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ある程度書き溜めができたので投稿していきます
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この章には残酷な描写、表現などが含まれています。
また、少々性的な話も含まれています
そういうものが苦手な方はこの章を読み飛ばしてくださっても結構です。
メインの話に添える程度のエッセンスの予定で、特に問題はないはずなので。
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「ん・・・うぁ・・・」
まるで今気が付いたかのように声をあげる、わざとらしく聞こえていないといいが。俺は身じろぎをして、目を開ける。右手を目に当て、擦ることで覚醒している目を隠す。どうだろうか、変に思われなかっただろうか。
「あら・・・?起こしちゃいましたか?」
どうやら、策はうまくいったようで、何の疑いも持っていない顔に少し罪悪感を感じる。
「ここは、どこ?」
「ここは商業都市ヴァレヌ、トープ連邦西部に位置する都市ですわ。」
聞きなれない単語、商業都市、まぁこれはわかる、商業を主とする都市だろう。それ以外のトープ連邦、ヴァレヌとは地名を示す単語なのか、全くわからない。
「すまない、少々記憶が混乱しているみたいなんだ。その地名がどこを指すのかもわからないし、国名に聞き覚えもない。」
「あら・・・記憶障害かしら、ちょっと先生を呼んでくるわね。」
体をふきふき、ながら作業をしていた女は、いや看護婦だろうか、服を直すと扉をあけて出て行ってしまう。看護婦が戸を押すだけで開けていたのをみると、どうやら鍵がかかっていたのだろうか、鍵を閉める音も聞こえた。これでは出られない、いやこの体力では出ることもままならないか、まずどこに向かうというのだ、この記憶喪失の身で。
しばらく、天井を見て、考え事をして過ごす。相変わらず手がかりはつかめない。ここは何処なのか、出身地なのだろうか、家族は、そして名前は?自分は一体何者なのか、職業は、この前までは何をしていた?
答えのない問いを、いや見つからないだけだろう、延々と自分に課し続ける。そんな中、扉の鍵を開錠する音が聞こえる、扉を開けて入ってきたのは、先ほどの看護婦に加え中年の男。2人とも白いローブを身にまとっている。男は医者だろうか、何の器具も持っていない。
「気分はどうかな?」
男が話しかける、渋みの効いた低い声、聞き覚えはない。
「あぁ、名乗るのを忘れていたね、私はアンリ、ヴァイスのこの病院で医者をやっているよ。君の担当医でもある、どうやら君は記憶障害があるようだね。名前は?」
「わからないんだ・・・自分が何者なのかも、名前も、家族も、何をしていたのかも、何か手がかりはないのか!?」
「君自身にわからなければ、私たちもわからないんだ。私が知っているのは、君の身体的特徴から20歳前後の男だということだけ。」
「貴方、この病院に3か月前に担ぎ込まれてきたのよ。至る所に重傷を負って、特に腕の傷はひどくてね、頭もかなりの重傷だったの。」
看護婦が告げる、どうやら彼らはただ治療を施してくれただけらしい。
「何か、俺が身に着けていたもの、いや、担ぎ込まれてきたなら、俺を担ぎ込んできた人の名前を教えてくれないか?」
それだけでも、手掛かりに成り得る、自分を取り戻すための。そんな自分をみて、何か目くばせをした医者と看護婦。
「身に着けていたものは、ぼろぼろになった鎧、いや軽装の衣服だけだったわ。あまりにもひどい状態、修復もできないから捨ててしまったわ。」
「君を担ぎ込んできた人は、女性だ。君と同じ位の年齢で、名前を聞く前に去ってしまったよ。」
「それより、だ。君は、記憶が思い出せないことに関してかなりのストレスを感じているようだ、落ち着いてほしい。」
話題を、わざとだろうか、変えてくる医者。まぁ確かに、自分でもわけのわからない状況に苛立ち、焦っているような感覚もある。そして何かを求めるようなこの胸の感情、何かまるで恋をしているような。
「まずは私の話を聞いてほしい。君は、頭に大きな傷を負った状態で搬送されてきた、それは言いね?」
「あぁ。」
「では、だ。君の記憶障害に関して、2つの可能性がある。それは非常に短期なもの。そして長期的なもの。どちらにしても、期間はわからないが、思い出すことだろう。」
「1年ほどか?」
「いや、それはわからない。1か月か、1年か、若しくは明日には思い出すのかもしれない。一体いつになるかはわからないんだ。ただ、段々と記憶が戻っていくこともあるし、何かのきっかけがあるかもしれない。私に言えるのはこれだけなんだ、記憶に関しては、全く分からないことだらけなんだ。」
「どういうこと?」
