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或る世界の軌跡  作者: 蘚鱗苔
3 帰郷と喪失
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 ラツィア村は、自分があの日、村を出た日からほとんど変わっていない。傷つき、時折壊れかけている家々はそのまま残っている。多少の風化、そんなものはあるものの、記憶の中とほぼ寸分たがわない。恐らく街からは誰も処理に来ていない、そういうことだろう。

 村に着くと、トリスが井戸の位置を聞いてきた。女の子、血などの問題もある、できれば水浴びをしたいのだろう。場所を教える。


 自分がそのまま村の中へ。村の奥には自分が焼いた家、人々の墓標が黒く焼け焦げそのままになっている。少し胸が痛い、ふと聞こえる物音。井戸とは反対側、家の影から男が1人。武器も何も持たず、それなのに確実に一般人とは違う空気をまとっている男、嗚呼、忘れるはずもない。指輪を売っていた、危険物を広げていた店の店主。


 「兄ちゃん、また会ったねェ。」

 「あんたは・・・」 


 思わず身構える、それはそうだろう。一体何の理由があってこの廃村にいるのか、あの夫婦はそんなことは伝えてこなかった。


 「まァそんな身構えるなよ。楽にしな、危害を加えるつもりはないねェ。」

 「じゃぁなぜこんなところに?」

 「使ったんだろう?あの指輪。うった側としてはうれしいよ、そのお礼かな。」


 要領を得ない。本当の理由は?まぁかそんな簡単な理由できたわけでもあるまいに。


 「本当は?」

 「本当は、だって?本当にそんな理由さ。何故使ったのか、どう使ったのか、それを教えて貰いに来たんだよ。いいだろう?少しくらいは惚気てくれよ。お嬢ちゃんに使ったんだろゥ?」


 本当にそれだけなのか。どちらにしても、語らないことには話が進まなそうだ。

 仕方のなしに、簡単に説明をする。あの日会うまでの関係、先ほどプルミエであったこと・・・


 おおよそ10分も話さないころだろうか、大部分が終わる頃、ローブを身にまとい、髪を濡らしたトリスがやってくる。


 「お待たせアスカ。そちらの方は?」

 「お嬢ちゃん、ちょうどいいところに来たね。せっかくだからここで1つ注意点を上げておくことにするよ。」


 自分が説明する前に男は語る、トリスが来てちょうどいい、つまり何かトリスに関する重要な、共有する必要がある事ということか。


 「この男は危険物の売人だよ。あの指輪を購入したのはこの人から。」

 「そういうこった。なァお嬢ちゃん、吸血衝動は抑えないほうがいい。」


 一言、その重要な一言を告げる。一体どういう意味か、たしかに昔この指輪を買うときに、説明の中で吸血衝動があるといったことを聞いた覚えがある。視界の奥でぐらつくトリス、つまりは図星か。


 「なっ、何を・・・」

 「無理しなくてもいい。この男は全てをわかっているからねェ。だろう、兄ちゃん?そしてその衝動、抑えてると自我の崩壊、自己の崩壊を誘発するぜ?」


 「兄ちゃんは気が付いてないだろうが、お嬢ちゃんは今かなりの吸血衝動を我慢しているんだよ。言っただろう?吸血衝動を持つようになるってことをさ。それにしてもお嬢ちゃんは奇遇だねェ、そうは思わないかい?こんなに近くに血をくれる人がいるんだものねェ。兄ちゃん、君だよ。」


 自分を指さす男、トリスは顔を俯かせ、何も言わない。我慢していたのか・・・


 「まァお嬢ちゃん、それは仕方のないことさ。そしてな、自己の崩壊、自我の崩壊、その原因に関して説明しておこうね。そしたら兄ちゃんもきっと血をあげようという気になるさ。だって必要なことだものなァ。」


 吸血衝動、アンデッドの中でも異質な衝動。ほかのアンデッドは、何も食べずにい起きていたり、肉をくらったり。前者の例はシェム。ではなぜトリスには吸血衝動があるのか。確かに疑問ではある。


 「死霊系モンスターの仲間入りおめでとう、お嬢ちゃん。まァ死霊系モンスターにも色々いるさ。スケルトンや一部のモンスターは空気中に広がる微かな魔力を糧にしている。そしてゾンビは腐るだけ、他のは肉をくらっていきているわけだ。その中でお嬢ちゃんが特別な理由は、その指輪にあるのさ。その左手薬指の指輪さ。」

