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2か月、月日は牛歩のごとき速さで通過しているように感じるが、見返すと刹那の内に過ぎ去っていく。
お嬢は未だに自分のことを語ろうとしない。打ち解け、病院の外にも出れるのだが、いやレーヌか俺と共にという条件付きだが。それでも名前さえもしゃべろうとしない、自分のことになると殻にこもってしまうかのように。それでもかまわない。
ヴァレヌの街並みは悪化の一途をたどっている。俺が働き始めた当初に比べ客足は目に見えるほどに減った。今では大通りでさえたまにゴミが見える、町の人々は虚勢を張って元気そうにするばかり。それでもなければ死んだ町になっていたことだろう。領主は重税を課し、酒に女に、媚びる一部の市民。
金は結構たまった、レーヌへも返し終わった、そろそろ都市をでよう、そう考える。お嬢を連れて行くかどうかはわからないが、どこにいくのかも当てが付いていない。
お嬢と共に町を歩く。今日は客が居なく、宿屋は俺と先輩に休憩を、もう一人はやめてしまった。だから朝からお嬢を連れてこのいい天気の下散歩を。
「るーと、きもちいいね?」
日差しの下歩く、大通りを。あの事件のあった方向には向かわない、中心部の城を見て昼を取り、外周の壁をのぼり外を見てから市場で買い物をする、それが今日の予定。
「あぁ、そろそろ城のもとにつくぞ?少し読書をして昼にするか、何が食べたい?」
「まえのつづきをよむの、おひるはいつもとちがうところがいい。」
城に併設された図書館、そこで本を読むのが日課。お嬢は意外と知識欲が高いようで。魔術書など様々なものを。
図書館で本を読む、俺はその姿を見続けるばかり。窓から射す柔らかな日差しに照らされ、黒髪が艶やかに。よく似合う、その姿を見ているだけで時間は過ぎ去っていくかのよう。そろそろ昼にするか。
「お嬢、昼にしようか。」
「ん・・・じゃぁここをよんでから。」
「あぁ。」
図書館を出る、やはりお嬢の黒髪は珍しく、目も引く。黒髪を持つ人は非常に稀だそうで。
昼は城の前の屋台で串焼肉とパンを。パンはチーズを挟んだもの、肉は油が乗っていてうまい、この都市で一番活気があるんじゃないのか、そう思ってしまうほどの屋台。
「うまいか?これを食ったのは初めてだろ?」
「おいしい・・・ありがとう。」
食べる様でさえ愛らしい。最近はほとんど陰も見せなくなってきた、順調に回復しているだろうか。黒髪を撫でる。
この後は外を見に行こう、流石に外に出るのは危険だが。俺はレベル1、お嬢もそんなところだろう。
俺がその知らせを受け取ったのは、あのデートから少し経った頃。宿屋で働いている俺、そろそろ朝飯も終わるだろうか、そんなころ。
宿屋のドアが勢いよく開く、壊れてしまったら修復するのは大変だろうに。入ってきたのは男、あれは野菜売りの男じゃなかったか?名前は、ロダンだったか。
息を落ち着かせようと深呼吸し、あきらめ、どうやら全力でかけてきたようで、
「おい、ルート!やばい、病院が、かなりやばい!」
突然聞こえてくる聞きなれた単語、そして何か危急を知らせるような。
「領主が、やりやがった!あいつ、ついに病院を狙いがった、あの屑どもが病院を明け方襲ったみたいだ!」
「は?今はどうなっている?」
鼓動が早くなる、どういう意味だろうか、言葉の意味が理解できない。
「俺らが見たときは、ドアは破壊され、中は血が飛び散った場所もあった、俺はそれを見てここまで走ってきたんだ。お前にいわないと、レーヌちゃんはどうなったかわからんが、入口でオッサンはもう・・・」
「あ、?は・・・・?え?」
単語が理解できない、肩を押される、振り返ると奥さんが。
「ルート、とりあえずいきな、ここは任せて、あとで報告はするんだよ?」
走り出す、病院の方向に。服装も変えず、全力で、一秒でも早く病院に。急激な全力疾走のせいか、異常な速度で鼓動しているのがわかる、走れ、走れ。
