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明ける時はもう過ぎているのに、自分を囲う世界は明るくない。頭上を曇天が覆う、今にも雨が降らんばかり。荷物をまとめ、水で口を濯いで、朝食を摂る。ガルムに肉をあげ、ケーナに跨がる。
日が差さないだけで、温度はかなり下がったように感じる。テンとシェムは昨日までと違い、それぞれ腕のなかと肩の上に。ガルムは、ケーナと並走している、いい運動になるだろう。肥満なんていうものがあるのかはわからないが。
もしも今日が晴れであったならば、今ごろは朝露が反射する草原を掻き分けるように延びる街道を、駆けていたころだろう。生憎の曇天、明日は晴れるのだろうか、日差しの明るさというものも、電球のない、魔法の灯りがあることにはあるが、この世界には重要な光源の1つだろう。
草原を駆け抜けること早3時間ほどだろうか、時折木々が生えていたり、林があったり、曇り空には時たま鳥が飛んでいる。鼠色の天井は奇妙な圧迫感を与えてくる。心にまで暗雲が立ち込めてきそうな、いっそ土砂降りの雨でも降ってくれればいい。そうしたら前に進むことを諦められる、この天気の中前に進むことを諦めるのは仕方ない、となるのに。
今日はできるだけ進み、ディセから170キロほどにあるという村まで行くことが目標。1日90キロ少し、これが今の行軍速度。1日朝6時から夜の18時までの12時間昼間はあるとはいえ、休憩を挟む必要がある。馬は当然疲労する、自分のものでもやりたくないが、ケーナは特に借り物、それに自分も疲労する、故に1日あたりこの程度が限界。馬はわかる、なぜ自分が疲労するかと思うかもしれない。ただ馬に乗っているだけ?冗談もほどほどにしてほしい、上下動する馬の背でバランスを取ることの大変さ、というものを舐めてはいけない。どれほどのものか、日本には乗馬しているときのような状態を生み出すダイエットマシーンがあっただろう、そこから察してほしいものだが、いい運動足りえるのだから。
本日3度目の休憩、時間がわからないがおそらく昼は過ぎたであろう、簡素な昼食を食べながら考える。おそらく、ハルニレ大森林でAランクになるのだろう、それからはどうする。今は7月、約束まであと4か月と少し、おそらくあと1月か2月でAランクに成れる、そのあとの狩場は。Sランク以上は試験というものも少なくなり、かなり北上する必要があるそう、下手をすると行き返りだけで1月は使うかもしれない、そんな場所まで行っても。ハルニレ大森林からプルミエまで歩いて1月以上、12月はじめに戻るとしても、出発は11月。残り3か月少し、ずっとハルニレ大森林で狩り、それもいいだろう。そんなことを考えながら出発する準備をする。予定通りなら、午後遅く、日の落ち
るころには村につけるはず、そんなことを考えながら、ケーナに跨る。
一体いくつもの林を見たのだろうか、曇天、厚い雲に覆われている空、それ故太陽でおおまかな時間を把握することができない。そのため今何時かもわからない。しかし、なんとなく空が暗さを増してきている、おそらく夕刻ではないのだろうか。
道は遥か遠くまで1直線、おかげで結構前から集落の影は見えていて、ゆっくりと大きくなってきている。人の居住区、家は20件ほどだろうか、周りは畑に囲まれているように見える。テン達を転移陣の中にしまう。
なぜこんなところに村が存在しているのか、ディセからハルニレ大森林への中継地点という理由が一番大きい、故にもう1つ同じような村がある。この街道、今までモンスターにも会わず安全に進んできた理由は軍が時折山狩りを行っているからで。当然大きな軍となるとある程度に1回はしっかり休憩を取る必要がある、それがあの村。軍なので当然野営の道具はある、しかし一応補給地点があるに越したことはない、それに使われている。故に村には国から補助金がおりているそうで、他の同じような規模の村に比べると裕福だそうだ。
ディセからハルニレ大森林に向かう、またその逆にしても、通るのは軍のほかにはある程度の経験を積んだ冒険者、故に下準備もせずにこの長い道のりを進むはずもない、宿屋のみで十分。武器屋や防具屋なんてものはいらない、道具屋さえも。その冒険者でさえ、あまり数は多くない、だからいらないのだ。村には、宿屋が1軒あり、それ以外はごく普通の農家だという話。どうしてもラツィア村のことが思い浮かぶ。今あの村はどうなっているのだろうか、まだ朽ちるには速いとは思うが、人の住んでいない家屋は痛みが非常に早いとも聞く。血が所々に飛び散り、黒く色づいた大地、壊れた扉が思い浮かぶ。プルミエに戻ったら、必ず行って花を添えてこよう、そんなことを考えながらケーナを操る。
そんな村に、自分を乗せたケーナは辿り着く。宿屋に入り、番台に1日宿泊する旨を伝える。ケーナは宿屋の横の馬小屋につなぎ、飼葉と水をたっぷり与えここまでの苦労を労う。部屋に戻り、鎧を外して井戸に向かう。結構暗くなってきていて、あと20分もすれば夜の帳が落ちるころだろう。ちゃっちゃと水を浴び、体をぬぐう。2日分の汗をそぎ落とし、さっぱりしたところで食堂で飯を食う。自分のほかには冒険者が2人、適当に会話を交わす。
彼はハルニレ大森林からディセに向かっている最中だそうで、2人ともランクはD。名高いディセ東ダンジョンの踏破を目指してきたそう、まだまだ新米なんです、そう語る冒険者達。幼馴染だろうか、男女2人組、年は自分より少しばかり若い、聞くと14歳だという。恋人同士でもあるようで、恋人と旅に出る、なんて幸せな。彼氏のほうが使う武器は双剣、レイピアを左手に、利き手の右手には短剣を。対人戦闘に特化したような選択だが、腕に小さ目の盾を付けていて、攻撃は基本避け、最悪はその盾で止めるそう。彼女のほうはオーソドックスに魔法使い、水属性を使うらしく、水属性は攻撃と回復両方できるそうで、彼氏のサポートを基本しているようだ。
こちらの世界では、やはり13、14歳程度で冒険者になる素質があればなるそうで、彼らはまだ駆け出しのひよっこ、3か月ほどらしい、いや自分は1か月だが。
そんな彼らのこれからの武運を祈って酒を交わす。願わくば、自分の次のダンジョン踏破者が彼らになることを。
食堂から戻り、部屋の窓から外を見上げる。相も変わらず雲が空を覆っていて、星も月も見えた物じゃない。プルミエのトリスは今どのような空を見上げているのだろうか、全く同じ雲に覆われた空だろうか。そんなことを考えながら、窓から離れ、ベットに横たわる。
明日天気になぁれ。
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