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洞窟が終わる、この行軍もついに終着駅へと汽笛を鳴らす。前方が明るく、そして眩しくなってきている。もうおよそ400メートルほどだろうか、どんどん皆の足が速くなっていく。
あれだけ疲れ、ふらふらと歩いていたことを忘れたように皆歩く。いや、そろそろ小走りといったところだろうか。ラストスパート、少年は駆けだす。
3日以上に渡る行軍、それからの解放。洞窟から出た自分たちを待っていたのは容赦ない日差し。長い間暗い場所にいたせいで目が慣れていない、瞼も開けていられないほどの光量。
おおよそたっぷり3分、それほどの時間をかけてやっと目が慣れてくる。外は森林、後ろを振り向くと小高い山の麓。遺跡のように形作られたその出入り口、もう一度視線を前に戻す。至って普通の森の中だが、ここまで解放感がある場所だとは思わなかった。今まで実感してこなかった、日差しの温かみ、澄んだ空気の清涼さ、森が奏でる音楽の美しさ。感無量たる感情が自分を覆う、この感情が皆のことも包んでいるだろうか。
そのまま彼らと歩く。数十メートル進んだところで、空気がまた少し変わる。森は少し鬱蒼としていて、そのせいだろうか、空気がひんやりと、しっとりとしたものに変わる。
近くの村までどのくらいだろうか、ミシェル達も地図は持っていないそうで、一体どれだけ歩く必要があるのかわからない。
森林の様相はトビ部族集落のそれと大差なく、故に歩きやすい。彼らはまるで故郷のように、時折木にぶら下がり、食べることのできる果実を見つけてくる。
朱く熟した果実は、非常に固い果皮を持ち、香りも強くない。大きさはテニスボールほど、片手に収まるサイズ。球状の果実は、しかしながらもずっしりとその手に重量感を伝えてきて。ナイフを入れる、意外とすんなり2つに割れる。果皮の厚さは3センチ程度、中は白い粘液に包まれた黒い粒が大量に。パッションフルーツ、それをふと思い浮かべる様な。口をつけ、ツツと啜る。鼻に香る凄まじい芳香、甘く、自己をしっかりと主張する香り。口の中で砕ける種、果物の香りが口の中に広がる。頭の靄がスッと霧消するような、甘く、そして酸味の強い味わい。種には少しエグみがあるようで、粘液は舌にねっとりとまとわりつく。しかし、非常に美味。今までパンや干し肉を食べてきたせいというのもあるが、ここまで美味しい果物は地球で食べてこなかった。もぎたて、自然の中で、そういう調味料もあるのだろうが。果物の名はマラクージャ、パッションフルーツということか。味も確かに似ているが、しかし確実に何かが違う。枝葉が違うから恐らく別の植物なのだろうか。
マラクージャを啜りながら、森の中を歩く。どこまでも、いつまでも、集落に辿り着くまで。
既に行軍は自分とトリス、そしてテン達のみ。彼らはあの入口を守護し、あそこに住むそうだ。たった3家族、それで過ごしていけるのか、そう質問する自分に彼は2つ依頼を。まずは次の街のギルドにこれを、と封筒。そして、もしもほかのエルフに会ったときは、ここに我らがいると伝えてくれ、と。了承し、別れを告げる。彼らはあの入口を守るようにして作られた結界、その境界に住むという。空気が変わった場所、それが境界だったようだ。その中ならば、かなり安全だとも言っていた。またいつか会う日を約束して、自分たちは進む。未来へと、人の元へと、北進を続けていく。




