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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
4 幕間 動乱
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 剣戟の音が遠く聞こえる。恐らくヘルトだろうか。痛む頭を摩りつつ目を開ける。どうやら1撃で壁に叩きつけられてしまったようだ。意識を失っていたのは何秒か、何十秒か。目を閉じ、開ける。なんとか行けそうだ、立ち上がり、散らばった双剣を拾う。肋骨が数本、足と腕は折れていない。何とか内臓も大丈夫なようだ。右腕に装着していた簡易小盾は拉げている。アーマートータスの甲を1撃でこうまでするとは、予想の範疇を超えている。咄嗟に腕で庇ってこれ、直撃を受けていたらどうなっていたのか。拾いはしたが、双剣は歯が大きく欠けている、アイテムボックスからハルバードを。


 失敗ったな、ここまでのものとは思っていなかった。想定を超えるほどだとは、モエアかレベンでも連れて来ればよかった。クヴァールの奴め、いけ好かない野郎だが今ここにいないことが恨めしい。剣戟の音がする方向に足を進める、寂れた古風の石造りの家々に走る多くの傷跡。まるで子供が癇癪を起こして積み木遊びをやめたあとのように。ヘルトは一体どこまでいった?エーガーは何をしている。

 手に持つハルバードが震えるほどの叫び声。悍ましい、グールを何千集めようともこれには匹敵しないだろう、世界を犯すモノの叫び声。恐らくここ近辺、半径1キロ以内には今は何の生物さえもいないだろう、1体を除いては。剣戟の音が近づく、ハルバードを持つ腕に力が入る。ヘルトがこれだけ動き回りながら戦う、それだけ強大な奴だったということ。思い返す、ここまでの戦闘を。


 ヘルトとエーガーと俺、その3人で囲んだそれ。俺が今代の“刀”を襲名してから初めての覇級モンスター。汚染された古代飛龍、その姿は古代飛龍とは似ても似つかなく。その雄々しい羽は漆黒に染まり、より棘棘しく、牙は肥大化し、頭部のあちらこちらから角が皮膚を突き破りそそり立つ。両腕も両足も元の形を成していなく、途中から2又に別れ、尾に至っては先端が3倍の大きさにまで膨れ、固くなっている。此方に気が付いたのか、遠く空に響かせるほどの咆哮を上げる。各々の防具に使われた生命の残滓さえも揺らすほどの大咆哮。周りの森からは虫系、鳥系、様々なモンスターが逃げ出しているのが見える。例えどんな敵であろうと、理由があろうと、人族に仇なす強大な力を叩き潰すのが俺らの役目。

 ヴァーミリオン大帝国西部山脈地帯クラテル区の捨てられた廃村。恐らく数十年、いや百年以上前までは人々が生活していたであろう村、その中心部広場にそれは居た。体から何かの液体を垂らし、何かの痛みに耐えるように尾を地面に叩きつける。1発ごとに罅割れ、陥没する石畳。3人で掛かる、その刹那に俺に向かってくる尾、伸縮し、鞭のようにしなるそれに一瞬の隙を突かれた俺は・・・


 剣戟もかなり近くなってきた。音のする方向へ、家の角を曲がる。そこで目にする人の体。所々罅割れ、至る所が赤く染まる白い鎧。腹のところで真っ二つになったその体からは既に命の灯は消え、地面が血に染まる。頭部を守るヘルムごと潰された頭が付く上半身、握りつぶされたのだろうか。胸には8枚の羽を生やした1つの盾の紋章。この大陸の全ての人々を守る盾、そして最強の盾。至高にして孤高、頂点たりうる8枚の翼、この紋章はシンボル。そしてこれを付けることが許されるのは人族に8人のみ、人族最高戦力集団“8翼”の証。それは自分の胸にもついているし、今戦っているであろうヘルトにもついている。そしてそれはここに来た最後の1人、エーガーにも。つまり、この死体はエーガー。不思議と悲しみの感情は湧いてこない、どちらかというと怒り、そして面白い、そういう感情。“8翼”を倒せるモンスターなどそうそうはいないのだから。それが今代の中では最弱とも言われた“殺神者”エーガーだとしても。


 “8翼”、それが設立されたのは遥か昔。6種と2種、代々受け継がれる6種の名前と、その代ごとに代わる2種の名前で構成されている。エーガーがそれに加わったのは10年前、自らを神と呼び信者を集めクーデターを起こそうとしたイミテーションヴァンパイアロードをその組織ごと壊滅させたから。SSSランク冒険者の中では単純な戦闘力では下位だが、その1撃必殺の暗殺スタイルを駆使した戦いは上位に匹敵する技術を持っていた。それが殺される、あの汚染された古代飛龍は非常に硬い甲殻と素早い身のこなし、そして素晴らしい攻撃能力を持つということ。ヘルトと切り結べている時点でそれは察することができるのだが。


