73
教会を出ると、目の前の光景は少々趣を変えていたようで。戦時中の街並みもかくやという光景が余計悪化していて。周りの家々は跡形もなく炭化し、崩壊し、燻っていたり僅かに火が見えていたり。南部に目を向けると、火はその勢いを増していて、遠くにいても感じる熱量。そして市場がある、市庁舎の前の広場は景色を一変させていた。そこにあった市場の名残はもう存在していなく、そこには叩き落されたであろう火竜が地面でもがいていた。
大きさは5メートルほど、自分よりはるかに大きいそれがやっと体制を立て直す。天を割くような咆哮、怒りと痛みが籠もったそれに自分たちは大きく身震いする。遮るものが何もなくなって余計際立つその力は、あまりにも浮世離れしていて。足が震えて動けない、一矢報いる、そんなことでいるはずがなかった。
そんな火竜を真っ向から見据えるのは2人組。黒いローブに身を包み、黒いとんがり帽を被った魔法使い。左手に身長よりも大きい杖を持っている。柄はシンプルだが、先端部分に頭2つ分はありそうな蜘蛛の巣のような意匠を凝らした杖。蜘蛛の巣の中央部には遠くからでもわかる赤い石が光り輝いている。もう1人は全身を銀白色の鎧に身を包んだ男。背中に身長を超える白色の大剣を担ぎ、さながら中世の騎士のよう。剣士が大剣を両手に持ち、魔法使いが杖を前に向ける。
火竜と同じだけの迫力を有した2人組が武器を構えるのと同じころ、火竜ももう一度咆哮をする。地面が揺らぐような恐ろしい咆哮、近くで聞いただけで失神してしまいそうな、それでも2人組は全く動じず。剣士が近づいていく、威嚇をする火竜をものともせずに切りかかる。おそらく力に絶対の自信を持ちその強大な爪を持った腕で迎え撃つ火竜の腕を爪ごと叩ききる。地面に落ちる腕、先ほどとは比較にならないほどの咆哮のあと、火竜は距離をとる。羽を羽ばたかせ、大きく後ろに下がる火竜、自分たちは見ていることしかできない。
怒りに狂ったような竜、火球を剣士の方向に。初めて見るブレスの発射行動、確かに口元に小さくだが光る魔法陣が発生し、そこから火球が発生している。剣士のもとに轟音を立て近づく火球、それを白銀に輝く大剣で一閃。左右に分かれた火球は奥の家々にあたって爆発、火柱を噴き上げる。直撃していたなら存在ごと消し炭にされていたような魔法、あれが魔法なら自分のものはライターの先端についた火にも劣る。
愕然とし、レベルの違いを目の当たりにする自分の目の前で、魔法使いが動く。眼前に杖を立て、そこに向かって視線を向ける、それとともに大きく広げた両手付近が輝き始める。ゆっくりと上に挙がる両手、それに合わせ杖の蜘蛛の巣の部分の石は輝きをまし、その前に魔方陣を展開する。初めてみる魔方陣、馬鹿げた量の魔力量を感じ取る。そしてその両手の輝きが頭上に掲げられたとき、魔法使い頭上30メートルほどに巨大な魔法陣。両手の光が薄れるのと並行して描かれ、完成していく魔法陣、大きさはどのくらかも想像がつかない、おそらく5メートルほどはある。剣士が魔法使いのほうに歩いていく、火竜はおそらく初めて見るであろう光景に畏怖し、火球を放つも結果は同じ。両手の光が消えると同時に頭上の魔方陣が輝きを増し、そこから巨大な火球が、いやあれは燃える石だ。火竜も声を上げるのをやめ、目をそちらに向ける。一瞬訪れる静寂。
≪隕石召喚≫
そう魔法使いが告げた声が聞こえる。
それと同時に燃える石は火竜の頭上に落下を始める。動けない火竜、若いゆえに我を忘れているのか、そして飲まれる。轟音、今までの音が比較にならないほどの音が辺り一帯に響き渡り、爆風が遠く離れた自分たちの髪の毛を揺らす。感じる凄まじい熱風、思わず耳を抑える。そして、噴煙が晴れ、着弾地にあったのは地面に深く刺さる巨大な岩だけだった。
岩のふもとから剣士が何か拾っている。ドロップアイテムだろうか、どうやら魔法使いがこちらに気付いたようで、剣士に声を掛け、こちらに近づいてくる。味方だと思っていても思わず身構えてしまう。
「身構えなくてもいい、この街の住民だね。」
なんと、剣士は女性だったようで。あれだけの力を持つ女性、どれだけの実力なのだろうか。もう既に握手できる近さ、その白銀のヘルムを外す、美しい女性。しかし何か違和感。そして気が付く、黒髪の女性、それも日本人的な美しさ。久々に見るこの美、懐かしい気分になる。遅ればせながらも魔法使いが。同じく黒髪の好青年、2人とも20代ほどだろうか。
「はい・・」
トリスが答える。自分は違うので無言を貫いておく。ローブを深くかぶり、あまり見えていないとはいえ見破られないだろうか。
「一応援軍できた者だが、火竜1匹でよかったか?」
「あぁ、市長はいないか?」
2人がそれぞれ質問を。自分も気になっていた、横になっていた人々の中に市長やそれに準ずる人々は見えなかった。市庁舎崩落に巻き込まれたのか。
「市長は襲撃とともに、街より撤退したわ。一応今、中心となっているのは神父様。南部にむかったと思う、見かけませんでした?」
撤退、いや逃走、都市において主要たる人物が重要なものをもって撤退するのはおかしくはなのだが、ただ命が惜しかったのか、今となっては本人を探すほかはない。どこにいるのか。
「南門を抜けた先に、恐らく都市の人々が逃げていたであろう地があった。ただ私たちが通りかかったときには、火竜の餌場と化していて。」
「そして俺らが来る最中、誰ともすれ違わなかった。」
告げられる死亡通告。残っているのはおそらく市庁舎にいる人たち、いや生き残っていれば、だが。
「俺らのあと、おそらく明日までには救援物資を持った騎士団がくる。それに救助は任せよう、俺らではどうしようもできん。とりあえず神父の下に。」
トリスは教会を指さす。
「あそこにいるわ、ただ、体調が・・・」
「見ればわかるわ、禁忌魔術使ったんでしょう。まぁ仕方ないことだとは思うけれど。」
「この国にそんな神父がいるとはなかなかなものだがな。」
そして一言
「そういえば、名乗っていなかったわね。私たちは“天啓同盟”所属、“黒白夫婦”」
そう告げ、魔法使いは剣士に目配せをして教会のほうに。天啓同盟、あとでトリスに聞こう。そう思っていると、剣士が自分たちの横を通り過ぎる、その瞬間耳元で、
「あまり人に会わないほうがいいわ。彼女さん、生きていないんでしょう?早急にラツィア村に行きなさい、騎士団が来る前に。地図、置いとくわね。私たちもあとで向かうわ。話がある。」
思わず剣士を見る。後ろ手を振りながら歩いていく女、見破られていた。
足元には、地図が描かれた紙が1枚落ちていて。




