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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
5 封印と22神
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 遠く狼の声が聞こえる。


 遠吠え、遥か遠くまで届くその音は自分を覚醒させるには十分な音量を持っていて。何か問題だろうか、そう思い目を擦り擦り、体を起こす。隣に立つ人影、トリスもどうやら目を覚ましたようだ。


 はてさてどうしたものか、遠吠えを上げたのは我らがガルム、見張りを命じていたはず。これが意味することは何か問題が発生したということ。駆け寄ってくるガルム、周りは闇に覆われ。

 焚火の仄かな明かりに照らされたガルム、頭を撫でる。


 「一体何があったの?」


 声を掛けるトリス、空には双月が満ち、まだ人が活動する時間ではないことを告げている。


 ガルムが一吠え、近くなので音は抑えてはいるようだがそれでもかなりの声量。そしてガルムが鼻で示すは闇の奥。自分たちが来た方向。


 目を瞑り耳を澄ます。本当に音を聴きたいとき、人は目を瞑るべきだ。人は目を開けて音を聴こうとすると、焦点を合わせてしまう。例えば、街中で立ち止まったままで音を聴こうとするとき。目を開けたまま音を聴くと、その目に写るものに焦点が合わさってしまう。交差点を走る車の音だったり、飛んでくるヘリコプターの音だったり。さぁ何が聴けたのか、恐らくそんなものが多いだろう。焦点が合ったものの音が大きく聞こえる、もしかしたら音が大きい物に焦点が合うのかもしれないが。一方、目を閉じると世界は一変する。焦点が定まらず、全ての音が皆平等に見えてくる。当然音にも個性がある。耳に響くようなサイレンだったり、音が只々大きいだけのエンジン音だったり。しかしながら、小さな音の個性も見えてくる。エンジン音に隠れて時折聴こえる、扉が開いた時だけ聞けるパチンコ店の音だったり、バスが停留所に停まった際のブザー音だったり。非常に騒音の多い街中でさえもそうなのだ、それを自然の中でやったらどうなるか。

 人工の音は1つ1つが存在感を放とうと躍起になっている。俺が、俺が、必死な自己主張に笑ってしまうかもしれない。ただ、もしも機会があったら自然の音を聴いてほしい。南国の朝早く、林に入って10分歩き、座り込んで聴く音。雪山での夜、灯のあまり届かないコテージの外で雪の上に座り込んで聴く音。その時初めて、音が“聴”けるのだ。自然の音は皆が皆を尊重し合ってゆくりと流れていく。互いに干渉しあうことで、オーケストラにさえも匹敵するほどの音色を奏でる。目を開けていてはうまく聴けないハーモニーを聴ける。


 そんな自分に届いてくる音は足音。草を揺らす風の音をかき分け、ゆっくりとだが確実に近づいてくる変則的な音。時折うめき声、怪我でもしているのだろうか、鉄と鉄が擦れ合う音も聞こえる。

 武器を握る手に力が籠もる。シェムは自分の肩の上で飛び、テンも自分の横に位置どる。トリスは自分の後ろにそっと立ち、ガルムは。漆黒の巨狼はこちらの目の前に立ち、まるで邪魔をするように。


 「なんだ?どいてくれ。一応警戒しなくては。」


 首を振るガルム、まるで敵ではないというように。


 「味方か?しかしなぜここに、ここは秘境。」


 そうガルムと押し問答をしている内に物音はかなり近くまで。ガシャリ、ガシャリ、そう音を立てて近づいてくる。そろそろ焚火に照らされる頃合い。



 見えてきたのは、鎧に身を包んだ人達。各々様々な武器を持つ彼らの人数は8人ほど。弓を持つものが2人、槍を持つものが1人、何かを抱えている人が1人、手を繋ぐ人が1人、とぼとぼ歩く人が1人、そして大剣を背に背負い、誰かに肩を貸している人が1人。あの大剣は・・・


 「ミシェル!」


 声を掛け、走りより肩を貸す。エルフの戦士はこちらをチラと見、息を吐き焚火まで共に。8人は皆若い衆、弓を持つ男が2人、槍を持つ女が1人、あとの3人は女、そして肩を貸してもらう男。男たちは鎧に身を包んでいるものの、擦り傷塗れ、肩鎧に矢が突き刺さっていたり、歩けない男は足に傷を負っていて。肩からは血が流れ、ミシェルも傷に塗れている。


 「クソッ、如何せん人が多すぎた。」


 水源の近く、野営地に座り込み悪態をつくミシェル。ほかの人々は思い思いのことを。草に横たえられ、トリスに治療される男を励ます女と子供。子供と男と女、仲良く丸くなり早くも寝息を立て始めたり。1人の女はトリスの手伝いを。


 「これだけか?」


 一言。この状況から察すれば大体のことは想像が付く。


 「あぁ、他にもいるかもしれないが、俺はこれだけしか。マイヨール、アンリ、コレット、俺の友は奴らだけしか救えなかった。」


 話を聞く、何があったのか。この状況故か、口調が崩れていく。


 「人数が違いすぎた。奴ら使者を送る、そんなこともせずに突っ込んできやがった。使者なんてのはブラフだったんだ。」

 「無駄にAランク冒険者も結構雇ってやがった。一応村奥に防衛線を張って、1方向からしか来れないようにはしたんだが。」

 「バリケードなんて意味もなかった。多くが死んだ。ジャックの爺もやられちまった、遺言が家族を連れて散らばれだとよ。」

 「知るかってんだ。俺は生き残った友と逃げるだけ。必死に裏まで逃げたさ、マイヨールの赤子連れてる奥さん庇ってコレットは負傷した。」

 「何がベテランに匹敵する、だ畜生。結局は人数に蹂躙されてんじゃねぇか。」


 「ここまでくる間にリシャールは殿を買って出て死んだ。ファイファは置いていけと俺らを振り払った。」

 「畜生が、結局これたのは俺らだけ。」

 「だがアスカ、お前たちに会えてよかったよ。洞穴に入れば恐らく人は来ない、宝も何とか無事。クソッ、我らトビ部族も残り6人と子供。家庭が上手く3つ残れたのはよかったが。」


 悪態をついて悔しがるミシェル、彼らは全員カップルか家族。彼らはどうするのだろうか。


 「このまま奥に行くしかねぇ。」

 「アレがない以上、恐らくアッチには貯まってることだろう。此方は怪我人に子供、消耗もしている。できれば先導を頼みたいのだが。」


 快く承諾する。どうせ進まなければならないのだ、彼らがいようといまいも同じこと。


 「礼はする。頼む。」


 そう言って彼はゆっくりと寝息を立て始める。朝が来るまでどれほどか、彼らの為に食事を用意しよう、そう思いつつ全員が寝たことを確認して自分も少し仮眠を。

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