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巨狼に乗って約1日。あの男に会ってから2度目の太陽が頭上に位置するころ。プルミエの都市がかなり近くにまで。目を疑う、あの荘厳な都市はもう既にその姿を残してはいない。その姿を日の下に晒していたその大北門は半分が崩れ、奥に見える灯台は上半分が存在しない。かなりの煙が上空に立ち込めている。ガルムを激励し、できるかぎり近づく。朱い竜は見えない、一体どこにいるのか。
大北門も100メートルほどまで近づいたころ、プルミエはその惨たらしい姿を陽光の下に。近づいていく自分の目には惨憺たる光景が。黒々とした煙が大北門を含め、街のいたるところから噴き上がっている。家々からは紅い炎が噴出し、今も目の前で1棟が崩れ落ちる。
大北門の手前でガルムを降りる。ついてくるように支持をして大北門のがれきを登っていく。もう下半分しか存在していない大北門、崩れたレンガがそこらじゅうに広がり、赤く熱された鉄板も落ちている。非常に熱い。石は黒く焦げ、そこら中から熱気が立ち上る。煙は喉を焼こうと自分を覆い、息をすることさえ滞る。崩壊した門を抜け、街へと踏み出す。
街はかつての活気ある姿はどこへやら、2階建ての建物、1階建ての建物、様々な建物が自分を、この都市の中央を走る道を囲んでいたはずなのだが、周りに見えるのは黒焦げたものばかり。かろうじて建物だとわかるもののなかには、半分以上が崩れ落ちているものが大多数を占め、あとのものも炎を噴き上げている。唯一無事なのは巨大な建物。教会だけ。
たしかあそこには道具屋があったはずだろう場所には、黒い塊が積み重なっている。周りに立ち込める、焚火のような臭い。煙は上空に逃げているが、埃が空気を少し淀ませているようだ。木々が焼ける臭いにまぎれ、時折焼肉のような臭いが。いやな光景が想像される、トリスは平気だろうか。地面も火が舐めたようで、少し黒く焦げている箇所も見られる。道端に落ちていた丸い炭塊、よく見なくてもわかってしまった。アレは人であったもの、目を逸らす、トリスのことは考えるな。
建物が崩れ落ちているおかげで周りが見渡せる。市場が会ったであろう場所には、崩れた屋台が大量に落ちている。時折燃えているものも見え、このままだと市場は火の海だろう。奥に見える市庁舎、塔の上半分がない、いやもっとだろう。それが崩壊した結果だろうか、入口から見て右手は完全に崩壊している。南部に目を向けても、光景はあまりかわらない。建物は形を残してはいるが、下手をすると北部より酷い光景。建物が無事、北部は壊滅させられ、炎を噴き上げている。これが意味することは、北部で発生した火災が南部にまで広がっているということ。北部の火ではない量の黒煙があがり、炎も時折その姿を見せる。南部に行ったら最後、窒息してしまうのでは、そう感じる。
周りを見渡しても、人っ子1人いない。ただ崩壊した街並みと、物が燃える音が聞こえる。まるで世界の終焉のよう。唯一その姿を残す教会に向かう。その中になら誰かいるだろうか。非常時、人々の心のよりどころになるものは数多くあるが、その中の1つに宗教がある。
眼前に聳え立つ教会は、破壊の痕は全く見られない。ただその白く美しかった外壁は煤で黒く染まっている。
扉を叩く。1度、2度、3度。ゆっくりと、軋む音を立てて門は開く。顔を出したのは神父。かなり顔がやつれているだろうか、青白い顔をしている。
「君は・・・?」
「アスカです。半年前にこの都市を去って今戻ってきました。今はどういう状況ですか?」
「外は平気かい?フレイムドラゴンは、今はいないようだね。中においで、状況を説明しよう。」
神父に案内され、中に入る。教会の内部に置いてあった椅子は全てどけられていて、多くの人々がそこにいる。おおよそ50人ほどだろうか、多くのひとは横になっている。
「ここには、怪我をした人や、避難できなかった人たちが居ます。」
「3日前、火竜がプルミエの上空に飛来しましてね。火球で大北門を破壊せしめたのです。それを見て数少ないベテラン冒険者が対処に向かい、そのうちに多くの人たちは南の都市に向かって脱出しました。ところが、4割ほど避難したころでしょうか、火竜が再度襲来、市庁舎及び北部は壊滅しました。また大南門を超えたあたりに降下し、それ以来姿を見せていません。結果、南部に逃げるわけにもいかず、避難できなかった人たちはこちらに集まっています。」
聞くとかなりひどい状態だったようで、よくこの建物が無事だったものだ。内部はどこにもヒビも入っていない、神父がやつれているだけ。
「よくここは無事でしたね。そして、今の話だとこの都市の半数はここにいるはずだと思うのですが・・・」
そう、あと半分にしては50人は少なすぎる。おおおそ500人程度いてもいいのはないだろうか。
