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手紙を読み押える。この手紙は・・・おそらくこの家に住んでいた老人のもの。そして内容が意味すること・・・アメリカ・・・主・・・聞いたことのある単語群。ふと思い出す地球の記憶。どこか、はるか遠くで聞いたあのニュース・・・
『・・・アメリカ東海岸ペンシルヴァニア州の山に囲まれた小さな村で発生した集団失踪事件に関してです。これは、小さな村の住民全員おおよそ20名が忽然と姿を消した事件で、現地の警察は今日未明会見w・・・』
果たしてこの老人がそれの生き残りかはわからない。しかし、情報から考えるにこの村は地球から来た人々の集まりだったということは確実。 あの老人はあの襲撃の前に亡くなっていたのだろうか。家々は非常に片付いているが、きれい好きだったからか、荷物を整理した後かはわからない。どちらにしろ、もうこの半年で荒れた内装からは測り兼ねる。
「トリス、これ。」
「ベッドね、重いけれど2人でいけるかしら。」
「ガルムにも手伝ってもらえばいい。」
2人で協力してベッドの位置を変える。下にあるという「アレ」、手紙中に示されていたものは一体何なのか。恐らく、同じ地球から来た人から預かったであろう「アレ」、場合によっては何か地球に関する重要なものなのかもしれない。
ベッドを動かす。どうやら先ほどの懸念は杞憂に終わったようで、中々軽いベッドは楽々とずらすことができる。ベッドの下には、埃に塗れた床。その中央部分は板の色が変わっている。取っ手がついていて、それを持ち外す。見える地面、そこの中央部に縦横30センチほどの箱が地面に埋められている。掘り起こす、深さも30センチほどの立方体。何かの金属でできていて、鍵がかかっている。いや、この程度ダークソードで叩き割ることはできるだろう。右手を1閃、もう手で開けられるように。何かが入っていた場合危険、そう考え家の外にでる。トリスとともに、2人で手を掛け箱の蓋を・・・
「やめておけ、見ないほうがいい。」
突如聞こえる低く、擦れたような、それでいて耳によく通る声。この村には自分とトリスしか喋れる人はいないはず、慌てて振り向く。
背後には、どこから来たのか漆黒のコートに身を包む背の高い男性。体つきでわかる、服の上からでもわかるほどの筋肉、顔は仮面で覆われている。アイテムボックスから杖を取り出し、構える。背中にトリスを、圧倒的な実力差。立っているだけでわかる、彼の実力、威圧される。おおよそ黒白夫婦に匹敵するような力を感じる。いや、自分からみたらどちらも変わらない、遥か高みに位置する男。
「そう構えるな、どうせ抵抗などできないのだよ。」
その言葉には圧倒的な力が込められていて、いや、言われずともそんなことはわかっている。一瞬で消し炭にされてしまうだろう。
「何の用だ?」
握る杖に力が籠もる。それでも、警戒はしておきたい。
「意味がないといっていても、いやわかっていてか。まぁいい、その箱を渡してもらおう。婆との約束だ。」
つまり、あの手紙が差していた「彼」、それがこの男だというのか。
「約束を守りに城を出てきたらこのザマだ。婆は死んだな、しかも相当前に。」
「これが、そのお婆さんの手紙。ベッドの横にあった。」
手紙と箱を渡す。どうやら、これさえ渡せば無事に切り抜けられそうだったから。
「おっと、そこのお嬢ちゃんは模造品かい?いいねぇ、こんなところでそんなものに会うとは。図星か、見ればわかる。いや、空気でわかるといったほうがいいかな。どうせ隠していても俺らにはバレるさ。ん・・・・ふむ、そうか、印付きか。まぁいい、箱は確かに。俺の用はこれだけだ。お前らもここからはさっさと動いたほうがいいと思うぞ?死の空気が蔓延した場所は縁起が悪い。」
男の言葉は要領を得ない。印付き、死の空気、模造品。恐らく模造品というのは、イミテーションヴァンパイアを指すのだろうか。