病院の前には、人だかりが。押しのけ、押しのけ、時には無理矢理、人だかりをかき分ける。先には、病院の入口、そして布を駆けられ横たえられている人々。
「ルート、病院のみんなが!」
何も耳に入ってこない、駆けより顔を確認していく。人々の周りには医者だろうか、1人横についていて。駆けよるこちらをみて首を振る。
一番左は医者。顔はもう白く、顔は苦痛にゆがんでいる、体にかかった布をどけると、腹には切り傷、もう生きてはいない。アダム、足をなくした冒険者で、エリック、風邪で入院していたはずだ、オーゼ、お前は急激な腹痛だっけか、ハウゼル、点滴をしていた老人。その他様々、横たわっている顔は見知った顔ばかり、患者と医者ばかり、皆の顔はもう白く、息はない。
「なんで、なんでこんなことにッ。」
医者がこちらに来て、話しかける。メガネをつけた長身の、アメルといったか。
「私は今日休みをもらっていて、あわてて駆け付けた。ルート、少し来てもらいたい場所がある。ロダン、ここは任せたぞ?」
立つロダンにあとを任せ、茫然自失の俺を連れて中に。病院の中は赤く染まっている箇所も多く、椅子や机は壊されて、扉も壊されて。白い白亜の場所は赤黒く。
「ルート、これからお前には辛い物を見せるかもしれない、ただお前が一番近かったものだ。その前に。これを。」
「アンリ先生が手に握りしめていた手紙だ。あて先は彼女の弟へ。アンリ先生の一番弟子、レーヌの弟、つまりは君だ。」
渡されるぐしゃぐしゃになった封筒。赤く染まっている箇所もある。それをポケットに。
「さて、来てほしい。」
廊下を奥に、もう何も考えたくはない、あまりのことに何も口に出せない。なんで、その一言を呪詛のようにつぶやくことしか。廊下から覗く壊れた扉の奥には、荒らされた部屋が多く並んでいて。その一部のベッドの上に布がかけられて、たしかその部屋は幼児や老人の部屋だった。物事を理解できない、単語が頭の中に浮かんでは消えていく。
廊下の奥、ここは俺が入院していた。
「ルート、決してベッドの方は見てはいけない。」
白亜の部屋だったその部屋は、所々赤く染まっていて。
「お嬢は、私兵に連れていかれたようだ。彼女はいない、あとは多くの入院していた女の子たちもだ。残っていたのは、年を召した女の方や、10も行かぬ幼児ばかり。」
「みんなは、どうなった?生きて、いるのか?」
「残念ながら、なd「嫌だッ!聞きたくないッ!」
頭がいたい、嫌だ、聞きたくもないよそんなことは、うずくまる。聞こえない、聞けるわけがない、嫌だ・・・・
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。」
そして、頭の中に浮かぶ1人の顔、あの天使のような、俺に目を掛けてくれたあの優しい、どこに?
「・・・・・・・・・アメル先生、レーヌは?」
アメル先生を見る、彼は言いにくそうに、目を合わせないで、
「レーヌは残念ながら、助けることはできなかった。」
「嘘だッ!やだよ、なんで、なんでぇ・・・」
聞きたくなかった、聞いてはいけなかった、でも、なんで。なんでこうなった、レーヌは、なんで?生きてるんじゃないの?
「生きてるんでしょ?こんな冗談はよしてよ?そろそろ嘘でしたってネタばらしするんでしょ?」
アメル先生に詰め寄る、なんで目を合わせない?こんなの嘘に決まっている、性質の悪い冗談だ、あとでレーヌにはおころう、これはさすがに冗談にしては品がなさすぎるよ。
本当は心は理解している、これが冗談ではないことに。だからだろうか、気が付いてしまった。見てはいけない、ベッドが布に覆われ、そしてそれが膨らんでいることに。
駆け寄る、遠くで聞こえるアメル先生の制止、振り払い、布をめくって・・・
そこにいたのは、物言わぬレーヌだった。左胸には包丁が突き刺さり、目は恐怖におびえ、開け放たれていて。服は全て剥ぎ取られ、顔には殴られたような、右腕は曲がってはいけない方向に。乳房には咬まれたような、目の前が、暗く、暗く、漆黒に。