「この建物は、私の魔法により火球を防ぎ無事に守り抜くことができました。そう設計してあるので。」
「そして・・・人なのですが、多くの人は、南部に抜けて逃げる人、市庁舎に集まって対応を仰ぐ者、そして自分たちの家にこもるものに分かれまして・・・」
つまり、市庁舎は壊滅、北部および南部が壊滅しているということは・・・
「お察しの通りかと。今この都市にいる生きている人は恐らくここにいるのみ・・・」
信じたくない、現実。トリスは、彼女はどこにいるのだろうか。市庁舎で働き続けていたのだろうか、冷や汗が背中を伝う。
「トリスは、トリステスはどこに?無事ですか?」
神父は俯き、数秒貯めて、こちらを向く。
「トリスさんは、2ヵ月前ギルドを止めて私の下で光魔法を習っていました。そして、火竜が襲撃にきた日、丁度外に出ていまして・・・命はあるのですがいま重傷で・・・」
聞きたくなかった、最悪の報告。ギルドを止めていた、そこまではよかった、故に市庁舎の崩壊に巻き込まれなかった、しかし・・・
神父に頼み込み、トリスの下に。神父もトリスの恋人だということに気が付いたのか、トリスに関しての簡単な近況を聞かせてもらう。どうやら、自分と共に外にでるということで、足手まといにならないように神父に光魔法を習いにきたそう。ステータス的には戦闘は無理だが、けがの治療等ならできる、そういって光魔法を必死に取得しようとしていたそうだ。かいあって回復魔法は使えるようになったそう。そういう話を聞き、彼女の下に辿り着く。
彼女は、図書館となっていた場所に隔離され、地面に敷いた布の上に横にされていて。右腕は肩口10センチほどから先がなく、足は両足とも包帯に覆われている。胴体にも包帯は巻かれ、頭部にも。顔は煤で汚れ、切り傷が多い。目は閉じていて、駆けより、息を確かめる。非常に弱弱しく、掻き消えそうなほどだが微かに感じる命の息吹。わき腹部分に巻かれた包帯は血で染まり、右腕は包帯が目に見えて赤くなっている。おそらく、もう助からないだろう。
「この2日、よく保ったと思う。必死に治療はしたんだが・・・彼女は皆の中でも重症の部類でね・・・」
申し訳なさそうに、神父がいう。いや、貴方のせいじゃない、そうわかっていても口には出せない。目の前が滲んでくる。制止も聞かず抱きしめる。ぐったりとして、力の全く入っていない体。右腕に触れたのか、手が真っ赤に染まるが気にするものか。顔を近づけ、軽くキスをする。美しい顔も、煤で汚れ、擦り傷が所々に見えるせいで台無し。一番大きい傷は、右頬に走る1本の傷。深く、ざっくり切れていて見ていて痛々しい。左目横から口の左横までおおよそ15センチの傷、わきばらはどれくらいの傷なのだろうか。
声を掛ける、返事はないのはわかっている。でも、それでも今にも目を開いてくれる、そう信じて見つめる。非常に弱弱しい息、胸に手を当てるが、心臓の鼓動は今にも止まりそうなほど。もう一度、今度は額にキス。どうしてこうなってしまったのか。一緒にこれから冒険をするはずだったのに、なぜこうなってしまったのか。
「嫌だよ・・・」
漏れる声。神父が気を効かせて立ち去る足音が聞こえる。
「どうして・・・」
「会えるのを楽しみにしていたのに・・・なんで・・・こんなになってしまって・・・」
ひとこと、ひとこと、ゆっくりと、噛みしめるように彼女に言い聞かせる。いや、これは唯の独り言に過ぎない、でも彼女は聞いてくれているような。
「聞いてくれよ・・・約束通り、Aランクになったんだよ?このあと、トリスと北に向かって良い街を探しながら金を貯めようと思うんだ。エルフの里なんてどうだい?俺の実力なら入れる。」
「そしたら、そこに永住しよう。農業をやるんだ。そして子供も作ろう?3人か4人、そのくらいでいいよね。」
彼女からの応答はない。虚しいおままごと、一言発する度に現実を認識していく。恐らく彼女は持ってあと1日、いやそんなに持つのだろうか。抱きしめる腕に力が籠もる。延々と同じ問いを課す、どうして?
「トリスに会うときのことを考えて、パーティーも開けるように食材も用意してあるんだ。ウルムス村の特産品だよ?ワインもある、お土産も用意してある。ネックレス・・・ローブ・・・」
アイテムボックスを開き、土産を取り出す。ダンジョンの踏破報酬である、金のネックレスを首にかける。残った左手首に銀のブレスレットを嵌め、ローブを体に被せ、指輪を取り出す。緑色の石を抱く銀色の指輪は天窓から射す光を吸収していて、妖しげに光る。
左手が残っていて良かった。左手を開き、薬指を取る。ゆっくりと、銀の指輪を入れていく。地球での風習、婚約指輪。勝手にやってしまって、少し良心が痛む。
アクセサリーを付け終わり、もう一度強く抱きしめ、唇にキスをする。ふと気が付く、段々とより弱くなっていく息。心臓に手を当てる、鼓動は弱く、弱く、そして・・・・・・
一縷の涙が目元から零れる。自分はトリスを抱きしめたまま、もう一度唇にキスを。




