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4方向、逃げる隙もなく武器を向けられる、槍だろうか。棒状に切りだされた木の幹の先端に何か鋭利な物が付いたものを。奥のほうには杖を持つ人の姿が数人。弓も向けられているようだ、その数2人。果たして何の冗談か、目の前の男は手に大きな剣を持っている。
森を北上すること5日。恐らくルリコン帝国領にはとっくに入っているのだろう。4日前、大きな通りを横切った。そこを通る人はいなく、誰にも見られずに済んだが、恐らく自分たちを見ても風変わりな冒険者パーティー程度にしか考えないだろう。
薄手の金属鎧を身にまとい、ステッキを手に持つどっちつかずの男。その肩にのる白い妖精。そして全身をすっぽりと覆うローブを身にまとい、顔さえも見えない人物。それが抱える大きな赤いスライム。女の横を歩くは馬よりも少し小さい程度の巨狼。
どう見てもサーカス団、顔を白く塗り赤い鼻を付けたほうがいいのだろうか。
そんな中森を延々と北に北に。進路は決まっているので迷いようもない。心配は食事だけ、それもあと数日は持つだろう。時折ヴィヴィッドラビットが姿を見せているのでそこまで案ずることもないだろう。森の中は、最下級モンスターの姿はあまり見えない。一番見るのは中級モンスター、ついで下級モンスター。上級モンスターの姿は、数少ない例外を除いてほぼ姿を見せない。上級モンスターが少ない理由は簡単、数が多すぎては食料に飢えてしまうから。最下級モンスターの姿が見えないのは、捕食者から隠れているためだろう。下級モンスターもほぼ同じ理由。しかし、ラツィア村から北進するにつれモンスターの強さが格段に下がっているような、これも人の住む地に近くなっているからだろうか。ここから大陸中央部山脈地帯まではほとんど森林の合間に都市が点々と、それでは強力なモンスターは排除されているのだろうか。山脈地帯まで行けば人は減り、モンスターも強くなるという。
そんな状況ではレベルアップはあまり見込めない。5日間でレベルは1しか上がらず、トリス達にしても大差はない。
そんな中、トリスと軽口を叩きあいながら歩く道すがら。突然周りの木々の上から人が降ってくる。野盗か、武器を構えようとする瞬間に突き付けられる武器の数々。
「動くな、何者だ?」
掛けられる声、大剣を担ぐ男から。トリスに目配せし、武器を地面に置く。
「冒険者だ、そちらこそ何様だ?」
質問に質問で返すようで悪いと思うが、もしもの場合はガルムに暴れてもらう。シェムの煙があれば勝てるだろう、そしてこちらには魔法がある。侮るようで悪いが、此方はAランク冒険者、舐めて貰っては困る。山中に住む者達、弱くはないだろうが自分たちならば互角、若しくはトリスがいる分此方に分がありそうだ。
値踏みするような眼差し、此方の出方を伺っているのか、それとも言葉を考えているのか。
「我らはエルフ、誇り高き民。冒険者よ、何故我らが聖域に近づいた?」
エルフ、なるほどその耳は天高く尖っている。しかし、こんな場所にエルフが住んでいるとは。
「聖域かなんだかは知らないが、此方は北に行く用事があるだけ。それにしてもここらにエルフが住んでいるとはな。」
「我らは伝説と共に生き、そして伝説と共に死ぬ。我らの使命は伝説と共に進むこと。北に行くとは言えど、貴様らを信用していいものか。」
「冒険者よ、今ここで引き返すのならば全てを許し解放しよう、そしてその記憶を消すのだ。」
男はそう告げる。文章の意味は対して理解ができないが、彼らはここに生きるエルフの民族、それだけはわかった。しかし、ここを通らなければ北に向かえない、無駄に日々を浪費することになる。それだけは飲めない条件、向こうに折れて貰えないだろうか。
「俺たちはここを通らなければならない。それだけの時間を浪費させるというのならば、そちらに対価を払ってもらいたい。当然口はつむごう。」
「其方からここに来て置いて、その口上は天晴れと言わせてもらう。しかしながら、それは我らに呑めぬ条件。」
「では、押しとおらせてもらうという選択肢しかないのか?」
「貴様らにそれを言う実力があるのか、銀のそれが本物であるかどうか、そしてこの人数、何を馬鹿げた御伽噺。」
いちいち勘に触る言い方、しかしそれでも言っていることは筋が通っている。
「確認をするか?実力があるかどうか、さて試してみようじゃないか?」
「ふん、向こう見ずなことはいいことだが、巨狼と貴様はかなりの実力。しかしフレイムスライムとフェアリー如きが何になる?」
何かを勘違いしている男、テンとシェムを見誤っている、恐らく自分とガルムに関しても見た目だけだろうか。
「そしてそのフード、貴様からは一番力を感じな・・・」
なかなかどうして、勘は良いらしい。それを誉めようとする際に向こうの口が開いていると気が付く。
「その面、いや、しかし、あり得ぬこともない。」
何かトリスの面を見て呟く。頭に手を当て、何かを思案するような。そして口を動かし、耳に手を当てる。何かの合図だろうか、しかしながら自分には聞こえない。周りのエルフがざわつく、重要な事柄だろうか。そしてしばらくのあと。
「“黒白夫婦”が認めた者だったとは知らずに失礼した。彼らの認めた者ならば聖域を通ろうと問題はない。時間も時間、我らの村に泊まるといい。」
急激な掌返し、この面がどういう効果を持つのか。それにしても、あの2人組は相当顔が利くようだ、お陰で宿も確保できた。次は感謝を告げよう、そう思う。
男の命令で、周りのエルフが武器を下ろす。何もトラブルが起きないのなら別段責める気もない、男に連れられ進む。周りのエルフは自分たちの為に集合していたようで、4人を残し自分たちと共に。
歩くこと十数分、見えてきたのはバリケード。森を壊すことなく綺麗に合間合間に作られる木の壁。そこを通りぬけると、木々の合間合間に作られる家々が立ち並ぶ集落。
中心にはエルフの老人が護衛と共に立っていて。
「失礼なことをしたな、兄弟よ。理由があるのだ、できれば許してほしい。」
そう語る老人の胸には黒と白の仮面がかけられていて。




