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推定有罪  作者: 輝血鬼灯
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4.巫覡と王子

 神子は神聖にして決して穢してはならぬ者。

 けれどどこにでも例外はある。

 それが、巫覡と王族との婚姻だ。

 この牧歌的なタルティアンで唯一王族と貴族を分けているとも言っていい明確な差異。それは王族は豊穣の神子を娶ることが許されるが、貴族には許されないことである。

 大地の聖色を持つ持たないが第一王子の継承権を危うくするほど重要視されているように、タルティアン王家は大地神の加護を何よりも優先する。そのためなら平民出の巫覡と王子の婚姻も辞さないし、また王家と縁深い貴族などに簡単にその特殊な血や才が渡らぬようにと、王族以外の諸侯には巫覡との婚姻を禁じている。

 もちろん王族だからと遊びで神子に手出しすることは許されていないが、婚儀の後で神子と肌を重ね合わせて聖性を失わせたとしても、王族に関しては罪にならない。

「冗談抜きで、君が私と結婚してくれるのが一番手っ取り早かったんだけどね、ルゥ。神子を娶れば例え私にディオー神様の加護がなくても、王族の血統に神の加護を維持できるわけだし」

「だから冗談にしかならないことを言うなってシャニィ……無理なもんは無理だっての」

「ルゥ、ルゥ、その格好でその言葉遣いはやめてくれ。ほらほら誰かに聞かれたらまずいから、私に向けて話す時はにっこり笑顔で」

「この格好の俺たちって表情と台詞がまったく合ってないよなぁ……」

 先程は庶民的王子と下町の少年として食堂で顔を合わせていたシャニィとルゥだが、今は二人とも第一王位継承者と豊穣の巫覡として顔を合わせている。シャニィの格好も略装から王子としての正装へと変わり、ルゥに至っては粗末な身なりの下町の少年から、可憐で清楚な美少女神子へと大変身だ。

 遠くで二人を見守っている者たちからすればにこやかに言葉を交わしているように見えるだろうが、実際のルゥの口調といえばこんなもの。誰かに聞かれたらマズイとシャニィが諌めるが、ルゥもこれで二年周囲を誤魔化して来たのだからそう簡単にボロは出さない。

 二人が現在話し込んでいるのは、王宮の二階から突き出た露台の一つだった。花盛りの中庭の様子が一望できるとして、王族や貴族に人気の特等席だ。シャニィの気に入りの場所であり、聖性を演出するルゥが王宮での夜会や園遊会の際に通される場所でもある。

 ふいに、露台の入り口と言える部屋の窓辺が騒がしくなった。誰かがこの場にシャニィか、もしくはルゥを尋ねて来たようである。

 闖入者の顔を見て、シャニィの表情が苦々しげに歪んだ。

「また君か? クラカディル。今は私の私的な時間だ。火急の要件でなければ後にしてくれ」

「兄上には随分多く私的な時間がおありですね。庶民用の食堂に足を運ぶ時間があっても、弟の私と語らう時間はないというのですか」

 早速皮肉を飛ばしてきた弟王子に、シャニィディルは食堂の時とは違って渋い顔をする。

 あの場には人目があったので、シャニィもそう素直に感情を表に出すわけにはいかなかったのだ。王族は例え兄弟仲が悪かろうとも、それを民の前で出してはいけないのである。しかしこの場には彼ら兄弟を除けばルゥ一人だけなので、シャニィは遠慮なく仏頂面を晒して見せる。

 どんな時でも表情を変えない王族としてなら、嫌っているはずの兄にも笑顔を見せられるクラカディルの方が一枚上手だろう。ルゥですらそう感じるほど、今日のシャニィディルは不機嫌全開だった。

 そんな兄の様子に構わず、クラカディルは今度はルゥ――もとい、豊穣の巫覡に笑顔を向ける。

「お久しぶりですね、神子殿。今日もあなたは麗しい」

「は、はぁ。どうも」

 久しぶりも何も昼間に会ったばかりだがもちろんそんなことは言わず、ルゥはそっとシャニィディルの背に隠れた。

 格好に左右されているわけでもあるまいが、ルゥは神子の姿の時と下町の少年姿の時では同じ人間相手でも若干態度が違う。巫覡としての務めを果たす時には丁寧な態度を心がけるよう先代に躾けられたこともあるが、最近ではこれにティーグに自分が本当は男であることを知られたくないという理由が重なり、更にルゥの態度を控えめにさせている。

 下町の少年ルゥ相手には好き勝手に貶してくれたクラカディルも、国一番の聖職者である豊穣の巫覡に対しての態度は丁重だ。もしもルゥがシャニィと深く付き合い彼に牙を向くクラカディルの姿を見ていなければ、第二王子は感じの良い人物だと素直に思ったことだろう。

