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洞窟を歩き続ける。おおよそ2日は経過したころだろうか。洞窟という日の光の届かない場所では時間間隔が大きく狂ってしまう。自分は兎も角として、子供たちは結構消耗しているようで、乳飲み子は泣く回数が増えてきたし、少年は目の下に大きな隈を作ってきている。ガルムも活用し、結構なペースでは進んできているのだが、それでもあと1日はかかるだろうか。ミシェルたちにも疲れが見え始めている。彼らとて光の下で生活してきた身、しかもここまで毎日歩き続けるなんてことはしてこなかっただろうから。
それはこちらだって同じだ。自分は刻一刻と棒の如く硬化していく足を否定できない。ゆっくりと、体を伸ばしつつ柔らかな場所で睡眠をとりたい。何よりも光を浴びたいものだ。ほの暗い洞窟の中では気分も滅入ってくる。既に会話は減り、皆俯きつつも歩みを進める結果に。
何よりもつらそうなのはトリスだ。ほの暗いながらも、顔色がわかるくらいの松明があるお陰で面を外すことができない。それに何よりも吸血衝動を抑えているのだろう、<HP回復微>のお陰で傷は見えないが、時折掌を強く、爪が突き刺さるほどに握りしめている。いくらカップルとして行動しているとはいえ、そうそう蜜に行動するわけにはいかない。あと2日、それでもう限界だと言う。
洞窟は延々と通路が続いている。時折扉のようなものが左右の道に現れるが、それも数時間に1回、なによりも扉は鍵がかかっているようで。非常に硬質な物質でできているそれは決して開くことがない。そのため迷わなくて助かるといえばそうなのだが、決められたレールを一直線に。
未だ出口は見えず、延々と同じ広さの道をまっすぐに進むのみ。食料もだんだんと心もとなくなってきており、排泄という問題も発生している。携帯式の便所を使用してはいるが、その数ももうあとわずか。便所といっても袋程度の簡単なもの、使用した後は大きな甕に入れて滑車でガルムに最後尾から引かせている。森の中ならばそのまま排泄をすればいいのだろうが、ここではそうはいかない。どこに通気口があるのかもわからない以上、そこらへんにしてしまっては臭気や衛生面での問題点が否定できないからだ。
歩き続けてそれからどれだけか。半ば棒となっている足を引き摺り、行軍は続く。声を掛けあう気力もあまりない、流石に2日以上歩き続ければこうもなろうか。
そしてふと空気が軽くなる。何といえばいいのか、一気に解放感が増す。俯き、下ばかりを見ていた視線を上げると、周りからも何か声が漏れ出ていて。
「これは・・・・」
見上げたミシェルが最初に言葉を。
「すっごーい!ひろいよ!ひろいよ母さん!」
少年が叫ぶ。自分たちがトンネルを抜け出てきたのは巨大な広間。松明の仄かな明かりで照らされている。大体広さは20メートル四方かそこら、薄暗いので正確にはつかめないが。高さもかなりあり、10メートル、そこらへんはあるのではないだろうか。
「神殿、か?」
「ここが中心部っぽいわね・・・」
トリスの言葉はごもっとも、見たところ神殿の中心部によく似ているような。松明を移動させて周りを細かく見る、ということは松明のムダ、そして皆のことを考えやりはしないが、それでも壁が装飾されているのがわかる。沢山の紋様が彫られ、そして最奥には巨大な門が。
皆で近づく。門の左端、壁際には通路があり、ここを行けば向こう側に繋がっているのだろう。門の前には皿と何か蝋のようなもの。誰かが、いや夫婦が祈りを捧げたのだろうか。巨大な門は、幅5メートルほど、高さ8メートルはあろうかという両開きのもの。周りは大量の魔方陣が描かれ、それらが紋様でつながっている。これらまとめて巨大な魔方陣だろうか。
門自体にも大量の魔方陣、そして紋様が描かれている。そして中央部から下側、丁度下から1メートル半の場所に大きなくぼみ。何か幾何学的な形のくぼみは、中央部に記号が書かれている。いや、記号ではない。この世界にあってはならないもの、見慣れていたもの、随分と見ていなかったもの。
「久しいな、この文字をみるのは。」
門のくぼみ、その中央部には大きく、“星”そう“漢字”で彫られていて。
「読めるのか?」
「あぁ、これは星という意味の文字だ。」
「なぜかは聞かんが、そうなのだろうな。このくぼみの形、我らが守護する鍵と同じ。」
ミシェル達と相談した結果がこれ。彼ら部族が守っていた封印の門、それがこれなのだと。そして彼らには言っていないが、わかることが1つ。これを作ったのは日本人であろうということ。どこにも名前はないが、この文字はどう見ても日本語。若しくは中国語と呼ばれた古代語だが・・・確実なことは、この門は異世界人が作成したということ。
そして、それが意味すること。遥か昔から、この世界に異世界人が来ていたという事実。オルケー教ができてからどれだけの期間が過ぎ去ったのかはわからないが、遠き過去、神々を封印した同郷の人物に思いを馳せる。彼は、彼女は、この世界で何をしていたのだろうか。その時の世界はどのようなものだったのだろうか。全く分からない、想像もつかないことだが。
一先ずそこで休憩をとる。狭い洞窟にいつの間にか精神が圧迫されていたようで、広間で休むだけで心が癒される。決して明かりがあるわけではないが、洞窟と空気が少し違うあたり、どこかに通気口があるのだろう。少年は寝息を立て始めている。今日はここで野営を、いや本当に今日なのか、どれだけ休むのかはわからないが。