 「今お嬢ちゃんの体は 死んでいる、それはわかるね?生命たりえないんだよ。生前あった生命の力を糧に指輪によって完全な死を回避したんだよ。そこでだ、生命たりえないお嬢ちゃんが体を動かすのに、いやお嬢ちゃんでいるために必要なのはなんだと思う?生命ではない、なのに生命であるようになっているためには外部から生命たりえるものを取り込む必要があるのさ。その象徴が血だよ。つまりだ、生命の象徴である血によってお嬢ちゃんはかりそめの生命たりえるわけだ。それを維持するためにはできれば1日数回、血を吸う必要があるんだよ。まァ、それは無理な相談だ。必要な血の量は少なくはないが、回数は結構な量になるからねェ。」

 「安心しなよ。その指輪、付けている限り自分から外すことのない限り外れない。そして、それを付けている間は燃費が良くなるんだ。つまり、血を吸う回数を減らせるってことさ。大体1日2日に1回ですむようになる。まァその体のメリットはあるさ、修復能力があるんだ。身体の30%、若しくは心臓と脳があれば全ての部位は修復できる。指輪をしている指さえもね。腕が千切れたらくっつければいい、足がなくなったなら生やせばいい。簡単な、何とも虫のいい話だろう?兄ちゃんに感謝しな、こんな幸せ、天地がひっくり返ってもそうそう回ってはきやしないさね。」


 男は嗤う。つまり、自分がトリスに血を渡せばいい、そういうことだろう。


 「あァ、黒白夫婦がくるんだっけか。俺は退散するとしようか。お嬢ちゃん、そのパートナーのお陰でパートナーの血を吸えばいいようになっている、感謝しとき。兄ちゃん、それで君の人生は変わったよ、せいぜい頑張るんだね。」


 そう言って去っていく男。嵐のような男だった。ゆっくりと村を離れていく男の姿、見つめていると段々薄れていく。たっぷり1分ほどかけて、村の入り口から100メートルほどの場所で男は完全に消えた。一体全体ただの商人とは思えない、うすら寒いものを感じる。そう考えていると、引かれる袖。振り返ると、恥ずかしそうなトリス。


 「アスカ、申し訳無いんだけれど・・・」

 「いや、わかっているさ。吸うといい。」


 あの話を聞かされて、Noといえる人はいるだろうか。自分から血を吸うだけなら全然かまわない。そう思って膝を曲げる。まるで女王様に忠誠を誓う騎士の図、トリスの腕が背中に伸び、抱きしめられる。少し香る血の匂い、左手が自分の頭を右に倒す。右手は背中に回されたまま。

 むき出しになった自分の左の頸部、そこに近づいてくるトリスの顔。口元から見える犬歯はとがっている、映画の如くあれで傷を付けるのだろうか、そう考える。


 首筋に柔らかい物が触れる、そのあとすぐに来る痛み。何かが2つ首筋の皮膚を貫く、恐らく先の犬歯だろう。ただその痛みもすぐに消え去る、犬歯を抜いたらしい。そして先ほどまで犬歯が刺さっていたであろう場所により柔らかく、暖かい物が。舌だろうか、傷口を嘗め回され、回された右手に力が籠もる。いつの間にか左手も背中に、いや自分もトリスを軽く抱きしめていて。首筋から広がる軽い痺れ、体が熱くなる。気持ちがいい。舐められて感じるとはなんとも恥ずかしいが、男が反応するのを感じる。いつまでもこのまま吸われていたいような、多幸感に包まれ、頭を快感が占めていく。

 右に、左に、傷から染み出す血液を舐めとり、そして離れていく。もう一度、もう一度、ゆっくりと優しく、だが寸暇も惜しまずになめとられ、無駄なく全て彼女の口の中に運ばれていく血液。


 たっぷり3,4分。それだけの時間をかけ首を舐めていた彼女は、満足したかのように唇を首筋から外す。


 「美味しかった。血が、あんなにもおいしい物だとは思わなかった。今までに飲んだどんなものよりも甘く、そして濃い。舌に絡みついて、鼻まで風味が広がったわ。のどごしも良かったし、何よりも飲んでいるだけで体の倦怠感が取れたわ。癖になりそう。」


 そう告げるトリスの顔は、軽く上気していて。確かそこの家は荒らされていなく、ベッドも結構大きかったような、トリスを連れて中に入る・・・

3章も終わりまであと少し

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