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人間は、1時間に3~5キロ程度の道のりを徒歩で進むことができるらしい。かつて小学校の先生が合宿で登山していたときにいっていたことだ。当時小学5年生であった自分は、先生がそれについで山頂まではあと3キロもないから1時間でつくぞ!と、疲労が見える自分たちを鼓舞しようとしていったのを聞いて、それは大人の話だろうと内心毒づいた記憶がある。自分は草原に入ったあたりで集落まで目測5キロと判断し、日が落ちるギリギリ、1時間ほどだと考え向かうことを決心した。歩きなれない草原、まとわりつく草、地面があまりみえないこと、これらの要因により自分はスピードがだせなかった。それに加え、先ほどのゴブリンとの遭遇。こんなところで、人の顔も見ずに死ぬのは惜しい、周囲に注意を払って進む必要があった。
不幸はそれだけではなかった。所詮都会暮らしの時計に慣れきったこの身、日の位置から日没の時間を読むことができるはずもなし。距離が書かれた看板に都会のコンクリートジャングルに慣れきったこの身、目測で距離など目印もない草原で、測れるはずもなし。些か見通しが甘かったと言わざるを得ない。
現在、集落は最初より少し大きくなり、近づいてきたのはわかるが、月が自分の時間を告げ始めている。集落まで行くにしても、前述の通り集中して歩く必要があり、体も疲労している、今日は集落にたどり着くことを諦め、野営、いや野宿をしたほうがいいようだ。ダークソードを用いて半径10メートルほどの草を早急に刈り取り、刈り取った草を中心に集めて火で燃やす。疲れた体にはなかなかの重労働であったが、草を切っている最中に倒木を見つけたので、火をともす目途はたった。草だけではすぐ燃え尽きてしまう。モンスターのことを考えると、ある程度燃焼してくれるものが必要だった。どうやらここ数日は雨が降っていないらしい。倒木はそこそこ乾いていて、またそこそこ大きい。草原の中心に木があることに疑問を感じたが、ありがたく使わせていただく。適当な大きさに折り、三角錐のような形に組み上げる。中心に草をまいて、そこにファイアを放つ。
ある程度の明かり、また暖を確保して考える。明日、起き次第集落に行く必要がある。食事、情報、衣類。重要なものはなにもない。とくに食事、いや水分が必要だ。周りに水気はなく、草を食んでみたがひどくまずい。苦く、土の味もほのかにするが、少しは腹の足しになり。水分も補給できたのだろうか。
しかし、やることがない。考えるにしても考えられることが少ないのだ。情報の欠如。情報の重要性、というものは今までの教育課程で習ってきたはずだが、改めてそれを実感する。とりあえず、召喚魔法を使用してみようと思いつく。モンスターがいた以上、火はあるとはいえ、警戒する必要がある。ただ、睡眠をとることは必須だと考える、疲労をとり明日に備えるために。
≪ 最低級火属性モンスター召喚≫
そう告げると共に、眼前に30センチほどの白銀の魔方陣が展開された。中では赤い煙が渦巻いている。たっぷり1分ほどだろうか、煙が立ち消え、魔方陣の色も薄くなる中、魔方陣の中心には小さな赤いスライムのようなものが居た。大きさは25センチほどだろうか、ほのかに赤く輝いているようにも見える。
「俺が、召喚者だ。しゃべれるのか?お前は、スライムか?」
話しかけてみたが、スライムは体を波打たせただけ。
「喋れないのか?言語の意味はわかるな?Yesなら前に移動しろ。」
喋れないのは仕方がない。最低級なのだから、それを求めるのも酷かもしれない。しかし、言語の意味も理解できないと困る、と考えていると、スライムはこちらにむかって跳ねてきた。どうやら言葉はわかるらしい。
「言語は理解できるんだな?ならここに命令をする。俺は今から睡眠をとる。お前はここら周囲を警戒、敵性の物が近づいてきた場合、撃退もしくは討伐、不可能だと判断した場合俺を起こせ。」
これで少しは安心して睡眠をとれるだろう。最下級故戦闘能力に期待していないが、最悪指示した通り起こしてくれると信じて見よう。逃げるかどうかはその場で判断すればいい。
しかし、召喚したものは召喚者、この場合自分に対して従順な部下なのだろうか。そんなことを考えつつも、刈り取った草でつくった、いや作ったというのもおこがましいレベルの寝床に横になる。地面よりかはマシだろう。土と草の匂いに囲まれ、たき火が自分を照らすのを感じながら、スライムの跳ねる音を子守唄に、やはり疲れているのだろうか、睡魔に支配されていった。
今は、何時だろうか、暖かい日差しを感じて目を覚ます。草の上とはいえ、固い地面がすぐ下にあったのだ、体の節々に軽い痛みが残る、疲労はそこまで取れていないようだ。半身を起こし、周りをみわたす。黒く、完全に炭になった木の残骸、火は消えているようだ、無事に起きれたあたり、モンスターの襲撃は起きなかったか、あのスライムが撃退してくれたのか。残骸のよこから、スライムが近づいてくる。特に襲撃等もなかったのか、昨晩と同じ格好、スピードで近づいてくる。しかし、召喚されたものには、時間制限などないのだろうか。寝る前は、起きたら消えているかもしれないと覚悟していた部分も少しはあったのだが、変わらない姿を見せているあたり、半日程度、おそらく今は朝のだろう、消えないようだ。今晩も消えなければ、召喚したものはある程度は消えないと仮定しよう、そう考えつつ立ち上がる。今日の予定は、集落にたどり着くこと。できれば午前中につきたいものだ。太陽の日差しは柔らかいものの、食料はおろか、水分さえもないこの状況では日差しは刻一刻と自分を死へと誘う死神にとって代わる。スライムについてくるよう命令し、歩き出す。いや、スライムの跳ねる速度は遅いようだ、小さい故に。仕方もなしに、頭に乗せる。ほのかに暖かい。火のスライムだけあるのだろうか。
歩き始めて10分ほどだろうか、どうやら気温は高くなっているようで、体から汗がしたたり落ちる。さながら砂時計のように、水滴は落ちていく。人体における水分の6%が失われると、頭痛やよろめきなどの症状に襲われる。未だそこまでいってないが、喉の渇き等をおぼえているところからして、数%は失っていることは確実。もしも10%以上失ってしまった場合、日本ならいざ知らず、ここでは確実に死に繋がる。意識を失い、臓器の不全を起こし、生死の境、20%までジェットコースターの如く一直線。それだけは避けなくてはならない。
今考えると、大分水分を失って正常な思考をできていなかったようだ。昨日の如く周囲を警戒しつつ歩けていれば、集落の方向から甲高い声が聞こえていたのを知覚できていたはずだし、まずゴブリンが一体でいたことに関して考え、予想を立てることくらいできたはずなのに。なによりも、暖かいスライムを頭に乗せて歩く、なんて愚行をすることはなかった。
2012-11-21修正
2013-2-5修正