丸くする亮一だったが、直後INFOに流れた『ゼロのレベルが二にあがった』『三のスキルポイントを手に入れた』を見て納得したように頷いた。


「あ、レベルが上がったんだ。けど、このスキルポイントって何?」


「スキルを覚えるのに必要なポイントだよ。『エターナル・ワールド』には“ジョブスキル”と、“武器スキル”がある」


「どう違うの?」


「プレイヤーキャラは剣士や魔術師といった職業に就けるんだ。で、“ジョブスキル”っていうのは、職業ごとに覚えられるスキルの事。剣士なら通常攻撃よりも強力な“パワースラッシュ”とか魔術師なら“ファイアーボール”なんて具合にな。この職業ってのがとんでもない数で、今じゃ戦闘系だけじゃなくて、鍛冶が出来る“ブラックスミス”や、通常の回復アイテムより効果が高い料理を作れる“コック”なんて職業もある。もうエターナル・ワールドで出来ない事は無いんじゃないかってよく言われるけど、俺もそう思う」


「そ、そんなのまであるんだ」


「そんでもって、“武器スキル”は武器を装備する事で使用出来るスキルだ。“剣”のスキルを上げれば、剣を装備した時に攻撃力に補正がかかったり、“杖”スキルを上げればMPと魔力が上昇したりする」


「なるほど。・・・あれ、でも“武器”スキルってその武器が装備出来なかったら意味無いんじゃないの?」


「よく気付いたな。確かに、剣は無職と剣士、それと剣士の上位職しか装備出来ない。けどな“武器”スキルを最大まで上げると、その武器を完全に極めたって事で、他のジョブに転職しても装備できるようになるんだ。だからやろうと思えば、「斧を振り回す僧侶」とか、「魔法を撃ちまくるバーサーカー」とか作れたりもする」


「そうなんだ。でも、全部覚えるの大変そうだね」


「そうでもねえぞ。まだ序盤だから入手ポイントも少ないけど、中盤あたりから稼げる場所がいくらでも出て来るからな。その辺りがこのゲームの人気の理由でもあるんだ。「時間の無い社会人の方でも少し頑張ればすぐ強くなれます!」って公式で言ってるくらいだし」


「へ、へえ・・・」


「けど今は何も覚えられない。カーライルで職業を選んで始めてスキルを覚えられる。そこからが本当の冒険の始まりだ。さあ、そうと決まれば王都に急ぐぞ」


「うん!」


しばらくして、ようやく最初の目的である村へと到着した。そこにあった店で、亮一は装備していた『短剣』と、道中グリーンゲルから手に入れた『緑色の液体』を売った金で『ウッドブレード』と薬草を三つ購入した。


「これで十分だ。村を出るぞ」


「うん」


村を出てさらに東を目指す。すると、今まで草原だったフィールドが、石畳の道に変わってきた。右上のマップを確認すると、王都まであと少しである。だが、またしてもグリーンゲルが姿を現わした。しかも、さっきまでとは違い、今度は五体同時に襲いかかってきた。


「王都前の最後の障害か。サクっと終わらしてやれ」


亮一は頷き、新しく装備した『ウッドブレード』でグリーンゲルの群れを瞬殺した。落としたアイテムと金をキッチリ拾い、歩みを再開する。そして、ようやく最終目的地である、王都カーライルへと足を踏み入れたのだった。