「兄上、私は来週の聖地祭の打ち合わせに来たのですよ」

「今回の責任者はクラカディル殿下なのですか」

 第二王子の口から出た単語に、ルゥは思わず口を挟んだ。聖地祭とは、一年の豊作を大地神ディオーに祈願するタルティアン王国最大の祭りで、ルゥが所属する神殿がその主役と言っても過言ではない。豊穣の巫覡であるルゥはさしずめ花形役者と言ったところである。

「いいえ。巫覡殿。あなたの護衛を含めた責任の全ては兄上にあります。私はその一部をお手伝いさせていただくだけ。その打ち合わせのために部下として上官のもとに足を運ばせていただいたのですよ」

 シャニィディルもあと数年すれば、立派に王の後継者として表立って扱われるようになる。王家の方では彼が成人する前からクラカディルはじめ他の王族たちとの差を明らかにするために、第一王子であるシャニィディルに王族としての責務をどんどん担わせていくらしい。

 しかしそれらの動きの数々が、クラカディルにとって面白いはずはない。

「……わかった。巫覡殿に話を通す前に、まずはお前と綿密にお互いの役割を確認しておく必要がありそうだ」

 シャニィディルにも弟王子のその心境がわかっているからこそ、あえてクラカディルの呼び出しに応じる。彼がこの呼びかけを断れば、クラカディルはこれ幸いとその振る舞いを利用するに違いないからだ。

「すまないが……」

「ええ。また後ほど」

 申し訳なさそうな顔を作るシャニィディルに、ルゥは穏やかな微笑で返す。そのやりとりを見守っていたクラカディルが、ふいにルゥに目を向けて言った。

「先程結婚がどうのと仰っていたように聞こえましたが、どうなのですか? 巫覡殿は兄上に嫁すおつもりがあるのですか?」

「へ?」

 露台と部屋との距離や彼らの声量、タイミング等を考えればクラカディルがつい先ほどのシャニィの戯言を耳にできたとは思えないのだが、第二王子の瞳は真剣だった。

「いいえ。その、私は……」

 思い切り否定するのもなんであるし、かといってまさか肯定するわけにもいかない。曖昧に言葉を濁したルゥを、クラカディルは大地の聖色である緑の瞳で射すくめる。視線が針のように鋭くて、ルゥはその場に縫いとめられたようになった。

「――殿下方」

 そこへ、今度は少年ではなく落ち着いた大人の青年の声がかけられた。

「資料の準備が整い、役人方も勢揃いいたしました。そろそろ議場に向かわれた方がよろしいかと」

「ハルディード」

 ルゥの護衛であるがシャニィとの会話を聞かれないために少し遠ざけられていたティーグとラーラがやってくる。クラカディルがやってきたことにより、ルゥとシャニィの露台での休憩時間は終わりを告げるとわかっていたのだろう。

「ラーラ騎士、シャニィディル殿下とクラカディル殿下を議場まで送ってさしあげてくれ」

「え? あ、はい」

 ティーグの頼みに一瞬変な顔をしたラーラだったが、すぐに彼がルゥと話があるのだと勘付いた。すでにルゥから視線を外して睨み合っていた王子たちを聖職者兼女騎士特有の大胆さであしらい、会議場へと引きずって行く。

「あの……ティーグ様……」

 戸惑うルゥに、先程のクラカディルとどこか似たような態度でティーグは尋ねて来た。

「――ルゥ様は、シャニィディル殿下のことがお好きなのですか?」

「それは、友人として、という意味ですよね? 殿下と私は友人です」

 ティーグの口から出るには不自然な問いに、ルゥは思わず念を押した。

 騎士の告白にルゥが応えたのだから、今現在二人はこれでも恋人同士という関係になるのだ。そこでなぜまったく関係ないシャニィの名など出てくるのか。

「クラカディル殿下が、ルゥ様とシャニィ殿下が結婚すると仰っていたので……」

「あれは、誤解です。シャニィ殿下のいつもの御冗談をクラカディル殿下が勘違いされたのです」

「勘違い、ですか」

「ええ、そうです」

 まだ疑る様子のティーグの言葉に、ルゥはきっぱりと答を返した。けれど騎士の表情は晴れない。

「あなたほどの方なら、聖職を辞した後に王家に嫁ぐことも可能でしょう」

「ティーグ様!」

 好きあっているからといって必ず結ばれることがないのが貴族の世界だ。ルゥにもそれはわかっている。だが彼は貴族ではない。添い遂げることはできずとも、ティーグの方からルゥを拒絶するまでは彼と共にいて、もし今後別れてもその幸せを目にするまでは諦めないとすら思うルゥだ。

 そのルゥにとって、自分との関係をそもそもあってなきように別れた後のことを話すティーグの態度には傷ついた。悲鳴のような呼び声に我に帰ったのか、ティーグがハッとした顔で巫覡姿のルゥを見下ろす。

「し、失礼しました。嫉妬のあまりつい口が滑りました」

「いえ、私の方こそ……」

 二人してバツが悪い様子で、お互いに目も合わせることができない。

 結局この日は護衛騎士のティーグはルゥとほとんど話すこともなく、粛々と自分の役目だけをこなして一日を終えた。

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