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ガルムの背に乗り、草原を駆ける。急げ、急げ、急げ。火が落ちる前までにプルミエにまで。
ガルムは野を駆け、草原を疾駆する。テンとシェムは転移陣の中に。抱えている暇など、ない。ガルムの背は乗りやすくはないが、速い。周りの景色が飛ぶように流れていく、彼の全速力を初めて経験する、自転車よりかは確実に速いだろうか。
「もう少しだ、頑張ってくれよ。」
背中を優しく叩きながら、声を掛ける。非常につらい物になるだろうが、休んでいる暇などない。進めるだけ進み、最速でプルミエまで。
吟遊詩人が居た村をでて早くも1時間、自分は街道をゆったりと歩く。次の村までは約2かほどだろうか、それとももう少しかかってしまうだろうか。食料は十分備蓄されているし、自分の体調も素晴らしい。何の問題もなく、そしてモンスターにも出会わない。遠くから来た商団に先ほどすれ違い、適当に挨拶を交わしたことが記憶に新しい。ウィステリアまで最終的に向かうというその商団は、エルフの里、ヴァーミリオン大帝国、メイズ共和国など様々な国家で物を売り払い、仕入れ、そんな流浪の民の如き商売をしながら見聞を広げているという。そんな旅もいいかもしれない、すぐに訪れるであろうトリスとの甘い日々を浮かべる、彼女は何というだろうか。お土産として持ってきている少量のアクセサリーも喜んでくれるだろうか、そして何より、彼女は自分との再会を喜んでくれるだろうか、少しばかりの不安が鎌首を擡げる。
ふと遥か遠く、前から馬が近づいているのに気が付く。1匹の馬、確実におかしい。基本的にソロで行動する人はこの世界に少ない、いても冒険者や一握りの職種の人たちだけだろう。そしてその人たちの多くは徒歩で行動していたり、荷馬車で行動していたり。当然馬に乗っている人はいるだろうが、目の前の馬はこちらに向かって出せ得る限りの速度を出しているように思える。何をそんなに急いでいるのか、乗っている人はまだ良く見えない。
数分で馬はもう鮮明に、かなり近づいてきた。どう見ても一般的な、冒険者ではないような装備の人が乗っている、何があったというのか。そんな人が1人で、馬を全速力で走らせるなど只事ではない。馬はもうあと少しというところで速度を落とし、
「そんなに急いでどうした?」
好奇心を抑え、軽く質問する。馬に乗っていたのは若い男、かなり飛ばしてきたのだろう、息を整えつつこちらの質問に質問で答える。
「プルミエに向かっているのか?」
「そうだが、何があったんだ?」
「今プルミエはまずい。フレイムドラゴンがプルミエを襲撃してきた。」
言っている意味がわからない、ふれいむどらごん?火竜という意味か?
「どういうことだ?なぜ火竜が?」
「わからない、ただ昨日プルミエに若い火竜が襲来して、火球で都市の一部を破壊した。都市に住む実力者だけで応戦はしているが、いかんせん相手が火竜、俺ともう1人がそれぞれ南北の都市に援軍を要請しているところだ。」
都市の一部が?頭の中に浮かぶ彼女の顔、彼女は無事なのか?
「トリスは、ギルドは無事か?」
「トリスちゃんの知り合いか?彼女のいるギルドは俺が出るときは無事だった。神父が2発目以降は耐え、都市の対空迎撃設備で迎撃はしていた。」
その話を聞くや否や、シェムとテンを転移陣に仕舞う。
「ガルム、乗せてくれ。全速力だ。」
「おい、行くのか?火竜がいるんだぞ?死にたくなきゃ、逃げたほうがいい。」
引き留めようとする男に、銀のカードを見せる。Aランクの証、相手は火竜だとはいえ、どうにか手助けにはなるだろう。彼女が住む町、安否を確認するために一刻でも早く。
「Aランク・・・勝手にしろ。俺は北に行く、そこで人を募集する。」
男は馬を走らせ、北へと向かう。恐らく彼が最寄りの都市につくのはあと3日、戻ってきても間に合わないだろう。ガルムの背に跨り、合図をする。
走り出す巨狼はまるで跳ね馬の如く。バランスをとるのが非常に大変ではあるが早い。間に合え、頭の中に浮かぶ彼女の顔。もしも何かがあったとしたならば、この命を懸けてでも。