「私たちの頭に、脳と呼ばれる臓器があることは常識なんだ。そこまでは問題ないだろう。ただ、それが何の働きを、何をしているのかはわからないんだ。私たちの知っていることは、その臓器が生命活動において最も重要なファクターの1つであるということ、心臓と同じようにね。なければ即死んでしまうということだけ。」
「ここで、抽象的な話になってしまうんだが。私たちは記憶をどこに保存しているのだろうか。君には今はないが、きっと今までは膨大な量の記憶を保存してきたんだろう、体のどこかに。それこそ小さい時からの記憶、体の容積よりも大きな量だよ。それをどこに保存していると思う?」
「脳、か?」
答える俺に、医者はにこやかにほほ笑みながら頷いて。
「そう考える人もいるよ。なぜなら君のように記憶がなくなってしまう人は、頭部に何らかのダメージを負った人が多いからね。そのまま目を覚まさない人もいるし、死んでしまう人もいる、君はラッキーなほうだよ。」
「記憶がどこに保存されているか、この議論に関してはほぼ2通りの考え方があるんだ。まずさっき言ったように脳にある、という人たち。そしてもう1つは心臓に宿ると考えている人たちなんだよ。心、といったとき胸に手をあてるだろう?記憶は心に内包される存在なんだ、だから心臓に宿っていると考えている人たち。」
「その2つの議論は収束を得ていないんだ。完全に対立した意見でね。」
「つまり、だからわかっていない、というわけか。」
「そう、ただ私の持論としてはね。記憶っていうのはオルケー神のお手元にあるんだと思っている。」
オルケー神、新たなワード。神とは、「かみ」を意味するのだろうか、ならば宗教ということか。
「それは宗教か?」
「あぁ、君は記憶に障害があるんだったね。普通に会話ができるから忘れてしまっていたよ。そう、宗教だ。この大陸全土に広がる最大の宗教。部族ごとの宗教を持っている人たちも極僅かながらいるようだがね。」
「さて、話が脇道にそれたね。私の考えでは、記憶は全てオルケー神が管理しているんだ。それに脳という接続器具をつかって接続している。だから脳にダメージを負うと、その接続が切れてしまうんだ。それが何らかの原因で直ったとき、記憶は回復するんだと考えているんだよ。賛同者は少ないがね。」
顔に影を落とし、そう呟く医者。どうやら苦労をしているらしい。髪の毛にも白髪が混じっていて、本当は見た目よりももう少し若いのかもしれない。
「さて、辛気臭い話はここまでにしよう。とりあえず、今は君の診察をするよ。どんな不調が現れているとも限らないしね。」
そう告げ、医者は診察を始める。触診、異常がないかを全身触ってたしかめてくる。沈黙を守る看護婦は、その補助に。包帯が巻かれた腕は、触診をされると少し痛み。
「ふむ、腕の傷以外は概ね良好といったところかな。問題は腕だけど、それもかなり治ってきている。あとしばらくすれば包帯も外せるだろうよ。何か問題はあるかい?」
「記憶がないこと、これが一番かな。」
そう告げると、医者は笑う。
「失礼、たしかにそうだ。ほかにはないかな?」
「あとは、そうだ。俺はどのくらい寝ていた?体がかなり衰弱しているように思えるが。」
歩くのももたつくほどの期間、どれだけの期間なのか。その間栄養は?
「あぁ、それを言うのを忘れていたね。君は、3か月近く寝ていたんだよ。その間、意識はほとんどなかった。」
「ほとんど?」
引っかかる物言い。意味することは。
「ほとんどというのはね、一応起きた時もあったんだよ。いや、あれが起きたかどうかはわからない。基本的に、私たちは寝ている君に水、これは色々な栄養を溶かし込んだものだが、それを飲ませていたんだが。時折、指が動いたり、呻いたりするときがあったんだ。応答は得られなかったがね。」
「そのとき、俺は何かいっていたか?」
「いや、残念ながら聞き取れなかった。まぁ、その3か月間で君の肉体はかなり衰弱していることだろう。その間ほぼ水しか飲んできていなかったんだ。だから、これからゆっくり、胃のリハビリから始めよう。ミルクから初めて、ゆっくりと食事を慣らしていくんだ。期間はわからないが、肉を少量食べられるところまで回復したところで、肉体のリハビリだよ。」
「どれだけの時間がかかる?」
おそらく、短くはないだろう。
「君の回復にもよるさ。でも、1か月は軽く見てもらいたいかな。一応慣らし慣らしなんだ。」
「わかった。今日の夜から始めてほしい。そして、記憶障害についてはどうするべきか。」
「ともに頑張っていこう、記憶に関しては、何も言えない。ただ、これからの生活に苦労しないように、一般常識自体をゆっくりとだが覚えていこう。」
「あぁ、わかった。」
「じゃぁ、失礼するよ。レーヌ、行くよ。」
その言葉と共に、医者は部屋を出ていく。
残される俺、外はまだ明るい、昼ごろだろうか。まぁ、いい。これからのことはこれから考えよう、睡魔に拐かされる意識。




