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太陽という恋人をストーカーし始めて1時間ほど、肉体に疲労が見え、恋人は空を大分朱色に染めつつ自分から逃げていく。いつまでも捕まえられない彼女の逃避行のおかげか、森に終わりが見えてきた。一面には何もない。しいて言えばエメラルドグリーンのカーペットが敷いてある、そのくらいだろうか。遥か遠くに雪を被った山々が見え、麓には森も見える。自分が立っているのは森の出口。小さな木々とがまばらに生えている地帯を抜けて見れば、広大な草原が広がっていた。多少の凸凹、土が見えている箇所も見えるが、基本的には草原が広がっていた。11時の方向くらいだろうか、小さくだが煙が見える。集落でもあるのだろうか、目を凝らすと家が並んでいるように見えなくもない。日は後1時間ほどで落ちるのだろう。このまま歩いて集落のような場所まで目測で5キロほどだろうか。草原とはいえ高さが50センチはある草は足に意外と引っかかる。革靴であるのがネックとなり、走ることは避けたほうがよさそうに感じる。おそらく1時間半、若しくは2時間ほどで着くだろう。暗くなる前につければ幸運だろうと、革靴を集落に向ける。地面が木々の根で凸凹してない分、先ほどより歩きやすいためか徒歩の速度は上がっているように感じる。
考える、ほかの人々はどうなっているのか。記憶違いでなければ、自分が最後に日本にいた瞬間、周りには数十人ほどの人がいたはずだ。はたして、その中から自分のみが連れてこられたのか、違うだろう。そこまで自分に価値があるとは全く思えなかったからだ。では自分以外の人々はどこに?きっとアレが集落なのであれば、情報を収集することができるであろう。
半分ほど歩いたところだろうか、奇妙な鳴き声を聞いた。森の中で聞いた声の一つと同じもの。眼前、2、3メートルほどだろうか、草原の中から小さな生物が立ち上がった。身長は90センチほど、よく草むらに隠れていたものだ、餌を捕るためにあの位置にずっと隠れていたのだろうか。人型をしているが顔は醜悪なもので、口からは5センチほどの牙が2つほど飛び出している。装備は鎌のようなものを持っているのが見える。あわてて身構える、戦闘経験などない、それ故テレビでみたボクシングの選手の姿勢を見よう見まねで、かなりひどいものだろうが。甲高い声、女がヒステリーを起こした時にさえ聞けなさそうな声、をあげながら生物はこちらに飛びかかろうとして……
≪ファイア≫
どのような魔法があるのだろう、言葉は何と発すればいい?それまで考えていた様々な疑問をあざ笑うかのように、頭の中に浮かんできた単語。火を意味する簡単な単語を唱えると、前に出ていた右掌に熱感を知覚。体が動いた、とでもいうべきか。瞬間生物に掌を向け、炎が軽く程度だが、飛びかかってきている生物を覆った。生物は身悶える、火に囲まれている故そうなるのだろう、しかしここは草原故、火が燃え移った場合ここは地獄と化すだろう。身悶え、地面を転がった影響か、火は収まったようだ。草原に移りかけていた火も、生物が転がることによって鎮火されていた。なかなか運が良い、こんなところで焼死なんて死んでも御免だ。
生物は虫の息、周りには独特の香りが漂う。近づき、頭を踏みつける。何度も、何度も、何度も。あるとき、足の下で嫌な音。見ると、生物の頭はつぶれ、中身が漏れ出ていた。そこまで強く踏んだ心算はないが、相手の耐久力がなかったのか、それとも力が10だとこのくらいなのか、測り兼ねながらも生物を観察する。姿かたちは小さくした人間の様、しかし記憶に残った顔は人間とは似ても似つかぬもの。ゴブリン、そういう言葉がしっくりとくる。モンスター、やはり存在していたかと一人ごちる。
ゴブリンの死体からは鎌以外いいものはとれなそうだった。あまりにも小さすぎる。鎌はゴブリンの手にあるときは片手で使う限界のサイズに感じたが、自分で持ってみると意外と小さく、日本でみた鎌のなかでも小さい部類に入る程度の大きさだった。縮尺の関係だろう。しかしこれで武器は手に入った。今回のように周りが燃えやすいもので囲まれている以上、ファイアは使いづらい。よって接近戦も視野にいれ、鎌は心強く感じた。
足を止め考える、魔法、今回はふと頭に出たものを使用したが、ほかには何があるのだろうか。
「所持魔法表示」
淡い期待を込め呟く、これは僥倖、正解だったようだ。
所持魔法: ファイア、ファイアランス、ファイアウォール、フレイム、ダークソード、最低級闇属性モンスター召喚、最低級火属性モンスター召喚
現在所持している魔法は7つ。闇魔法が少ないのは使用していないからか。しかしダークソード、闇の剣、一度使用して効果を確認する必要がある。火魔法は大体名称から想像がつくが、ここでは使用を控えたほうがいい。召喚魔法は2種あるが、どちらも最低級、戦力になるものが召喚できるとは思えない。
≪ダークソード≫
期待を込め、両手を前にだし呟く。一瞬、2秒ほどだろうか、右手より漆黒の刃のようなものが生成され、消滅した。おそらくこれがダークソードなのだろうと認識し、今度は右手を草に向かって振りながら呟くと草は切断された。どうやら掌より闇属性の剣を生成するらしい。秒数は短いが、30センチほどの剣が生成、近接戦闘も可能だということだ。
少し安心したところで、今度はアイテムボックス表示と心の中で呟いてみる。声に出さなくても発動するのか、また語句はこれで合っているのか、杞憂だったか、目の前に1メートル四方ほどの枠が出た。中は暗くなっているが、鎌を入れてみると中に入ると同時に消滅、左上にパネルが生成された。鎌の絵の書いてあるパネル、それをタッチすると別の枠がでて、
「ゴブリンの鎌:所持数1」
とのみ表示された。右上にご丁寧に×印までついていて、説明も表示されるあたり、RPGに準拠したシステムなのだろう。アイテムボックス、都合上そう呼んだ、それに入るのは最高いくつなのだろうか。一見1つのパネルは5センチ四方、故に400ほどのパネルが入りそうだが、2層目、3層目もあるかもしれない。こういうことも集落の人は知っているのだろうか、早く村民に会う必要がある。ふとゴブリンの死体があった場所を見ると、死体がなくなり、5センチほどの牙のようなものが落ちていた。素材アイテムドロップ、ここまで似ているとは思わなかったとは思いつつ、アイテムボックスを表示し中に入れる。やはりパネルになったようだ。それを確認し集落の方向に足を進める。アイテムボックスは楽なのだが、小さく表示する方法はないものなのか、1メートル四方の枠が出てきたのでは不便な点もある。
疑問が鎌首をもたげる。自分は異世界に飛ばされ、初めてモンスターと遭遇、惨殺、ともいえる方法で討伐した。この異常な冷静さは何なのか。ステータスの知恵、知能が高い故の恩恵でも出ているのか、集落で人に聞いてみないとわからないな、そう考えつつ足を進めるのだった。
2012-11-21修正
2013-1-27修正