 ハルバードを握る手に更に力が籠もる、剣戟の音のほうに1歩、1歩と近づいていく。もうあとおよそ10メートルもないだろう、唸り声も聞こえてくる。角を曲がると、それらはいた。

 汚染された古代飛龍は、その尾を地面に落としていて、切れた先からは黒色の血が滴る。8つの足の内3本は既に切り落とされ、頭にも傷が多い。羽は破れた個所もあり、満身創痍という姿だがそれでも尚力を残しているような印象を。今代の“勇者”ヘルトもその姿は平静とは違っている。手に持つその聖剣は輝きを残しているものの、黒色の盾は所々凹み、欠け、その白銀の鎧は肩口や腰など粉砕され、凹んでいる箇所も多い。人族最高レベルを誇るヘルトでさえここまでになるとは、何時以来のことだろうか。


 「ヘルト、あとは任せろ。」

 「メッサーか、死んだのかと思ってたよ。」

 「エーガーと同じにするな、さて古代飛龍よ、何故そこまで堕ちた?何故誇りを捨てた?そして何と引き換えにそこまでの力を得た?教えてくれよ。」


 俺は今代の“刀”、そして史上最強の“刀”。先ほどのような不意打ちは喰らわないさ。咆哮を合図に駆けだす。攻撃など想像するもたやすい、伸びる尾さえなくなってしまえばあとはその残った5本の脚と頭。振り下ろされ、伸縮する足の2本をかわし、返し手でその2本を叩ききる。手首を回し、胴体に柄を叩きつけ、手を離し飛びかかる。ハルバードを足場代わりに跳躍し、アイテムボックスから取り出すはエストック、此方を振り払うようにして上げた足ごと胴体を上から突き刺す。耳のそばで聞こえる咆哮、思わず両耳を塞ぎそうになる、その隙の衝撃。咄嗟に丸まったのが功を奏したのか、転がるだけで済む。起き上がり前を見据えると、恐らく今のは頭突きだろうか、2本の足で器用に立つ古代飛龍の姿。至る所から血が噴き出ており、胴体には深く、深くにエストックが刺さっている。それでも尚行動できるのは古代飛龍故か、それとも別の何かか。


 「さぁ、終幕と行こうか。」


 “刀”、その名が意味するのは最高の攻撃力。“8翼”最高の攻撃力を意味する名前を冠す俺は全ての種類の近接武器を持っている。そしてその中で一番得意なのは当然刀。遠い昔、初代“刀”の由来となったその遠き世界の武器。片刃の刃を鞘から抜く。両手である使うことで最高の能力を引き出すその武器をゆっくりと正面に構える。敵が古代飛龍で良かった、遠距離攻撃をもっていないから。

 破れた翼を揺らめかせ、此方を睨む古代飛龍。恐らくこの1撃で雌雄が決するであろうことはわかっているのだろう。そしてどう転んでも自分は滅される運命であることも。天を割るような咆哮をもう一度、その変化は訪れる。


 切り落とされた尾の付け根からは骨が伸び始め、1本の鋭い針のように。千切れ、切り落とされ残り2本になった足は太く強靭なものに。破れた羽は大きく姿を変え、羽から棘棘しい巨大な1対の鈍器と化す。もう二度と飛べることはないのだろう。そして感じる強者のオーラ、恐らく今までのものよりも強い、これが本気だというのか。しかし、それが長く持たないことは見てわかる。口からは大量の血を吹き出し、エストックは高圧になったであろう傷口から噴き出す血液によって跳ね飛ばされる。咆哮をもう一度。最初と同じような速度での疾駆、此方にその鈍器を叩きつけようと。恐らく直撃したならばヘルトでも耐えられるか。


 「俺が“刀”だったのが運の尽きか。エーガーを殺したその手前、見事。」


 近づいてくる飛龍に悠然と声を掛け、向こうの翼が振り下ろされる前に放つ必殺の1撃。疾駆してきた飛龍は地面に叩きつけられ、そしてその衝撃で切断面が露わになる。2つに分断されたその体、もう動くことはないだろう。


 刀を振り、血を払う。布で抑え、血を拭いつつ鞘に仕舞う。


 「エーガーの分、補充が入るのかな?」


 ヘルトが声を掛けてくる。


 「あの爺どもの選考に任せるしかないさ。さて今度は誰かな?」


 “8翼”は人族最高戦力集団。6翼ならいざ知らず、2翼は補充されるのだろうか。

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