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あの女の子を助けた日から早くも1週間。
俺はあいかわらず宿屋で働く毎日。それでも休みになると病院へ向かい、レーヌと話に、あの女の子の様子を見に行っている。自分が助けた手前、気になるのだ。見捨てては、レーヌにまかせっきりではいけないような気がする。
今日も俺は病院に向かう。1週間がたった今、女の子はあの濁った眼ではなくなっている。ただ、あまり口数は多くない、俺やレーヌに対してでさえほぼ無口、心に負った傷は大きいのか。
「よう。」
病院に向かうさながら、人々に声を掛けられるように。あの事件のお陰で、結構溶け込めている、原因が原因なだけに手離して喜べるようなことではないが。
「あら、ルート、今日もきたの?」
病院について開口一番、
「あぁ、気になってな。どう?」
「かなり元気になってきたわ、そうそう、丁度今日は香油を使ってみたの。元がいいのね、かなりかわいくなったわ、1番じゃないかしらヴァイスで。」
「それほどのものか、楽しみだ。」
病院の中へ、前俺が入院していた部屋に今は彼女はいる。相も変わらず白く殺風景な部屋、花瓶には赤い花が、俺が届けた物。部屋には甘い香りが漂っていて、俺が入るとベッドの上の人物はこちらを向いて。
「よう、元気か?」
「るー、と?」
「おうよ、調子は?」
お嬢は余りしゃべらない。頷くだけ、それでもゆっくり療養していけばいい。今彼女が心開いているのは俺とレーヌ、そして次点であの医者だけ。それ以外には会いたくもないらしい、怖い、そういっていたか。まぁこちらとしても会わせる気は全くないが。
お嬢は、腰まで伸びた黒髪をベッドに投げ出していて。ベッドまでいって腰かける。
「ん・・・」
頭を肩にあててくる、いつもやっていること。手をのばし、撫で続ける。サラサラとした美しい髪、香油のお陰で非常にいい香りもする。
「いい香りだ、良い香りだよ。」
「ん・・・」
「そうでしょう?掘り出し物だったわ。あ、じゃぁ任せていいかしら、検診に行かなくちゃ。」
「あぁ。」
「ばい、ばい、また、ね。」
猫のように、目を細めるお嬢の頭を撫で続ける。珍しい黒髪、俺と同じ。
世間話をする、といっても俺が一方的に話しているだけだが。お嬢は俺の膝の上に頭を載せて、俺のなすがまま。少女を膝枕をして、長いその髪を手で梳く。本能が何か警告してる、少女趣味、外道、無視して撫で続ける。
お嬢は過去のことを話そうとしない。決して。だから、俺もレーヌも聞こうとはしない、お嬢が効きたくなるまで。名前も言わない、だからお嬢。俺が呼び始めた。年齢は10代前半だろう。それなのに大変な目に会ったものだ。
気持ちよさそうに身じろぎをする、その度に立ち込める甘い香り、少女を抱きしめて匂いを嗅いだことがある人はどれだけいるだろうか。お嬢は時折、抱擁を求めてくることがある、レーヌの見立てによると今まで愛情をあまり注がれてなかったのではないだろうか、そう言う。
だから、俺たちはお嬢のことをよく知らない。この都市に住んでいないことくらいはわかる、誰も名乗りをあげないから。身長は低い、150センチから160センチほど、ほっそりと、これは栄養状態が良くなかったのもあるかもしれない。保護したとき、お嬢は鳥の骨のような、骨と皮に申し訳ばかりの肉がついているだけだった。今は少し肉もついてきたが相変わらず痩せている、まるで俺でさえ力を入れれば腕が折れるのでは、と思えるくらいに。背中の中ほどまで伸びた黒い髪、華奢な体。傷は、少しばかり。やつれていても顔が良いのはわかる、決して都市一番ではないが平均は軽く凌駕している程度。俺といるとき、レーヌといるときは至って普通な無口な彼女、ただ部屋から出るだけで体は震え始める。おそらく歩けるのはかなり先ではないのだろうか。それまでは籠の中の可愛い小鳥さんというわけだ。
「るーとは、ここでこれからもすごすの?」
世間話の中、お嬢は俺に1つの質問を。
「どうだろうか、わからない、記憶が戻った時に考えるのでもいいし、記憶を求めて旅に出るのでもいい。なんで?」
「いや。」
頭をこちらに向けて、下から俺の顔を見上げるような形に。そして両手を俺の頬にあてて。
「おいて、かないで。」
「大丈夫、お嬢が平気になるまではここにいるつもりさ。俺はここに恩を返さないといけないしな。」
「いくなら、ついてく。」
その目尻には涙がにじんでいて。
「あぁ、必ずだぞ?」
その儚げな視線は、答えないとまたあの時に戻ってしまいそうで。俺はこの選択しかできない。これからがどうなってしまうのかわかりはしないが、それでも一緒に過ごせる間は過ごしていよう。
「お嬢、そろそろ戻らないと。ごめんな。」
そう告げ、腰をあげる。俺だってここを離れたくはないが、仕事は仕事。お嬢はこちらを名残惜しそうに、
「じゃぁ、ね。また・・・」
「あぁ、またな。」
レーヌに声をかけ、病院を立ち去る。宿屋での仕事はあと3か月程度、それでいったんは区切りをつける。その頃には給金で結構な額が貯まっているだろう、その金で旅にでる、そのつもり。
 




