52
そこからの1か月、地獄もかくやという日々が。
3ヵ月、固形の食事をとっていなかった胃は完全に弱り切っており、初日はミルクさえも受け付けない始末。いきなり入ってきた高脂肪の液体に対し、胃が見せた反応は戻すという。全てをレーヌと呼ばれた看護婦の持つ盥に吐き出す。2日目、3日目になって初めてまともに摂取することができる。水分しかとっていなかった故、大腸の働きも完全に低下しており、これから固形のものを摂取していく過程のなかできついリハビリが残っていることを伝えられる。
1週間、ゼリーのような流動食を食べることのできるまで回復した。しかし、それでも時折胃が痙攣し、吐き気が俺を襲う。その度えずく俺の背中を必死にさするレーヌ。結構会話もしていて、彼女はここの看護婦をして5年ほど。年齢は教えてくれなかったがおおよそ20代後半というところか。彼女がこの世界の一般常識を教えてくれる。
魔法があり、モンスターが跋扈するこの世界。地理も、人種も、モンスターの種類も、まるで幼児に教えてくれるかのように噛み砕いて教えてくれる、その姿に報いるため、必死に勉強する。ここは、大陸西部の中央に位置するトープ連邦。周りを小国に囲まれるこの国は、商業で栄えているという。小さな諸侯の連合国家であるトープ連邦、その中でも小さいほうであるヴァレヌ地方の中心都市ヴァレヌ。そこまで大きくはないが、かつては栄えていたそう。現在は、愚かな領主の愚策、領主は欲望のために力を振るう、そのために税制は改悪され、人々は苦しんでいるという。都市の治安は悪化し、ヴァレヌ地方の村々は目も当てられぬ状態だという。賄賂が蔓延るこの地方の中で、一番まともで一番大きい、聖ヴァレヌ病院、ヴァレヌ地方の開祖ヴァレヌ卿の名を冠すこの病院に俺は入院しているそう。
10日もすれば、固形食を。食べやすいよう、消化のいい柔らか目な食材によってできた味気の薄い飯は、おいしくなかったが、それでさえ胃は痙攣を繰り返す。食べては吐き、食べては吐き、胃の中のものがなくなろうとも黄色い胃液を吐き続ける毎日。何度諦めようと思ったか、止めてくれたのはレーヌ。アンリという医者は、診察の時以外あまり顔を見せず、お陰であまり親密とは言えない。それでもレーヌは、顔を見せ、色々教えてくれる。少し、依存したような形に。
排泄も、中々大変な作業だった。正直、もうお婿に行ける気はしない・・・・
15日目、結構固形食も食べられるようになってきた。肉も、よく潰してあるものをよく咀嚼すれば食べられるように。医者からの許可が、やっとでる。これで体のほうのリハビリがやっとこさ。未だ、まともに歩くことも覚束ない体。どのようなリハビリをするのか。
レーヌに付き添われ、歩き出す。ゆっくりと、しかし確実に。牛歩の如きスピードだが、少しでもスピードを上げるとバランスを崩してしまう。大変だが、一歩一歩確実にやっていくしかない。
それに加え、腕の筋肉や、腹筋、背筋なども鍛えていく。幼児のごときこの筋肉では、足だけ鍛えてもほかの部分が全くダメなままになってしまう。
異常なほどの辛い運動、ただ歩き、物を持ち上げているだけなのだが、運動していなかった体にはきつ過ぎて。1度は吐いた、それでも、歩けるように、レーヌの付き添いもあってその日の日程は終わらせた。問題はその次の日だったが。全身を覆う筋肉痛、動くどころの騒ぎではなかった。
久々の運動が、体に与える影響。考えていなかったわけでもないが、ここまでひどいとは思っていなかった。レーヌに謝り、今日の分のリハビリはなしにしてもらう。そして、1日、歴史書を読んだり、モンスター図鑑を読んだり。
そういえば、レーヌから教わったことの1つに、この世界の仕組み、というものがある。ステータス、その一言で確認できる自分の状態、それさえ見れば名前もわかるのではないか、それは最近レーヌに言われたこと。落ち着くのをまって教えてくれたようで、確認することにする。
Name: ××××
Title:
Unique Skill: <××××>
Skill:
Level: 1
HP: 700/700
MP: 0/0
Constitution: 7
Wisdom: 0
Strength: 8
Intelligence: 0
Quickness: 17
Bonus Status Point: 10
Bonus Skill Point: 3
結局、わからずじまい。レーヌ曰く、ユニークスキル、という欄に、何かわからないがある以上、貴方は何かのスキルを持っている、らしい。
名前も読めない、これはどういうことなのだろうか。レーヌに相談する。
「これは、どうしたらいい?」
「名前が、読めないですか。きっと記憶がないことが原因なんでしょう。おそらく、記憶が戻り次第名前は読めるようになるはず、ただ、それまでの間どう呼ばれたい?いままでどおり貴方でもいいのかしら。」
「他の名前をつける、ということはできないの?」
「わからないわ。どうなるのかさえも。」
それはそうだろう、初めての経験に決まっている。どうしたらいい、このまま名前がいつわかるかもわからないまま過ごすか、いや、退院したときに、困るかもしれない。だったら、いっそ新たな名前を付けてしまってもいいのではないだろうか?
レーヌに、頼む。ここまで、自分をしっかり支えてくれた彼女ならすばらしい名前を付けてくれる。そんな気がした、たとえどんな名前であっても、彼女の考えてくれる名前ならば。
そうして、1日考えたレーヌが俺に与えてくれた名前、ルート。彼女の弟の名前、大事な弟だったそうだが、領主に反抗した罪、内容は簡単なもの、護民官であったかれは、領主が町の少女に手を出すのを止めた、それだけで処刑された。彼の思い出を語るレーヌの瞳には影が差し、今にも涙が零れそうな。
正義感あふれる、体の丈夫な弟だったと、彼女は語る。生きていたら、ちょうど貴方くらいだったとも。だから、これも何かの縁、貴方にこの名前をあげたいと。もしかしたら、それは貴方にとってはs重圧、鎖となるかもしれない、それでもこの名前を受け取ってほしい、といった彼女の瞼は腫れていて。おそらく、夜の間ずっと考えていたのだろう。そんな、大事な、彼女の1人きりの弟の名前、自分が受け取っていい物か、せめてその名に恥じぬ生涯を送ろう。そう考えて、感謝を告げる。彼女には、決して返せない大きな借りを。
その後、ステータスを見ると、前とは替わっていて。
Name: ルート
Title:
Unique Skill: <××××>
Skill:
Level: 1
HP: 700/700
MP: 0/0
Constitution: 7
Wisdom: 0
Strength: 8
Intelligence: 0
Quickness: 17
Bonus Status Point: 10
Bonus Skill Point: 3
名前が読めるようになっていて、それでもユニークスキルの欄は見えない。いつか見えるのだろうか。
そこからのリハビリは、滞ることなく進む。名前の件以来、レーヌは自分に対しより優しく、そして真摯に向き合ってくれる。そのおかげ、励ましてくれる人のお陰。1か月も経とうとする頃には、日常生活を過ごすほどには回復できているも、冒険者稼業はできそうにない。自分の入院費も払えていない、ツケているかたち、すぐ稼げるのは冒険者だったのだが。
そんな俺を見て、レーヌは笑う。そんなこと気にしなくていいのに、都市内でのお使いでも、十分お金は貯まるわ、と。レベルを上げるのは、それからでいいじゃないと。




