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指揮官は焦っていた。一撃で全軍の4割が殲滅されたのだから。
人数的には7割、残った右翼は精鋭たちの集団。左翼は烏合の衆だとはいえレベルは200超えたものばかり、そうそう1撃では。何よりも、硬化魔法障壁が1撃で壊れるなど・・・
指揮官は実力者だ。指揮する立場としてはそこまで有能ではないのかもしれない、彼は全軍を進ませることしか考えていない。目の前の敵をまっすぐ蹂躙することしか考えていない。ただ、兵士としては優秀である。彼とともにいる軍隊で、彼に比肩するものはいない、それだけ彼には実力がある。そして彼はその実力を駆使して前線で暴れることが好きだった。
今回の戦闘でも彼は既に軽く数十人は叩ききっている。彼にとって鎧など特に障害でもなく、低級な魔法など何も持たずとも弾き飛ばせるようなもの。その彼に初めて怯えが生まれた。
あれほどの魔法、一体どのレベルの魔術師なのか。あの男はどれだけの強さを誇っているのか。しかし、それでも彼は優秀だった。自分の剣を持ち、配下の者に彼を集団で打ち取るように命令をした。
彼の私兵は平均レベル600、かなりの強さを誇る傭兵団。その30人全員が走ってくる男に攻撃を仕掛ける。魔術師であるならば、接近戦は弱く、またあれだけの魔法を使ったのだから魔術師ではなくとも剣のレベルはそれに反比例するのだろうとみたからだ。
恐らく、彼の指示は正解だっただろう。敵が“四色”、それの“黒”でなければ。
剣を持ち、自らも参戦しようとした彼の前に飛んできたのは、傭兵団の副長の首。鋭利なものでスパリと切り裂かれたそれは、恐怖を顔に宿していて。
戦闘が起きている場所、そこに駆け寄ったときには全てが終わっていた。
歴戦の強者達、自分が信頼を置く傭兵団は誰1人として生きていなく、男は健在だった。傷1つない男は、彼を見止めると抱きかかえていた男を地面に投げ捨てる。抱きかかえていた?それ違う。指揮官は確かに見た、男の手には紐があり、それで首を絞殺したということを。
「首絞めはお嫌いかい?」
男は嗤う。身長は高くない、180センチもないだろう。ガタイも良くはない、至って平凡なそれ。しかし、その眼は違う。目と眼があったその瞬間に彼は悟った。アレは悪だ、と。
「首を絞めるとね、気持ちがいいんだ。わかるだろう?君も1回くらいはやったことがあるだろう?ない?それは勿体無い。じゃぁ試してみるといい。まずは手でやってごらん。かなり難しいんだ、暴れるからね。そして、手だとうまく絞められないんだよ。それに引っかかれると手に傷が残るしね。結構握力もいるんだ。ただ、これはお勧めだよ、性交の時にでもやってごらん?俺の一押しはコレだ。紐。俺的にはナイロンがベスト、肌触りもいいし、絞めやすいからね。ただここだと無いそうじゃないか。だから今はエルダーシルクスパイダーの糸を使っているんだ。」
何を言っているのかわからない。いや、脳が理解を拒否したのか。指揮官の背中を冷や汗が伝う。こいつは気狂いだ。剣を正中線にしっかりと構える。
「あぁ、指揮官さん、やる気かい?いい剣だね。」
こんな気狂いにわかってたまるものか、指揮官は歯を噛みしめる。この剣は確かに業物だ、1本で家が2軒買える。傭兵団からのプレゼントだった、今は唯の形見。
「気狂いめッ。」
「気狂い?あぁ、俺かい?まぁそういう見方もあるんじゃないかね。しかし、だ。君はそんな気狂いに負けるんだよ。今引くというなら見逃すケド、どうするかい?」
「気狂いの言うことなどッ!この剣にかけて、散って行った同胞にかけて、白骨竜傭兵団の名にかけてッ!」
そう言い切りかかる。全ての力を込めた渾身の一撃・・・
「あーぁ、見逃すっていったのに。残念だよ本当に。」
指揮官だったモノを手放す。首に巻き付いていた紐はスルリと抜け、そして地面に死体は落ちた。言葉とは裏腹に、俺の口元は歪んでいる。自分でもわかるほどに歪んでいる。気持ちがいい。
「やはり絞殺は美しいね。ピアノ線でもあればもっと楽しいショーもできるのだけれど、あぁ、この剣はいただいていこう。ルートが使いたいかもしれないしね。」
剣をアイテムボックスに仕舞う。
周りには大量の兵士、しかし指揮官がサックリと殺されてしまい、どうやら怯えが見て取れる。
「はてさて、此れだけの人数どうしてしまおうか。まぁ時間もない、綺麗サッパリ浄化しちゃおうか。」
詠唱破棄・超級火属性魔法≪火精霊の落し物≫
多くの兵士たちは空を見上げる。超級火属性魔法である火精霊の落し物、男の頭上に巨大な魔方陣が。
数秒の後、魔方陣が赤く染まる。空から降ってくるは大量の火の玉。立ち並ぶ兵士を焼き、悶えさせ、そして炭塊へと姿を変えさせていく地獄の業火。
「この匂い、美しくないね。火魔法っていっつもそうだ。やはり、絞殺が美しい。」
男は魔法が全ての兵士を飲み込み、周りの森林を飲みこむ姿をジッと見つめていた。
時刻は進む。周りの多くが炭化し、火もほぼなくなってきたころ。周りの金属はだんだんと冷え、色を戻していく頃。立ち続ける男は一言呟く。
「これにて芸は終演にございます。お気に召しましたでしょうか。そうですか、お後がよろしいようで。」
それを告げ終える頃、男の足元が蠢く。いや、男の足元に伸びる影が蠢く。影から人が顔を出す。体、足と全身が影から出ると、ソレは男の横に立つ。
男の肩ほどまでの身長。流れるように背中の中ほどまで伸びる艶やかな黒髪。顔は人形のように白く、そして人とは思えぬほどに美しい。黒いドレスに身を包んだ一種の彫刻品のような少女は口を開く。
「トオル、終わったの?」
男は少女を抱きしめ、髪を撫でる。
「お嬢、今日も美しいね。会えて嬉しいよ。ただ今日の劇は終わりなんだ、そろそろお暇しようかと思ってね。」
「もう、行くの?またね?」
「あぁ、またすぐ会えるさ。」
そう男は告げ、少女の口に軽く口付けを。
男の目が青く染まっていく・・・
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