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机に置かれた剣を見る。アイテムボックスに突っ込まれていたそれは見まごうことなく良質なそれ。両手剣、というのは少しばかり小さく、片手剣、というにはすこしばかり大きい。ただ構えるならば両手でだろうか。バスタードソードと呼ぶべきそれは、柄が黒く、刀身は白銀の光を放っている。柄は持ちやすいように成型されていて、一番下には青い宝石がはめ込まれている。鍔は手を覆うようにして柄の終端部まで伸びていて。装飾は美しく、そして重々しい。そこまでの時点でこれが結構な額であろうことは楽々想像がつく。
しかし、何よりもこの剣の価格を高めているであろう場所はそこではない。白銀に輝く刀身、両刃で、付け根は非常に分厚い。しかし切っ先は細長く、そして付け根に比べると少々薄い。そしてその剣の腹には文字が大量に彫られている。見ただけでわかるほどの魔力を秘めた剣。恐らく買うとしたならば金貨数枚では済まないであろうそれ。彫られた文字は2つの意味をあらわしている。自動修復、そして鋭利。単純なその2つが彫られた剣は、単純であるがゆえに絶大な威力を発揮する魔法剣となる。
魔法剣、MPを消費しつつ作られた剣のこと。その多くはどこかに魔法を込めた文字が彫られ、それに応じた性能を持つ。使用すれば絶大な力を持つ反面、それを作れる職人は少なく、価格が高い。そして、それに応じた代価を払わなければならない。たとえば、火属性魔法を封じた剣は、火属性魔法を発する代わりに使用者のMPを消費する。しかも魔法使いが唱えるそれよりも多くのMPを。しかし、自動修復と鋭利、その2つはMPをそうそう消費しない。剣は砥石を必要とせず、そしてより鋭く。折れた場合にのみMPを消費することで修復ができるそれは、それ以外の時は微量のMPを消費し刃こぼれを治し、錆を落とす。但し、それを彫ることは非常に難しく、それ故に魔法剣でも価格が高い。
なぜそんなものを俺が所持しているのか。
≪トオル!説明しろ!≫
呼びかける。もう1人の俺、別の世界に居た時のこの体の所有者。どうやら俺は、この世界来て、記憶喪失をするなかで生まれた第2の人格らしい。しかしながら、体との親和性が奴より高く、それ故に普段は俺がこの体を動かしているというわけ。
≪どうしたよルート、わざわざ呼び出して。≫
≪わかっているだろ?この剣は何だって聞いている≫
≪あぁ、あの指揮官が使っていた剣だ。言っただろ?俺が出張っていた間殲滅したって。そこで拾ったんだよ。使うだろ?≫
また勝手なことを。確かに剣は欲しいとは思っていたが。
俺と奴、トオルの関係は入り組んでいる。
普段、俺が体の主導権を握っているとき。その時はトオルはどこか奥深くで眠っている。こちらが呼びかけなくては起きてこないし、その間は主に俺という人格1つしか体に存在していない。
一度呼びかけると、トオルは起きだしてくる。そして俺とも会話ができるようになる。しかし、その時も体の主導権は俺。トオルはあくまで俺と体の中で話すことしかできない。
そして、俺に危機が迫る、もしくは必要なとき、俺は体の主導権をトオルに渡す。緊急時はトオルが勝手に奪うときもあるが。その時は俺の意識はまだあって、視覚や聴覚などの五感を共有している。トオルと話すこともできるし、今何が起こっているのかも把握することができる、ついでに少しなら干渉することができる。
しかし、本当に危険なとき、トオルが必要に迫ったとき。奴は体の主導権を完全に握ることができる。俺の意識はブラックアウトし、その間何が起ころうと何もできない。しかしながら、トオルも疲れるようで、それを行い俺を起こした後大体はどこか奥深くで寝込む。ただその間俺の意識はないわけで、短期間のみ、しかも必ず帰ってくるということがわかっているのだが、それでも怖い。
これが俺とトオルの関係。傍目から見ると、言動以外にほぼ今どうなっているのか察する術はない。ただ1つ、目の色を除いて。普段トオルが寝ていているときは、俺の目は澄んだ青い色をしている。そこでトオルを起こすと目の色は緑に変わる。深くそれでいて鮮やかな緑、つまり今の俺の目はその色。そして、トオルに主導権が渡ると目の色は赤に変わる。最後に、俺が眠るときは目の色は黒らしい。らしいというのは俺自身で確認できないからなのだが。
ヴァレヌを出てから何年か。俺は、俺たちは冒険をし、そして加速度的に鍛えていった。そして数か月前、人族最高戦力“8翼”に召集されるに至った。第7翼“四色”、それが俺の称号。意味は簡単、瞳の色が4色に代わるから。
剣を入れるための鞘を注文し、森の中で素振りをする。何回も、何回も、おびき寄せられたモンスターを叩き斬り、ねじ伏せる。そして、日課である筋トレを続ける。確かに俺は強くなった。恐らく、SSランク冒険者のそれと同じくらいの実力はあると自負する。レベルは813。超級下位程度ならば1人で倒せるだろう。中位ともなると“青”の状態では少々厳しい。
そこまで鍛えても、そこまで強くなっても、所詮レベル813。俺よりも強いSSランク冒険者は存在するし、Sランクの中でも俺を超えているであろう男も存在する。何故かSSランクに昇格しようとしない“戦鬼”、彼ならば俺よりも強いかもしれない。他の“8翼”と比べると大きな隔たりがある。そんな俺が“8翼”に居られる理由は、トオル。
異世界にいたころの体の持ち主で、俺の奥底に眠っている存在。奴は違う。この前までのレベルは1234、今はそれを超えているだろう。寝ている時間、奴に経験値は入らない。いや、主導権がないかぎり入らないのだ。それでも1体あたりの差で向こうが上。レベルだけではない、奴は何かが根本的に違う。俺とは全く違う体の動かし方。“赤”の時でさえそう、“黒”、俺の干渉がなくなり、奴が自由に体を動かせるようになったとき。それがどれだけのものかは推測することしかできないが。
だから俺は鍛える。トオルに比肩できるほどの実力が見せられるように。並んで評されるほどまで強くなるために。だから、その為にもこの剣は使う。奴も俺に優しさを見せてくる、ならばその優しさに甘えておこう。




