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ふと脳内に響く声。
『それは、俺がこの商売を始めたころに手に入れた危険物でね、装備した者の命を吸い取り、アンデッドとして復活させる、そんなものさ』
冷たくなった彼女の体を強く抱きしめる。指に嵌った指輪が光を放つ。トリスの右腕に巻かれた包帯が千切れる。まるで木の幹が伸びていくような・・・伸びた先から5本の指が。意味不明な光景、相変わらず彼女の体は冷たいまま。
トリスの左薬指を見る、これは・・・
思い出す、あの日、あの市場、あの男から買った指輪。対象者の命を吸い取り、アンデッドとして復活させる、そういう指輪。光を集め、緑の石が光る。眩しくはない、しかししっかりとした明るさ、何か妖しく、そして力を感じる。
右腕が完全に生えたころ、緑の光は収まっていく。顔の傷は大部分が治り、頬の傷も跡が残るだけ。しかし顔は青白く、体は冷たい。心臓の鼓動は聞こえず、息もない。一体どういうことだろうか。体を強く抱きしめる、血の臭い、触っているだけで凍えるような肌の温度。髪の毛を撫で、唇に口付けを。
「ん・・・・ぁ・・・」
口付けをすると、何かを求めるように冷たい空気が唇にかかり、舌が伸びてくる。驚きながらも、舌を絡ませる。唾液を全てからめとられるような情熱的なそれ。トリスの目は未だ開いていないが、両腕が何かを求めるかのように自分に絡みついてくる。頭の中が蕩ける、何も考えられなくなるような。強く抱きしめると、向こうも強く抱きしめてくる。
長々と1分ほどだろうか、いや、もっとだろうか。永遠とも思えるような時間が経ち、唇を離す。唾液が糸を引き、名残惜しそうな舌が見える。青白い肌と対比した赤い舌、煽情的なそれに自分の中の男が反応するのを感じる。
そして目が開く。瞳がこちらを見つめる。まるで人形のような顔、青白い肌がまるで蝋人形のような。
「アス・・・カ・・・?」
「あぁ、トリス、平気か?」
「アスカッ!」
強く、強く抱きしめてくる彼女。こちらも負けじと抱きしめ返す。
「もう会えないかと、よかった会えて、大好きだよ?あぁ、それよりなんで?」
「トリス、体は平気か?」
トリスを見つめる、体に不具合はないようで。適度に言葉を交わす。彼女は、恐らくあの指輪の力でアンデッドになったこと、そしてそれをやってしまったことを謝罪する。土下座をする自分の頭を抱きかかえた彼女は優しく自分のことを許してくれた。体に傷は残っている、おそらく瀕死の状態で使ったからだろうか。消えない傷を残してしまった、この生涯をかけて償おうと意気込む。
所々、破れ焦げ包帯が目立つ今の服装、トリスはその上からローブを羽織り、器用に破れた服を脱ぎ去る。いらない、邪魔だというそれをファイアで燃やす。アンデッドになった彼女、立ち上がることはできるがまだ上手く歩けないようで、まるで生まれたての小鹿のような。そっと肩を抱き、ガルムの背中に乗せる。ガルムも何かわかっているのか特に嫌がるようなそぶりは見せない。モンスターのことは後々説明しよう、そう思っているところに突然の衝撃。
ズシン、そう地が震える様な衝撃。教会の建物自体は無事だが、天井から粉煙が少量降ってくる、何があったのだろうか。慌てて図書室を出る。非常に豪華な祭壇、この状況でも光を失っていないそれに膝をつき祈りを奉げる神父がいる。その少し汚れた白衣と地面の接地部付近から赤い筋が10本ほど、教会の至る所に地面を這って伸びている。その筋は枝分かれしつつ教会の壁をのぼり、天井にまで。そして一番大きな筋は神父の足元から祭壇に一直線に伸びていて、オルケー神の彫刻の上に2メートルほどの魔方陣。初めて見る、神々しく神聖な輝きを放つそれ。
「光魔法禁忌魔術第3番、絶対防御-人身御供-・・・」