「着いた・・・」


画面が切り替わり、冒頭の老人が再び現れた。老人は王都まで無事についた事を喜ぶと、これから生きていく道・・・つまり職業を決めるよう言って来た。


前衛の要『剣士』。


百発百中の狩人『アーチャー』。


聖なる癒し手『プリースト』。


不可能を可能とする『魔術師』。


この基本職の他に、上級職、さらには隠されたレア職も存在するが、始めたばかりの亮一には関係の無い話である。


「どうする、亮一?」


「・・・決めた。一番無難っぽい剣士にするよ」


こうして、ゼロの最初の職業は剣士となった。最後に励ましの言葉を残し、老人は消えていった。


「職業も決まったし、今日のところはこれくらいにしとくか。メニューからログアウトを押せば終わるぞ」


「セーブはしなくてもいいの?」


「ああ、オンラインゲームは基本自動セーブだからな」」


ゲームを終了させ、亮一は満足そうな顔で背伸びした。


「どうだ? まだ最初だけど、楽しいだろ?」


「うん。昴君がハマってるのもわかるよ」


「よし、なら明日は学校終わったら一緒にやろうぜ! 色々教えてやるよ!」


「うん!」


翌日から亮一と昴は一緒に行動するようになった。昴のキャラクター『スバル』は剣士の上級職の一つである『ソードマスター』で、レベルは四十六。亮一にとってとても頼りになる相棒だった。


『昴君のキャラ凄いね。全身に剣を装備してる』


画面に映る『スバル』は、背中に長剣を背負い、腰に二本の剣、同じく腰の後ろに二本の短刀。そして、膝の横に二本のナイフ。合計七本もの剣を装備していた。


『カッコいいだろ! セブンソードのスバルと呼んでくれ!』


『それ全部戦闘で使えるの?』


『いや、使えるのはこの“バスターブレイド”だ。他の剣は言っちまえばファッションみたいなもんだ。ストーリーを進めたらマイルームってのが手に入るんだけど、そこで見た目を色々弄れるんだよ。その機能を使って装備させてるってわけ』


『そうなんだ』


『よし、おしゃべりはこれくらいにして、早速クエストに出かけようぜ!』


『うん!』


二人は連日の様に冒険に繰り出し、いつしか、ゼロのレベルは二十に達し、ようやく初心者を卒業する事が出来た。そんなある日、昴が亮一へある提案した。


「亮一、お前のキャラも結構強くなったし、そろそろ他のヤツとパーティーを組んでみてもいいんじゃないのか」


「ええ!? そ、そんな、まだ早いよ・・・」


「んな事ねえって。な? 一回組めば次からは楽になるし」


「で、でも・・・」


躊躇う亮一に、昴は最終通告を出した。亮一が他の人間と一回でもパーティーを組まない限り、自分は亮一と一緒に冒険には出ないと。


「そ、そんなぁ!」


「嫌ならさっさとパーティーを組め! 大丈夫、お前なら出来るって」


バシバシと背中を叩く昴。亮一は渋っていたが、やがて決意したように頷いた。そうだ、自分がこのゲームを始めたのは、友達を作るため。だから昴も心を鬼にしてこう言って来たのだ。ならば、やるしかない!


(よ、よし! やってやるぞ!)


そう誓う亮一だったが、家に帰り、ゲームを起動させた所でまたしても躊躇いが生じた。果たして、自分なんかとパーティーを組んでくれる人など、昴以外にいるのだろうか。


「やっぱり足を引っ張りたくないし・・・」


昴の様に強いキャラだったらそういう事もないだろうが・・・。生憎自分のキャラのレベルはまだ二十。せめてもう少しレベルがあれば。・・・もう少し?


「・・・そうだ。別に今無理にパーティー組む必要無いんだ。もっと強くなって改めてパーティーを組んでくれるようお願いすればいいんだ!」


それからの亮一はまるで何かに取り憑かれたかのように『エターナル・ワールド』に熱中するようになり、彼のキャラクター“ゼロ”は恐ろしいスピードで成長していった。


「もっと強いモンスターのいるダンジョンは・・・」


攻略wikiを頼りに、より経験を積めそうなモンスターの出現するダンジョンを目指し・・・。


「『攻撃魔法しか撃たない魔術師はいらない』。『補助ばっかりじゃなく攻撃してくれ』・・・って事は、どっちも使えるようになればいいのか!」


一つの職業を上位職を含め極め、それと共に“武器”スキルも鍛え・・・。


「やっぱりアイテムも装備も揃えてた方が・・」


強力なアイテムや装備の為に何度も同じ敵に挑み・・・。


いつしかレベルはMAXに達し、ステータスは四ケタを越え、レアを含めた職業全てを極め、覚えていないスキルは無くなり、アイテムも限界まで所持、高難易度イベントでしか手に入らない装備で身を固め、ゼロは文句無しの強キャラへと成長した。


