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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
4 幕間 動乱
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 <乙のケース>


 目の前を覆う光が立ち消えた。あまりの光量に目の前で起きていたことさえも見ることは叶わなかったが、この世界を統べる者、神と称する者の声だけは聞こえた。小さい頃から夢見ていたこの世界、女の子が何を、もっと恋愛に興味を持ちなさい、そういう声からは耳を塞いできた17年。小さいころから、フリルが付いた服やピンクの服、ファンシーな物は好んでいなかったと母が言っていた。剣を振るい、強大な魔法で敵を蹴散らす、そんな世界に憧れていた。故にその声を聴いたときは万感の思いに包まれたものだ。


 しかし現実は非常だった。目を開けたその先に見えたのは暗い世界。黒々と、荒涼とした大地。ところどころからは黒い煙があがり、遠く地平の先に見える山脈。後ろにはより大きな山脈。前方の山脈は途中で大きく抉られている箇所が見える。左手に1つある山は大噴火しているようだ。その遥か遠い左手の山が空を明るく照らしている。漆黒の雲が空を包み、何も見えない。地面は黒く染まり、所々草が生えてはいるが全て枯れ果てている。何の生物さえも見当たらず、気配もない。

 眩暈がする。こういう時は大体、王宮の一部屋、魔方陣が大量に、夥しく隙間なく描かれた場所に召喚されるのではないのか。そして目の前の王女が言うのだ、ようこそ勇者様、力を貸してください。ところが現実はこれだ。何も持たずこの死の大地に呼び出された。どう考えても世界は終焉を迎えたような、ただこの地域だけがそうなのだろうか。とりあえず歩かなくては。


 火山の方向に歩いても壊滅しているだろう。見たところ溶岩がかなり流れ落ち、大地に赤い血管のように、罅が入っているかのようになっている。前方と後方の山脈に向かうべきか、基本的にRPGだったら山脈は敵の温床だろう。はたして敵がこの世界に今なお存在しているのかは不安だが。スカートのポケットを探る、何もない。そういえばバッグも見えない。お嬢様然とした制服だけが残っている。さて、右に向かうか。

 太陽が見えないから方向はわからない。空は雲に覆われ、灯りは火口からのわずかなそれのみ、つまり時間もわからない。なにより自分はどこにいるのかも分からない。どこに向かっているのか、延々と歩き続けることしかできないだろうから。



 かれこれかなりの時間歩き続けただろうか。スニーカーで行動していたのが幸いした、そうでなければ倒れ込んでしまっていただろう。女子サッカー部、サッカー選手に憧れて入部したが、それのお陰かまだ疲れはきていない。どれだけ進んだかもわからない、周りは相も変わらず同じ景色、救いは地面が平坦になっているので歩きやすいということだろうか。

 歩く半ば、炭化し黒く染まった倒木を見つけた。点在していたが、見たところそこは森だったのだろうか。ここまでの3時間、生物は見ていないし、生物の痕跡もない。川があったであろう細い凹みは干上がり、周りと同じように漆黒に染まっていた。唯一あった巨大な川の跡地、そこには何か大きな骨が少し散らばっていて、もうほとんど砕けかけていたが。ごくわずか、自分の胴体にも満たない50センチほどの川幅ながら水が流れていた。口に含んだが酷い味、土の味が濃く、それでも飲むしかなかった。下に着ていたキャミソールで濾してもわかるほどの土の味、口の中が今も砂に塗れているような錯覚に襲われる。

 目の前には何か建造物の跡地のようなものが見え、そこに向かって歩いていくのみ。どれくらいの距離があるのかはわからないが、歩かないことには始まらない。ゆっくりと、確実に歩みを進めていく。


 そこから少しの時間が経過し、やっと目印の場所に着く。恐らく街があったであろう場所。残っているのはほぼ土台のみ。多くの建築物があったのだろうが、かろうじて残っているのもほとんど外壁の一部。1、2…おおよそ7棟程分だろうか。石造りの壁は黒く焦げ、かなり崩壊している。壁自体は冷えていて、こうなったのは結構前だろうか。この跡地には何もなかった。落胆を隠せないが、止まるわけにはいかない。こうして新しい世界に来て、何もせずに、誰にも会えずに野垂れ死になどど。


 そこから結構な時間、相変わらず何も変わらない光景。本当に自分は進んでいるのか、それを教えてくれていた建物の残骸が見えなくなってから結構な時間が経つ。細かな時間がわからないのが煩わしい。時計を持たずに行動していた、いやバッグには入っていたのだが、そんな自分が恨めしい。本当に何の生命の鼓動も感じない世界。全ての樹木は枯れ果て、水分もほぼなく、光は遮られ、大地は死んでいる。確かに、生命が生きていける道理はない。



 

 このまま歩き続けても、意味はあるのだろうか。もう既に仮眠は2度とった。汗をかかない程度の気温なのはいいことだが、食物もなく、濁った水にさえ出会えたのはその後1回のみ。もう足がふら付いていて、目の前もしっかりとしていない。1回、また街の跡地を通ったが、またも何もない。本当に生命の息吹を感じない、もう限界かもしれない。何度幻覚を見たのか、食卓があり、もう死んだ筈の両親が好きだったハンバーグを作ってくれて待っている夢。その湯気立ち上るリビングに入った瞬間に夢は冷め、死の大地が現実を叩きつけてくる。


 もう意識も怪しい。何度も何度もリビングに入ろうとして、そして夢から覚める。永遠に入れないリビング、私は・・・


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