それを見たトリスが呟く。光魔法、それはいい。禁忌魔術第3番、禁忌というからには使用してはいけない魔法、その1つということか。そして魔法の名前・・・絶対防御-人身御供-これが意味することとはなんだろうか。知っているのならば解説をしてほしい。相も変わらず続く振動、何かが連続して降ってきているような。
「それはどういう魔法なんだ?」
「魔法は、大きく分けて3つに分かれるわ。スキルのレベルが5以下の小魔法と、6以上の大魔法、そして使用が禁止された禁忌魔術。禁忌魔術は様々な理由から使用が禁止されているんだけど、その内の1つよあれは。」
「見たところ防壁を張るかもしくは建物を強化する魔法なんだが、なぜ禁忌に?」
「それは代償があるから。あの魔法は対象の建物を強化する最高位の魔法なんだけど、相当なレベルが必要かつ、あれは使用者のMPだけじゃなくHPまでも代償に持っていく魔法・・・そして、あれを使ったら最後、使用した場所から半径300メートル以内に闇属性モンスターが発生しやすくなる。故に禁忌、神父様が使えるのは知っていたけど。」
つまり、神父は相当な魔法の使い手だったということか。なかなかどうして、それほどの人物が何故こんな辺境で神父をしていたのか。また大きな衝撃、天窓からチラリと見える巨大な竜。あれが火竜、こちらに向かってブレスを吐いているということか。
「アスカはどうやってここまで?」
トリスが一言質問をしてくる。まぁそう考えるのは当然だろう、助けを求めに行ったはずなのだから。よく周りを見ると寝ている人は多くが怪我を抱えていて、皆神父を縋るように見つめているか、悲嘆にくれ顔を伏せているか。
「北からガルムに乗って。残念ながらAランクにはなったがアレは対処できそうにない。」
「それは、仕方ないわ。北ね、援軍は来るのかしら。」
「来たとしてもあと2日は確実にかかる、恐らく3日後だろう。」
「そしたら南、というわけね。」
残念ながら、自分の実力ではアレはどうにもできない。一目チラリと見ただけでわかる圧倒的なまでの力量差、恐らく消し炭にされるだろう。南に、そんな力を持つ冒険者などいるのだろうか。やつれた神父、彼の代わりをしてあげたいが自分は光魔法を使えない、おそらく彼も3日は持たないだろうことは見て取れる。
上を見上げる、相も変わらず火竜はこちらをみている。かなり上空にいるあの火竜、なぜこんなところに火竜が。
「あの火竜、幼生が成長したやつだわ。或る時を境に見なくなって、いなくなったのかと思っていたけど、しっかり帰ってきたわ・・・」
ふと思い出す、Bランク依頼にあったフレイムドラゴンの幼生の討伐依頼、あれがここまで成長をしたということか。かなり早い成長速度だろう。上空の竜はまた大きく口を開き、火球が此方に降ってくる。衝撃を予感し、目を瞑り衝撃に備える。
教会がまた大きく揺れる、そして一発毎に教会に走る筋が大きく揺れ動く。神父の足元には、顔から滴る汗がたまり、命を削っているであろうことは見て取れる。脈動している筋、まるで血管のような。恐らくこの比喩は間違っていない。もう1度上を向く。強大な飛龍は恐らくあと数分後にもう1度火球を放つだろう、持つのだろうか。
もしかしたら、助けなど来ないのかもしれない。それでも、もう1度トリスと会えた、今なら死んでも後悔は、そんなにはしない。ただ、死ぬのならばせめてあの火竜に何か仕返しを、やられてばかりというわけにはいかない。そう思い、火竜を睨む。
刹那、どこかから飛来した黒球が火竜に直撃し、火竜はバランスを崩す。一体何が、そう考える間もなく黒球の飛来した方向に飛ぶ火竜。どうやら一旦の窮地は脱したらしい。助けが来たのか、トリスと目配せ、教会の出口へ向かう。恐らくここに篭っていてももう持たない、せめてこの助けと協力して一矢報いてやろう。
とりあえずこれで伏線は2つ回収しました。
フレイムドラゴンの幼生と指輪・・・
 