亮一は凝り性だったのだ。


「よお、亮一。調子はどうだ?」


昼休み、図書室にでも行こうかと廊下を歩いていた亮一に昴が声をかけて来た。


「あ、昴君。うん、ぼちぼちかな。昨日は『死王の外套』の為にデス・キングを何回か倒したんだけドロップしなかったから今日も頑張ろうかなって」


「デス・キングってお前・・・。四人以上での討伐推奨のモンスターをソロで狩るとか・・・」


呆れた様子の昴に亮一は首を傾げる。そんなに変な事をしたのだろうか自分は。


「そんだけ強くなったのにまだソロでやってんだよな


とその時、前方がにわかに騒がしくなる。何事かと二人が目を向けると、大勢の男子に囲まれながら一人の少女が姿を現した。


「お、今日は東雲ちゃん登校してたんだな」


「昴君、あの子知ってるの?」


「・・・は? え、まさかお前、あの東雲真里を知らねえの!?」


「ゆ、有名なの?」


「今超人気の「セイント・ディーバ」ってアイドルグループの子だよ! 今年入学して来て大騒ぎになったのに何で知らねえんだよ!?」


「僕、他の人としゃべれないし。基本休み時間とかは図書室にいるし・・・」


「マジかよ・・・。はあ、まあとにかく、あの子は超有名人だよ。おまけに滅茶苦茶可愛い。だから、登校して来た日にはいつもあんな感じだ」


男子達に笑顔で応える少女。だが、その顔が亮一達の方を向いた瞬間に一変する。大きく目を見開き、頬を真っ赤にさせた少女はそのまま男子達の間をかいくぐってどこかへ行ってしまった。


「東雲ちゃん!?」


「どこいくの真里ちゃん!?」


慌てて追いかけていく男子達。その背を見送りながら亮一が呟く。


「どうしたんだろう? なんかこっちを見てた気がするけど」


「で、逃げたと・・・。お前、あの子になんかしたのか?」


「す、するわけないでしょ!」


「冗談だよ。お前が女の子に手なんか出すわけねえのはよく知ってるからな」


「・・・褒めてるの?」


「もちろん。でも、そうすると逃げ出した理由がわかねえな。お前、なんか思いつかねえ?」


「僕の顔が怖かったからじゃないのかな」


「なら、顔を赤くする理由がねえぞ」


「うーん・・・あ、そういえば・・・」


「何か思い出したか?」


「うん、二週間くらい前だったと思うんだけど、女の子が高校生くらいの人達に絡まれてたんだ。怖かったけど、その女の子、震えて泣いてたから何とか止めようと思って・・・」


気弱で大人しくとも、正義感が無いわけではない。亮一は勇気を振り絞ってその場に飛び込んだのだ。


「助けたのか?」


「うん。というか、僕の顔を見た高校生の人達が逃げちゃったんだ。東雲さん・・・だったっけ。あの子、その時の子に何となく似てた気が・・・」


とりあえず、涙を拭いてもらおうとハンカチを渡した所まではよかったが、騒ぎを聞きつけた警官がやって来た瞬間、亮一はその場から逃げだした。


「何で逃げたんだよ」


「つ、つい反射的に」


「けどまあ、これで理由がわかったな」


「え、昴君わかったの!?」


「むしろ何でお前がわからね・・・ああいや、お前だもんな」


「?」


(そういや、あの子最近エターナル・ワールドを始めたって噂だよな。何でも恩人がやってるから自分もやってみたくなったとか何とか。もし、この学校のどっかで俺とコイツの会話を聞いてたとしたら・・・)