「あなたは?」
「模造品、そんなお前でも行けるところまでは行けるさ。どうやら模造品の中でもマトモな依り代らしいな。なかなかどうして、色々運が良いみたいだな。」
「どういう、意味だ?」
意味がわからない。トリスも同じらしく、男に疑惑の眼差しを向けている。
「さて、俺は城に戻るとするかな。いつか会える日を楽しみにしているよ。っとでは失礼。」
質問には答えず、男は歩き出す。自分のほうに来る男、またも身構える。何をする気なのか、そう思った時には自分の影を踏むように、足が消える。いや、地面に沈んでいくといったほうが正しいか。両足、腰、どんどん沈んでいく男。呆気にとられ、見つめることしかできない。一体どんな仕組みか。もう首まで沈み、全身が沈もうとする頃、一言男は残す。
「仮初の依り代は模造品でしか終われない、模造品らしく生きるのも一興、だがな。」
トリスと目を見合わせる。嵐が過ぎ去ったような。あまりに現実離れした光景に、いやこの世界自体地球に比べたら現実離れしている、それでも呆気とられるほどの光景。口をあけ、足元の影を踏む、自分の影は踏めない。トリスも何回も自分の影を踏み、疑問を口にする。彼女ですら影に沈む魔法などしらないと、正確に言うなら、転移、移動魔法は聞いたことがないと。2人で考え込む、ガルム達も何か気が付いたのか、こちらにきて鼻づらを押し付けてくる。テンはトリスの腕の中が気に入ったようだ。自分の肩には相変わらずシェムの軽い体の重みが、少し柔らかな感触になったというのは心にとどめておこう。そんな馬鹿なことを考えていると、耳を引っ張られる。入口をみると、2人組。黒と白の魔法使いと剣士、“黒白夫婦”。
夕日が暮れるころ、たき火を囲んで夫婦と話をする。プルミエの生存者は全221名、市庁舎の下に結構な人員が生き延びていたそうだ。しかしながら、負傷者はそのうちの7割、死者は正確な数がわからないが、おおよそ300名は固いそう。市長や重役の持ち物の残骸と見られるものは、プルミエからでて南、道から少し外れた部分にあった血の海に浮かんでいたそう。おそらく全滅、南に逃げた人々も同じく。神父は重体、街は壁の1部と教会以外は壊滅。再建は不可、恐らくほかの場所に新たに街を1つか2つ作るそう。当分は村だそうだが。そして、それと同時に正式にラツィア村の廃村が決定。ちなみにトリスはどこかで巻き込まれて死んだことになったそう。確かに、それが安心だろう。そして剣士から渡される仮面。黒と白がまざった仮面は、笑っていて、被ると口の1部と目くらいしか見えない。顔を隠すようだそうで、餞別代りだそうだ。感謝を告げ、トリスに渡す。その後、2言3言街に関する会話をし、彼らの話に。
そろそろ寝ようかと思う頃、彼らの話に思いを馳せる。彼らは天啓同盟の冒険者、レベルは1000近く、10年間2人で延々と冒険をこなし、素材を集めてきたらしい。ラツィア村は、天啓同盟の中で一応知られている村だそうで。壊滅したとの報告を受け、調査しようと本部のあるウィステリア皇国から遥々と来たそう。マルーン王に謁見を行っていた最中、今回の事件を知ったそうで。これたのは運だったんだ、そう語っていた。彼らの過去に関しては何も教えてくれなかった。本名さえも。きっと何か重要な、離せない事項なのだろう。
夜は更けていく。隣のトリスもう既に寝ている。ヴァンパイアになっても睡眠は必要らしく、イミテーション・ヴァンパイアだから、そう魔法使いは語っていた。明日は、廃村が決まったラツィア村に騎士団の人物が数名くるらしく、それより前に森のほうに抜け、逃げたほうがいい、そういわれた。恐らく自分が目覚めたあの森に向かうのだろう、そして自分たちはそのまま北上する。森の中で暮らすか、それとも最北の大城塞に行くか。どちらもトリスが誰であろうか問題にならないだろう。明日は早くに出る必要がある、そう考えているうちに瞼は閉じていく・・・
第三章完
しばらく更新できなくなります