「どうしたの昴君?」


「とりあえずお前は爆発しろ」


「ええ!?」


「ま、あの子の話は置いといて。俺の宿題はまだ出来て無いみたいだから、一緒にはまだ遊べねえな。女の子助ける勇気があればパーティーの誘いくらい余裕だろうに」


「返す言葉もありません・・・」


わかっていても実行出来ない。その後も亮一はひっそりとソロプレイを続けていた。


時は流れ、亮一が無事受験を乗り切った今年の三月。エターナル・ワールドにおいてある期間限定イベントが開かれた。そのイベントの名は『創世神ギャラクシアの試練』。期間中、ソロで創世神ギャラクシアを倒したプレイヤーの中から抽選で一人に限定装備をプレゼントするといったイベントだったのだが、なんと亮一は並み居るボトラーや廃主婦を押さえ、見事のその一人に当選したのだ。


イベント終了から数日後、帰宅した亮一がいつもの様にエターナル・ワールドを始めると、運営からメッセージが届いていた。そこには「ソロで頑張ったあなたへのご褒美です。ぜひお友達に自慢してくださいね」と書かれていた。


「ま、まさか・・・当たったの!?」


すぐさまプレゼントボックスから報酬を取り出した亮一は己が目を疑った。『創世の聖衣』と名のついた全身を覆う漆黒の装備はチートどころかバグと言ってもいいのではないかというぶっ飛んだ性能だった。


DEF及びMND+3000。『呪い以外の状態異常を超高確率で無効』。『相手の魔法を超高確率で反射』。『DEF及びMNDの十分の一以下のダメージを無効』。『ステータス上昇スキルの効果時間三倍』というアホみたいな効果が付随されている。正直自慢どころのレベルでは無い。


半ば呆然としつつも、亮一は早速ゼロに『創世の聖衣』を装備させた。すると、メッセージボックスに新たなメッセージが届いた。


「何だろう。また運営からかな」


何も考えずメッセージを開く亮一。そこにはこう書かれていた。


―――我が試練を越えし者。この世界を救うため、今こそ汝を呼び出さん。


瞬間、PCの画面が激しく光りはじめた。


「な、何!?」


咄嗟に目を瞑る亮一。そして次に目を開けると、彼は見知らぬ大地に立っていたのだ。


回想を終えた亮一は、辺りを見渡す。


「ぼ、僕は一体・・・。ここはどこなの!?」


まさか、誘拐? だが、自分の家は至って普通の家庭だ。狙われる理由なんて思いつかない。


思案する亮一の頭に突如警鐘が鳴り響いた。何かが自分に近づいて来ている。そして、その気配は後ろから感じる。


「・・・ッ!?」


振り返った亮一の表情が凍りつく。そこにいたのは、人でも動物でも無かった。全身緑色のその物体は・・・


「グ、グリーンゲル!?」


間違いなく、『エターナル・ワールド』のモンスター、グリーンゲルだった。亮一の声に反応したかのように、グリーンゲルはグネグネと体を動かしながら亮一へと近づいて来た。


「わわわ! く、来るな! 来るなぁ!」


あまりの衝撃と恐怖で腰を抜かす亮一。動けなくなった獲物に狂喜するかのように、グリーンゲルの動きが激しくなる。それが益々亮一の恐怖を助長させる。


とうとうグリーンゲルの先端が、亮一の足に触れる。冷たくてヌルッとした感触に、亮一の全身を鳥肌が走る。そして、グリーンゲルが亮一を飲み込もうとしたその瞬間、亮一は身を守るように全力で両腕を突き出した。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


刹那、バチュン! という音と共に、グリーンゲルの体が弾け飛んだ。恐怖の源が消え、亮一は安堵の溜息を漏らし、自分の両手を見つめた。


「い、今のは・・・」


亮一は知らない。この世界が、自分がよく知っているゲームと同じだという事に。そして、自分が田中亮一ではなく、ゼロであるという事に・・・。

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